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犬のしつけの基本理論

 しつけをする際の基礎理論をまとめました。しつけ本を読んで混乱したときや、今行っているしつけがなかなかうまくいかないようなときは、原点に立ち戻って頭をリセットしてみましょう。

しつけの原点に回帰する

多種多様なしつけ理論の根幹にある共通部分を把握するのが先決  書店にはたくさんのしつけ本があふれています。理論中心でやや抽象的なもの、逆に理論をすっ飛ばしていきなり方法論から述べるもの、ひどいものになると、無駄吠えの解決法をA5版たったの1ページで説明しようとする大胆なものなど実に様々です。こうした書物を多数読んでいると、「一体どれが正しくてどれが間違っているのか?」という単純な疑問がわきあがり、時として頭が混乱します。
 しかしこうした書籍に共通している、犬をしつける際の根幹部分をあらかじめ理解していると、本に対する理解度が深まると同時に、内容の正誤判定ができるようにもなり、どんな本を読んでもすんなり取捨選択できるようになります。
 以下は、当サイトなりにまとめた犬のしつけの基礎理論です。もちろん絶対的なものではありませんが、本を読んで迷ったときや、しつけがなかなかうまくいかないようなとき、しつけの原点に立ち戻るという癖をつけておくと、自分の中の間違っている部分がすんなり見つかるかもしれません。
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犬の初期学習と生涯学習

 犬が生まれてから死ぬまでの間、多くのことを学びますが、大きく分けて初期学習(しょきがくしゅう)と生涯学習(しょうがいがくしゅう)に分けられます。

犬の初期学習

 犬の「初期学習」とは、主に社会化期における犬語の学習、および人や猫など犬以外の動物への慣れを指します。この初期学習は社会化期と呼ばれる生後3~12週までの間に行う必要があるという点が最大の特徴です。

犬語の学習

 「犬語」とは犬同士の間で通じるボディランゲージのようなものです。具体的にはしっぽの振り方、相手を噛む加減、服従姿勢、支配的姿勢などを含みます。通常は飼い主が介入することはなく、犬同士を遊ばせることによって自然学習させます。詳細は子犬の社会化期をご参照ください。

犬以外の動物への馴化

 「犬以外の動物への馴化」(じゅんか)に関しては、スコットとフラー(1965)による興味深い研究結果が報告されています。彼らは実験用に設けられた野外の広大な敷地内で、犬の群れを自然に繁殖させました。すると、人と接触する機会をまったく与えられずに生後14週まで過ごした子犬は、その後いかにハンドリングして社会化しようとしても人になつくことはなく、人への社会化はほとんど不可能であったといいます。
 こうしたことから、犬を犬以外の動物へ慣れさせるには、生後14週以前の段階で接触させることが必要ということになります。詳細は子犬の社会化期をご参照ください。

犬の生涯学習

 犬の「生涯学習」とは、社会化期以降(13~14週齢以降)における課題行動の習得、および問題行動の矯正を指します。修了時期に関しては特にありませんので、人間で言うところの生涯教育に相当します。

課題行動の習得

 「課題行動」(かだいこうどう)とは、人間と生活を共にする上でどうしても必要となる行動のことです。犬を一戸建てで飼うのか、マンションで飼うのか、1頭飼いか多頭飼いか、留守番は多いか少ないか、など飼い主のライフスタイルによって課題行動の内容は微妙に変動します。詳細は課題行動のしつけにまとめましたのでご参照ください。

問題行動の矯正

 「問題行動」(もんだいこうどう)とは、飼い主が犬にやってほしくない行動の総称です。犬・猫の問題行動治療のパイオニアであるヴォイスとマーダー(1988)によると問題行動の定義は「飼い主が容認できない行動、あるいは動物自身に有害な行動のいずれか」ということになります。この定義にのっとると、理論上問題行動は無限に存在することになりますが、当サイト内では、比較的発現頻度の高いものだけをピックアップして解説してあります。詳細は問題行動のしつけにまとめましたのでご参照ください。
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2つの学習パターン

 「学習」(がくしゅう)とは、犬が生まれた後に物事や行動を記憶すること、および記憶した内容のことです。社会化期における子犬同士の遊びを通じて学ぶことや、社会化期以降、飼い主のしつけを通して学ぶ様々な行動のほとんどは、以下に述べる学習パターンを通じて犬の脳内に蓄積されます。具体的には、古典的条件付けとオペラント条件付けで、簡単に言うと、快と不快が一定の行動に結びつくことで行動様式が変化することです。なお近年は、人間や犬の行動を真似させる「模倣学習」をしつけに取り入れる可能性も検討されていますが、まだ発展途上の分野であるためここでは省略します。

古典的条件付け

 「古典的条件付け」とは、異なる2種類の刺激を頭の中で結び付けて学習することです。具体的には、生理的反応を引き起こさないような刺激(中性刺激)を与えた後に、生理的反応を引き起こすような刺激(無条件刺激)を加え続けると、そのうち中性刺激だけで生理的反応が生じるようになるという現象を指します。少し抽象的で分かりにくいので、幾つか具体例を挙げます。
古典的条件付けの例
  • ベルが鳴る→その後にエサがもらえる→以後、ベルを聞いただけでよだれが出る(パブロフの犬)
  • 初めてレモンを見る→レモンをかじってすっぱさを経験する→以後、レモンを見ただけで唾液が出る
  • 初めてブーとおならの音を聞く→不快な臭いを嗅ぐ→以後、おならの音を聞いただけで不快になる
  • 目覚まし時計が鳴る→うんざりする寝起きを経験する→以後、目覚ましの音を聞いただけでうんざりする
  • サザエさんが終わる→明日から憂鬱な仕事(学校)の始まりだと憂鬱な気分になる→以後、サザエさんを観終わるたびに憂鬱な気分になる(サザエさん症候群)
 上記した例の先頭部分は、当初は何の反応も引き起こさない刺激であったにもかかわらず、生理的な反応を引き起こすような経験をした後では、何らかの感情や反応を喚起する引き金に変わっています。
 このように、当初自分にとって中立的だった事象でも、生理的な反応を経験した後では、後天的に意味が加わってしまうことが古典的条件付けで、レスポンデント条件づけ、パブロフ型条件づけとも呼ばれます。なお、具体的なしつけへの応用方法は犬に最適な名前と命令をご参照ください。
古典的条件付けの特徴  古典的条件付けの特徴は、必ずしもごほうびや罰を用いなくても成立するという点です。
 たとえばストローで目に息を吹きかけると反射的にまぶたを閉じますが、何度も何度も息を吹きかけていると、次第にストローを目の前に出されただけでまばたきが起こるようになります。「まばたきする」という生理的な反応は、賞罰を受けたときの快不快といった生理的な反応とは別物ですが、やはり「ストロー」という中性刺激との間で古典的条件付けが成立します。行動の前に指示語を出すと、犬が勝手に言葉を覚えてくれるのはこのためです。

オペラント条件付け

 「オペラント条件付け」とは、行動とその結果の関連性を学習することです。具体的には、ある行動をした結果、自分にとってよいことが生じると、以後、その行動に対して積極的になったり、逆に、ある行動をした結果、自分にとってよくないことが生じると、以後、その行動に対して消極的になったりする現象のことをさします。たとえば以下のようなことです。
オペラント条件付けの例
  • 黒板に落書きした→先生にこっぴどく叱られた→以後、落書きしなくなる
  • 中華料理屋に入った→出てきたチャーハンがべちゃべちゃだった→以後、その店には行かなくなる
  • イケメンと交際した→性格が最悪だった→以後、イケメンとは付き合わなくなる
  • 学校のテストで満点をとった→お母さんがおこづかいをくれた→以後、一生懸命勉強をする
  • ギャグを言った→受けた→以後、ずっとそのギャグを繰り返す
  • 晩御飯がカレーだった→おいしいね、とお母さんをほめた→以後、3日間カレーが出続ける
 上記した例のうち、前半の3つは行動に対して消極的になっていますが、この現象を行動の弱化(じゃっか, もしくは罰)といいます。逆に後半の3つは行動に対して積極的になっていますが、この現象を行動の強化(きょうか)といいます。また、行動を消極的にした原因である「叱られた」・「チャーハンがまずかった」・「性格が悪かった」の3つを嫌悪刺激(けんおしげき、または罰子)、逆に行動を積極的にした原因である「おこづかい」・「受けた」・「ほめられた」の3つを強化刺激(きょうかしげき、または強化子)といいます。これらを組み合わせると、以下に示すような合計4つの学習パターンが存在することになります。
オペラント条件付け・4タイプ
  • 正の強化ごほうびを提示して行動が増えること。たとえば、お手をするたびにおやつを与えることで、犬が自発的にお手をするようになるなど。
  • 正の弱化おしおきをすることで行動が減ること。たとえば、テーブルの上に乗るたびにコラッと怒鳴りつけることで、犬がテーブルに乗らなくなるなど。
  • 負の強化おしおきを取り除くことで行動が増えること。たとえば、テーブルに乗っても叱らなくなることで、犬が調子に乗ってどんどんテーブルに上ろうとするなど。
  • 負の弱化ごほうびを取り除くことで行動が減ること。たとえば、ワンワン吠えても無視することで、犬がだんだん要求吠えしなくなるなど。
 上記表現中、「正の」とは強化刺激や嫌悪刺激が提示されることを指し、「負の」とは取り除かれることを指します。また、行動の頻度をオペラント水準ともいい、「強化」といったときは行動頻度が高まること(すなわちオペラント水準が上がること)を意味し、逆に「弱化」といったときは行動頻度が低くなること(すなわちオペラント水準が下がること)を意味します。若干ややこしいですが、オペラント条件付けには4パターンあると覚えておけば事足りるでしょう。なお多くの書籍では行動頻度が下がることを「罰」と表現していますが、嫌悪刺激としての「罰」と混同してしまうため、当サイト内では「弱化」という表現で統一しています
 オペラント条件付けの具体的なしつけへの応用方法は犬に最適な名前と命令をご参照ください。
オペラント条件付けの特徴  オペラント条件付けとは結局、行動の頻度を変化させることですが、その成立には快を与えるごほうび、および不快をあたえる懲罰が必要であるという点で、古典的条件付けと異なります。
 これは、オペラント条件付けが、効果の法則を基礎としているからです。効果の法則(こうかのほうそく)とは、アメリカの心理学者E.L.ソーンダイクが1898年に提出した学習の原理で、「動物がある反応をした結果として快がもたらされたとき、次に類似の状況におかれるとその反応が再び起こりやすくなること」を言います。
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犬にとってのごほうびと罰

 古典的、およびオペラント条件付けを用いて犬をしつける際、犬に対して快・不快を与え、飼い主が意図的に行動を方向付ける必要があります。では、具体的に一体どのような物事が犬にとっての賞と罰になるのでしょうか?

ごほうびと罰のリスト

 以下では犬に快を与えるごほうび(強化刺激)、および不快を与える罰(嫌悪刺激)の代表的なものをリスト化してみました。なお、えさやおやつなど、生理的な快感を引き起こすごほうびを「一次強化子」と呼ぶのに対し、なでる、あそぶ、散歩するなど犬が率先してやりたがる行動を「プレマック型強化子」と呼ぶことがあります。
ごほうび
えさ・おやつ なでる ほめる おもちゃで遊ぶ 散歩 かまってあげる
苦いもの 体罰(叩く・蹴る) 爆発音(落下音や雷) 無視する 閉じ込める えさを与えない

犬へのごほうびについて

食いしん坊な犬にとっての最大のごほうびは、「えさ」や「おやつ」などの食べ物です。  上記したように、犬に快感を与えるごほうびにも色々ありますが、飼い主として抑えておきたいポイントは、犬にとってえさが最高のごほうびになりやすいこと、そして犬を注目すること自体がごほうびになりうることです。
 一般的に言ってえさ・おやつという快が犬にとっては最も大きな効力を持つようです。これは、いくつかある本能的な欲求の中でも「個体の維持」(自分の命を守ること)にかかわるものをより重視することに根ざしていると考えられます。また後述しますが、ごほうびは行動の最中や直後に与えなければ意味がありません。そういった意味で、ポケットからすぐ取り出せるえさ・おやつというごほうびは、数ある強化刺激の中でも非常に使い勝手がよいものとも言えます。
犬にとっては、飼い主の関心や注目を得ること自体がごほうび(強化刺激)になっている  また、「注目する・関心を寄せる」ということ自体が犬にとってのごほうびになるという点も重要です。この知識がないと、飼い主にその気はなくても、知らず知らずの内に犬の問題行動を助長してしまうことがあります。たとえば、床の上でお漏らししたときに「あら~!だめじゃない!」と甲高い声で犬に駆け寄ったり、犬がワンワン吠えたタイミングで「静かにしなさい!」と犬に注目してしまうなどです。何気ない自然な動作のように思われますが、犬の中では飼い主の注目を得たこと自体がごほうびになっており、結果として問題行動が悪化してしまうことがあります。
 2016年に報告された調査出典資料:詳細でも、飼い主が近くにいること自体が犬にとっての報酬になっている可能性が確認されていますので、自分のちょっとした言動が犬に対するごほうびになってしまうという点は絶対に忘れないようにしましょう。
犬の仮病  犬でも仮病を使うことがまれにあります。たとえば、ジョージ・ロマネス著「動物の知性」などでは、過去に怪我をした時、飼い主に優しくされたという経験をもつ犬が、なぜか痛くもないのに足を引きずる様子が記述されています。これは「足を引きずる」という行為と「注目を集める」という快感をセットで記憶した、オペラント条件付けの一例といえるでしょう。

犬への罰について

犬に対する嫌悪刺激(罰)の中で最もよくないのは、人の身体の一部を用いて苦痛を与える体罰  数ある罰の中で体罰(たいばつ)は最も望ましくないものです。体罰(直接罰とも)とは、罰を与えているのが飼い主であると犬が認識した状態で嫌悪刺激を与えることで、手で叩く、蹴る、鼻ピンをするといった直接的なものから、石を投げる、棒でたたく、チョークチェーンをグイッと引っ張るといった間接的(道具を用いた)なものまでを含みます。
 例えば盗み食いをした犬を平手で叩いたとしましょう。犬は叩かれた肉体的不快感と「手のひら」を結びつけて覚えます。この犬が散歩中に子供が寄ってきて頭をなでようと手を出してきたとします。犬の中では「手のひら」と不快が結びついていますので反射的に子供の手に噛み付いてしまうかもしれません。
 これは一例ですが、犬に体罰を加えてしつけることはメリットよりもはるかにデメリットのほうが大きいと判断されるため、当サイト内では基本的に扱わないものとします。また犬に対する罰が招く様々な弊害に関しては以下のページでも詳しくまとめてありますのでご参照ください。 犬のしつけには罰が必要? 嫌悪刺激は犬の福祉を損なう 優位性理論による体罰の正当化
 それに対し、許容される範囲の罰はサプライズで、1行で要約すると苦痛を与えることよりも驚かせることを主目的とした罰のことです。
 これはかつて「天罰」(てんばつ=誰が主体かわからない罰, 間接罰とも)と呼ばれていた概念ですが、天罰を適用する際は、犬に対して強い不快感を味わわせることに重点が置かれていました。しかしヴォイス、ボーチェルト、ブラックショーなど数多くの先人達の助言(罰は動物をハッと驚かせてその行動を妨害し、再開のあらゆる企てを即座に中断させるものであることが望ましい)にのっとり、近年は徐々に「犬を驚かせてひとまず行動を中断させること」に比重が移ってきています。
 こうした事情により当サイト内では、苦痛を与えるという意味合いが強く、誤解を招きやすい「天罰」という表現の変わりに、「サプライズ」(驚かせる)という言葉を、適宜用いることにします。
犬に対するサプライズ
  • 視覚的サプライズいきなり顔の上に布をかぶせ、視界をさえぎる・電気を消す
  • 聴覚的サプライズ小石を入れた空き缶(ガウ缶)を犬の後ろに投げつけて大きな音を出す
  • 嗅覚的サプライズ酢を薄めたスプレーを噴霧する
  • 味覚的サプライズ噛み付き防止剤=ビターアップル
  • 触覚的サプライズヘッドカラーを軽く引く
 サプライズを与えるタイミングが難しい点、犬がサプライズになれてしまいやすい点、そして動物福祉の観点など、使用するに当たっては知識と習熟を要しますが、全ての犬がほめて育てるしつけ方に反応するわけではないため、これらのサプライズも次善策として覚えておきましょう。
 なお、サプライズ(苦痛を与えることよりも驚かせることを主目的とした罰)を含めた嫌悪刺激を与えるには相応のリスクもありますので、それらも併せて念頭に置くようにします。以下は米国獣医動物行動研究会(AVSAB)が罰について採択している声明文の、具体例を交えた要約です。 臨床行動学(インターズー, P27)
罰を与えることの難点や有害反応
  • 正しいタイミングが必要問題行動と嫌悪刺激を関連付けるのには、オペラント条件付けの基本にのっとり、行動が発生して1秒以内(できれば0.5秒)に罰を与えなければなりません。しかしこのタイミングを常に遵守するには習熟を要します。
  • 罰には一貫性が必要問題行動に対して罰を与えたり与えなかったりという状況を作ると、それは結果的に犬を間欠強化していることになります。家族全員が一貫して同じ行動を徹底する必要がありますが、それは時として非常に困難です。
  • 適度な強度が必要犬が我慢できる程度の弱い罰からスタートすると、犬はどんどんその罰に慣れていきます。しつけ効果を実感できない飼い主がさらに罰の度合いを上げたとしても、犬は慣れながらその強度に順応していくでしょう。結果として、問題行動が直らないまま、いたずらに犬に不快感を与えることになり、飼い主にとっても犬にとっても大変な負担になります。
  • 過度の罰は身体的障害を与える首を絞めるチョークチェーンが首の血管や神経を痛めつけたり、首輪を引っ張りすぎて短頭種が眼球突出を起こしたりすることもあります。
  • 刺激への鋭敏化を招くアラーム音に引き続き電流が流れるショックカラーでしつけられた犬は、他のアラーム音を聞いても恐怖を覚えるかもしれません。つまり、今まではなんとも無かったものが、突如恐怖の対象になってしまうことがあるというわけです。
  • 攻撃行動の誘発犬を力づくくでねじ伏せるアルファロールやドミナンスダウンは、時に犬の攻撃行動を誘発します。
  • 問題行動の根本原因を放置するうなる、吠えるといった行為が恐怖、怒り、欲求不満などによって引き起こされている場合、仮に問題行動が見られなくなっても、根本的な原因を解決したことにはなりません。さらに、うなる、吠えるといった行為が攻撃前の威嚇行為として発せられていたなら、こうした行為が表面化しなくなったことにより、結果として「予告無しの先制攻撃」を誘発する危険性があります。
  • 人と罰を関連付ける危険性天罰でも、そばに飼い主がいると、不快感と飼い主とをリンクしてしまうことがあります。たとえばショックカラーで電流が流れた瞬間、目の前に飼い主の姿があると、飼い主と不快感をリンクして学習してしまうかもしれません。
  • 望ましい行動をとらせることが難しいSSDR(下記解説参照)のような生得的な反応以外を、罰を与えることで教えることは困難です。
SSDR
 SSDRとは「種特異的防御反応」のことで、怒りや恐れなど、動物が不快な感情を味わっているときに見せる自然なリアクションのことを言います。たとえば、耳をつねられた犬がキャンと鳴いて口をあけるなどです。
 一般的に嫌悪刺激を用いて犬をしつける場合は、実現しようとしている犬の動作がこのSSDRに含まれていることが理想です。ですから、「犬の動きを止める」ときには使える嫌悪刺激でも、「後足で直立する」という不自然な動作を教える際には使えないということになります。
NEXT:ごほうびと罰の与え方

ごほうびと罰の与え方

 犬に対して快を与えるもの(ごほうび)と不快を与えるもの(罰)が何であるかは理解しました。では具体的に犬にごほうびや罰を与える際に一体どのようなポイントに注意すればよいのでしょうか?以下では、犬に課題行動をしつけるとき問題行動を矯正するとき芸やトリックを仕込むときの全てに共通する、基本的な考え方を述べていきます。

犬をじらせておく

犬に対するごほうび効果をより高めるには、事前に犬に禁欲させること。  ごほうびのもつ効果を最大限に引き出すためには、事前に犬をじらせておく必要があります。これを「遮断化」(しゃだんか)、もしくは「刺激剥奪」(しげきはくだつ)と呼びます。
 スコットとフラーの研究(1965)によると、バセンジーの子犬よりも、ビーグルの子犬のほうが食べ物に対する執着が強く、動機付けされやすいといいます。また2016年に行われた最新の調査出典資料:詳細では、「食べ物」に強く反応する犬がいる一方、「褒め言葉」に強く反応する犬がいることが確認されています。これらの事実は、ごほうびに対する感じ方には犬種間や個体間で差があり、中にはあまりごほうびに反応しない犬もいるということを示唆します。
 しかし、おやつ、おもちゃ、遊び、ふれあいなど、犬が好きな刺激を、なるべく前の段階で禁欲させて欲求を高めておけば、リアクションの薄い犬に対しても、ごほうびが威力を発揮しやすくなるはずです。つまりしつけがしやすくなるという意味です。
 ただし、あまりにも長時間犬に禁欲を強いてしまうと、「ヤーキーズ・ドッドソンの法則」にのっとり、ごほうびに対する欲求が高まりすぎて、逆にしつけ効果が減少してしまうことが考えられます。ですから禁欲期間は、犬の集中力を観察しつつ、24時間程度を上限としたほうがよいでしょう。
ヤーキーズ・ドッドソンの法則
 ヤーキーズ・ドッドソンの法則とは、心理学者のロバート・ヤーキーズとJ.D.ドットソンがネズミを用いた実験で発見した法則です。内容は、覚醒レベルが高くなるに従って効率(パフォーマンス)は増すが、最適なレベルを越えて、強い情動が喚起されるような状態になると、逆にパフォーマンスは低下する、というものです。つまり期待感や緊張感が高まりすぎた状態では、気もそぞろになり、冷静心を失ってしまうということです。

一つの行動と快・不快を同居させないこと

 一つの行動には快か不快のどちらか一方だけを結びつけるように注意します。なぜなら、単純に犬が混乱するからです。例を出しましょう。
 ある家族でマルチーズが飼われていました。ある日その家族の一員である女の子のベッドに上がって休んでいたら、 女の子がやってきて体を優しくなで、添い寝してくれました。次の日、お母さんのベッドで休んでいました。 そしたらお母さんがやってきて、いきなり大きな声で怒鳴り散らし、すっかり怒られてしまいました。
 この場合「ベッドに上がる」という行動の中に、快(なでて添い寝してもらう)と不快(大声で怒鳴られる)の両方が同居しています。これでは犬が混乱しどうしていいのか分かりません。人間で言うと、本屋の実用書コーナーでは何も言われなかったのに、コミックコーナーで立ち読みしていたら「立ち読みはご遠慮下さい!」と注意されるようなものです。「どっちかはっきりしろよ!」と言いたくなりますよね?犬も同じ心境です。
 ポイントは一つの行動には快か不快のどちらか一方だけを結びつけるようにするという点です。よくあるのは、あるときは「ジョン!よくやった!」とほめたのに、あるときは「ジョン!ダメじゃないか!」と叱ってしまうことです。犬の立場からすると、自分の名前が呼ばれたらほめられるのか叱られるのか、はたまた飼い主の元に行っていいのか悪いのかが分からなくなってしまいます。
予測不能性とストレス
 ほめるときと叱るときに一貫性を持たせることは、犬のストレスを軽減するという観点からも極めて重要です。
 1972年、ロックフェラー大学のジェイ・ヴァイスは、電気ショックを与えられる10秒前にアラームが鳴るラットと、何の予告も無く。その結果、電気ショックの強さは同じであるにもかかわらず、何の予告も無い方のラットでは胃潰瘍の長さが6倍にも跳ね上がったといいます。
 このように、危険がいつくるのかを予測できない状況においては、動物は非常に強いストレスを受けると考えられます。明確な方針や一貫性も無く、ただ闇雲に犬をしかりつける飼い主は、ちょうど「予告無しの電気ショック」と同じ存在だといえるでしょう。こうしたストレスフルな環境は「予測不能性」(unpredictability)などとも呼ばれます。

タイミングに気をつける

 犬にごほうびや罰を与えるときはタイミングを間違えないというのが大原則です。ポイントは、刺激の後に快不快を持ってくるという点です。

古典的条件付けの場合

 古典的条件付けにおける賞罰のタイミングは中性刺激の直後です。
 具体的には、名前を呼んだ直後におやつを与えるなど、中性刺激の直後に快不快を提示したとき、最も古典的条件付け効果が高まり、これを「延滞条件付け」といいます。実際に用いられるのは「ボディコントロール」(さわる→ごほうび)、「いろいろな音に慣らす」(音→ごほうび)、「首輪とリードに慣らす」(首輪を付ける→ごほうび)などにおいてです。全て中性刺激の後にごほうびが来ている点に注目してください。
 なお、ごほうびと刺激を同時に提示する「同時条件付け」や、刺激が終了した後にごほうびを提示する「痕跡条件付け」だと効果が不十分で、ごほうびの後に刺激を提示する「逆行条件付け」では、多くの場合全く学習が成立しないとされます。 古典的条件付けにおける4つの対提示パターン~延滞・痕跡・同時・逆行
指示語について  犬に特定の行動を促す指示語(弁別刺激とも)を覚えさせる過程は、学習したオペラント行動(座る→ごほうびという1セット)と音声(オスワリという指示語)との古典的条件付けだという考えが現在の主流です。ですから指示語は必ず行動の直前に発して覚えさせるようにします。なぜなら、行動の後に指示語を発するのは、上記「逆行条件付け」に相当するため、半永久的に言葉を覚えてくれないためです。
 

オペラント条件付けの場合

オペラント条件付けにおける賞罰は、行動の直後が最適  オペラント条件付けで犬をしつける場合、行動が発生している最中か直後に賞罰を与えることが必須となります。
 具体的には、行動をとった0.5秒くらい後に賞罰を与えるのが最も有効とされ(Kimble, 1956)、盲導犬訓練士の多和田悟さんは「即座よりも早く」という表現を用いて、この原則の重要性を強調しています。またアメリカにおけるカリスマドッグトレーナー、ジーン・ドナルドソンは「並みのトレーナーは犬が体を起こした瞬間をとらえ、優秀なトレーナーは犬が体を起こそうとした瞬間をとらえ、名人級のトレーナーは、犬が最初に筋肉をピクリと動かした瞬間をとらえる」という一文にタイミングの重要性をまとめています。
 実際に用いられるのは「オスワリ」(座る→ごほうび)、「フセ」(伏せる→ごほうび)、「無駄吠えのしつけ」(吠える→おしおき)などにおいてです。全て行動の後にごほうびや罰が来ている点に注目してください。これは犬の短期記憶能力犬の回想能力でも詳述した通り、犬が直前の行動を覚えていられるのは、せいぜい2~3秒だからです。
 2014年に行われた最新の実験により、学習を成立させるためには、報酬を与えるタイミングを行動や中性刺激の0.3~2秒後に設定する必要があることが確認されました。
 実験の対象となったのはマウスの脳にある「側坐核」(そくざかく)と呼ばれる快楽中枢。特殊な方法を用い、神経細胞同士の連結部である「シナプス」における特性が観察されました。その結果明らかになった「学習成立の条件」は以下です。
学習成立の条件
  • 1: グルタミン酸がシナプスを活性化
  • 2: 直後の0.3~2秒の間に快楽物質ドーパミンが作用
  • 3: 興奮性シナプスの頭部が増大する
  • 4: シナプス結合が50分後まで強化され続ける
  • 5: 学習成立!
 また同様の手順でグルタミン酸刺激の直前や5秒後にドーパミン刺激を与えても、シナプス頭部の増大が起こらなかったとのこと。
 上記「グルタミン酸がシナプスを活性化」の部分を「ある特定の行動をする」、もしくは「ある特定の中性刺激を受け取る」に置き換えてみると、行動や刺激の直後0.3~2秒というきわめて限られた時間内に報酬(ドーパミン)を与えなければ、記憶を形成する「シナプス」がなかなか強化されないということになります。つまり、犬を効果的にしつける際は、やはりタイミングが命ということです。 A critical time window for dopamine actions on the structural plasticity of dendritic spines

犬に接する人が一貫性を持つこと

 犬にごほうびや罰を与えるときは、接する全ての人が一貫性をもつことも重要です。特に犬を複数の飼い主が世話しているような場合、以下で述べる連続強化と間欠強化のそれぞれの特性を理解し、家族全員が一貫した計画を立てて賞罰の与え方を統一することが必須となります。

連続強化

 「連続強化」(れんぞくきょうか)とは、ある行動をとったとき、常に同じ賞罰を与えることをいいます。連続強化によって成立した学習の特徴は、刺激に対して報酬が与えられなくなると、じきに刺激を与えても反応が起こらなくなるということです。これを反応の消去と呼びます。
 たとえば「ワンワン吠えたら飼い主がやってきていつもおやつをくれていたけど、最近おやつをくれなくなったなぁ。疲れるだけだから吠えるのや~めた」などです。この例では、報酬が与えられなくなったことでうまく行動が消失しています。しかし、犬が吠えている途中で家族の誰かが根負けし、うっかりおやつを与えてしまうと、行動が再びぶり返してしまいます。
 ですから犬に接する全ての人が、事前に決めたルールを一貫して守ることが重要なのです。

間欠強化

 「間欠強化」(かんけつきょうか)とは、ある行動に対して賞罰を与えたり与えなかったりすることをいいます。間欠強化によって成立した学習の特徴は、刺激に対して報酬が与えられなくなっても行動が消失しにくいという点です。
 たとえば「ワンワン吠えたらおばあちゃんがやってきてたまにおやつをくれていた。くれないことがあるけど、チャンスを逃したくないからずっと吠えよう」などです。この例では、報酬が与えられなくても、「もしかしたら」という期待感がある限り行動が消失することはありません。このおばあちゃんのように、家族の中の一人でもルールを破って犬に無計画な賞罰を与えしまうと、その気は無くても間欠強化によって問題行動を助長してしまうことがあるわけです。
 その場合、学習してしまった行動を修正することが非常にやっかいになりますので、家族内における事前のルール設定、および徹底した遵守(じゅんしゅ)が極めて重要になります。
NEXT:犬はほめてしつけるもの

犬のしつけはほめるが基本

 犬にしつけを施す場合、すなわち犬にある一定の行動を学習させる場合、理論的には快を与える方法と不快を与える方法があります。しかし結論から言うと、犬のしつけはほめて育てるが基本です。
 盲導犬訓練士として名高い多和田悟さんは、仕事を始めた当初、候補犬を厳しくしつけたといいます。結果、盲導犬としての基本的なタスクはできるようになりましたが、実地に出た途端、「使えない」というクレームが入ったそうです。理由は「トレーナーの元では素直だが、実際の利用者の元ではわがままになり、ちっとも言うことを聞かない」というものでした。
 このように、犬自身が行動を楽しいと感じていなければ、たとえ一時的に行動を記憶させることができても、そこに永続性はなく、そのうち元に戻ってしまうのです。こうした経験を機に、多和田さんは犬をほめて育てる方針に切り替え、以後、数多くの優秀な盲導犬を世に放ってきました。
 こうした体験談以外にも、犬をほめて育てることの正当性は、実験によって確認されています。具体的には以下です。 犬はあなたをこう見ている(河出書房新社)

犬をほめてしつけた場合

犬をほめてしつけた場合は、犬の素直さが促進される  2004年、エリー・ハイビーらがイギリスで行った調査では、364人の飼い主に対し、トイレ、来い、放せ、など基本的な7つのしつけをどのように教えたかをたずねました。回答者の内、主に罰を用いてしつけた飼い主は、66%が言葉で叱り、12%が体罰を使ったとのこと。一方、主にごほうびを用いてしつけた飼い主は、60%が言葉でほめ、51%が食べ物を与えたそうです。その結果、ごほうびを利用した飼い主は、罰を利用した飼い主より、犬が従順だと答えている割合がはるかに高く、逆に体罰を用いた飼い主は、人や犬に吠える、おびえる、分離不安など、飼い犬に問題行動が多く見られると回答しました。
 上記した調査はトレーニングの最中におけるごほうびの有効性を示すものですが、2016年に行われた調査出典資料:詳細では、トレーニング後30分以内に散歩や綱引きなどの「遊び」というごほうびを設けてあげると、なぜか犬の記憶力が向上するという面白い現象が確認されています。まだ研究段階ですが、この現象がすべての犬に当てはまるのだとすると、犬のしつけ方における新しいスタンダードとして定着していく可能性もあります。

犬を罰してしつけた場合

犬を罰してしつけた場合は、犬の攻撃性が助長される  ペンシルベニア大学ライアン病院が発表した研究報告によると、望ましくない行動をした犬を叩いたり蹴ったりする、犬が口にくわえたものを力ずくで放させる、アルファロール(力ずくで仰向けに寝かせて押さえつける)、にらんだり犬が目をそらすまで凝視する、ドミナンスダウン(力ずくで横向きに寝かせる)、犬の顎をつかんで左右に振るなど、体罰や不快感を伴うしつけを受けた犬の、少なくとも1/4から攻撃的な反応を引き出したとしています。これに対し、体罰を使わないしつけを受けた犬と攻撃性の間に関連性は見出せなかったとのこと。
 上記した例の他にも、犬に罰を加えると学習能力が低下するという事例は山ほど報告されています。詳しくは「犬のしつけには罰が必要?」にまとめてありますのでご参照ください。

犬のしつけは「ほめる」が基本

 19世紀、犬のしつけは「調教」と呼ばれており、犬に体罰を与えて訓練することが普通でした。1894年、このような犬の扱い方に対して異議を唱えたT.S.ハモンド氏は、著書「犬の実践的訓練法」の中で、当時の犬の訓練士たちの平均的な姿を以下のように述べています。
犬の問題について書いている作家のほぼ全員が(中略)ムチと綱とトゲつきの首輪、そしてときには銃を発砲し、革靴で激しくたっぷり蹴りを入れることが、犬の完全な教育には絶対不可欠だと考えている。
 たまにテレビで放映される「犬のしつけ選手権」などでは、スパルタ式のしつけを実践している人が登場することがあります。また、アメリカで2005年10月に出版され、200万部を超えるベストセラーとなって映画化もされた「マーリー・世界一おバカな犬が教えてくれたこと」の中でも、犬を蹴っ飛ばしてしつける場面などが平気で描写されています。
 マスメディアを通してこのような体罰式のしつけ方法を見聞きしていると、「犬に体罰を与えてしつけるのは普通なのかな?」と早合点してしまう人も出てくることでしょう。しかし21世紀になった現在、心理学者も行動学者もドッグトレーナーの多くも、犬に一定の行動を教える際は、蹴りを入れるよりもっと効果的な方法あると考えています。
 犬に対するストレスを最小限にしつつ、最大限の効果を生み出せるようなしつけ方があるなら、愛犬家としてはぜひそうした、犬にとってストレスの少ないほめて育てるしつけ方をマスターしたいものです。
残念なことに、いまだに「優位性理論」をふりかざして犬に対する体罰を容認したり推奨している獣医師やドッグトレーナーがいます。
 市販されているしつけ本やDVDの中には、「犬との主従関係を再構築する必要がある」といった名目で、犬に対する体罰を正当化しているものがあるかもしれません。
 しかし体罰を容認する本や訓練士はすべて、最新科学をフォローしていない不勉強なものたちです。犬に対して不快感を与える嫌悪刺激には、しつけとしての効果がないばかりか、不安や恐怖心を増大させ問題行動を悪化させる危険性が確認されています。以下は暴力や体罰を用いてはいけない理論的な根拠です。まだ間に合いますので、今すぐ知識のアップデートを行ってください。
☟☟☟☟☟ 犬のしつけには罰が必要? 犬の訓練に苦痛や不快感を与える嫌悪刺激を用いてはいけない 犬に対する電気ショックカラーの使用は虐待・犯罪 優位性理論による体罰の正当化は犬虐待