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犬の椎間板ヘルニア~症状・原因から治療法まで筋骨格系の病気を知る

 犬の椎間板ヘルニア(ついかんばんへるにあ)について病態、症状、原因、治療法別に解説します。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い犬の症状を説明するときの参考としてお読みください(🔄最終更新日:2021年11月)。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

椎間板ヘルニアの病態・症状

 犬の椎間板ヘルニアとは背骨と背骨の間に挟まってクッションの役割を果たしている椎間板と呼ばれる組織が変性し、中心部にある髄核と呼ばれるゼリー状の物質がずれてしまった状態のことです。 正常な椎間板とヘルニアを生じた椎間板の比較図  そもそも「ヘルニア」とは、体内の組織や器官が、本来あるべき場所からずれてしまった状態を指す広い概念であり、何も椎間板にだけ起こるものではありません。例えばおなかの中にある横隔膜が破れて腹部臓器がはみ出してしまった状態は横隔膜ヘルニア、腹部の組織がへそから飛び出してしまった状態は「臍ヘルニア」(でべそ)、腸管が腿の付け根に当たるソケイ部から飛び出してしまった状態は「鼠径ヘルニア」(脱腸)などと呼ばれます。

犬の椎間板の構造

 犬の背骨は7つの頚椎(首)、13個の胸椎(胸郭)、7個の腰椎(腰)、 3個の仙椎(しっぽの付け根)、そして個体によって数が異なる尾椎(しっぽ)から構成されています。2番目の頚椎(軸椎)から最初の仙椎までの椎骨間には全て椎間板が挟まれていますので、理論上は背骨のどこにでもヘルニアが発生する可能性があります。
 すべての椎間板に共通している構造は以下です出典資料:Bergknut, 2012 | 出典資料:Smolders, 2012)
背骨と椎間板の解剖図
脊柱の解剖図
  • 髄核髄核(ずいかく, nucleus pulposus)とは椎間板の中心部にあるゼリー状の物質のことです。コラーゲン線維(タイプ2)のほか、コンドロイチン硫酸やケラタン硫酸が中心タンパクに結合しながら形状を保っています。この巨大な分子が浸透圧勾配を作り出し、椎間板の外から内部へと水分を引き寄せる役割を果たしているため、健康な髄核は80%以上が水で構成されています。
  • 線維輪線維輪(せんいりん, annulus fibrosus)とは椎間板の外側にある丈夫な線維性組織のことです。線維輪の層はコラーゲン線維(膠原線維)とエラスチン線維(弾性線維)の集合体で構成されており、プロテオグリカンによってコーティングされています。約60%は水分で、線維輪の外側は主としてコラーゲンのタイプ1、内側はコラーゲンのタイプ2です。乾燥重量の70%を占めるこれらのコラーゲン線維は一方向ではなく様々な方向に走行することで、椎間板にかかるあらゆる方向の引っぱりストレスから内部の髄核を守っています。
  • 移行帯移行帯(いこうたい, transition zone)とは髄核と線維輪の境界部のことです。髄核に近いことから傍核帯(perinuclear zone)とも呼ばれます。通常の犬における移行帯は境界線が明白ですが、ビーグルダックスフントと言った軟骨形成不全の犬種においては幅が3~4倍も広く、線維輪の大部分を占めており、また細胞の向きに均一性がありません。
  • 軟骨終板軟骨終板(なんこつしゅうばん, cartilaginous endplate)は円柱形をした個々の背骨(椎体)の上下面を覆っている軟骨性組織のことです。プロテオグリカン、ヒアルロン酸、コラーゲン線維(タイプ2)などによって構成されています。役割は浸透圧と拡散を通じ、酸素やグルコースといった小さな分子を椎間板内へ送り込むことです。

犬のヘルニアの種類

 スウェーデンの獣医学者ハンセンとオルソンがヘルニアに関する詳細な研究を始めたのは1950年代に入ってからで、「ハンセン」の名は古典的なヘルニアの分類法に今でも残っています出典資料:Hansen, 1951| 出典資料:Hansen, 1952)
ヘルニアの形状的分類法
ハンセンによる椎間板ヘルニアの形状的分類法
  • ハンセンI型ハンセンI型のヘルニアは髄核が線維輪を突き破って完全に外に飛び出してしまった状態のことです。頚椎、胸椎、腰椎にまんべんなく発症します。
  • ハンセンII型ハンセンII型のヘルニアは髄核が内側から線維輪を圧迫し、部分的な膨らみができた状態のことです。犬においては下部頚椎と腰仙部に多いとされています。
 上記した肉眼所見による簡易的な分類法の他、病理学的な変化を元に5段階に分類する方法や、神経学的な重症度から「背部痛のみ」「歩行可能な不全麻痺」「歩行不能な不全麻痺」「麻痺・深部痛覚あり」「深部痛覚の消失」という5段階に分類する方法もあります。 これらは専門性が高いため、詳細は以下の文献をご参照ください。 Intervertebral disc disease in dogs:Part 1 Small Animal Spinal Disorders

犬のヘルニアの症状

 椎間板を構成する線維輪は背中側よりもおなか側(腹側)の方が1.5~2.8倍厚くできていますので、必然的に髄核が線維輪を突き破るヘルニアのほとんどは背中側に発症し、脊髄を通している脊柱管と呼ばれる細長いパイプ状の空間に飛び出ます。 椎間板ヘルニアの病態生理図解  脊柱管内には神経線維の束である脊髄のほか、脊髄から伸びる神経根と呼ばれる枝がありますので、飛び出したヘルニアがどこに作用するかによって症状が変わります。

頚椎ヘルニアの症状

 頚椎ヘルニアとは首の骨を構成している第2頚椎(C2)~第7頚椎(C7)までのどこかでヘルニアが発生した状態のことです。主に頚部の異常痛症、頚部への接触を嫌がる、筋線維束性攣(れん)縮といった症状として現れます。小型犬においてはC2~C3、大型犬においてはC6~C7に多いとされており、下部頚椎では片~両前肢のマヒという重症につながることもあります。
 胸腰椎ヘルニアに比べて神経学的な症状が少ない理由は、脊髄の太さに比べて脊柱管の内径がかなり大きいからだと考えられています。

胸腰椎ヘルニアの症状

 胸腰椎ヘルニアとは胸郭を構成している胸椎(T)や腰を構成している腰椎(L)でヘルニアが発生した状態のことです。軟骨形成不全の犬種ではT12~T13やT13~L1、大型犬種ではL1~L2やT13~L1に多いとされています。犬の椎間板ヘルニア危険地帯(T11~L3)  主な症状は運動を嫌がる、患部へのタッチを嫌がる、片~両後肢のマヒ(立てない・歩けない)などです。患部が第2~4腰髄の場合は後肢の麻痺+前肢の伸展姿勢という「シッフシェリントン現象」が現れることもあります。
NEXT:ヘルニアの原因は?

椎間板ヘルニアの原因

 ヘルニアを始めとした椎間板の変性は遺伝的素因、荷重、外傷、栄養不足、経年劣化、酵素活性の低下、水分含量の低下などさまざまな原因によって生じます。

椎間板の変性・劣化

 椎間板の変性プロセスにおいて特に重要とされているのは、椎間板の線維化、軟骨化、石灰化です。 変性した椎間板の肉眼所見

線維化

 椎間板内部にある髄核で線維化が生じると、グリコサミノグリカンの量が低下する代わりにコラーゲン線維の量が増え、柔軟性が低下して静水圧的な特性を失ってしまいます。その結果、椎間板が本来持っているポンプ作用も失われ、重要な分子の行き来が損なわれます。
 ダックスフントを始めとした軟骨形成不全犬種で多いとされていますが、そうした疾患を抱えていない普通の犬においても6~7歳までに50~68.7%の髄核がそのような経年劣化を見せるとの報告もあります。好発部位は下部頚椎や腰仙部です。
椎間板のポンプ作用
椎間板に強い力が加わると内部から水分が押し出され圧が取り除かれると再び戻ります。このポンプモーションが、血管の分布していない椎間板内部への巨大分子(アルブミンや酵素など)の移動を可能にしています。

軟骨化

 椎間板内部にある髄核で軟骨化が生じると、肉眼的にはゼラチン質で透明なはずの核が灰白色~黄色の線維軟骨性組織に置き換わっていきます。
 髄核が軟骨終盤を付き破って形成されるシュモール結節軟骨終板では厚さが増し、ところどころほころびができてエックス線画像で言うところの「シュモール結節」(Schmorls node)が形成されることがあります。これはヘルニアが横方向ではなく縦方向に発生し、軟骨終板を突き破って椎体内へ侵入した状態のことです。

石灰化

 石灰化とは軟部組織にカルシウム塩が沈着する現象のことで、胸椎の椎間板で多いとされています。軟骨形成不全犬種では早くも5ヶ月齢から見られ、1歳になる頃には頚椎の31.2%、胸椎の62.5%、腰椎の43.8%で肉眼的な変性が確認できるとの報告があります。
 軟骨形成不全犬種においては24~27ヶ月齢でいったん落ち着いた後、3歳を超えた頃から沈着した石灰が自然消滅することが珍しくありません。理由としては「破損した線維輪に発生した炎症反応が石灰化した部分を取り除いている」とか、「椎間板の変性に伴うpHの低下(酸性化)によって溶解している」などが想定されています。

ヘルニア好発犬種

 ヘルニアは軟骨形成不全の犬種に多いとされています。こうした犬種においては子犬の頃からすでに変性の兆候が見られることから、機械的なストレスによる物理的な要因よりも、遺伝的な要因が大きいと考えられています。

ヘルニアのリスク犬種

 ヘルニアが多いとして医学文献で報告されている主な犬種は以下です。ダックスフントにおいてはイヌ12染色体に石灰化に関連した遺伝子が確認されており、ダックスフント、コーギー、バセットハウンドにおいてはイヌ18染色体上にあるfgf4遺伝子が軟骨形成不全症と強く関わっているとされています。
ヘルニアのハイリスク犬種
フレンチブルドッグは将来的に脊柱変形に起因する神経症状を発症するかもしれない  フレンチブルドッグは日本でも人気ですが、英国王立獣医大学のチームが行った調査では、この犬種は何らかの症状を示していようといまいと、ほぼ確実に脊椎に奇形を持っており、およそ半分は脊柱のカーブに異常を抱えている可能性が指摘されています。また「脊柱後弯症のある犬では脊柱のどこかにヘルニアを抱えているリスクが1.98倍」、「脊柱後弯症のある犬では特に胸腰椎ヘルニアの有病率が高い」といった特徴も同時に見つかっています。 フレンチブルドッグの脊柱変形(脊柱後弯症)はヘルニアの発症リスクを高める

軟骨形成不全犬種の特徴

 軟骨形成不全犬種が持つ特徴の中で、具体的に何がヘルニアのリスクを高めているのでしょうか?通常犬種と比較した結果、ハイリスク犬種の椎間板では以下のような特徴が発見されています。便宜上、軟骨形成不全(ChondroDystrophy)を抱えた犬はCD犬、病気を抱えていない普通の犬は非CD犬と表現しています。
CD犬と非CD犬の違い
  • 髄核CD犬ではゼラチン質で液体を豊富に含む髄核の軟骨化が3~4ヶ月齢の時点ですでに辺縁部で始まっており、9ヶ月齢になると非CD犬よりも髄核内のプロテオグリカン量が有意に少なくなります。この変質は1歳になるまでの間に頚椎では75%、胸椎では100%、腰椎では93.8%が完了し、髄核のコラーゲン含有量に関してはCD犬25%:非CD犬5%というかなり大きな格差となって現れます。
  • 線維輪CD犬では髄核が背側に偏っており、腹側の移行部と線維輪が非CD犬に比べて広くなっています。またCD犬では軟骨化によって線維輪の部分的~全体的な破損のほか、薄層(lamellae)の剥離が特に背側で多く見られるようになります。
  • 移行帯髄核と線維輪に挟まれる移行帯に関し、CD犬の新生子では3~4倍も幅が広く線維輪の大部分を締めており、細胞に均一の方向性がありません。一方、非CD犬の新生子では線維輪と髄核の境界が薄く明白です。
NEXT:ヘルニアの検査法は?

椎間板ヘルニアの検査・診断

 犬の椎間板ヘルニアは突然発症する痛み、運動不全、マヒなどを特徴としていますが、こうした症状はヘルニア特有のものではないため、確定診断するためには画像による確認が必要です出典資料:Brisson, 2010 | 出典資料:R.C.da Costa, 2010)

エックス線検査

 エックス線検査では石灰化した組織の存在を確認できますが、その画像だけでヘルニアと断定することは難しく、また患部の偏位(左右どちらに飛び出しているか)まではわかりません。ヘルニアを示唆する所見としては椎骨間隔の狭小化や楔状化、椎間関節の変性、椎間孔の狭小化や異常陰影、脊柱管内の石灰化した椎間板、椎間板内に貯留したガス像を認めるバキューム現象などがあります。

脊髄腔造影

 脊髄腔造影(ミエログラフィー)とはクモ膜下腔に造影剤を注入した上で、エックス線を用いて脊柱管の状態を調べる検査です。精度に関してはヘルニアの部位(高さ)が72%~97%、偏位(左右)が53%~100%程度とされています。 犬のL1とL2間に発症した椎間板ヘルニアを示すミエログラフィー画像(側面図)  副作用としては検査後のけいれん発作があり、大型犬、大量造影剤、小脳延髄注入、頚椎ヘルニアの場合にリスクが高いとされます。逆に第5~第6腰椎からの注入および体重20kg以下の犬でリスクが低いとされており、9~20kgの犬では1.61%、20kg超の犬では9.29%との報告があります。

CTスキャン

 CTスキャン(コンピュータ断層撮影)とはコンピューターと放射線を使って、体の断層画像を作成する検査です。 犬の椎間板ヘルニアに対するCTスキャン検査画像  けいれん発作のような副作用がないこと、ヘルニアの部位や偏位を2D~3Dで特定できること、脊髄腔造影の検査時間が30分を超えるのに対し通常10分以内で終わることなどから、ヘルニアの新たな検査法として台頭しています。また骨の視覚化が得意であることから、石灰化が進んだ慢性症例の鑑別に向いているとされます。なおヘルニアの部位を特定する精度に関しては脊髄腔造影と比べてそれほど遜色がありません(83.6%:81.8%)。

MRI

 MRI(磁気共鳴画像)とは生体に電磁波を当てて断層画像を撮影する検査法のことです。小型犬を対象とした調査では脊髄腔造影よりも精度が高いという報告があることから、ヘルニアの検査法として利用されています。 犬の椎間板ヘルニアに対するMRI検査画像  T1強調画像よりもT2強調画像の方が信頼度が高く、椎間板変性の早期発見や外科手術をする前にヘルニアの大きさ、部位、偏位を正確に特定する際に適しているとされています。また脊髄の腫脹と出血による硬膜外腔の圧迫を鑑別するのにも適しています。
NEXT:ヘルニアの治療法は?

椎間板ヘルニアの治療法

 ヘルニアに対する治療法には、安静を基本として症状の悪化を防ぐ保存療法、積極的に介入して原因の除去を目指す外科療法、医学的な証拠(エビデンス)はまちまちながら正攻法に変わって採用される代替療法とがあります。

保存療法

 保存療法ではいわゆる「ケージレスト」と呼ばれる絶対安静期間が2~6週間設けられます。損傷した線維輪の炎症反応と修復過程が自然に収まるのを待つというコンセプトですが、ケージレストの期間と治療成功率との間にはそれほど関連性がないとの報告もあります。
 ノースカロライナ州立大学が行った調査では、不全対麻痺もしくは対麻痺で除圧術(半椎弓切除+開窓術)を受けた犬30頭にケージレストと補助治療(関節可動域内の受動運動を1日2回/スリングを用いた歩行)を施したところ、歩けるようになるまでの時間は中央値で7.5日(2~37日)だったと報告されています出典資料:Zidan, 2018)

投薬治療

 投薬治療では痛みを抑えるための鎮痛薬や炎症を抑えるための消炎剤が投与されます。 糖質コルチコイドの使用に関してはQOLの低下を招きやすいこと、および治療の成功率が上がるとは言い難いことなどから、忌避する獣医師もいます。またニュージーランド・リンカーン大学が行った調査では「攻撃性の増加」や「活動性の低下」といった行動の変化につながる可能性も指摘されています。活動性の低下はちょうどよいかもしれませんが、攻撃性の増加は日常生活に支障が出るかもしれません。 糖質コルチコイド薬は犬の行動様式を変化させるかもしれない

外科治療

 重症例のヘルニアに対しては外科手術が考慮されます。具体的には以下のような場合です。
  • 神経症状の悪化
  • 痛みの永続化
  • 脊柱が不安定
  • 亜脱臼がある
  • 自然治癒が見込めない
  • 再発例
  • 保存療法に反応しない
  • 術後の後遺症
  • 出血が認められる
  • 呼吸性アシドーシス
  • 不整脈・低血圧・徐脈
 外科手術の主な目的は椎間板の外(=脊柱管の中)に飛び出した髄核を取り除いて脊髄や神経に加わっている圧力の元を取り除くことで、「除圧術」や「減圧術」とも呼ばれます。

椎弓切除術

 椎弓切除術は骨で囲まれた脊柱管にアプローチするため、背骨の一部をドリルで削って切除してしまう外科手術のことです。左右対称に切除するものは「椎弓切除術(laminectomy)」、左右どちらか一方だけ切除するものは「半椎弓切除術(hemilaminectomy)」と呼ばれます。ヘルニアだけでなく、変性性の狭窄症、骨折、脊髄や脊椎の腫瘍、膿瘍、奇形など、脊柱管の内圧を高める疾患に対して広く行われます出典資料:Estefan, 2021)椎弓切除術と半椎弓切除術の模式図  日本国内に暮らす10kg未満の小型犬19頭を対象とし、複数箇所に渡る頚部椎弓切除術を施したところ、術後平均8.5日で重大な合併症もなく歩行能力が回復したといいます。2頭に関しては術後3ヶ月で頚部痛が再発しましたが、保存療法で抑え込むことができるレベルでした出典資料:Haii, 2016)

椎体切除術

 椎体切除術(corpectomy)とはヘルニアを起こした椎間板の上下にある背骨の円柱部(椎体)を部分的に切除することです。椎弓切除術が後方から患部にアプローチするのに対し、当手術は横からアプローチするようなイメージになります。 椎体切除術の模式図  椎体切除術を受けた72頭の犬を対象とした追跡調査では、術後4週時点における改善率が64.2%だったとされています出典資料:Salger, 2014)
 また同手術を受けた107頭を対象とした追跡調査では、術前における歩行率が67.3%だったのに対し、中央値で3日の入院期間を経て退院する頃には82.2%に増加したとされています。さらに術後12ヶ月における歩行率は91.4%で58.6%は健康体と変わらない歩様を取り戻したとも出典資料:Ferrand, 2015)

開窓術

 開窓術(fenestration)とはヘルニアの再発を予防するため、椎間板の一部に穴を開けて内部の髄核を取り除いてしまう外科手術のことです。2016年にオハイオ州立大学がアメリカ国内にいる神経学専門医および獣外科医を対象として行ったアンケート調査では、急性ヘルニア症例に対し「常に行う」と「ほとんどの症例で行う」を合わせた割合はそれぞれ69%と36%だったとされています出典資料:Moore, 2016)犬の椎間板に対して行われる開窓術の模式図  ハンセンI型のヘルニアを患う軟骨異形成犬種19頭をランダムで9頭と10頭とに分け、前者には椎弓切除術+開窓術、後者には椎弓切除術だけを施した上で術後の経過を観察しました。術後6週目にMRI検査を行ったところ、開窓術あり群ではヘルニアの再発がゼロだったのに対し、開窓術なし群では視認できるヘルニアが6頭で見られ、うち3頭では実際の症状(痛み2頭+麻痺1頭)に発展したといいます出典資料:Forterre, 2008)
 また半椎弓切除術を受けた後、ヘルニアが再発した軟骨異形成犬種を対象とした回顧的調査では、予防的な開窓術を行っていない椎間板では、行った椎間板に比べて26.2倍も発症しやすいと推計されています出典資料:Aikawa, 2012)

鏡視下手術

 鏡視下手術とは内視鏡を用いて患部にアプローチする外科手術のことです。体に対する侵襲性を最小限に留めることを特長としています。実験レベルでは安全性が確認されており出典資料:Guevar, 2020)、少数ながら実際の臨床でも施術例が報告されています出典資料:Guevar, 2019)。専門性が高いため、すべての病院が対応しているわけではありません。 犬の脊柱に対する鏡視下手術の様子

レーザー減圧術

 レーザー減圧術(PLDD)とはエックス線透視装置によってガイド針を椎間板内部に刺入し、中に誘導したレーザーファイバーの先端からレーザーを照射することで髄核を消滅させる手術のことです。 犬の椎間板に対して行われるレーザー減圧術(PLDD)  症状が疼痛のみ、 再発性の疼痛、慢性的なふらつき、内科治療の反応に乏しい、 麻痺を示していない、脊柱管内に遊離物質が認められない症例が適応となります。日本で行われた予備的な調査では、頚部では66.7%(6例中4例)、胸腰部では75%(12例中9例)の割合で症状の改善が見られたと報告されています出典資料:Kanai, 2014)

鍼治療

 体に対する負担や副作用が限りなく少ないという利点を活かし、椎間板疾患に対して代替医療の一種である鍼治療が施されることもあります。 犬の椎間板に対して行われる鍼治療と経穴の模式図  例えば深部痛覚は正常のまま対麻痺(両下肢のみの運動麻痺)を発症した胸腰部ヘルニアの患犬80頭を対象とした調査では、抗炎症薬だけで治療を行った37頭より、抗炎症薬と鍼および電気鍼を組み合わせて治療を行った43頭の方が、歩行能力を取り戻した割合、歩行能力を取り戻すまでの時間、背中の痛みが解消するまでの時間、再発率に関して好成績を収めたと言います出典資料:Han, 2010)
 また胸腰部の半側椎弓切除術を受けた24頭の犬を対象とした調査では、ランダムで2つのグループに分けた上で一方にだけ術前に全身麻酔下で鍼治療を30分間施しました。その結果、皮膚を切開するときおよび椎間板を除去するときに要した緊急鎮痛薬の投与量(心血管系のパラメーターが術前より20%増加した場合に投与)、コロラド方式およびアナログスケールで飼い主が主観的に数値化した痛みの度合い、痛覚計を用いて患部付近の4箇所を客観的に測定したときの機械的閾値に関し、鍼治療を行ったグループの方が良い成績を収めたといいます出典資料:Machin, 2020)

幹細胞治療

 投薬治療では痛みや神経機能は回復するかもしれませんが、変性した椎間板は元に戻りません。こうした側面から、椎間板自体を修復しようとする再生医療に注目が集まっています出典資料:Bach, 2014)
 椎間板疾患を自然発症した6頭のジャーマンシェパードに脊柱の除圧術を施した後、ランダムで3頭ずつからなる2つのグループに分け 一方にだけ幹細胞(自身の腸骨稜骨髄から採取・培養した間葉系幹細胞)を椎間板内に注入して回復の具合を比較しました。手術から1→6→12ヶ月後のタイミングで各種の指標を評価したところ、幹細胞治療によって少なくとも副作用はみられなかった一方、明白な改善が見られるわけでもなかったといいます出典資料:Steffen, 2017)
 第3胸椎~第3腰椎の間に発生したハンセンI型のヘルニアにより急性の対麻痺を発症した22頭の犬をランダムで2つのグループに分け、11頭には半側椎弓切除術のみを施し、残りの11頭には半側椎弓切除術と脂肪細胞由来のイヌ間葉系幹細胞を硬膜上腔に注入した上で回復の具合を比較しました。その結果、歩行能力を取り戻すまでにかかった時間(7日:21日)と術後の入院期間(4日:3日)に関し、幹細胞治療を受けたグループの方が統計的に有意なレベルで短かったといいます出典資料:Bach, 2019)
 上記したのはほんの一例ですが、幹細胞治療に関しては現在も研究が進められています。幹細胞の由来(自家/他家)、注入する場所(椎間板/硬膜上腔)、注入量、注入回数の最適な数値基準が明らかになれば、今後スタンダードな治療法として確立する可能性を秘めています。
NEXT:ヘルニアの予防法は?

椎間板ヘルニアの予防法

 ヘルニアを予防するために飼い主ができることは、アジリティのような腰に負担がかかる激しい運動を避けることと、体重管理をしっかりと行うことです。また「小さい方が可愛い」というペットブームの裏で、犬たちが病気やけがによる苦痛を強いられているという事実に目を向けることも重要でしょう。
 2013年、イギリスのロンドン大学が行った調査では「胴の長さ」「体重」「骨格サイズ」とヘルニア発症率との関連性が指摘されています出典資料:Packer, 2013)胴の長さ、体重、骨格サイズとヘルニアの発症確率  例えば体高:体長が1:1.2(少し胴長)の時の発症率が40%であるのに対し、1:1.8(かなり胴長)になると85%近くにまで跳ね上がります。また肥満の度合いを示すBCSが2(スリム)の時の発症率が30%であるのに対し、8(かなり肥満)のときの発症率は90%に届く勢いです。このように「胴の長さ」、「体重」、「骨格サイズ」とヘルニアとは、密接な関連性を持っています。 最もヘルニアを発症しやすいのは、太り気味のミニチュアダックスフント  このデータから考えると、最もヘルニアを発症しやすいのは、太り気味のミニチュアダックスフントということになります。ご自身の飼っている犬がこの条件に該当する場合は、人一倍気をつけた方がよさそうですね。
イギリスにあるノッティンガム・トレント大学のチームが行った調査では、首輪の装着によって犬たちの首にかなりの締め付けが加わっていることが確認されています。頚部への圧力を分散して頚椎ヘルニアを予防するため、首輪ではなく胴輪(ハーネス)を優先的に使用することが望まれます。 犬の首輪にはどのくらいの圧力がかかっているのか? 犬の散歩に必要な道具・完全ガイド