詳細
犬をしつける際、ご褒美として「褒め言葉」を用いるのか「食べ物」を用いるのかは、時として議論の対象になります。ドッグトレーナーの中には「しつけにおやつなんか必要ない。褒めてあげるだけで十分だ!」と主張する人がいますが、その主張は個人的な経験から導き出した単なる印象だったり、「餌付けは動物に賄賂を渡しているようで気に食わない」という個人的な好みの反映であることが少なくありません。また過去に行われたいくつかの実験でも、食べ物を選好する犬もいれば飼い主との交流を選好する犬もいるなど、結論が分かれているのが現状です。
アメリカのエモリー大学心理学部を中心とした調査チームは、「褒め言葉」と「食べ物」が犬に対してもつご褒美としての力を比較するため、脳内の活動をリアルタイムでモニタリングできる「fMRI」という機械を用いた検証を行いました。チームはまず、アトランタに暮らす犬15頭を訓練し、MRIの中で数十秒間静止状態を保てるようにしました。次に「おもちゃの車を見せる→3秒間言葉で褒める」、「おもちゃの馬を見せる→棒の先に付いたホットドッグを与える」、「へアブラシを見せる→何の報酬も与えない」というトレーニングを繰り返し、「車」や「馬」といった中性的な刺激が犬にとって報酬のきっかけになるよう覚えこませました。
報酬と犬の反応
- 実験1【内容】 覚醒した状態でfMRIに入っている犬の目の前に「車」(褒め言葉のきっかけ)、「馬」(食べ物のきっかけ)、「へアブラシ」(無意味)を32回ずつ提示し、犬がワクワク感を抱いた時に活性化することで知られる「腹側尾状核」の活動を観察する。
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【結果】 「車」(褒め言葉のきっかけ)や「馬」(食べ物のきっかけ)を提示された時の方が、「へアブラシ」(無意味)を提示された時よりも尾状核が強く活性化した。また「馬」と「車」とを比較した場合、15頭中13頭では「車」の方でわずかに活性度が強くなったものの、全体的には同程度だった。 - 実験2【内容】 実験1と同様の手順で「馬」を12~16回、「へアブラシ」を15~20回、「車」を60~80回提示し、腹側尾状核の活動を観察する。ただし「車」の1/4は、刺激を提示した後に褒め言葉を与えないという「期待の裏切り」設定を混ぜる。
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【結果】 食べ物よりも褒め言葉に重きを置いている犬の場合、期待を裏切られたときよりも、実際に報酬を与えられた時の尾状核の活性度が強まる。 - 実験3【内容】 部屋の中にY字路を設け、一方の端には入口に背中を向けた飼い主、他方の端には皿に盛られた食べ物を配置する。犬を入室させ、自発的にどちらを選ぶかを1頭につき20回観察する。
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【結果】 食べ物よりも褒め言葉で尾状核が強く活性化する犬は、自発的選択状況においてもやはり飼い主を選ぶ傾向があった。逆に、褒め言葉よりも食べ物で尾状核が強く活性化する犬は、食べ物の盛られた皿を選ぶ傾向があった。さらに、どちらか一方の報酬に強い活性化を示さなかった犬は、自発的選択状況においてどちらか一方を積極的に選ぶことがなかった。
解説
今回の調査では、ほとんどの犬において食べ物と褒め言葉とが同じくらいの価値を持っていました。しかし、食べ物を始めとする物質的な報酬を重く見るのか、それとも褒め言葉を始めとする社会的な報酬を重く見るのかには、遺伝、社会化の度合い、どのようなしつけを受けてきたか、その場の注意力や満腹の度合いといった様々な要素が複雑に絡み合っているため、「犬のしつけにおやつは必要ない!褒めるだけで十分!」と一般化してしまうのは早計でしょう。これは、Facebookの「いいね!」の数にこだわる人もいれば、全く無関心な人もいるのと同じことです。
もっとも無難なのは「おやつを与えると同時に褒める」という手法です。ただし食べ物をご褒美として用いる際は、常に肥満に陥るという危険性がつきまといますので、体重管理はしっかりと行わなければなりません。
もっとも無難なのは「おやつを与えると同時に褒める」という手法です。ただし食べ物をご褒美として用いる際は、常に肥満に陥るという危険性がつきまといますので、体重管理はしっかりと行わなければなりません。