犬の首の解剖学と構造
マッサージの仕方に入る前に、まずは基本となる首の解剖学と構造です。骨の位置や筋肉の方向を知っているかどうかで、触ったときに犬が嫌がるかうっとりするかが決まります。
犬の首・骨格と筋肉解剖図
犬は肩がこらない

そもそも「肩がこる」という現象は、腕を上に上げたり(洗濯物を干す、黒板に字を書くなど)、中空にどどめたりする(タイピングをする、ピアノを弾く、塩を取るなど)際に収縮する、僧帽筋や肩甲挙筋といった筋肉に疲れが蓄積する状態を言います。こうした動きが多い人間の場合、肩がこるという現象は容易に発生します。
一方、犬のロコモーション(移動様式)は四足歩行です。基本的に前足は地面に接地していますので、前足を頭の上まで持ち上げたり、中空にとどめて何らかの作業するといった動きは、限りなく皆無に近い状態です。僧帽筋が未発達で、肩甲挙筋にいたっては存在すらしていないという事実は、その裏付けと言えます。
すなわち四足歩行で移動する犬は、人間とは違って僧帽筋や肩甲挙筋を使用する頻度が低く、肩に疲労がたまりにくい、つまり「犬は肩がこらないとう特性がありそうです。
犬は首がこる

人間のロコモーション(移動様式)は直立二足歩行です。人間が視界を保とうとする場合、基本的には頭を首の骨(頚椎, けいつい)の上に乗せるだけで充分です。姿勢が悪くて猫背の人は別ですが、首に力を入れなくても視界を保つことができるようにうまくデザインされています。
一方、犬は四足歩行です。視界を保ったり空気の匂いを嗅ごうとする場合は、首の後ろに力を入れて、頭蓋骨を持ち上げなければなりません。首の後ろに人間にはないたくさんの筋肉が付いているという事実は、犬の生活中で頭を上げるという動作が多くあることを裏づけています。
すなわち四足歩行で移動する犬は、人間と違って常に頭を持ち上げながら移動する必要があるため、首の後ろに疲れがたまりやすい、つまり「犬は首がこる」という特性があるのです。
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首のリラックスポジション
マッサージを施す前の準備として、犬の首をリラックスポジションに置く必要があります。リラックスポジションとは筋肉が弛緩(しかん)して心身ともにゆったりした姿勢のことです。あらかじめ脱力姿勢を作っておくと、マッサージをしたときの癒やし効果が最大限に発揮されます。
では犬の首をどのようにリラックス(弛緩)させればよいのでしょうか?犬が自分の前足を首の下に入れて休んでいる場面をヒントにしてみましょう。この姿勢は頭を重力から解放することで、首の後ろの筋肉をリラックスさせているものと考えられます。つまり犬の顎の下に支えを入れると、犬の首は弛緩して力が抜けるのです。
このリラックスポジションを飼い主が再現する際は柔らかいクッション、もしくは飼い主の腕を犬の顎下に入れてあげてください。体の下に柔らかいマットや犬用ベッドを用意してあげれば癒やし効果も倍増するでしょう。
犬の前足が顎の下に挟まったままだと、血流が途切れてり床ずれ(血流が悪化して細胞が壊死した状態)になる恐れがあります。また中~大型犬の場合は肘が地面に圧迫されタコができてしまうかもしれませんので要注意です。
NEXT:マッサージの実践

このリラックスポジションを飼い主が再現する際は柔らかいクッション、もしくは飼い主の腕を犬の顎下に入れてあげてください。体の下に柔らかいマットや犬用ベッドを用意してあげれば癒やし効果も倍増するでしょう。


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犬の首をマッサージしよう!
犬の首をマッサージするときのベストエリアや代表的なマッサージテクニックを図や写真を用いて解説します。犬が喜ぶ場所を抑え、気持ちいい時間を過ごさせてあげましょう。もし犬が体へのタッチを嫌がるようなら全く癒やしになりません。まずは触られること自体に慣らせておく必要があります。詳しくは以下のページを参考にして下さい。
犬の首・マッサージエリア
首に関してはとりわけ嫌がる部分はありません。気持ちいいと感じる部分は疲労のたまった首の後ろや背骨に沿った場所です。背骨は骨しかありませんので「触られて気持ちいい!」という感覚よりは、「なでられてうれしい!」という感覚に近いでしょう。

犬の首にあるツボ
犬の首は東洋医学で言う「督脈」(とくみゃく)が通る部位です。経絡システムから見ると以下のような経穴(ツボ)と主治(効果)があります。

- 天門穴天門穴(てんもんけつ)の解剖学的な位置は両耳の先端から頭頂部に伸ばした線と背中にある正中線の交わる点です。このツボを指圧すると脳機能障害に効くとされています。
- 風府穴風府穴(ふうふけつ)の解剖学的な位置は頭蓋骨と第一頚椎(環椎)の間と背中にある正中線の交わる点です。このツボを指圧すると頚部椎間板ヘルニアや前庭疾患に効くとされています。
- 大椎穴大椎穴(だいついけつ)の解剖学的な位置は第七頸椎棘突起と第一胸椎棘突起の境目です。「首の後ろにあるくびれ」と言えばわかりやすいでしょう。このツボを指圧すると発熱、咳、背骨の痛みに効くとされています。
犬の首にあるリンパ
犬の頚部におけるリンパ液の流れを模式的に表すと下図のようになります。首の前面と後面、肩甲骨、脇の下あたりからリンパ液が流れ込み、浅頚リンパ中心と呼ばれるリンパ節で合流します。
首や頭は毛並みに沿ってマッサージすればよいですが、肩甲骨や脇からリンパ液を集めようとすると毛並みに逆らって撫でる必要があります。この部位のリンパマッサージをするときは犬が嫌がっていないかどうかをよく確かめながら行うようにしましょう。

犬の首の健康チェック
犬の首は筋肉の挫傷や頚椎椎間板ヘルニアなどが起こりやすい部位です。マッサージのついでに簡単なチェックをしてあげると、上記したような疾患にいち早く気づいてあげることができます。
首のキブラーテスト
「キブラーテスト」(Kibler Test)とは、背骨に沿った筋肉に張りや痛みがあるかどうかをチェックする時の方法です。
両手の親指と人差し指で首のあたりの皮膚を丸めるようにして持ち上げます。もし筋肉に張りや痛みがある場合、筋肉が反射的に抵抗することでなかなか持ち上がらなかったり、犬が痛がる素振りを見せます。反応が激しい場合は獣医さんに相談しましょう。

犬の首・マッサージテクニック
以下では犬の首に対して用いられる主なマッサージテクニックと施術上のコツを解説します。個々のテクニックの具体的な方法に関しては基本テクニックを参考にしてください。
首の軽撫法
【やり方】犬の毛並に沿ってゆっくりと手の平を這わせていきます。静電気が発生しないよう、腕まくりをして衣類と被毛が接触しないようにするのがコツです。

首の軽擦法
【やり方】指先にやや力を入れ、首の後ろから肩にかけての筋肉に対して圧力を加えます。この時、妙に硬くなっている部分がないかどうかもチェックしましょう。もしある場合は、痛みに対する屈曲反射の可能性を考慮します。

首の圧迫法
【やり方】首の後ろから肩にかけての筋肉に対し指先で圧迫を加えます。ちょうど人間で言う「指圧」のような感じです。ゆっくりと押していき、同じだけの時間をかけてゆっくりと指を外していくのがコツです。犬の首にあるツボで図示した経穴も指圧してみましょう。ただしあまりグイグイ強い力で押し付けないで下さい。

首の揉捻法
【やり方】肩の皮膚をつまみあげて伸ばしてあげましょう。犬が嫌がらないようであれば、背骨側にある肩甲骨のへりに指を入れ、グリグリと捻るような刺激を加えても構いません。季節によってはたくさんの抜け毛が出ますので、あらかじめブラッシングして減らしておくのがコツです。

首の摩擦法
【やり方】首の後ろから肩にかけてのエリアや、肩甲骨と肩甲骨の間のエリアに対し、指や手の平で円刺激や往復刺激を加えてあげます。犬の首にあるリンパで図示したリンパ液の流れをイメージしながら力を加えましょう。浅頚リンパ中心がある肩口に向かって体液を押し流すのがコツです。

首の叩打法
【やり方】犬が嫌がらないようであれば、手の平を丸くしてリズミカルに叩く「カッピング」や、手首の力を抜いて、空手チョップをする「ハッキング」をやってみましょう。
人間で言うとちょうど「肩たたき」のような感じですが、犬は体が小さいため、人間に対して行うような強い力を用いないよう注意してください。

首が終わったら肩のマッサージにもチャレンジしてみましょう!