詳細
調査を行ったのはウィーン大学獣医学部のチーム。1~9歳のラブラドールレトリバー16頭(年齢中央値49ヶ月齢)を8頭ずつの2グループに分け、トレーニング直後の時間の過ごし方が、学習能力にどのような影響を及ぼすかを比較調査しました。トレーニングの具体的な内容は以下です。
性質が全く異なる2つの物を用意し、犬の前に提示する。どちらか一方を任意で正解とし、犬が正解のものを選んだらご褒美を与える。1セッションを10回のトライアルとし、直近2セッションの正解率が連続で80%を超えた時点で「合格」とみなす。
一方のグループに対しては、課題に合格した後に遊び時間を設け、もう一方のグループに対しては休息時間を設けました。具体的な設定は以下です。
こうした結果から調査チームは、学習の直後に感情を喚起するような愉快な体験をすると、学習した内容に関する記憶が増強されるかもしれないという可能性を突き止めました。なおこの現象は、人間においては既に確認されているとのこと。 Playful activity post-learning improves training performance in Labrador Retriever dogs ( Canis lupus familiaris )
トレーニング後の過ごし方
- 遊びグループウォーキング(10分)+リードなしの自由行動(10分)+ウォーキング(10分)の合計30分からなる。「ウォーキング」ではフェンスで囲まれたエリアを自由に歩き回ることができ、「リードなしの自由行動」では取って来い、フリスビー、綱引きなどができる。
- 休息グループ30分間ベットに横たわることができるが、その間、人間と交流することはできない。
こうした結果から調査チームは、学習の直後に感情を喚起するような愉快な体験をすると、学習した内容に関する記憶が増強されるかもしれないという可能性を突き止めました。なおこの現象は、人間においては既に確認されているとのこと。 Playful activity post-learning improves training performance in Labrador Retriever dogs ( Canis lupus familiaris )
解説
今回の調査で確認された現象の背景には、「感情的な起伏」と「身体的な運動」という2つの要因があるのではないかと考えられています。
「感情的な起伏」が記憶を増強するという現象は、ヒト、ヒト以外の霊長類、げっ歯類などで既に確認されています。生理学的なメカニズムは、感情を喚起するような出来事があるとβアドレナリン作動性受容体の活性化とストレスホルモンの放出が起こり、脳内における記憶の整理統合が助けられ、結果としてその出来事に対する記憶力が増強するというものです。ラットやニワトリを対象とした調査では、副腎皮質ホルモン、糖質コルチコイド作動薬、副腎皮質ホルモン受容体拮抗薬を投与した場合に記憶力の増強が起こると報告されています。これらは一般的にストレスレベルを高める物質ですが、遊びに興じてストレスを感じていないはずの「遊びグループ」の犬でも記憶の増強が起こったというのは興味深いところです。
「身体的な運動」が記憶を強めるという現象も確認されています。例えば、学習の途中に身体的な運動取り入れた児童では、学習効率が著しく向上したという報告などです(→出典1・出典2)。「遊びグループ」の犬で見られた好成績の理由は、単純にウォーキングや引っ張りっこといった運動が記憶力を増強した結果なのかもしれません。
今回の調査結果をヒントにすると、飼い主と犬の両方にとってプラスになるしつけのポイントが見えてきます。それは「トレーニングの後に遊んであげる」ということです。以下で簡単な注意点を記します。
Animals 2020, 10(7), Nadja Affenzeller,DOI:10.3390/ani10071235
犬の記憶力を高めるコツ
- 人間が相手になる まだ予備的な調査しか行われていないため、犬同士の遊びが記憶を増強するかどうかは確認されていません。追加調査で「人間との遊びでも、犬との遊びでも同じように記憶が増強される」という事実が確認されるまでは、人間が遊び相手になってあげましょう。
- 訓練後30分以内に遊ぶ 人間においては、学習後30分以内に感情を喚起するような愉快なイベントが発生すると長期記憶の増強が起こることが確認されています。動物においては、トレーニング直後にアンフェタミン、アドレナリン、糖質コルチコイドといった成分を投与された個体において最も顕著な記憶増強作用が見られたといいます。犬と遊んであげるタイミングとしては、学習直後30分以内を目安とするのがよいと思われます。
- 懲罰はいらない 今回の調査では「遊びグループ」と「休息グループ」の唾液中コルチゾールレベル(ストレスホルモン)に違いはなかったにもかかわらず、前者においてのみパフォーマンスの向上が見られました。この事実から「コルチゾールは記憶の増強に関わっているものの必須条件では無い」ということが言えそうです。犬のパフォーマンスを向上させたいなら、懲罰を加えてコルチゾールレベルを高めるよりも、30分間遊びに付き合ってあげた方が犬の福祉向上につながると考えられます。
Animals 2020, 10(7), Nadja Affenzeller,DOI:10.3390/ani10071235