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犬の脳梗塞~症状・原因から検査・治療法まで

 犬の脳梗塞について病態、症状、原因、治療法別に解説します。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い犬の症状を説明するときの参考としてお読みください。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

脳梗塞の病態と症状

 犬の脳梗塞(のうこうそく, brain infarct)とは、脳に対する血流が不足することで脳細胞が部分的に酸欠状態に陥った状態のことです。脳出血と合わせた場合は「脳血管障害」や「脳卒中」と呼ばれます。 脳梗塞の模式図

脳梗塞の病態

 血液不足に陥った脳細胞では酸欠とエネルギー(グルコース)の不足によりイオンポンプが機能しなくなり、体液や電解質のバランスが崩れて細胞が膨張します。それに引き続きマクロファージの活性化や血液脳関門の破綻が起こり、虚血から4~6時間後には血管性浮腫が引き起こされ24~48時間かけて進行します。血管性浮腫は脳圧亢進を引き起こし、虚血の発生部位によって前脳、脳幹、小脳などに障害を発生させます出典資料:Garosi, 2009)脳内における血栓と塞栓子の模式図  血流不足の多くは血管の目詰まりによって発生し、目詰まりの原因となる血塊、腫瘍、脂肪、空気は「塞栓子(embolus)」と総称されます。閉塞部位の近くで発生した血の塊が塞栓子のときは特に「血栓(thromboembolus)」とも呼ばれます。

脳梗塞の種類

 脳梗塞は血管と梗塞部位との関係により以下のように分類されます。
脳梗塞の種類
  • 領域梗塞主動脈の支配領域を占有する梗塞
  • ラクナ梗塞脳実質内にある浅部~深部通枝の支配領域に限局される梗塞
  • 分水界梗塞各動脈分枝終末および境界部における梗塞。分水嶺梗塞とも
 血管の閉塞によって虚血状態となった脳組織の中心部にあり、回復不能なレベルまで障害を受けたエリアを「虚血コア(ischemic core)」と呼ぶのに対し、虚血を起こした周辺の組織に機能障害が発生するものの、早期に血流が再開すれば回復可能なエリアを「ペナンブラ(penumbra)」と呼びます。 脳卒中後における虚血コアとペナンブラの模式図

脳梗塞の症状

 脳梗塞を発症した場合、一般的には突発性の神経障害(一過性脳虚血発作, TIA)→症状の安定(プラトー)→自然回復という転機を取りますが、重症例では死亡することもあります。
 発症部位と症状の関係性は以下です。梗塞の場所に関わらず飼い主が気づきやすい症状としては「その場でぐるぐる回る」「頭が傾いたまま戻らない」「眼球が左右に小刻みに震える」「急に歩けなくなる」「目の焦点が合わない」などがあります。
脳梗塞部位と症状
  • 終脳(11頭)●吻側大脳動脈の領域梗塞2頭
    精神異常, 患対側の姿勢反射障害, 患対側の鼻痛覚鈍麻, 患対側の瞬目反射欠落
    ●中大脳動脈の領域梗塞4頭
    患側周回, てんかん発作
    ●線条体動脈のラクナ梗塞5頭
    患側周回, 患側斜頸, 患対側瞬目反射欠落(対光反射温存), 患対側の姿勢反射障害, 患対側の片側不全まひ・運動失調
  • 視床・中脳(8頭)●尾側通枝動脈のラクナ梗塞8頭
    患対側もしくは患側の瞬目反射欠落, 患側周回, 患対側もしくは患側の斜頸, 頭位めまい, 患対側もしくは患側の頭位腹側斜視, 瞳孔不同(患側散瞳), 患側の痙性片側不全まひ・運動失調
  • 小脳(18頭)●吻側大脳動脈の領域梗塞18頭
    患側の非対称性小脳もしくは前庭性運動失調, 姿勢反射障害を伴う中等度の患側片側不全まひ, 患対側もしくは患側の斜頸, 断続的強直性発作, 自発性もしくは姿勢性の眼振, 発作性前庭障害を伴う患側の瞬目反射欠落, 患側顔面麻痺
  • 同時多発的(3頭)
 上記の元データは2000年1月~2004年4月の期間、イギリス国内にある3つの二次診療施設に蓄積された医療記録を回顧的に参照して選別された40頭の患犬たちです出典資料:Garosi, 2006)。選別条件は急性発症、非進行性(24時間)、脳神経症状、脳脊髄液の異変(高タンパク | 好中球もしくは単核球の髄液細胞増加 | 髄液黄色化 | 血鉄症)、MRI所見あり、少なくとも3ヶ月以上の追跡、死亡した場合は死後解剖済とされました。

脳梗塞の原因

 犬における脳梗塞の原因として症例報告があるものは以下です出典資料:Garosi, 2009)
犬の脳梗塞の原因
 イギリス国内で33頭の患犬を対象として行った統計解析では、年齢、性別、不妊ステータス、品種による偏りはないと判断されました出典資料:Garosi, 2005)。また発生箇所や血圧と梗塞タイプに関連がないことも併せて確認されました。
 その一方、小型犬(15kg未満の11頭)では小脳の領域梗塞が多く、大型犬(15kg以上の22頭)では視床・中脳のラクナ梗塞が多いという傾向のほか、キャバリアキングチャールズスパニエルグレーハウンドに多い傾向が認められました。キャバリアに関しては僧帽弁閉鎖不全との関連が指摘されています。

脳梗塞の検査・診断

 脳梗塞の検査では外傷、代謝、腫瘍、炎症、感染症、毒物との鑑別診断が必要です。虚血発作の急性期においてCT画像は正常所見を示すことが多いため、鑑別診断ではMRIが採用されます。MRI画像では12~24時間以内に発生した虚血と出血の鑑別、血管領域と病変部、浮腫、過去の梗塞、微小血管障害、腫瘍の視認が可能です。 尾状核頭部にある線条体動脈の領域で見られた終脳梗塞所見  その他以下のような補助検査を行うことで診断の精度を高めていきます出典資料:Garosi, 2009)
脳梗塞の補助検査
  • 眼底検査
  • 全身血圧の複数回測定
  • 全血球計算
  • 血清生化学検査
  • 尿検査
  • 尿タンパククレアチニン比
  • 血清アンチトロンビンIII活性
  • Dダイマー
  • 各種内分泌検査(副腎・甲状腺・褐色細胞腫)
  • 胸部エックス線検査
  • 腹部超音波検査
  • 心エコー検査
  • 心電図検査
 眼底検査では血管の蛇行(全身性高血圧)、出血(血液凝固障害や高血圧)、うっ血乳頭(脳圧亢進)などがチェックされます。

脳梗塞の治療・予後

 虚血性発作の多くは支持療法だけで数週のうちに自然回復します。支持療法では酸素レベル、体液バランス、血圧、体温のモニタリングと調整を行い、虚血に続発する生化学的なカスケード反応を食い止めて神経細胞死を防ぎます。虚血の原因や基礎疾患が判明している場合は再発を予防するためそちらの治療も並行して行いますが、精密検査を行ってもおよそ半数では不明のままです出典資料:Garosi, 2009)

神経保護

 虚血に続発する生化学的なカスケード反応を食い止めて神経細胞死を防ぐことを目的とし、発症から6時間以内にペナンブラをターゲットとして行います。
 糖質コルチコイドは消化器系の感染リスクがあり、また明白な効果も確認されていないため漫然と投与しないよう注意します。人間に用いられる神経保護薬を使用する場合は、犬において効果が十分に検証されていないことを念頭に置きます。

脳血流の回復

 血栓溶解を目的とし、発症から6時間以内にペナンブラをターゲットとして行います。
 急性虚血発作に対する未分画ヘパリン(古典的抗凝固剤の一種)の効果は犬においては不明です。組織プラスミノーゲン活性化因子を投与するという選択肢もありますが、治療可能時間域が発症から3時間以内という点を考慮するとあまり現実的ではなく、また医原性の脳内出血リスクも伴います。
 なお抗血栓薬を予防的に投与する治療法の効果は犬において十分に検証されていません。

モニタリング

 酸素レベル、体液バランス、血圧、体温をモニタリングし、適宜調整します。血圧に関しては収縮期血圧が180mmHgを超えるなど臓器障害のリスクが極めて高い時を除き、急激な低下は避けるようにします。
 脳梗塞を発症した犬は寝たきり状態になるため、床ずれ、誤嚥性肺炎、尿ただれなどに注意しながら看護を行います。

予後

 脳梗塞を発症した犬の予後は、神経障害の重症度、初期治療に対する反応、基礎疾患の重症度などの影響を受けます。
 イギリス国内で33頭の患犬を対象として行われた調査では、共存症がある犬(死亡7:生存11)の方がない犬(死亡4:生存11)より生存期間が有意に短い(OR12)と報告されています。また共存症として多いものはクッシング症候群慢性腎不全甲状腺機能低下症、高血圧症でした。さらに共存症がある犬では梗塞による神経症状の再発がない犬の9.8倍(OR9.8)に達することも併せて確認されました出典資料:Garosi, 2005)