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オス犬の精巣腫瘍~症状・原因から治療・予防法まで

 オス犬の精巣腫瘍(せいそうしゅよう)について病態、症状、原因、治療法別に解説します。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い犬の症状を説明するときの参考としてお読みください。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

犬の精巣腫瘍の病態と症状

 犬の精巣腫瘍とは、オス犬の生殖器で、精子を作り出す精巣に発生した腫瘍のことです。
 オスの精巣の中には精細管(せいさいかん)と呼ばれる細い管が、まるでお湯でほぐす前のインスタントラーメンのような形で密集しながら存在しています。この精細管を一本取りだして断面にすると、精子の形成に関わる様々な種類の細胞を見て取ることができます。「精粗細胞」は精子のもとになる細胞で、「セルトリ細胞」は精粗細胞に栄養を与えて補助する細胞です。そして「ライディッヒ細胞」は、精細管と精細管の間に挟まって男性ホルモンを分泌したりします。 精巣の微細構造  精巣腫瘍とは、こうした細胞のうちのどれかが腫瘍化した状態のことです。具体的には以下のような種類があります。なお全てのタイプに共通する「メス化傾向」という症状は、「お乳が張る・脇腹の対称性脱毛・鼠径部(太ももの付け根)の色素沈着」を指します。また「潜在精巣」(せんざいせいそう)とは、本来陰嚢(いんのう=玉袋)の中にあるべき精巣が、おなかの中にとどまっている状態のことです。
精巣腫瘍の種類と症状
  • セルトリ細胞腫 セルトリ細胞腫はセルトリ細胞が腫瘍化したものです。老犬で多く、片方の精巣だけが巨大化してメス化傾向を示します。潜在精巣における発症率が13~14倍と高く、腫瘍の内で悪性化する割合は10~14%程度です。
  • セミノーマ セミノーマとは「精上皮腫」とも呼ばれ、精祖細胞など精子を作る細胞が腫瘍化したものです。多くは片側だけに発生し、大きさは2センチ未満です。非常にありふれた良性腫瘍で、4歳以上の犬では約11%に見られるといいます。好発年齢は10歳以降で、まれにメス化傾向を示します。症例の1/3は潜在精巣から発生します。
  • 間質細胞腫瘍 間質細胞腫瘍とは、精細管と精細管の間にあるライディッヒ細胞が腫瘍化したものです。老犬に多く発症し、メス化傾向を示します。たいていは片側孤立性で、大きさは1~2cm程度です。潜在精巣が危険因子とされます。

犬の精巣腫瘍の原因

 犬の精巣腫瘍の原因としては、主に以下のようなものが考えられます。予防できそうなものは飼い主の側であらかじめ原因を取り除いておきましょう。
精巣腫瘍の主な原因
  • 潜在精巣  「潜在精巣」とは、精巣が本来あるべき位置からずれ、陰嚢内に入っていない状態のことです。「停留精巣」、「睾丸停滞」とも呼ばれます。精巣は胎児のときに腎臓のすぐ後ろに移動し、出生が近づくにつれて体の後方を移動して最終的には陰嚢内に入ります。しかし先天的・後天的な異常でこの精巣の移動が正しく行われずに途中で止まると、潜在精巣が発生して腫瘍化しやすくなってしまいます。
     潜在精巣の腫瘍化を引き起こす原因は、おそらく比較的高温に保たれている腹腔の環境が、正常細胞の破壊を促しているからだろうと推測されています。また潜在精巣の精細管内において本来あるべきではないエストロゲン受容器(ERα)が発現し、これがセルトリ細胞腫の引き金になっているのではないかという仮説もあります(→詳細)。
犬の潜在精巣~陰嚢内に降下した左の精巣と、鼠径部にとどまった右の精巣  オス犬の精巣は通常2ヶ月齢までに降下しますので、生後2ヶ月の時点で両方、もしくは片方の精巣が確認できなければ潜在精巣と診断されます。犬における発症率は約1.2%で、その内の75%(3/4)が片側性だと言われます。理由は不明ながら右側の停滞がやや多いようです。2016年に発表された調査では、ペットフードに含まれる「DEHP」や「PCB153」といった環境ホルモンが潜在精巣の引き金になっているのではないかと推測されていますが、はっきりとしたことはまだわかっていません(→詳細)。好発品種は、トイプードルポメラニアンヨークシャーテリアで、その他「トイ」や「ミニチュア」と名の付く犬種に多いとされます。放置した場合、精索捻転による腹痛を引き起こす可能性のほか、精巣腫瘍に発展する危険性が10倍に高まると言いますので、おなかの中に爆弾を抱えているような状態と言ってよいでしょう。

犬の精巣腫瘍の治療

 犬の精巣腫瘍の治療法としては、主に以下のようなものがあります。
精巣腫瘍の主な治療法
  • 手術療法  腫瘍化した精巣を除去する手術が行われます。陰嚢内における腫瘍は通常の去勢手術と同じ手順ですが、鼠径部や腹腔内における腫瘍はやや大がかりになります。特におなかの中にとどまった潜在精巣はレントゲンや超音波でも確認することが困難なため、いったんおなかを開けてから探すという順番になることも少なくありません。 オス犬の去勢手術
  • 化学療法  腫瘍が悪性化し、なおかつ犬が手術に耐えられないと判断された場合は抗がん剤など薬物療法が施されることがあります。また手術後の補助療法としても行われます。
  • 性腺刺激ホルモン療法 性腺を刺激する人工ホルモンを投与して、停滞している精巣を強引に降下させることもあります。ただしこの治療法は、犬が4ヶ月齢未満の場合に限ります。これは、精巣の降下が4ヶ月齢を過ぎてから起こることはまれで、6ヶ月齢を過ぎるとまず起こることはないからです。