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犬の腸内細菌(フローラ)最新情報~種類・バランスから検査法まで

 人間だけでなく犬の腸管内にもとてもたくさんの細菌が生息しています。腸内細菌叢(フローラ)と呼ばれるこうした菌にはどのような種類があるのでしょうか?また薬やストレスでバランスが崩れるとどうなってしまうのでしょうか?(🔄最終更新日:2021年5月)

腸内細菌とは?

 腸内細菌(ちょうないさいきん)とは動物の体に生息している常在菌のうち、特に消化管内にいるもののことを指します。細菌がまとまった状態がまるで草むら(叢)に見えることから日本語では「細菌叢」、英語では「フローラ」(flora, 植物相)などとも呼ばれます。
 細菌が体内に入るルートは、母親の産道、食事、母親を始めとする近親者との接触、口が触れた外界の物体など様々です。体に付着した細菌は、口の中、鼻の中、皮膚の表面、生殖器内など様々な場所で増殖し、それぞれの場所に定着して常在細菌となります。そのうち消化管内に定着したものが腸内細菌です。人間においては、個人差はあるものの 1人当たり100種類以上、合計100兆個以上の細菌が生息していると推定されています。善玉菌の代表「ビフィズス菌」と悪玉菌の代表「大腸菌」  腸内細菌は宿主に及ぼす影響によって「善玉菌」と「悪玉菌」とに大別されます。前者は生体に対してよい影響をもたらすタイプで、「ビフィドバクテリウム属」(ビフィズス菌など)や「ラクトバチルス属」(乳酸桿菌)を含みます。後者は逆に悪い影響を及ぼすタイプで、「クロストリジウム属」 (ウェルシュ菌など)や大腸菌などを含みます。
 腸内細菌のうち、善玉菌が果たす主な役割は以下です。一般的に「腸内環境を整える」と言った場合は、悪玉菌の数を減らして善玉菌の数を増やし、以下に述べるような効能が現れやすくすることを指します。
善玉菌の機能・効能
  • ビタミンB群とビタミンKを生成する
  • 腸内のpHを顕著に低下させる
  • ある種のアレルギー症状を緩和させる
  • ある種の感染性腸炎を緩和させる
  • 鉄分の吸収を促進する
  • 便通をよくする
NEXT:細菌の数とバランス

腸内細菌の種類とバランス

 腸内細菌は人間のみならず、犬や猫と言ったペット動物の腸管内にも生息しています。犬の腸内細菌(フローラ)には様々な種類がありますが、その構成比率(バランス)は腸管の位置によって変わるようです。健康な犬の場合、一般的に胃袋に近いほど生息数は少なく、直腸に近いほど多くなります。以下は各部位で多く検出される腸内細菌の種類とバランスの一例です出典資料:Schmitz, 2016)
犬の消化管と腸内細菌バランス
  • ✓プロテオバクテリア=99.6%
    ✓フィルミクテス門=0.3%
    ※特にヘリコバクターや乳酸桿菌が多い
  • 十二指腸✓プロテオバクテリア=26.6%
    ✓バクテロイデス=11.2%
    ✓スピロヘータ門=10.3%
    ✓フソバクテリウム門=3.6%
    ✓アクチノバクテリア門(放線菌門)=1%
  • 空腸✓プロテオバクテリア=46%
    ✓フィルミクテス門=15%
    ✓アクチノバクテリア門(放線菌門)=11.2%
    ✓スピロヘータ門=14.2%
    ✓バクテロイデス=6.2%
    ✓フソバクテリウム門=5.4%
    さらに0.1%未満という極めて小さな割合で
    ✓テネリクテス門
    ✓シアノバクテリア
    ✓ウェルコミクロビウム門
    ✓クロロフレクス属
  • 回腸✓フソバクテリウム門=30%
    ✓クロストリジウム目=22%
    ✓ラクトバチルス=1.4%
  • 直腸・糞便✓フソバクテリウム門=24~40%
    ✓バクテロイデス=32~34%
    ✓フィルミクテス門=15~28%
    ✓プロテオバクテリア=5~6%
    ✓アクチノバクテリア門(放線菌門)=0.8~1.4%
 上記したのはあくまでも一例であり、犬の腸内細菌叢は犬種、食事(フードの種類)、生活環境のほか、調査手法(サンプルの採取方法・DNA抽出方法・シーケンス方法)の違いによっても容易に変動します。また東京大学を中心としたチームが行った調査により、人間の場合と同様、年齢によってバランスが変わるという現象も確認されています。 犬の腸内細菌叢は加齢とともに変化する NEXT:細菌と病気の関係

腸内細菌と犬の病気

 健康な犬の腸内細菌叢と、消化管に何らかの病気を抱えた犬の腸内細菌叢には、いったいどのような違いが見られるのでしょうか?

犬の消化管疾患と腸内細菌

 犬に対しておそらく病原性を持つだろうとして想定されている微生物としてはウェルシュ菌(Clostridium perfringens)、サルモネラ菌(Salmonella)、 大腸菌(E.coli)などがあります。以下は消化管疾患と腸内細菌の関係性の一例です出典資料:Schmitz, 2016)
消化管疾患と腸内細菌
  • 急性下痢症【増える】
    クロストリジウム目(特にウェルシュ菌) | 大腸菌 | ラクトバチルス(乳酸桿菌)、エンテロコッカス属
    【減る】
    フィーカリバクテリウム | ルミノコッカス属 | ブラウティア属
  • 慢性下痢症【増える】
    ビフィズス菌 | ラクトバチルス | 大腸菌
    【減る】
    フソバクテリウム門 | ルミノコッカス属 | ブラウティア属 | フィーカリバクテリウム
  • 炎症性腸疾患(IBD)【増える】
    十二指腸における腸内細菌科の割合とプロテオバクテリア | 糞便中におけるガンマプロテオバクテリア綱(大腸菌など)
    【減る】
    十二指腸における種の豊富さとクロストリジウム目 | 糞便中における微生物多様性(特にエリュシペロトリクス綱、クロストリジウム目、バクテロイデスの減少が顕著)
 上記した細菌は消化管の病気と何らかの関係を持っていると想定されていますが、これらはすべて消化管に異常がない犬においても検出されています。ですから疾患と腸内細菌の因果関係がはっきり解明されているわけではありません。例えば下痢気味の犬の腸内で、一般的に「善玉菌」と呼ばれるビフィズス菌や乳酸桿菌が増えるなど、矛盾するかのような現象も普通に見られます。

バランスが乱れる「ディスビオーシス」

 腸内細菌叢のバランスが乱れ、宿主の健康に悪影響を及ぶすようになった状態は「ディスビオーシス」(dysbiosis, ディスバイオーシス)と呼ばれます出典資料:Suchodolski, 2016)。平たく言うと、間借りしている人が暴れてアパートをぶっ壊すような状態です。腸内細菌の変化と消化管疾患との関係性は、以下のようなメカニズムを通して発生するのではないかと想定されています出典資料:Pinna, 2016)
ディスビオーシスと病気
  • バリア効果の減少腸内細菌の代謝産物がもつ抗生作用や、細菌による結合部位の物理的な占拠により、病原性を持つバクテリアの増殖や腸管粘膜との結合が防がれ、バリアとして機能する。腸内細菌叢バランスが乱れるとこのバリア効果が減少して病気になりやすくなるのではないか。
  • 解毒作用の減少腸内細菌はフードとして外から摂取する有害物質や、代謝産物として体内で発生する有害物質の解毒を行っている。またタンパク質の生合成を支えるためのアンモニアやアミン消費に寄与し、結果として腸管内からこれらの物質が吸収される量を減らしている。腸内細菌叢バランスが乱れるとこの解毒作用が薄れ、病気になりやすくなるのではないか。
  • ビタミンの生成不足腸内細菌は宿主の免疫システムと協働し、ビタミン類の生合成に寄与する。細菌叢バランスが乱れるとビタミンの生成量が減り、病気になりやすくなるのではないか。
  • 短鎖脂肪酸の生成不足腸内細菌は炭水化物(食物繊維)を原料とした発酵作用により短鎖脂肪酸を生成し、大腸の細胞(酪酸)、肝細胞(プロピオン酸・乳酸)、周辺組織(酢酸)のエネルギー源(維持エネルギーの2~7%)となる。またpHの低下によってアンモニアをイオン化し腸管からの吸収を阻害する。腸内細菌叢バランスが乱れると短鎖脂肪酸の生成量が減り、結果として病気になりやすくなるのではないか。
 上記した以外にも、消化管内における酸化還元平衡の乱れや胆汁酸代謝の停滞なども原因として検討されており、人間においてもディスビオーシスと肥満、糖尿病、炎症性腸疾患(IBD)といった病気の因果関係が示唆されています。また特発性の髄膜脳脊髄炎には腸内細菌の一種「Prevotella種」が何らかの形で関わっている可能性が高いなど、消化管以外の部位における病気との関連性も一部の調査で示唆されています。 犬の髄膜脳脊髄炎に腸内細菌が関与している可能性あり 攻撃性と恐怖症を抱えた犬における腸内細菌叢の構成バランス  さらに近年は哺乳動物の腸内細菌叢が宿主の中枢神経系と交信できるとする「腸脳軸」(gut-brain axis)という仮説が提唱されています。これは腸内細菌叢(フローラ)が神経活性物質(GABA, セロトニン, ノルエピネフリン, ドーパミン)を産生し、迷走神経や複数のチャネル(神経免疫シグナリング機構や神経内分泌シグナリング機構)を通じて中枢神経に働きかけるというものです。イタリア・ボローニャ大学のチームが行った調査では、「攻撃的」や「病的な怖がり」などの不安障害と犬の腸内細菌叢が関わっている可能性が指摘されています。 犬の攻撃性や恐怖症の原因は腸内細菌?  ディスビオーシスが原因であるという仮定のもと、健康な犬の便を慢性腸炎を抱えた犬の腸内に移す「腸内細菌叢移植」(FMT)という治療法が実験的に行われています。人間のC.ディフィシル性腸炎に対する効果が確認されており、犬においてもある程度の有効性が示されています。 犬の腸炎に対する腸内細菌叢移植術の効果 NEXT:サプリメントに効果あり?

犬にサプリメントは効果的?

 犬の消化管内におけるディスビオーシスを改善し、なるべく健康な腸内環境を整える目的でさまざまなサプリメントが試されたり販売されています。ドッグフードのラベルに記載されている場合は、含有量が少ないため最後の方に記載されているはずです。以下は腸内細菌叢に働きかけることを目的とした代表的なサプリメントです。

プレバイオティクス

 「プレバイオティクス」(Prebiotics)とは腸内細菌による発酵を受け、細菌叢の構成を変化させる物質の総称です。「腸内細菌のエサ」といえば分かりやすいでしょう。多くの場合、犬の消化管で消化されず細菌によってのみ消化される食物繊維のことを指します。具体的には以下です。リンク先のページで学術論文とともに詳しい調査内容をご紹介してあります。
犬向けプレバイオティクス

プロバイオティクス

 「プロバイオティクス」(Probiotics)とは健康を増進する目的で体内に取り込む微生物の総称です。犬における安全性の検証が終わっているもの、人間における安全性は確認されているものの犬においては未知のもの、安全性や効果が不明のまま見切り発車で使用されているものなど、さまざまなタイプがあります。具体的には以下です。リンク先のページで学術論文とともに詳しい調査内容をご紹介してあります。
犬向けプロバイオティクス
NEXT:腸内細菌を検査するには

犬の腸内細菌検査方法

 近年、犬を対象とした腸内細菌叢の検査キットが市販されるようになりました。一般家庭でペットとして飼われている犬にも使用できますが、注意すべき点もあります。それは健康な犬の腸内細菌叢バランスはよくわかっていないという点です。先述したように、犬の腸内細菌は食事、犬種、抗生物質の投与歴、年齢によって変わります。すべての犬に共通した「腸内細菌のゴールドスタンダード」などというものはありませんので、利用する際は参考程度にして下さい。
腸内細菌の検査方法
  • WankinsoWankinso(ワンキンソ-)はVeqtaが提供している犬向けの腸内細菌検査キット。インターネットで申し込んだ後、自宅に届いた検査キットで採便し、郵便で返送します。ラボにおいて便サンプルをDNAレベル解析し、どのような細菌バランスになっているのかを教えてくれます。値段は税込19,800円です(2020年3月時点)Wankinso
  • 腸内フローラ測定キット腸内フローラ測定キットはアニコム損保が提供している犬向けの腸内細菌検査キット。アニコム損保の契約者の一部は無償で、非契約者は有償で利用することができます。インターネットで申し込んだ後、自宅に届いた検査キットで採便し、郵便で返送します。ラボにおいて便サンプルをDNAレベル解析し、どのような細菌バランスになっているのかを教えてくれます。値段は税込8,800円です(2020年3月時点)腸内フローラ測定キット
 腸内細菌検査は医療診断ではありません。病気の早期発見などはできませんので過剰な期待をしないようご注意下さい。
細菌による影響に関しては「エンテロコッカス」「ビフィズス菌」「ラクトバチルス(乳酸菌)」で、フローラをターゲットとした犬向けフードに関しては「ドッグフード製品・大辞典」で詳しく解説してあります。