狼爪切除の目的
犬の狼爪(ろうそう)とは犬の前足、および後足の内側に生えている、地面と接触しない指のことです。
一般的に前足の狼爪は骨格と筋肉、神経や血管などを有する他の指と同様の構造をしていますが、後足の狼爪は骨格を持たず、何らかの結合組織でぶら下がっているだけの状態のものがあり、ボクサーの後足など犬種によっては退化して生まれつきない場合すらあります。
この狼爪は人間の側の都合で切除することがあります。具体的な理由は「予防医学」と「美容」です。
この狼爪は人間の側の都合で切除することがあります。具体的な理由は「予防医学」と「美容」です。
予防医学としての狼爪切除
一部の人たちは「狼爪を放置しておくと伸びた爪で体の一部を引っかいたり、爪がじゅうたんなどにひっかかって裂けたりして、犬が怪我をしてしまう。犬が成長してからこういう怪我を負うと治るまでに長い期間がかかり、犬に無用な苦痛を与えてしまう」と信じています。犬が狼爪に怪我を負わないよう、子犬のころにあらかじめ切除してあげるというのが「予防医学としての狼爪切除」です。
美容目的の狼爪切除
犬のあるべき理想的な姿を規定した犬種標準(スタンダード)内における狼爪の記述を見ると、狼爪を「切除すべき」(もしくは”一般的に切除される”)、「切除してもよい」、「切除してはならない」という区分があります。たとえばアメリカ国内における犬種標準を管理する「アメリカンケンネルクラブ」のスタンダードを参考にすると以下のようになります(📖:出典)。
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AKCにおける狼爪切除規定
- 切除すべき犬種パグ(前足) | ボーダーコリー(後足) | ダックスフンド(後足) | ジャーマンシェパード(後足) | シベリアンハスキー(後足) | シェットランドシープドッグ(後足) | ヨークシャーテリア(後足) | ミニチュアピンシャー(前後) | ウェルシュコーギーペンブローク(前後) | ウェルシュコーギーカーディガン(前後)
- 切除してもよい犬種プードル | パピヨン | ポメラニアン | チワワ | フレンチブルドッグ | ゴールデンレトリバー | 狆 | 柴犬 | シーズー | ウエストハイランドホワイトテリア | ダルメシアン | イタリアングレイハウンド
- 切除してはならない犬種ブリアード(後足) | グレートピレニーズ(前後)
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狼爪切除の方法
犬の狼爪は一体いつどのようにして切除されるのでしょうか?切除術は一般的に生後2~5日の子犬のころ、通常は麻酔なしで行われます。これは「子犬は神経の発達が未熟なので、痛みを感じない」という風説があるためです。しかし犬の断尾の方法でも詳しく検討しましたが、この説はブリーダーや一部の獣医師が、自分たちの行為を正当化するために作り出した都市伝説という側面があり、安易に鵜呑みにできない部分があります。近年では科学的な検証から「子犬の神経は成犬のそれよりも過敏であり、より強い痛みを感じている」という真逆の可能性すら示唆されています。詳しくは上記リンク「犬の断尾方法」をご参照ください。
バイアス(ある一定の方向に人の心を仕向ける力)のかかっていない、公平な目で「狼爪切除」という行為の正当性や必要性を判断するため、以下では狼爪切除手術の模様を動画でご紹介しようと思います。狼爪切除擁護派が主張するように「子犬は痛みを感じていない」のか、それとも反対派が主張するように「子犬といえどもやはり痛みを感じており、時として成犬よりも強い痛みを感じることがある」のかを、ご自身の直感で確かめてみてください。
NEXT:狼爪切除は虐待?
バイアス(ある一定の方向に人の心を仕向ける力)のかかっていない、公平な目で「狼爪切除」という行為の正当性や必要性を判断するため、以下では狼爪切除手術の模様を動画でご紹介しようと思います。狼爪切除擁護派が主張するように「子犬は痛みを感じていない」のか、それとも反対派が主張するように「子犬といえどもやはり痛みを感じており、時として成犬よりも強い痛みを感じることがある」のかを、ご自身の直感で確かめてみてください。
🚨犬の狼爪切除動画
なお2015年版「診療料金実態調査及び飼育者意識調査」には、日本の動物病院における狼爪切除手術の料金や費用が記載されていません。理由は、美容目的での狼爪切除がそもそも医療行為ではないと判断されているからです。NEXT:狼爪切除は虐待?
狼爪切除に対する各国の対応
以下では各国における狼爪切除に対する対応の仕方を述べていきたいと思います。断尾や断耳に比べると、法の規制をまぬかれているケースが多く見受けられます。これは人間の好みに合わせるだけの「美容目的」ではなく、怪我を事前に予防するという「予防医学」としての側面が、ある程度評価されているからかもしれません。
ヨーロッパにおける狼爪切除
ヨーロッパにおいては、「ペット動物の保護に関する欧州協定」(The European Convention for the Protection of Pet Animals)があり、以下のような記述があります(📖:出典)。
動物福祉に関する法律が整ったイギリス国内においてさえも、条件付ではありますが狼爪切除を容認しています。たとえばイギリスにおいて獣医師を育成する「RCVS」(Royal College of Veterinary Surgeons)のアドバイスノートによると、以下のような記述が見られます(📖:出典)。
ペット動物の保護に関する欧州協定・第10項
単にペットの外見を変えるだけで治療的な目的をもたないような外科手術は禁止されるべきである。特にこのように、断尾や断耳および犬歯切断に対しては明確に反対の姿勢を示していますが、狼爪切除に関しては記述がない状況です。なお「declawing」とは猫の「抜爪術」のことであり、犬の「狼爪切除」ではありません。これらの禁止事項に例外があるとすれば、医学的な理由や、当該ペット動物の利益を考慮し、獣医が手術を必要と認めたとき、および繁殖制限するときのみに限る。動物が多大なる苦痛を味わうような手術を行う際は、獣医本人、もしくは獣医立会いの下、麻酔をかけて行うこと。麻酔が必要とされない手術は、国家資格を有する者のみが行うこと。
- 断尾
- 断耳
- 声帯切除
- 猫爪の切除・牙の抜歯
動物福祉に関する法律が整ったイギリス国内においてさえも、条件付ではありますが狼爪切除を容認しています。たとえばイギリスにおいて獣医師を育成する「RCVS」(Royal College of Veterinary Surgeons)のアドバイスノートによると、以下のような記述が見られます(📖:出典)。
RCVSの指針
- Veterinary Surgeons Act 1966(獣外科法1966)子犬の目が開く前であれば、18歳以上の国民は誰でも狼爪切除してよい。ただし、子犬の目が開いてからは、獣医師が行うこと。
- Animal Welfare Act 2006(動物福祉法2006)子犬の目が開く前であれば、狼爪切除は許容される。ただし、子犬の目が開いてからは、獣医師が麻酔をかけて行うこと。
アメリカにおける狼爪切除
犬種標準を統制している「アメリカン・ケンネルクラブ」(AKC)は以下のような正式な声明文を発表しています(📖:出典)。
動物の幸福と福祉を追求する「獣医学動物愛護協会」(HSVMA)は、猫の抜爪術(猫の爪を骨ごと切断してしまうこと)、および犬の狼爪切除を含むあらゆる美容目的の整形手術に反対しており、法による規制を訴えかけています(📖:出典)。
まとめると、狼爪切除を容認するアメリカンケンネルクラブと、それに反対するHSVMA、そして態度を保留しているAVMAという図式があり、徐々にではあるものの、禁止の方向に向かっているという感じです。しかし具体的に明文化された法律は今のところアメリカ国内にはありません。
断耳、断尾、狼爪の除去に関して
アメリカンケンネルクラブとしては、ある種のスタンダードで記述されているような断耳、断尾、狼爪の除去に関して、犬種の特徴を定義づけたり保存したりする上で、あるいは犬の健康を促進する上で容認しうる慣習だと考えます。適切な獣医学的なケアはなされるべきでしょう。上記したとおり、AKCは断尾に対して容認の姿勢を示しています。それに対し、以下はAVMA(全米獣医師協会)の正式な声明文です(📖:出典)。
AVMAの公式声明文
全米獣医師協会は、美容だけを目的とした断耳、断尾に異を唱え、犬種標準から断耳、断尾の記述を削除することを求めます。このようにAVMAは、断尾と断耳に対しては明確に反対の姿勢を表明しているものの、狼爪切除に関する言及は見られません。
動物の幸福と福祉を追求する「獣医学動物愛護協会」(HSVMA)は、猫の抜爪術(猫の爪を骨ごと切断してしまうこと)、および犬の狼爪切除を含むあらゆる美容目的の整形手術に反対しており、法による規制を訴えかけています(📖:出典)。
まとめると、狼爪切除を容認するアメリカンケンネルクラブと、それに反対するHSVMA、そして態度を保留しているAVMAという図式があり、徐々にではあるものの、禁止の方向に向かっているという感じです。しかし具体的に明文化された法律は今のところアメリカ国内にはありません。
日本における狼爪切除
日本獣医師会の「小動物医療の指針・第11項」においては以下のように記述されています(📖:出典)。
NEXT:狼爪切除を考えよう
小動物医療の指針・第11項
飼育者の都合等で行われる断尾・断耳等の美容整形、あるいは声帯除去術、爪除去術は動物愛護・福祉の観点から好ましいことではない。したがって、獣医師が飼育者から断尾・断耳等の実施を求められた場合には、動物愛護・福祉上の問題を含め、その適否について飼育者と十分に協議し、安易に行わないことが望ましい。しかし、最終的にそれを実施するか否かは、飼育者と動物の置かれた立場を十分に勘案して判断しなければならない。「爪除去術」という表現で猫の抜爪術と共にかろうじて狼爪切除に触れています。しかし明確に反対しているわけではなく、選択の自由を優先し、手術を行うかどうかは最終的には担当獣医師と飼い主の判断にゆだねられています。また日本における動物関連法令である「動物の愛護及び管理に関する法律 」(通称:動物愛護法)の中にも、明示的に狼爪切除を禁止する条項は見当たりません。
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愛犬家が考えるべき狼爪切除
ご自身で飼われている犬の前足や後足の狼爪を探してみてください。もし家に迎えたときから狼爪が見当たらない場合は、ブリーダーかブリーダーに依頼された獣医師が子犬のころに切除してしまった可能性があります。しかしこの場合、切除するかどうかはブリーダーの勝手な判断であり、子犬を迎え入れる飼い主の側の意思が反映されたわけではありません。
ワシントン州立大学などを中心としたチームの報告によると、前足の狼爪がない場合、アジリティ中の指の受傷リスクが1.9倍に高まるとのこと。前足の狼爪は走っている時のクッションとして機能しており、取り除いてしまうとその他の指にかかる負荷が増えて怪我を負いやすくなるものと考えられます。仮にそうだとすると狼爪切除による大きなデメリットと言えますので、手術を行うかどうかのヒントになってくれるでしょう。
もしこれからブリーダーから子犬を譲り受ける予定があり、「狼爪切除は必要ない」と感じた方がいる場合は、ブリーダーに早めに連絡を取り「狼爪切除はしないでください」とリクエストすることも可能です。