犬からのストレスサイン
犬のストレスを考える時は、まず犬が感じているものが病気や怪我を原因とする「痛み」なのか、それとも欲求不満を原因とする「フラストレーション」なのかを見分ける必要があります。「痛み」に必要なのは治療や鎮痛、「フラストレーション」に必要なのは生活環境の改善です。
犬が見せる痛みのサイン
犬のストレス管理でまず行うべきことは、犬の見せる痛みのサインに気づいてあげることです。犬は怪我をしたり病気にかかっていても、感じている痛みや不快をなかなか外に出そうとしません。これは「弱みを見せると外敵に襲われやすくなる」という生存本能が働いているためです。
2004年、Gregoryが発表したデータによると、痛みを認識している動物によく見られる行動には、主に以下のようなものがあります。犬や猫などのペット動物にも応用できる一般的なものですので、頭の中にメモしておくと便利です。 動物園学(文永堂出版, P230)
2004年、Gregoryが発表したデータによると、痛みを認識している動物によく見られる行動には、主に以下のようなものがあります。犬や猫などのペット動物にも応用できる一般的なものですので、頭の中にメモしておくと便利です。 動物園学(文永堂出版, P230)
動物の痛みのサイン
- 異常な姿勢、足取り、速度、警戒行動
- うめく、くんくん鳴く、キーキー鳴く、叫ぶ、うなる、シャーという威嚇音を出す、吠える
- 移動、あるいは触診の際に攻撃や後ずさりをしたり身を引いたりする
- なめる、かむ、咀嚼する、引っかく
- 頻繁に姿勢を変える、そわそわする、転がる、身もだえする、蹴る、尾を振る
- 呼吸パターンの乱れ、浅い呼吸、速い呼吸
- 筋肉の緊張、振るえ、けいれん、ひきつけ、いきみ
- うつ状態、不活発、隠れる、横たわって動かない、隠れ場所にこもる、不眠
ストレスが原因の葛藤行動
犬のストレスが痛みによるものではなく欲求不満(フラストレーション)であることも少なくありません。犬を始めとする動物の不快感や欲求不満が蓄積されると、時に葛藤行動(かっとうこうどう)と呼ばれるおかしな行動を見せることがあります。具体的には以下です。アニマルウェルフェア(東京大学出版会)
転位行動
転位行動(てんいこうどう)とは拮抗する2つの欲求がぶつかり合い、本来の目的とはまったく別の行動をとることです。苦痛や苦悩による心理的な興奮を鎮める機能があるとも言われています。たとえば、怒られた猫が急に毛づくろいを始めたり、ケンカの途中で牛が急に草を食べ始めたりするなどが挙げられます。
犬においてはカーミングシグナルの多くが転位行動に相当すると考えられます。「カーミングシグナル」とは相手の犬や自分の興奮を鎮(しず)めるために犬が見せる行動やしぐさのことです。20種類を超えるシグナルが確認されていますが、中でも以下のような行動が転位行動に近いと考えられます。
犬においてはカーミングシグナルの多くが転位行動に相当すると考えられます。「カーミングシグナル」とは相手の犬や自分の興奮を鎮(しず)めるために犬が見せる行動やしぐさのことです。20種類を超えるシグナルが確認されていますが、中でも以下のような行動が転位行動に近いと考えられます。
転位行動的なカーミングシグナル
上記したようなカーミングシグナルが見られた場合、犬が軽いストレスを感じていると考えられます。ストレスを引き起こしている要因を状況ごとに見極め、すぐに取り除いて長期化しないようにしてあげましょう。
転嫁行動
転嫁行動(てんかこうどう)とは本来の対象とは違う対象に向けられた八つ当たり行動のことです。例えばブタが退屈から来るストレスで仲間のしっぽをかじってしまう「尾かじり」や、吸乳行動の足りない子牛が乳が出るわけではないのに延々と乳房に吸い付き続ける「臍帯吸い」などが挙げられます。
犬においては留守番中に見られる破壊行動が転嫁行動に近いと考えられます。飼い主が帰宅した時、雑誌がビリビリに破かれていたり、ソファが食い破られて中のクッション材が部屋中に散らかっているような場合、家の中に誰もいない状況に強い不安を感じていたのかもしれません。破壊の対象が物ではなく同居している他の犬や猫になってしまうと深刻です。そうなる前にストレスの原因になる状況を取り除くか、もしくは状況に犬を慣らせておく必要があるでしょう。
転嫁行動による犬の福祉低下
2018年、広島県に拠点を置いて犬の保護活動を行うNPO法人の犬舎内で、密飼いストレスが原因と考えられる犬の咬傷・死亡事故が相次いでいることが判明しました。犬の生活環境を整えて転嫁行動を予防することの重要性がうかがえます。
真空行動
真空行動(しんくうこうどう)とは対象が無いのに行う行動のことです。例えばニワトリが砂も無いのに砂浴び行動をしたり、ブタがワラも無いのに巣作り行動をするなどが挙げられます。
犬においては強迫神経症で見られる「フライキャッチング」(ハエ取り)などの行動が真空行動に近いと考えられます。これは何もない空中に噛みつき、まるで飛んでいるハエを捕えるかのようなしぐさをみせることです。その他の例としては「何もない空中を叩き続ける」とか「何もない床の一点を延々と叩き続ける」などがあります。
犬においては強迫神経症で見られる「フライキャッチング」(ハエ取り)などの行動が真空行動に近いと考えられます。これは何もない空中に噛みつき、まるで飛んでいるハエを捕えるかのようなしぐさをみせることです。その他の例としては「何もない空中を叩き続ける」とか「何もない床の一点を延々と叩き続ける」などがあります。
ストレスが原因の異常行動
上記した葛藤行動の原因が取り除かれないまま長期化すると、動物は異常行動と呼ばれる病的な行動をとり始めることがあります。こうした行動が見られるようになった時点で、犬が抱えているストレスはかなり深刻な状態です。的確な原因の究明と早急な解決が必要でしょう。
異常生殖行動
異常生殖行動(いじょうせいしょくこうどう)とは正常な生殖行動を営めなくなることです。例えば騒音の多い場所でオスの個体が生殖不能になったり、メスが育児放棄・カニバリズム(仔を食べてしまうこと)、授乳拒否、仔殺しをするなどが挙げられます。
変則行動
変則行動(へんそくこうどう)とは動物が本来持っている固定的な動作パターンが変化してしまうことです。例えば、ウシが犬のように犬座姿勢をとるなどが挙げられます。
異常反応
異常反応(いじょうこうどう)とは環境からの刺激に対する反応が過剰だったり無反応だったりすることです。例えばウシやウマが犬座姿勢をとって周囲に無関心になったり、逆に過剰な多飲多食で胃袋が破裂してしまうなどが挙げられます。
犬においては学習性無力が異常反応に近いと考えられます。平たく言うと「何をやっても無駄だ」と学習し、不快から自分を遠ざけようとする努力を放棄してしまった状態のことです。例えばエアコンの室外機の前につながれっぱなしの外飼い犬や、飼い主による一貫性のないしつけ方で理不尽な体罰を加えられ続けた犬などが好例でしょう。こうした不幸な犬たちはまるで「生ける屍」のように、喜ぶという感情を全く見せなくなってしまいます。
犬においては学習性無力が異常反応に近いと考えられます。平たく言うと「何をやっても無駄だ」と学習し、不快から自分を遠ざけようとする努力を放棄してしまった状態のことです。例えばエアコンの室外機の前につながれっぱなしの外飼い犬や、飼い主による一貫性のないしつけ方で理不尽な体罰を加えられ続けた犬などが好例でしょう。こうした不幸な犬たちはまるで「生ける屍」のように、喜ぶという感情を全く見せなくなってしまいます。
常同行動
常同行動(じょうどうこうどう)とは明確な目的が無いまま単一動作を長時間繰り返すことです。例えばウシの舌遊び・異物なめ・熊癖(ゆうへき=左右に体を揺さぶること)、ウマのさく癖(上の切歯を棒などに引っ掛けて空気を飲み込む)・回遊癖、ブタの柵かじり、偽咀嚼、ヤギの頭回転、往復歩行、ニワトリの頭上下、頭振りなどが挙げられます。
犬においては強迫神経症で見られるさまざまな症状が常同行動に近いと考えられます。例えば以下のようなものです。
NEXT:ストレスチェックリスト
犬においては強迫神経症で見られるさまざまな症状が常同行動に近いと考えられます。例えば以下のようなものです。
常同行動的な強迫神経症の症状
- 脇腹、前足、しっぽなどをなめ続ける
- 自分のしっぽを延々と追い掛け回す
- 影や光を延々と追いかける
- 同じ場所を行ったり来たりする
- 訳もなくずっと吠え続ける
欲求不満(フラストレーション)が原因のストレスを解消する際の基本は、「生活環境の改善」です。チェックリストを見ながら家の中を確認してみましょう!
犬のストレスチェックリスト
以下では、犬にとってのストレスになりやすい項目を、リスト化してご紹介します。理論的根拠や具体的な方法に関しては、青字で示した関連リンクをご参照ください。
食事は満ち足りているか?
適切な食事と水を得る事は、最も基本的な幸福条件の1つです。量に関しては、少なすぎてもいけないし、逆に多すぎてもいけません。質に関しては、犬が必要としている栄養欲求を理解し、それを満たすものを選ぶようにします。
環境調整は万全か?
寒すぎる環境や暑すぎる環境は、犬にとって酷です。冬場は犬が低体温症や凍傷にかからないように配慮し、夏場は熱中症にかからないように注意します。犬を屋外で飼っている場合は特に要注意で、必要とあらば室内飼いに切り替えます。
不妊手術を施しているか?
メス犬に対しては避妊手術を、そしてオス犬に対しては去勢手術を施すことで、様々なメリットを享受することができます。例えば、性欲に起因する攻撃行動の減少、欲求不満の軽減、遠吠えや尿掛け行動の予防など。
犬の健康チェックは万全か?
犬の怪我や病気をいち早く見つけてあげる事は飼い主の責任です。日々、犬の体や動き方をチェックし、何か異常がないかどうかを確認する習慣を作りましょう。もし見つかった場合は、すぐ獣医さんに診てもらいます。
不快な視覚的情報はないか?
人間にとっては何でもないものが、犬にとってはストレスの要因になることがあります。例えば、キラキラ光る物、ひらひらと動く布、明るすぎる場所など。もしある場合は、犬の視界から遠ざけるようにします。
不快な聴覚的情報はないか?
人間にとっては何でもない音が、犬にとってはストレスの要因になることがあります。例えば、金属がぶつかる音、甲高いキンキン音、空気が抜けるときのシューという音など。またヘビーメタル音楽に代表されるような、リズムが速くて大きな音に対し不安を抱く傾向がありますので、もし環境内にこうした要因がある場合は、犬の耳に入らないよう出来る限りの工夫をします。2021年に行われた最新の調査でも、犬たちが日常生活の中にあふれる「高周波・断続的・突発的」な音を嫌うことが示されています。
不快な触覚的刺激はないか?
人間にとっては何でもない状況が、犬にとってはストレスの要因になることがあります。例えば、体に吹き付ける風、床材の変化、身動きの取れない状況など。もしある場合は、出来る限り状況の改善に努めます。
探索欲求が満たされているか?
今まで経験したことのない物事を与え、犬の好奇心を満たしてあげることは重要です。例えば、新しいおもちゃを与えたり、新しい散歩ルートを開拓したり、ドライブに連れ出して新しい風景を見せてあげるなど。
追跡欲求が満たされているか?
何かを追いかけて捕まえるという経験をさせ、犬の狩猟欲求を満たしてあげることは重要です。例えば、ボールやフリスビーを用いて「フェッチ」(とってこい)遊びをしてあげるなど。
スキンシップは足りているか?
飼い主が犬と触れ合い、社会的愛着を満たしてあげることは重要です。例えば、日々のブラッシングやマッサージなど。
遊びは充分か?
犬にとっての遊びは、脳内における快楽物質エンドルフィンを分泌させる上で重要です。例えば、知育玩具を与えたり、ドックランに連れて行って思う存分走らせてあげるなど。
NEXT:フェロモンは有効?
犬用フェロモン「DAP」は有効?
「DAP」(Dog Appeasing Pheromon, ダップ)とは、日本語で「犬用鎮静フェロモン」という意味で、出産後の母犬から分泌されるといわれる「育児フェロモン」を人工的に生成したものです。その効果については多角的に検証されていますが、犬の不安やストレスを軽減する効果はあるものの、少なくとも犬の健康に悪影響を及ぼしたり、行動を悪化させるという報告はないようです。代表的な実証テストを列挙すると、以下のようなものがあります。
NEXT:ストレス最新情報
DAPの効果実証テスト
- 分離不安の犬(2005)三環系抗うつ剤であるクロミプラミンとDAPの効果を比較したところ、どちらのグループにおいても分離不安に起因する問題行動は同程度に減った(→出典)。
- シェルタードッグ(2005)全く見知らぬ人に対するリアクションに変化は無かったものの、顔見知り程度の人に対する吠え掛かりや匂い嗅ぎ行為が減った(→出典)。
- 動物病院の犬(2005)診察中の攻撃性を減ずる効果は見られなかったものの、待合室での緊張を解きほぐす効果はあった(→出典)。
- 車に乗る犬(2006)車で外出する機会が多い犬に関し、「興奮しやすい」、「吐き気が強い」、「緊張している」、「人の気を引こうとする」、「粗相をする」という全ての項目において、頻度や程度を減らす効果が認められた(→出典)。
- 花火恐怖症の犬(2007)音響CDとDAPを組み合わせると、音恐怖症の脱感作と拮抗条件付けの効果が高まる可能性がある(→出典)。
- 家に来たばかりの子犬(2008)新しい家に迎えられたばかりの子犬に関し、粗相の頻度を減らす効果は無かったものの、夜鳴きを減らす効果はあった(→出典1・出典2)。
- 12~15週齢の子犬(2008)社会化期の最中にある子犬に関し、DAPに接していた方が社会化が早く、すばやく環境に適応する可能性がある(→出典)。
- 入院中の犬(2010)飼い主と離れると「分離不安」症状を示す入院中の犬に関し、10個のストレスサインにおいて評価を行ったところ、その全てにおいて減少効果があった(→出典)。
- 手術前後の犬(2010)術後の探索行動と用心深さが増えたものの、ストレスに起因する血漿プロラクチン濃度は減った(→出典)。
道具はあくまでも補助。ストレスチェックリストを何度も読み返し、見落としている部分がないかどうかを徹底的に確認しましょう!
犬のストレス・最新情報
犬のストレスに関する調査や研究は世界中で行われており、日々新しい知識が蓄積されています。私たち飼い主も最新情報をピッタリとマークしましょう!以下は世界各国で行われた「犬のストレス」をテーマにした研究や論文集です。興味を惹かれたものからお読み下さい。
音楽と犬のストレス
38頭の犬を対象とし、5つの音楽ジャンルが犬に対して発揮するリラックス効果を比較検討しました。その結果、1つのジャンルではなく複数のジャンルを流し続けることで、犬の飽きを防ぐと同時に、リラックス効果を継続させることができるかもしれないとの結論に至っています。
ストレスと犬のガン発症率
健康な犬69頭とガンと診断された犬69頭の生活環境を比較した所、発症犬においては「過剰な警戒心」や「自分の体を過剰に舐めたりかじる」といったストレス関連行動が多く見られたといいます。調査チームは、人間や実験室内のラットで確認されているストレスとガンとの因果関係が、どうやら犬にもあるようだとの結論に至りました。
アトピー性皮膚炎とストレス
健康な犬5頭とアトピー性皮膚炎を患った犬21頭を対象とした比較調査を行ったところ、症状が中等度以上になると重症度が高まるほどコルチゾールレベル(ストレスホルモン)も高まるという正の相関関係が見出されたと言います。
収容施設と犬のストレス
設定の異なる2つの施設内に飼育条件を微妙に変えたグループを3つずつを収容し、生活環境が犬の福祉にどのような影響を及ぼすかを比較検討しました。その結果、「環境エンリッチメント」がストレスの軽減に重要な役割を担っていることが明らかになっています。
Pet Remedy®の抗ストレス作用
見知らぬ環境で不安の兆候を示すことが飼い主によって報告されている犬28頭を対象とし、抗ストレス効果があるとして英国内で市販されている「Pet Remedy®」の効果が検証されました。その結果、明確な効果は認められなかったという結論に至っています。
老犬の収容ストレス
神奈川県動物保護センターに収容された老犬12頭を対象とし、犬のストレスレベルが時間とともにどのように変化するのかを検証しました。その結果、コルチコステロン(ストレスの指標)レベルだけに注目すると、老犬を新たな環境に慣らすためには1週間以上の期間が必要なのではないかと推測しています。
アロマと犬のストレス
15頭の犬を対象とし、エッセンシャルオイルがストレスレベルにどのような変化をもたらすかを検証しました。その結果、ある種のアロマは犬の心的状態に変化を及ぼし、発声の減少と休息・睡眠行動の増加を引き起こしうるという可能性を示しました。
「環境エンリッチメント」はストレス管理の重要なキーワードです。簡単にスタートできるものもありますので、リンク先の記事を参考にしながらいろいろトライしてみて下さい!