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犬の主従・上下関係~序列意識のウソ本当

 犬は小型のオオカミであるという風説に合わせ、「犬には序列意識があり主従・上下関係を重んじている」と長らく信じられてきました。この風説はウソなのでしょうか?本当なのでしょうか?また犬をしつける際にどのような影響を及ぼすのでしょうか?

序列意識のしつけへの影響

従来から定説となってきた人と犬との支配的階級制説  長らく「イヌは小型のオオカミである」という通念から、犬もオオカミと同じように支配的ランキング意識にのっとって行動するという考えが幅を利かせ、この考えに沿ったしつけ本が書店にあふれていました。いわゆる犬は家族のメンバーを序列化して主従・上下関係を築いているというものです。
 これに対し近年、「犬をオオカミと同様に考えてはいけない」とする新たな思潮が生まれ、従来の考え方との間で対立構造を生んでいます。平たく言うと犬の支配的と見られる行動の多くは、ドッグトレーナーが生徒たちに説明しやすいように作り出した幻影にすぎず、主従・上下関係なんていらないというものです。
 さて、こうした対立が生まれた背景には、動物行動学の分野における最新の研究のほか、犬に対して暴力も辞さないような一部の極端なドッグトレーナーに対する動物愛護者からの心理的な反発があるように思われます。要するに、体罰を正当化するために主従・上下関係を持ち出すドッグトレーナーがあまりにも多いため、いつのまにか暴力的なドッグトレーナーと同時に考え方まで自動的に嫌いになっているということです。
 しかし犬のしつけ本を手に取る多くの飼い主にとっての関心事は、犬にランキング意識があるのかどうかという点ではなく、ランキング意識の有無によって、最終的にしつけの仕方が変わるのかどうか、という点ではないでしょうか?
 結論から言うと、犬に序列意識があろうとなかろうと、しつけの仕方が大きく変わることはありません。たとえば序列意識の肯定論者と否定論者の考え方の違いを端的に表すと、以下のようになります。
犬に序列意識があるとする派
犬に序列意識がないとする派
  • 犬がリードを引っ張る→引っ張ることと報酬が結びついている→リーダーウォークのしつけ
  • 犬が我先にえさを食べようとする→がっつくことと報酬が結びついている→食事のしつけ
  • 犬が飼い主のベッドを占領している→高い場所にいることと報酬が結びついている→ハウスのしつけ
 両者の考え方を見てみましたが、まず犬の問題行動があり、それに対して最終的にしつけを施す、という大まかな流れについては共通していることがお分かり頂けると思います。つまり先述したとおり、犬の序列意識の有無に関わらず飼い主がすべきことは条件付けに基づいた適切なしつけを行うことなのです。ここでいう「適切な」とはもちろん、犬に対して体罰を与えず、可能な限りほめて育てることを指します。
 「犬の序列意識など重要ではない」とすると多少言い過ぎかもしれませんが、否定論者と肯定論者の議論に気を取られ、自分が本来すべきことに対する意識にぶれが生じたときは、「いずれにしても、暴力に訴えないやり方で、条件付けによる適切なしつけをすればよいのだ」という基本方針を思い出し、頭の整理を図ってみてはいかがでしょうか。
リーダーという言葉について  「リーダー」という表現に強い抵抗感を示す人が増えていますが、飼い主が「リーダー」になること自体が必ずしも悪いわけではありません。
ペットライフにおける飼い主の役割は、マラソンの先導者に近い  確かに、感情に任せて犬を小突き回すような横暴なリーダーは、方法論的にも動物福祉の面からも間違っています。しかし、犬というランナーに進むべき正しい道をそれとなく示してあげる、「マラソンの先導者」としてのリーダーは、むしろペットライフに必要な存在です。犬を力で制圧したり暴力を用いる一部のドッグトレーナーや飼い主への強い嫌悪感から「リーダーなんてクソ食らえ!」と頭ごなしに「リーダー」という概念を否定してしまう傾向にありますが、正確には「理不尽に生徒を殴る体育教官的なリーダーなんてクソ食らえ!」と言うべきでしょう。
 なお、マラソンの先導者としての飼い主の役割を表現するときは「リーダー」という言葉よりも「バディ」(相棒)、や「ペースメーカー」などの方が語感的にしっくりきますが、当サイト内では混乱を避けるため便宜上「リーダー」という表現を用いていきます。
NEXT:支配的ランキング制

犬の支配的ランキング制

 「犬に支配的ランキング制はあるのか?」、「犬は家族のメンバーを一人ずつ品定めして主従・上下関係を築いているのか?」という疑問に対しては、現時点では犬によって異なるとしか答えようがありません。なぜなら、犬の序列意識に影響を及ぼす要因があまりにもたくさんあるからです。「主従・上下関係(ヒエラルキー)なんて嘘っぱちだ!」と声高に叫んでいるドッグトレーナーもいますが、実は動物行動学の分野においてはっきり結論が出ているわけではありません。

犬の序列意識を左右するもの

 犬の祖先と進化で詳述したとおり、犬の祖先はタイリクオオカミであることはほぼ確定しています。この事実だけから単純に考えると、「オオカミの習性をそっくりそのまま受け継いでいるのが現代の犬だ」となりそうですが、後述するオオカミと犬の生態観察から、支配的ランキング制(群れの中での主従・上下関係)という点にだけ着目してみると、事態はそう簡単ではないようです。
犬とオオカミの生態観察結果
  • 野生のオオカミ主従・上下関係は見られない
  • 飼育オオカミ明確な主従・上下関係がある
  • 野生のイヌ主従・上下関係は見られない
 このように、生活しているのが野生環境か飼育環境かによって、犬やオオカミの内部に生じる支配的ランキング制は左右されるようです。では、これらの観察結果を私たちが家の中で飼っている犬にあてはめようとすると、一体どれが適切なのでしょうか?
 犬の行動を説明する時、家族との主従・上下関係をあてはめようとするドッグトレーナーは、明らかに「飼い犬=飼育オオカミ」という図式を極端化しています。逆に「犬は友達だから支配関係やヒエラルキーなんて必要ない」と主張する人は、「飼い犬=野生のオオカミ(イヌ)」という図式を妄信している嫌いがあります。
 しかし実際は、犬の支配的ランキング意識は、犬種、性別、性格、不妊手術の有無、繁殖期、飼育頭数、飼育環境、ストレスなど、極めて多種多様な要因によって影響を受ける、流動的なものと考える方が妥当です。たとえば以下のような例からも、どちらか一方に偏って考えることの不自然さが浮き彫りにされます。
犬の序列意識を左右するもの
  • 犬種  犬種による犬語の理解度でも詳述したとおり、犬種によって理解できる犬語には大きな開きがあり、外見がオオカミに近ければ近いほど、オオカミがよく用いる犬語を理解することができます。こうした事実から、外見がオオカミに近いほどオオカミの習性を色濃く遺伝子に残していると仮定すると、シベリアンハスキーパグの中に芽生えるランキング意識が同じとは、ちょっと考えづらくなります。
     また、Wright(1991)の研究では、ジャーマンシェパードには縄張りに関する攻撃行動が強く、咬傷事故を起こす確率も高いという結果が出ていることからも、犬種によってランキング意識の発現する度合いが変動するということは、大いにありそうです。
  • 性別・不妊手術の有無・繁殖期  閉ざされた環境で飼育されたオオカミの間には、繁殖期において明らかなランキング意識が見られました。これは、繁殖する優先順位をなるべく上げようとする本能的な衝動だと思われます。こうしたことから、不妊手術の有無や繁殖期かどうかという点が、犬の本能的なランキング意識のスイッチを入れるかどうかを左右するように思われます。
     また、縄張りを主張する掛け尿(後足を上げておしっこをする)という行動がメスよりもオスに多く見られることから、オスの方がメスよりも他の個体より上になろうとする序列意識が強いと考えられます。
  • 性格  マイケル・ローリーが12群のサバンナモンキーの群れを通して行った実験によると、支配的な性格と脳内伝達物質セロトニンとの間には明確な相関関係があるようです。これはセロトニン値が高い個体ほど攻撃性が低く落ち着きがあり、リーダーとしての適性を備えているというものです。
     このデータから考えると、もしセロトニン値に先天的な差があるなら、個体ごとの支配性はある程度生まれつきの性格というものによって左右されるとも考えられます。
  • 飼育頭数  ドーリットウルト・フェッダゼン・ペーターゼン博士は、同一犬種を戸外の広い囲いの中に放し飼いにする実験を行い、外見がオオカミに近い犬種ほど、階級を作ってうまくグループを維持することが得意であることを発見しました。このことから、犬種にもよりますが、同一犬種を多頭飼いしている家庭においては、1頭飼いの家庭におけるよりも、犬の序列意識が発現しやすいという推論が成り立ちます。ちなみに自発的に階級を作ってうまくやっていける犬種は、アラスカンマラミュートジャーマンシェパードサモエドなどです。
  • 飼育環境・ストレス  屋外飼育されている犬は、家の前を通過する人や車により、常に縄張り意識が刺激されていると考えられます。こうした本能的な部分が常に活発化している犬においては、同じく本能的なランキング意識も強まっているかもしれません。
     また、散歩が少ない、飼い主とのふれあいが少ない、留守番が長いなどのストレスにさらされている犬は、他の犬や飼い主に対して支配的、あるいは攻撃的に振舞うことにより、ストレスを発散するということも考えられます。
 こうした観点を踏まえて考えると、生活している環境や種類が違う犬をひとまとめにして「支配的序列意識がある」と言ったり、逆に「支配的序列意識なんてない」と言ったりすることは、かなり無理がある極論であることがお分かりいただけるでしょう。すなわち文頭で言ったとおり、犬に支配的序列意識があるかどうかは、断言することが難しい流動的なものなのです。

主従・上下関係否定論者

 動物行動学者のジョン・ブラッドショーは著書「犬はあなたをこう見ている」の中で、従来当たり前と考えられてきた「犬のランキング意識」というものに対し、根本的な疑問を投げかけている、ランキング意識否定論者のうちの1人です。彼の主張を要約すると以下です。 犬はあなたをこう見ている(河出書房新社)
犬はオオカミとは違う
  • 常に群れの中でトップに立ち、他のメンバーを支配したがるのは、動物園の中で飼育されているオオカミに見られる傾向であり、そもそも野生のオオカミのものではない。
  • 動物園のオオカミには、確かに競争心と敵意に基づく支配行動が見られるが、同じような状況に置かれた犬は階層社会を作らない。
  • 人間に束縛されることなく、自由に生きている野犬を観察すると、オオカミとはまったく別の行動様式を持っており、他の個体を支配しようとする顕著なランキング意識は見られない。
 こうした論拠からブラッドショー氏は、犬がランキング意識を持ち、常に他の個体を支配しようと虎視眈々と狙っているというのは、ドッグトレーナーたちが作り上げた幻想であると主張し、さらに、実際に犬の見せる「支配的」と思われる行動は、RHPモデルという単純な行動様式にのっとって生み出されると推論しています。RHPとは「Resource Holding Potential」の略であり、「資源保持能力」と訳されます。
犬のRHPモデル
  • 犬は目の前にあるエサやおもちゃに対する純粋な欲求から行動するのであり、そこにランキング意識などない。
  • ほしいものを手に入れる際、競争相手がいる場合は、排除しなければならない。
  • ライバルを排除しようとするときは、「自分の欲求の度合い」と「競争したときの勝率」をはかりにかけた上で逃走か闘争かを決定する。
 このように、犬の行動の裏にはランキング意識や支配欲などというものはなく、より単純なRHPモデル(資源保持能力)を行動原理にしているというのがジョン氏の主張です。いうなれば、犬は私たちが考えているよりも猫的な振る舞いをするといったところでしょう。
 また犬の行動学研究者、アレクサンドラ・ホロウィッツ女史も、著書「犬から見た世界」(P74~)の中で、犬がオオカミから受け継いだのは序列意識ではなく社会性であるとし、従来の犬=オオカミモデルを「間違った理解」と断言しています。

主従・上下関係肯定論者

 全ての行動と序列意識を絡めるほど極端ではありませんが、アメリカでカリスマドッグトレーナーと呼ばれるシーザー・ミランは、犬の序列意識肯定論者の代表格といってよいでしょう。
犬の支配的階級制信奉者の先駆け~アメリカのドッグトレーナー、シーザー・ミラン  彼は犬の心理状態をリハビリするための施設「ドッグサイコロジーセンター」をロサンゼルスに持ち、そこで飼育されている30~50頭近い犬たちのリーダーとして君臨しています。家庭犬の問題行動の主要因の1つとして飼い主のリーダーシップの不足を挙げ、穏やかで毅然とした態度、行動の最初は飼い主が行うこと、犬が物や場所を独占することを許さないことなどを主な解決策として用いています。
 2002年から放映されているナショナルジオグラフィックチャンネルの番組「ザ・カリスマドッグトレーナー~犬の気持ちわかります~」(原題:Dog Whisperer)を通じ、世の中に犬の犬と家族の主従・上下関係という概念を流布させた人物の一人と言っても過言ではありません。
 また、「犬の科学」(築地書館)の著者であるスティーブン・ブディアンスキーは、「社会的序列を受け入れるという、生まれつき犬に備わっている能力は、彼らが人間社会に適合する上でかけがえのない資質で、この本能を持たなければ、そもそも犬という動物はありえなかった」(P70)とし、オオカミも犬たちも全て、虎視眈々とトップの座を狙っている「出世主義者」であると述べています。
Horse Whisperer
 「Horse Whisperer」とは1998年に公開された映画で、邦題は「モンタナの風に抱かれて」。恐怖を与えたり力でねじ伏せるのではなく、尊敬と信頼を使った方法で馬とコミュニケーションを取る「ナチュラル・ホースマンシップ」という方法で調教する男の話で、シーザー・ミランが2002年から担当しているナショナルジオグラフィックチャンネルの番組「Dog Whisperer」の元になっています。しかし「Dog Whisperer」の方は、犬の優位性理論に基づいた力づくのしつけを施す場面も多々登場します。
NEXT:オオカミと犬の比較

オオカミと犬の生態観察

 野生のオオカミ、人間に飼育されているオオカミ、そして人間と隔絶された状態で生きている野性のイヌ(野犬)の観察を通じ、それぞれの特徴が明らかになりました。これらの観察結果は、飼育されている犬の生態を考える上で貴重な資料になりそうです。

野生のオオカミの生態

 人間の存在を必要としない野生環境で暮らしているオオカミたちは、一体どのような生態を見せるのでしょうか?この疑問に対する答えとしては、L・デビッド・ミーチ博士の研究が役に立ちそうです。
 L・デビッド・ミーチ博士は、1958年からミネソタ、カナダ、イタリア、アラスカ、イエローストーン国立公園などにおいて数多くのオオカミの観察を行った、世界的に有名なオオカミ研究の権威です。博士が、カナダ・ノースウエスト準州(現ヌナヴト準州)のエルズミーア島で13年に渡って野生のオオカミの観察を行った結果、以下のような暮らしぶりが明らかになります。
野生オオカミの生態
  • 不特定多数の群れではなく家族単位で暮らす
  • 序列第一位という概念自体がない
  • 家族を支配するのは親オオカミであり、子オオカミが序列をめぐって親に戦いを挑むことがない
  • 一匹狼とは、群れから追放された弱いオオカミではなく、パートナーを探して放浪しているオオカミのこと
 このように野生環境のオオカミたちは、序列やランキング制という概念を持たずに暮らしているようです。なお1944年にアドルフムーリーが著した「マッキンレー山のオオカミ」の中でもオオカミが家族単位で生活する描写が散見されます。

人間に飼育されたオオカミの生態

 野生のオオカミには主従・上下関係という概念自体がないということはわかりました。では、人間に飼育されているオオカミも、野生環境に暮らしているオオカミと同一視してよいのでしょうか? ドメスティック・ドッグ(チクサン出版)

Zimen, Ginsburg, Packardらによる観察

 Zimen(1982)、Packard(1985)、Ginsburg(1987)らの研究報告からまとめられるオオカミの社会構造は主に以下のようなものですが、人間の管理化で飼育されているオオカミには、明らかに支配的ランキング制が存在しているという印象を受けます。なおアルファとは群れの中で序列第一位の個体を指し、ベータとは序列第二位の個体を指します。
飼育オオカミの生態
  • オオカミの群れは、繁殖のための最も地位の高いオスとメスの1組のつがいと、自分たちが産んだ子獣たちから構成されている
  • アルファオスとアルファメスは、攻撃的行動を用いて残りの群れのオオカミの繁殖を邪魔する
  • 群れには、メス・オスそれぞれにランキング制度がある
  • 高位のオオカミ同士の間では、順位の差がきわめて明確
  • 中間階級の成獣や子獣の間では、ほとんど差がない
  • 最も年齢の高いオオカミが階級の頂点を占める傾向がある
  • アルファオスとアルファメスの間に支配関係はほとんどないか、あっても微弱なもの
  • アルファメスは繁殖期やその前になると、群れの中の他のメスに対して、明らかに高い攻撃性を示すようになる
  • アルファオスの場合、侵入者に対しては攻撃性が強くなるが、他の群れの仲間に対してはそれほど高い攻撃性を示さない
  • 序列第二位に位置するベータオスがアルファオスに対して直接攻撃的になるということはない
  • 地位の低い狼たちは、群れの内外いずれに対しても社交的な傾向が見受けられる

Mech, Jenks, Ginsburgらの研究

 Mech(1970)やJenks & Ginsburg(1987)らの研究により、オオカミの群れは、支配的行動パターン、および服従的行動パターンと呼ばれる特殊な行動によって、お互いの階級を確認していることがわかりました。これはすなわち、飼育されているオオカミには確かに支配的ランキング制があるということを意味します。具体的には以下。
オオカミの支配的行動パターン
  • 支配的姿勢直立姿勢で立ちはだかる構え。耳翼を立てるか前方に傾け、しっぽを上げるか側方に向ける
  • 架背行動支配的地位のオオカミは、服従的地位のオオカミの肩に両前肢をかける
  • 口吻を押さえ込む行動支配的地位のオオカミは服従的地位のオオカミの口吻を口で挟んで地面に押さえ込む
  • またがって立つ行動横たわったオオカミの上半身の上にまたがって立つ
オオカミの服従的行動パターン
  • 服従的姿勢うずくまる、耳翼を頭部にひきつける、前額を平滑にする、口角を後方に引く、視線や頭部を下げそらす
  • 背中を丸める背中を大きく曲げ、首を側方に丸めて頭を下げ、口吻を上方に引き上げ、しっぽを丸め、耳翼を頭部にひきつける。しっぽを巻いて耳翼を頭部にひきつけた格好で地面にひっくり返り、片方の後肢を上げて陰部をあらわにする
  • 服従的座位後肢を崩して座り、あごを胸に埋め、ときには前肢で掻く行動や視線や頭部をそらす格好をする
 正しいかどうかは別として、上記したような主従・上下関係の確認パターンを、しつけに取り入れているドッグトレーナーもいます。
 たとえば犬の体を力づくで組み伏せる「アルファロール」というテクニックは、「支配的地位のオオカミは服従的地位のオオカミの口吻を口で挟んで地面に押さえ込む」という行動を再現しています。アルファドッグによるロールダウンだから「アルファロール」というわけです。
 犬に対して上下関係を分からせることが目的とされていますが、高い確率で攻撃行動を引き起こすことが確認されています。

野生のイヌの生態

 1984年から87年にかけ、L.Boitaniらは、イタリアのアブルッツォ地区において野犬観察を行いました。ここで言う野犬とは、人間が意図的にあてがう食や住から無縁の全く野性の中で自由に生活しているイヌのことを言います。観察結果から、野犬の群れには縄張り意識は見られるものの、主従・上下関係のようなものは確認できないという特性が明らかになりました。具体的には以下。 ドメスティック・ドッグ(チクサン出版)

野犬の群れの構成

 野犬の群れの大きさは、生活状況や地域が変わっても、ほぼ同じような傾向に収まることがわかりました。少ないときは2頭、多くても6頭というものです。またオスとメスがつがいとなり、その子獣が群れに加わるという構成が多く観察されました。さらにイタリア南部における観察では、オスメスいずれかのパートナーが死亡したりいなくなった場合は、集落内で放浪していた他の犬がその後釜に座るという状況が認められたといいます。
 犬とオオカミを同一視している人は、「群れ」と聞くと漠然と大所帯をイメージするかもしれませんが、野犬たちの実際の生活は、こじんまりとした必要最小限のメンバーで成り立っているようです。
野犬の群れの構成メンバー数
  • アラバマ州での観察→ 2~5頭
  • アリゾナ州での観察→ 2~4頭
  • イリノイ州での観察→ 5~6頭
  • イタリア南部での観察1→ 2頭1組
  • イタリア南部での観察2→ 3~6頭

野犬の繁殖行動

 飼育されているオオカミでは、アルファオス、およびアルファメスが、他の個体を攻撃することによって、群れの中における交配権を独占していました。しかし野犬の観察からは、群れのペアの間だけで独占的な交尾が行われるといった状況は認められなかったといいます。地位の低いメス犬の繁殖を制限しようといった状況は認められず、発情期には通りすがりの犬たちとも一時的に一緒になるといった光景が観察されたとも。
 こうした観察結果から、野犬の繁殖行動は飼育されているオオカミのものとは大きく違うという点が見えてきます。一因として、野犬では外部の犬が新しく群れに加わる状況が継続されない限り、群れの個体数を維持することが極めて難しい、という点を研究者は挙げています。

野犬の食生活

 犬たちにとって食料提供の場になっていたゴミ集積場では、お互いにケンカもせず、毎朝運搬されてくる新しい生ゴミのビニール袋を上手に口で引き裂いていたといいます。ゴミ集積場には有り余る食料が常にあったといいますので、犬同士のいさかいが起こらなかったのはこうした要因が関係しているのかもしれません。しかし、1頭のリーダー的な犬が威圧的に食料を独占するわけではないという点は、注目に値します。

野犬の育児

 野犬の場合、生まれた子犬の育児は母犬が一手に引き受けます。一方オスは寝起きしている場所からかなり離れた場所にある巣穴(巨岩の間や大きな岩盤の下にできた自然の洞穴)にまで足を運ぶ姿が観察されたといいます。家畜化されたイエイヌは、オスが育児に加わらない唯一のイヌ科動物と言われていますので、オスがメスの近くにまで足を運ぶという行動に出たのはある種の先祖返りなのかもしれません。

野犬の縄張り意識

 野犬の縄張り意識は、標高の高い休息場である中核領域に近ければ近いほど強くなったといいます。具体的には吠えるとか追いかける、あるいは侵入してきた相手に積極果敢に近づくといった行動をとったそうです。一方、人が住んでいる集落の周辺やゴミ捨て場で見知らぬ犬と出くわした場合には、相手の犬に対して争いを仕掛けたり、攻撃行動に出ることは無かったとも。
 こうしたことから、自分たちが寝起きしたり休息したりするテリトリーに関しては敏感なものの、そこから離れるに従って縄張り意識も薄らいでいくという仮説が見えてきます。

人に飼われている犬の生態

 さて、野生のオオカミ、人間に飼育されているオオカミ、そして野犬の生態をざっくりと見てきましたが、人間に飼われている犬、いわゆるペット犬の生態は、一体どれに最も近いのでしょうか?
 この問題を考えるときは、ペット犬が飼われている環境が、野生状態に近いのか飼育状態に近いのかという観点をもてば、おのずと見えてきます。すなわちペット犬の暮らしている環境に最も近いのは、飼育されているオオカミということです。
 室内飼いの場合は、家やマンションという隔離された空間に閉じ込められ、外飼いの場合は塀や敷地という区切られた空間内に閉じ込められています。またエサは自分たちで探し回るわけではなく、人間が定期的に運んできてくれます。繁殖は好き勝手にできるわけではなく、多くの場合人間の管理下で行われます。こうしたペット犬の飼育環境を、野生のオオカミや野犬の暮らしている環境と同一視することは、とうていできません。このことはつまり、ペット犬を頭ごなしに野生のオオカミや野犬と同格とみなすことはできないということを意味しています。 犬は小型の狼である? NEXT:体罰はNo!

体罰を正当化する人に注意!

 犬の序列意識の有無にかかわらず1つだけ確実に言えることは、犬に対する体罰を正当化するために主従関係とか上下関係を持ち出してはいけないということです。
 最新の調査研究により、犬に対して不快感を与える嫌悪刺激には、しつけとしての効果がないばかりか、不安や恐怖心を増大させ問題行動を悪化させる危険性が確認されています。飼い主がすべきことは、望ましい行動に対してごほうびを与え、望ましくない行動には何も与えないことです。
 市販されているしつけ本やDVDの中には、「飼い主が群れのボスであることを分からせる」とか「犬との主従関係を再構築する必要がある」といった名目で、犬に対する体罰を正当化しているものがあるかもしれません。またドッグトレーナーや訓練士の中には、「犬は家族の中でトップに君臨することを常に狙っている」という優位性理論を振りかざし、犬に対する暴力を正当化している人がいるかもしれません。 Monks of New Sketeは犬に対してリーダーになることを強調する  こうした体罰を容認する本や訓練士はすべて、最新科学をフォローしていない不勉強なものたちです。「警察犬訓練士として○○年活躍してきた」とか「受賞歴多数」といった肩書きに惑わされず、ごほうびベースの効果的で正しいしつけ方を実践するようにしてください。以下は暴力や体罰を用いてはいけない理論的な根拠です。 犬のしつけには罰が必要? 犬の訓練に苦痛や不快感を与える嫌悪刺激を用いてはいけない 犬に対する電気ショックカラーの使用は虐待・犯罪 優位性理論による体罰の正当化は犬虐待