痛みには急性痛と慢性痛がある
痛みの種類を分類するとき、「急性」と「慢性」に分けるのが一般的です。両者の定義はあいまいですが、一般的に「急性痛」と言ったときは「3ヶ月以内に収まる一時的な痛み」とか「治癒と共に消失する痛み」といった意味になります。また「慢性痛」と言ったときは「3ヶ月以上継続する持続的な痛み」とか「治癒の時間を超えて続く痛み」といった意味になります。
痛みが急性であれ慢性であれ、飼い主に求められているのは「いち早く犬の痛みを察知してあげる」という一点です。犬は基本的に痛みを抱えていても、それをあまり表に出しません。この習性は野生環境で外敵から身を守るときには役に立ちますが、家庭環境においては重大なケガや病気を見落とす原因にもなってしまいます。痛みの見落としは時として、犬の寿命を縮めてしまうこともありますので、飼い主は犬から発せられる微妙な痛みのサインに気付いてあげることが重要です。
犬の痛みを予測する方法
病気、怪我、手術など、犬の体に損傷や変化が加えられた時、一体どの程度の痛みが生じるのかに関しては、直接犬に聞いてみるしかありません。しかし当然のことながら、「どこがどのくらい痛みますか?」という人間用の問診は通用しませんので、必然的に「痛みを予測する」というアプローチがとられることになります。
以下でご紹介するのは、犬に発症する機会が多い疾病と、その疾病が引き起こす痛みの度合いを示した一覧表です。犬が体感している痛みを予測する時のヒントになってくれるでしょう。なお痛みの度合いは、世界中の獣医師から構成される国際組織「世界小動物獣医協会」(WSAVA)が2014年に公開した「痛みの認識・評価・治療に関するガイドライン」に依拠しています(→出典)。
以下でご紹介するのは、犬に発症する機会が多い疾病と、その疾病が引き起こす痛みの度合いを示した一覧表です。犬が体感している痛みを予測する時のヒントになってくれるでしょう。なお痛みの度合いは、世界中の獣医師から構成される国際組織「世界小動物獣医協会」(WSAVA)が2014年に公開した「痛みの認識・評価・治療に関するガイドライン」に依拠しています(→出典)。
急性痛を引き起こす病気
「急性痛」とは「3ヶ月以内に収まる一時的な痛み」もしくは「治癒と共に消失する痛み」のことです。怪我や病気と急性痛の関連性を以下に示します。
穏やか~中等度の痛み
- 筋骨格系擦過傷
- 泌尿生殖器系去勢
- 呼吸器系胸腔ドレイン
- その他膿瘍
中等度の痛み
- 筋骨格系軟部組織の外傷 | 関節鏡・腹腔鏡による検査
- 泌尿生殖器系子宮卵巣切除術
中等度~激しい痛み
- 筋骨格系整形外科的外傷 | 軟部組織の外傷・炎症・病気 | 組織の大規模な切除を伴う整形外科的な手術(十字靭帯修復/関節切開) | 椎間板ヘルニア | 凍傷
- 泌尿生殖器系乳腺炎 | 難産
- 感覚器系ブドウ膜炎 | 角膜潰瘍や切除
- その他粘膜炎
耐え難い痛み
慢性痛を引き起こす病気
「慢性痛」とは「3ヶ月以上継続する持続的な痛み」もしくは「治癒の時間を超えて続く痛み」のことです。怪我や病気と慢性痛の関連性を以下に示します。
穏やか~中等度の痛み
中等度の痛み
中等度~激しい痛み
- 筋骨格系免疫介在性関節炎 | 組織の大規模な切除を伴う整形外科的な手術(十字靭帯修復/関節切開) | 汎骨炎 | 椎間板ヘルニア
- 呼吸器系横隔膜損傷 | 胸膜炎
- 消化器系口腔ガン | 胆嚢結石 | 腸間膜や腸管の捻転 | 管腔器官の膨張 | 敗血症性の腹膜炎
- 泌尿生殖器系尿管・尿道結石 | 陰嚢の捻転 | 乳腺炎
- 感覚器系緑内障 | ブドウ膜炎 | 角膜潰瘍や切除
- その他臓器肥大に起因する痛み
耐え難い痛み
先取りスコア化システム
怪我や病気ではなく、病院における検査や治療によって引き起こされる痛みの程度を予想する際には、「先取りスコア化システム」と呼ばれるものが用いられることがあります。一般的に、組織の損傷が大きければ大きいほど痛みの程度は強くなります。
犬と猫の疼痛管理ハンドブック(P92)
無痛もしくは一過性の痛み
- 身体検査や保定
- X線検査
- 術後の抜糸
- ギブス包帯の適用や包帯交換
- 被毛の手入れ
- 爪切り
軽い痛み
- 縫合・病巣清掃
- 尿道カテーテルの挿入
- 歯石除去
- 耳道検査と洗浄
- 膿瘍の切開
- 皮下の異物除去
中等度の痛み
- 卵巣子宮全摘出術
- 去勢手術
- 帝王切開術
- 膀胱切開術
- 肛門嚢切除術
- 抜歯術
- 皮下膿瘍の切除
- 重度の裂傷修復
重度の痛み
- 骨折整復
- 前十字靭帯断裂整復術
- 開胸術
- 椎弓切除術
- 試験開腹術
- 断脚術
- 全耳道切除術
観察から痛みを発見する方法
犬が病気や怪我をしているときは「疾病と痛みの関連リスト」、病院で外科的な処置を受けている場合は「先取りスコア化システム」を用いて、犬が感じている痛みの度合いをある程度予測することが可能です。しかし犬が体調不良を隠してる場合、そう簡単にはいきません。そこで重要となってくるのが「飼い主による観察」です。
以下でご紹介するのは、痛みの急性と慢性とにかかわらず、犬がよく見せる変化の一覧です。飼い主は日常的にこうした項目をチェックし、犬からの微妙なサインを見逃さないようにします。なお最後に挙げた「生理的な兆候」は、必ずしも痛みを反映しているわけではなく、また家庭内でチェックすることが困難であるため「補足」としておきます。 犬と猫の疼痛管理ハンドブック(P68~69)
以下でご紹介するのは、痛みの急性と慢性とにかかわらず、犬がよく見せる変化の一覧です。飼い主は日常的にこうした項目をチェックし、犬からの微妙なサインを見逃さないようにします。なお最後に挙げた「生理的な兆候」は、必ずしも痛みを反映しているわけではなく、また家庭内でチェックすることが困難であるため「補足」としておきます。 犬と猫の疼痛管理ハンドブック(P68~69)
姿勢・体勢
- 腹部を弓なりに持ち上げて保護している
- 異常な姿勢で座っている、または横たわっている
- 異常な姿勢で休んでいない
- 彫像のように固まったまま動かない
- 祈りの姿勢(下図の右側)
動き方・歩き方
- こわばっている
- 荷重の不均衡
- 足を引きずって歩く
- 尻尾の振り方が弱い
- しっぽの動きが少ない
様子・態度
- 頭をもたげている
- 患部を見つめる・舐める・噛む
- 頻呼吸または浅速呼吸
- 抑うつ状態
- 歩こうとしない、または歩けない
- 静かに横になり、数時間動かない
- 落ち着かずいらいらしている
- 同じ場所をぐるぐる回る
- 震えている
- その場で排尿や排便をする
- 毛づくろいしない・乱れた被毛
- 食欲不振
- 元気がない
- 昏迷
人への反応
- 横になったまま周囲に気づかない
- 世話人への反応が乏しい
- 世話係に噛み付いたり噛み付こうとする
- 特定箇所への接触を嫌う(痛覚過敏・異痛症)
鳴き声
- 高い声で悲鳴を上げる
- クンクン鳴く
- 意味もなく吠える
- まったく声を出さない
生理学的な兆候(補足)
- 安静時の呼吸が荒い(浅速呼吸)
- 頻脈
- 瞳孔散大
- 高血圧
- コルチゾールとエピネフリンの血清濃度上昇
ペインスケールで痛みを発見する方法
「犬を観察する」という方法は、犬と日常的に接している飼い主が定期的に行うタイプのものです。それに対し「ペインスケール」とは、手術後、外傷後 、侵襲的診断処置後、病気の回復期において、犬が痛みに苦しんでいないかどうかを確認するため、主に病院内で行われる痛みチェックのことを指します。しかし動物病院では上記「ペインスケール」が用いられず、痛みの評価が単なる獣医師の「勘」によって行われることが少なくありません。もし飼い主が家庭内でペインスケールを使いこなすことができれば、獣医師が見過ごした痛みのサインに気付き、犬を不要な苦痛から解放することもできるでしょう。
以下では、現在有効とされているいくつかのペインスケールを、参考までにご紹介します。なお、最初に挙げた「犬の急性痛ペインスケール」と「犬の慢性痛チェック」以外はすべて英語です。
まず各項目に沿って犬の状態を評価し、割り振られている数字を合計します。それを毎日一定の時間に行い、合計数がどのように変化するかを観察してみましょう。数が増えているようなら「痛みが増えている」、数が減っているようなら「痛みが減っている」ことの目安になります。 犬と猫の疼痛管理ハンドブック(P104)
以下では、現在有効とされているいくつかのペインスケールを、参考までにご紹介します。なお、最初に挙げた「犬の急性痛ペインスケール」と「犬の慢性痛チェック」以外はすべて英語です。
ペインスケールいろいろ
- 犬の急性痛ペインスケール
- 犬の慢性痛チェック
- Glasgow Composite Measure Pain Scale/CMPS-SF(PDF)
- 4A-Vet
- Colorado State University (CSU) acute pain scale(PDF)
- The University of Melbourne Pain Scale
まず各項目に沿って犬の状態を評価し、割り振られている数字を合計します。それを毎日一定の時間に行い、合計数がどのように変化するかを観察してみましょう。数が増えているようなら「痛みが増えている」、数が減っているようなら「痛みが減っている」ことの目安になります。 犬と猫の疼痛管理ハンドブック(P104)
姿勢 | |
正常 | 0 |
硬直している | 1 |
背中を丸めている | 2 |
緊張している | 2 |
異常な姿勢 | 3 |
患部を保護している | 4 |
犬の様子 | |
休息している | 0 |
快適である | 0 |
落ち着かない | 1 |
瞳孔が開いている | 1 |
異常なほどよだれをたらしている | 1 |
嘔吐がある(?回) | 1 |
不快である | 2 |
震えている・反抗的である | 3 |
鳴き声 | |
泣いていない | 0 |
異常に吠える | 1 |
クンクン鳴く | 2 |
唸る | 3 |
鳴き叫ぶ | 4 |
精神状態 | |
従順だ | 0 |
楽しそう・満足している | 1 |
楽しそう・元気が良い | 1 |
鈍い | 2 |
興味を示さない | 2 |
神経質で不安げ | 2 |
攻撃的 | 3 |
歩き方 | |
評価していない・深い鎮静状態にある | 0 |
歩かない・立たない | 0 |
どちらでもない | 0 |
こわばっている | 1 |
運動失調 | |
ゆっくり立ったり座ったりする | 1 |
立ったり座ったりしたがらない | 2 |
足を引きずる | 2 |
触ったときの反応 | |
患部を見る | 1 |
不安げだ | 1 |
泣き声を上げる | 2 |
たじろぐ | 2 |
噛み付こうとする | 3 |
唸る・傷を隠す | 3 |
上記どれでもない | 0 |