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犬の脳出血~症状・原因から検査・治療法まで

 犬の脳出血について病態、症状、原因、治療法別に解説します。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い犬の症状を説明するときの参考としてお読みください。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

脳出血の病態と症状

 犬の脳出血(brain hemorrhage)とは脳内にある血管が破裂して血液が外に流れ出してしまった状態のことです。脳梗塞と合わせた場合は「脳血管障害」や「脳卒中」と呼ばれます。 脳出血の模式図

脳出血の病態

 脳出血では脳実質内、硬膜下腔、クモ膜下腔に直接血液が流れ込んで血腫を形成します。血腫や血塊は次第に脳を物理的に圧迫するようになり、圧力が代償能力(Monro-Kellieの法則)を超えると脳圧亢進症状が引き起こされます。
 脳出血によって頭蓋内圧が亢進すると灌流圧が低下し、脳内に流れ込む血流が減少します。さらに亢進して血圧よりも高くなった場合、脳内に入ろうとする血液は頭蓋内の圧力によって完全に押し戻され、脳に到達しなくなります。重症例では脳圧亢進による脳ヘルニアや、血流不足による重篤な神経障害が引き起こされます。

脳出血の症状

 脳出血を発症した場合、突発性の神経障害を示した後、短時間で急速な症状の悪化を見せます。発症から24~72時間が経過し、血腫や浮腫が改善するとともに症状も軽快していきます。
 脳出血は脳梗塞の場合とは違い、通常複数の動脈領域を巻き込みます。そのため、出現する神経症状はもっぱら脳幹、前脳、小脳における脳圧亢進が引き起こす非特異的なものになります。なお脳梗塞に比べると死亡率が高い点には留意が必要です。
脳出血の主な症状
  • 片側 or 両側の四肢麻痺
  • 顔面麻痺
  • 運動失調
  • 急激な頭痛
  • 吐き気・嘔吐
  • 意識レベルの低下
  • ひきつけ
  • 嚥下困難
  • 視野障害
  • 光過敏
  • 頚部硬直
  • 元気喪失
  • 呼吸困難
  • 異常心拍
  • 昏睡
  • 突然死
 2005年1月から2010年8月までの期間、イギリス国内にある2つの二次診療施設において脳出血と診断された犬75頭を対象として行われた調査では、96%(72頭)までもが実質内出血で、硬膜下出血が1.3%(1頭)、クモ膜下出血が2.6%(2頭)だったといいます。出血の発症部位別では終脳が80%(60/75)、視床・中脳が2.6%(2/75)、小脳が4%(3/75)、複数箇所が13.3%(10/75)という内訳でした出典資料:M.Lowrie, 2012)

脳出血の原因

 頭を強くぶつけるといった外傷性を除き、犬における脳出血の原因として症例報告があるものは以下です出典資料:Garosi, 2009)
犬の脳出血の原因
  • 先天的な脳血管の奇形
  • 原発性および二次性の脳腫瘍
  • 血管肉腫
  • 脳アミロイドアンギオパチー
  • 壊死性血管炎など動静脈の炎症性疾患
  • 脳梗塞からの続発
  • 凝血能不全
  • 住血線虫属の血管感染
 脳アミロイドアンギオパチー(cerebral amyloid angiopathy, CAA)は脳内の中小血管壁にアミロイドβが沈着する病態、凝血能不全は播種性血管内凝固症候群(DIC)やフォン・ヴィレブランド病などです。
 また脳出血を起こした犬における共存症としては以下のようなものが報告されています出典資料:M.Lowrie, 2012)。ただし「ただ単に持病としてもっていた」という意味であり、「脳出血の原因になった」という因果関係は含まれていません。
脳出血に多い共存症
 高血圧が見られたのは単一箇所の出血サイズが5mm以下の患犬だけで、正常血圧の犬と比べて予後が悪かったといいます。こうした特徴から、高血圧に関しては脳出血の原因もしくは予後悪化のリスクファクターになっている可能性が高いと推測されています。

脳出血の検査・診断

 犬の脳出血が疑われる場合、梗塞、外傷、代謝、腫瘍、炎症、感染症、毒物との鑑別診断が必要です。
 CTスキャンで用いられるエックス線は血液のグロブリンに当たると減衰(エネルギーが吸収が吸収されること)する特徴があるため、急性出血を視認する際の感度がとりわけ高いとされます。血腫の周辺部では血管新生により6日~6週間かけてコントラストが強調されていき、血腫の発生から1ヶ月ほどかけて徐々に減衰は正常化していきます。
 MRI検査では出血の12~24時間後に発生するオキシヘモグロビンからデオキシヘモグロビンへの変換を検知し、梗塞との鑑別ができます。また出血の範囲を測定する際は、CTよりGradient echo法の方がすぐれているとされます。その他、血管領域と病変部、浮腫、過去の梗塞、微小血管障害、腫瘍の視認が可能です。 脳出血を起こした犬の右側頭葉で確認された単発出血病変  脳出血では血液凝固障害、高血圧、転移性疾患(血管肉腫)の有無を確認するため、以下に示すような補助検査が行われます出典資料:Garosi, 2009)
脳出血の補助検査
  • 眼底検査
  • 全身血圧の複数回測定
  • 全血球計算(CBC)
  • 血清生化学検査
  • 頬側粘膜出血時間(BMBT)
  • プロトロンビン時間
  • 活性化部分トロンボプラスチン時間
  • 胸部エックス線検査
  • 腹部超音波検査
 眼底検査では血管の蛇行(全身性高血圧)、出血(血液凝固障害や高血圧)、うっ血乳頭(脳圧亢進)などがチェックされます。
 頬側粘膜出血時間(buccal mucosa bleeding time, BMBT)とは、口唇粘膜に傷をつけ止血までの時間を測定し、止血凝固異常を検出する検査のことです。 プロトロンビン時間(prothrombin time, PT)とは、血液を固める作用を有したタンパク質(血液凝固因子)に関連した検査のことです。活性化部分トロンボプラスチン時間(Activated Partial Thromboplastin Time, APTT)は凝固機能の異常がどこにあるかを調べる検査のことです。

脳出血の治療

 脳出血の治療は発症から24時間がやまです。血腫の増大と血管性浮腫による脳圧亢進を正常化すると同時に、脳灌流と低血圧を是正して酸欠による致命的な神経障害を防ぎます。また基礎疾患がある場合は同定し、並行して治療を行います出典資料:Garosi, 2009)

脳外の安定化

 脳外の安定化では酸素レベル、体液バランス、血圧、体温のモニタリングが行われます。
 上昇した脳圧によって脳幹が障害を受け低換気症候群を発症すると、PaCO2(動脈血二酸化炭素分圧)の上昇→血管拡張→脳内高血圧という悪循環に陥ります。PaCO2が40mmHgを超えないよう挿管や換気で慎重な支持療法を行います。
 脳への血流量を維持するため、体液調整(補液治療)により全身血圧を保持し、脳灌流圧が70mmHgを下回らないようにします。

脳内の安定化

 脳内の安定化では脳浮腫の軽減、脳血液量の適正化、空間占拠の解除が行われます。
 脳浮腫を軽減する際は浸透圧利尿が用いられることがあります。脳血液量と脳圧を同時に下げる際は過換気によってPaCO2を35mmHg以下にまで落とし、血管収縮を誘発することがあります。空間占拠性の血腫などがある場合は外科手術によって物理的に除去します。

脳出血の予後

 脳出血を発症した犬の予後は神経障害の重症度、初期治療に対する反応、基礎疾患の重症度などの影響を受けます。一般的に脳梗塞に比べると死亡率は高くなります。
 イギリス国内で脳出血と診断された75頭の犬たちを対象とした調査では、6割(45頭)で「予後が悪い」と判定されました。以下は具体的な内訳で、評価基準は「優良=後遺症もなく元の状態に復帰」「良=後遺症はあるがある程度回復」「悪=改善が見られず神経症状が再発、もしくは安楽死」です出典資料:M.Lowrie, 2012)
犬の脳出血の予後
  • 単一出血(5mm以上)/43頭●優良:16頭
    ●良:10頭
    ●悪:17頭
  • 複数出血(5mm以上)/20頭●優良:6頭
    ●良:0頭
    ●悪:14頭
  • 複数出血(5mm未満)/12頭●優良:3頭
    ●良:5頭
    ●悪:4頭
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