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犬の腸炎に対する腸内細菌叢移植術の効果

 犬が食事療法や投薬治療に反応しない難治性の腸炎を抱えている場合、最後の手段として「腸内細菌叢移植術」が行われることがあります。果たして人医学で確認されているような効果は犬でも見られるのでしょうか?

犬の腸内細菌叢移植術とは?

 腸内細菌叢移植術(fecal microbiota transplantation, FMT)とは健康な犬の腸内から採取した便を、腸に疾患を抱えた犬の腸内に移すことです。人医学においては特に再発性のC.ディフィシル感染症において効果が確認されています出典資料: Brandt, 2013)腸内細菌叢移植の施術プロセス  獣医学の分野でも少しずつ使用例が増えつつありますがエビデンスレベルが強固とは言いがたく、民間療法の域を出ていないのが現状です出典資料:Chaitman, 2016)
獣医学における腸内細菌叢移植術
  • レシピエント原因不明の慢性腸炎を抱え食事療法や投薬治療を行ったにも関わらず反応が見られない患犬
  • ドナー様々な見解を通して臨床上健康と判断された犬。明確な基準はないものの、人医学における知見から肥満、関連病原体に対抗するワクチン未接種、消化管疾患の病歴あり、過去3か月間における抗菌薬使用歴あり、アトピー、食物アレルギー、病原体(細菌・ウイルス)や 寄生虫の疑いありの個体は除外される
  • 移植方法健常な犬の直腸から採取した便に水分を加えて泥漿状にし、上部消化管の場合はカプセルで包んで経口投与したり、下部消化管の場合はシリンジ(注射器)で直腸から注入する。移植前の直腸内容物除去の必要性、体重1kgあたりの理想的な移植量、レシピエントの腸内に定着するまでの最低期間、どちらの移植ルートがより効果的なのかははよく分かっていない

犬の腸内細菌叢移植術・実例集

 以下は犬を対象として行われた腸内細菌叢移植術の実例集です。

急性下痢症

 急性の下痢を発症した犬たちを対象とし、11頭には直腸経由で腸内細菌叢移植、7頭にはメトロニダゾール(抗原虫薬)の経口投与を行い、介入開始前→7日後→28日後のタイミングで便の硬さ、便細菌叢、メタボロームを比較しました。主な結果は以下です出典資料:Chaitman, 2020)
  • 便の硬さどちらのグループでも介入前と比較して改善した/28日目における硬さは腸内細菌叢移植グループの方が投薬グループよりも良かった
  • 便細菌叢健康な犬14頭と比較した場合、急性下痢症を示した犬たちでは腸内毒素症インデックス高値、アルファ多様性低値、ベータ多様性異常という特徴が見られた/腸内毒素症インデックスに関しては時間の経過とともに移植グループで減少したのに対し投薬グループでは逆に増加した/28日目に観察したベータ多様性に関し、移植グループでは健常グループと近似していたのに対し投薬グループでは明白な違いが見られた
  • メタボローム健常グループと比較して急性下痢症を示した犬では明白な違いが見られた/移植グループでは健常グループと近似したのに対し投薬グループでは依然として異質なままだった

急性出血性下痢症

 出血を伴う急性の下痢症を示した犬たちを対象として健康なドナーから腸内細菌叢移植を行い、臨床上健康な犬と様々な指標に関して比較を行いました。その結果、移植から30日間程度は短鎖脂肪酸を生成する細菌群を増やすものの、臨床上のはっきりとした効果は見られなかったといいます出典資料:Gal, 2021犬)

C. difficile性大腸炎

 PCR解析と免疫クロマトグラフィーによってC. difficile、トキシンA、トキシンBに対する抗体が検出され、4ヶ月に渡る間欠性の大腸性下痢症を示したフレンチブルドッグ(8ヶ月齢 | 未去勢 | オス)に、健康なビーグル犬から採取した便を溶液状(30?mL)にしてシリンジで経口的に投与したところ、便の硬さ、排便頻度、血便、粘液便が介入からわずか2~3日で改善し、抗体も消えたといいます出典資料:Sugita, 2019)

炎症性腸疾患

 炎症性腸疾患と診断された9頭の犬たちに腸内細菌叢移植(10mL/kgの泥漿状の便を直腸経由で注入)を行った結果、すべての犬においてCIBDAIが減少し臨床症状も軽減したといいます。またこの変化は特にフソバクテリウムの増加と連動していたとも出典資料:Niina, 2021)

難治性の炎症性腸疾患

 従来の治療に反応しない炎症性腸疾患を抱えた16頭の犬たちを3つのグループに分け、4頭には内視鏡を用いた腸内細菌叢移植、7頭には冷凍カプセルを用いた経口移植、5頭には腸内細菌叢移植と経口移植を同時に行い、1~3ヶ月に渡って疾患の活動性指標であるCCECAIを評価したところ、大部分で改善が見られたといいます出典資料:Bottero, 2017)

難治性の腸炎

 食事療法や投薬治療に反応しない無反応性の腸疾患と診断された7歳半の柴犬に対し、抗がん剤(クロラムブシル)とともに内視鏡を用いた便移植を盲腸と大腸に行ったところ、症状も組織学的な異常も改善し、再発や副作用は見られなかったといいます出典資料:Sugita, 2021)
犬における腸内細菌叢の正常な状態はまだわかっていません。難治性の炎症性腸疾患が主な適用ですが、あとは安楽死しかないという切羽詰まった患犬に対して行われる民間療法という位置づけです。