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イヌはいつ家畜化された?

 イヌになる前のオオカミの骨は更新世(こうしんせい=約170万年前から1万年前までの期間で、氷河期の発達と人類の出現を特徴とする時代)の中期以降の人類の遺跡(イギリスのボックスグローブ遺跡約40万年前・中国の周口店遺跡約30万年前・フランスのラズレ洞窟約15万年前)などから発掘されていることから、少なくともこの時期には人類とオオカミとの間に何らかの接触があったと考えられています。
 イヌがオオカミから分岐を始めた時期に関しては、1万5千年前~13万5千年と、非常に大きな開きがあり、判然としませんが、イヌが一体いつヒトと接点を持ち、最終的には家畜化されるようになったのかを考えて見ましょう。

家畜化とはなにか?

 家畜化の定義はあいまいですが、一般的には人間と生活を共にするようになることといった意味です。その中には愛玩の対象になること、毛皮の供給源になること、食料源になること、狩猟のパートナーになることなどが含まれます。また生物学的な意味からすると、家畜化された動物は以下のような特徴を有しており、発見された遺骨が野生のオオカミのものなのか、それとも家畜化されたイヌのものなのかを判別する際の指標となっています。
家畜化された動物の特徴
  • 被毛色が薄くなる穏やかな性格を選択繁殖した結果(?)
  • 体が小さくなる少ない食料でも生き残っていけるため
  • 頭蓋容積と脳の縮小狩猟の必要性が無いため、脳全体が退化
  • 眼が丸くなり前方へ移動狩猟の必要性が無いため、視覚が退化
  • 鼓室嚢の縮小と平坦化狩猟の必要性が無いため、聴覚が退化
  • 口吻の短縮と増幅獲物に食らいつく必要がないため、骨格が退化
  • 歯牙の密集口吻の短縮に伴って歯が小さくなる
  • ストップの顕著化口吻の短縮に伴って前頭部との境目が明瞭になる
  • 前頭洞の隆起口吻の短縮に伴って口吻部との境目が明瞭になる
家畜化された動物の特徴が、とりもなおさず現代に生きる犬の特徴と一致するのは、極めて多くのことを示唆しています。  家畜動物の特徴は、現代のオオカミとイヌの違いそのものといってよいでしょう。同じ体重のオオカミ成獣と成犬とを比較すると、犬の頭部はおよそ20%も小さく、必然的に脳も20%小さいというから驚きです。

世界中で発見されたイヌの遺骨

 考古学的な遺跡から、イヌ科動物のものと思われる数多くの骨が発見されています。ただ単に食料にしていたという可能性も否定できませんが、その骨がゴミ捨て場以外の場所から見つかった場合は、ヒトとイヌとの違ったかかわり方が、自然と想像されます。以下はイヌ科動物の骨が発見された代表的な遺跡です。
イヌ科動物の骨が発見された代表的な遺跡
  • シリア・ドゥアラ洞窟約3万5千年前
  • シベリア・アルタイ山脈約3万3千年前
  • ベルギー・ゴイェット洞穴約3万1700年前
  • ウクライナ・メジン遺跡約3万年前
  • チェコ・プレドモスティ約2万6千年前
  • ロシア・ウラル山脈のアフォンドバ遺跡約2万年前
  • アラスカ・ユーコン地方約2万年以上前
  • ドイツ・ボンオーバーカッセル遺跡約1万4千年前
  • イスラエルのアイン・マラッハ遺跡約1万2千年前
  • イスラエルのハヨニム洞窟遺跡約1万2千年前
  • イラク・パレガウラ洞窟遺跡約1万2千年前
  • アメリカユタ州・デンジャー洞穴約1万1千年前
  • アラスカ・フェアーバンクス約1万年前
  • 中国・賈湖遺跡約7800~9000年前
  • スウェーデン・スケイトホルム約7250~5700年

狩猟スタイルの変化とイヌの家畜化

 上記リストで示したように、犬の遺骨に関しては、古いものでは約3万5千年前というものがあります。しかし人間の集落近くで骨が見つかったからといって、人間と生活を共にしていた、すなわち「人間の家畜だった」ということにはなりません。現在有力視されているのは3万年前よりもはるか後に当たる、およそ1万5千年前にイヌが家畜化され始めたとする説です。この説を裏付けるものとして、人間の狩猟スタイルの変化時期と、犬の家畜化の時期が一致するのではないか、という仮説があります。

狩猟スタイル革命

 中石器時代は石器時代の中ごろに当る約20,000年前から約9,000年前の時期を指し、ホモ・サピエンスやネアンデルタール人が共存していました。この中石器時代を特徴づけるものとしては、小さな火打石を用いた道具類があります。例えば細石器、漁具、石製の手斧、カヌー、弓などの木製具などです。 中石器時代に誕生した矢じりなどの飛び道具は、人間の狩猟スタイルを劇的に変化させました。 そしてこの弓矢という飛び道具の登場により、狩猟スタイルが劇的に変化します。すなわち、従来は鈍器による直接的な打撃で獲物を捕らえていたのが、弓矢で傷つけた獲物を追いかけるというスタイルに変わったのです。この狩猟スタイルの変化に伴い、いち早く獲物を見つけたり傷ついた動物を追い詰めたりすることのできる相棒の必要性が高まったことは、想像に難(かた)くありません。
 つまり直接打撃から遠隔射撃へと狩猟スタイルが変化したことにより「猟犬」というものへの需要が高まり、これが犬の家畜化を促進した、ということです。ですからイヌ科動物の遺骨は世界各地で数多く発見されていますが、その中でも中石器時代に該当するものこそが、家畜化が始まった最初の時期のイヌ、すなわちヒトによって最初に家畜化されたイヌの公算が高い、という推論が成り立つわけです。

中石器時代のイヌ

 上記考察を踏まえ、現在はドイツのオーバーカッセルで発掘された犬の下顎骨が、家畜化された最古の骨であろうとされています。この遺跡は約1万4千年前の旧石器時代後期から中石器時代前期に相当するものであり、先述した「猟犬需要説」にも符合します。
 また最古ではないにしても、約1万2千年前の中石器時代のものとされるイスラエルのマラッハ遺跡で発見された骨も有名です。遺跡内にある住居の入り口で老人の遺骨が発見されましたが、この遺体は右側を下にした屈曲姿勢で横たえられており、その左手は子犬と思われる動物の胸の上に置かれていました。この動物の骨はジャッカルにしては不自然な点があるため、おそらく老人によって飼いならされていたオオカミ、もしくは犬であろうとされています。さらに約1万2千年前のものとされるイスラエルのハヨニム洞窟遺跡では、人間と2頭の成熟したイヌ科動物の骨が発見されています。そしてこの骨はE.Tchernovによって犬であると鑑定されています。
 加えて近年では、スウェーデン王立工科大学の生物学者・ピーター・サヴォライネン氏のDNAを用いた研究により、犬の家畜化は5,400年から1万6,300年前までの間に、数百頭のオオカミの個体を元にして行われた可能性があることを指摘しました。
 こうした考古学的な発見から、現在イヌの家畜化が始まったのは、およそ1万4~5千年前くらいからだろうという考えが主流となっています。

イヌはどのように家畜化された?

 人間の遺跡で犬の骨が発見されていることから、イヌはおよそ1万4~5千年前ごろから、人とともに生活をともにしてきたと考えられます。ではこうした家畜化のプロセスはどのように起こったのでしょうか?以下では有力な仮説をいくつかご紹介します。

きわめて若いうちに手なずけた?

 イヌが人間と生活を共にするためには、成熟する前の極めて早い段階で、人間の生活に溶け込ませる必要がありそうです。
 1974年、ジョン・ポール・スコットとジョン・L・フラーによって著された「犬の遺伝学と社会的行動」(Genetics and the Social Behavior of the Dog)や、1987年にパトリシア・アンなどによって著された「人とオオカミ」(Man and Wolf)などによると、オオカミの成獣、特に生後21日を経過した個体を人に馴れさせることはほとんど不可能に近いものの、幼獣のうちに群れから離し、人間の中で育てたオオカミは、かなり人に馴れる、という可能性が示唆されています。
 またオーストラリアの先住民・アボリジニーは、ディンゴ(古いタイプのイヌ)の巣穴から生まれたばかりの子犬を捕獲し、最初の発情期を迎える2歳くらいまで住居の周辺で残飯などを与えながら育てるといいます。
 こうした事例から考えると、先史人たちが何らかの形でイヌ(もしくはオオカミ)の幼獣を極めて早い段階でとらえ、人間の生活に溶け込ませた上で狩猟のパートナーや残飯処理係、そして時には愛玩対象にしていたと想像されます。現代のイヌには社会化期と呼ばれるものがあり、この時期に接する環境や動物に対しては、成熟してからも親近感を覚えるという性質があります。古代に暮らしていた犬の祖先もこれと似たような性質を有していたとすると、幼獣の頃からヒトと接することによってかなり人馴れした状態になり、これが人間との共生を可能にしていたのではないかと推察されます。

人なつこい個体だけを選んだ?

 護衛係として用いていたにしても残飯処理係として用いていたにしても、いつ襲ってくるか分からないような凶暴な動物を、いくらワイルドな先史人でも身近に置こうとはしないでしょう。こう考えると、先史人たちは人なつこい個体だけを選択して自分たちのパートナーにしたのではないか、という推論が成り立ちます。この推論を補強するものとしては、1950年代、シベリアで行われたキツネの実験が有名です。
ギンキツネの実験
人懐こさを基準に選択繁殖を続けたところ、野生のキツネには決して見られないような外見上の変化が生まれました。  旧ソ連の遺伝学者ドミトリー・ベリャーエフ(1917-1985)は、1950年代のシベリアで、ギンギツネを用いた非常にユニークな実験を行いました。それは、手袋をはめた手をオリの中にいれ、攻撃性を示したり、逆におどおどした態度を見せるようなキツネを交配からはずす、言い換えれば「人なつこいキツネだけを選択繁殖する」というものでした。その結果、わずか10~20世代程度、時間にすると10年たたずして、野生種には見られないような性格的、および形態的な変化が出現したといいます。具体的には以下です。
  • まだらの被毛
  • 白黒ブチの被毛
  • 垂れ耳
  • 犬のように吠える
  • イヌ同様、繁殖が年に二回
  • カールした尾
  • しっぽを振る
  • しっぽを上に上げる
  • 成熟してからも人懐こさを失わない
 このように、性格を基準に選択繁殖した結果、なぜか外見にまで特徴が現れるという奇妙な現象が起こったわけです。さらに、変化によって出現した特徴は、とりもなおさず現代のイヌの特徴に一致する、というのは極めて注目すべき点です。もし先史人がベリャーエフのように「人なつこさ」を基準にイヌの祖先を繰り返し選択繁殖したのだとすると、世代を重ねるうちに様々な被毛パターンを持ち、ワンワン鳴き、しっぽを振るような現在の犬の原型が、自然と出来上がったのではないか、という推論も十分成り立ちます。
アドレナリン濃度と被毛の色
 「性格を基準に選択繁殖した結果、なぜか外見にまで特徴が現れる」という現象は従来のメンデルの法則では説明がつかないため、体内のアドレナリン濃度説がにわかに浮上しました。アドレナリンとは動物を攻撃や逃走に促すホルモンであり、常に外敵に襲われる危険性がある野生の動物では、体内に高濃度で存在しています。一方、ベリャーエフの選択繁殖の結果生まれた、性格の穏やかなキツネのアドレナリンレベルは、一様に低かったといいます。
 こうしたことから、性格の変化に伴って低下したアドレナリンレベルが、メラニン色素の生成までも抑制したのではないか、と考えられました。現在の遺伝学では体内のアドレナリンレベルは遺伝子発現の調整役であるという事実が確認されていますが、こうした定説が確立した裏には、ベリャーエフのギンギツネの実験があったわけです。

かわいい個体だけを選んだ?

 私たちは子犬を見ると、思わず「かわいい~!」と叫びたくなる衝動に駆られます。もしこれと同じような感性が先史人の中にもあったのだとすると、外見の可愛さを基準に個体が選別された可能性があります。
 犬の顔はオオカミの幼獣に似ているとよく言われますが、イヌのように成獣になっても幼獣としての特徴が残っているような進化の形態をネオテニー(幼形成熟, neoteny)といいます。先史人の中にある母性本能が、無意識的に可愛い動物だけを選ぶ方向に働いたのだとしたら、世代を重ねるごとに幼獣としての特徴が色濃く残った動物が生み出されたことでしょう。そしてそのようにして生み出された動物がイヌの祖先なのだとしたら、現代のイヌがネオテニーを獲得した理由にもなります。 オオカミの幼獣の顔が犬の顔に似ているという事実は、かねてから多くの学者が指摘していました。
養育誘発行動
イヌが可愛いのは、生き残るための戦略だったのか?  養育誘発行動(よういくゆうはつこうどう)とは、保護したいと思わせるような行動全般を指します。具体的には高い声でキーキー鳴くだとか、ひょこひょこ歩くだとか、いわゆる人間の子供や動物の幼獣が備えている自然な行動のことです。行動のほか視覚からの情報も有効であり、たとえば丸い頭、丸い目、体に対して小さな頭、などが大人や成獣の養育本能(あるいは母性本能)をくすぐります。私たちがイヌを見て可愛い!と思うのは、イヌの外見に母性本能をくすぐるような色々なトリガーが含まれているためです。

人なつこい個体が自分から寄ってきた?

 動物が人間をどの程度まで接近させるかという指標を逃走距離(とうそうきょり, flight distance)といい、個体差があります。あるものは100メートルでも逃げ出すのに、あるものは1メートルまで近づいても何のリアクションも見せない、といった具合です。古代のイヌの祖先たちの中にも、当然逃走距離があり、また個体差もあったと思われます。その中から、人間に近づいてもそれほど恐怖を感じないという個性を有した個体だけが生き残り、現代に生きる犬の基礎を作った、という可能性も指摘されています(ハンプシャー大学・レイモンド・コッピンジャー博士など)。この場合、人間が生活の中に取り込んだのではなく、イヌが自ら人間の生活に歩み寄ってきたというのが大きな特徴になるでしょう。
 イヌがなぜ人間の近くに擦り寄ってきたのかには幾つかの可能性があると思われますが、一番大きな要因はやはり残飯でしょう。自分の身を危険にさらすことなく、また走り回って無駄なエネルギーを消費することなく食物を獲得することができるのなら、多少腐ったものでもいいや、という譲歩が働いたのかもしれません。ただし、幾つかの報告によると、イヌ自体が食料になったという可能性も示唆されています。例えばメイン大学・サミュエル・ベルナップ3世の、「イヌの骨が人間の排泄物中に発見された」とする報告や、ピーター・サヴォライネン氏の、「中国において犬は食料として飼育されていた可能性がある」とする報告などです。
犬のでんぷん消化能力
 2013年1月23日、スウェーデン、ノルウェー、米国の共同研究チームが、犬とオオカミの遺伝子中、36個のゲノム領域に着目して研究を行ったところ、両者の間に複数の明確な違いを発見した、と英科学誌ネイチャー(Nature)に発表しました。
 チームは、19個のゲノム領域に関しては脳の機能に関係しており、8個は神経系の発達、およびその結果としての行動様式の変化に関わっているという事実、そして10個に関しては、でんぷんの消化と脂肪の代謝に関わっているという事実を突き止めます。
 スウェーデン・ウプサラ大学のエリック・アクセルソン氏はこの事実について「犬が人間と共に繁栄することができた理由の一端を示している」と語っています。氏の考えを要約すると以下。
  • 犬は炭水化物の代表格であるでんぷんの消化能力を発達させた
  • 人間の集落周辺に捨てられた残飯を消化できるようになった
  • 人間と行動を共にすれば、労せずして食事にありつけるということを覚えた
  • 人間と共に繁栄を築いた
 犬が突然変異によってこの消化能力を獲得したのか、それとも人間の選択繁殖によって次第に獲得していったのかはわかりません。しかし、オオカミのような肉食一辺倒の食性だったら、人間の残飯を食べながら集落で一緒に暮らすことは、確かにできなかったかもしれません。言うなれば、食い意地の汚さと雑食性が今日の犬の繁栄を築いた、といったところでしょう。

イヌはどのように多様化した?

 先史人が「人なつこさ」や「攻撃性の少なさ」を基準にオオカミの選択繁殖を行った結果、小さな体、小さな頭、成熟してからも変わらない従順さなど、現代の犬に通じる特徴を有した犬の原型が形成されたと考えられます。このように当初は「人なつこさ」という内面的な要素が繁殖する際の選択基準でしたが、この基準は長い時間をかけて緩やかに、「見た目」や「姿」といった外見的な要素に置き換わっていきました。そしてこの繁殖基準の変遷が、地域によって大きな差異の無かった犬の外見に、他に類を見ないような多様性を持ち込んだと考えられます。
 以下では、人間が犬の繁殖に干渉し、その外見を大きく変化させてきた歴史を概観してみたいと思います。

農業革命時

 およそ1万1500年前、中東で小麦と大麦の栽培を含む農業革命が起ったことで人類が定住することを覚え、畑や村落ができはじめました。イヌの個体数が急激に増加したのもこの頃だと考えられていますが、それは人が定住することによってゴミ捨て場が固定されるようになり、イヌの祖先にとっては格好のダイニングキッチンが出来上がったことと無関係ではないでしょう。
 その後、急増加した犬たちは数千年かけて世界各地に散らばり、今日発見されている様々な遺骨の元になっています。しかしこれらの遺骨を調べても、大きさに差こそあれ、3000~4000年前まではそれほど変わった体型の犬はいなかったとされます。

古代エジプト時代

 他のイヌとは一線を画する明確な特徴を持ったイヌが誕生するのは、古代エジプト時代(BC3000~BC30年)からです。壁画には現代で言うグレイハウンドサルーキに似たイヌが描かれており、細い頭とスレンダーな胴体、そして細長い足など、従来の犬とは明瞭に異なる特徴を有しています。このことから、犬の外見に関して人間が何らかの選別を行っていた初期の形跡が見て取れます。

古代ローマ時代

 古代ローマ時代(BC15~BC7)になると狩猟犬や護衛犬、牧羊犬や愛玩犬など、基本的な犬種の原型が確立します。紀元1世紀頃の文献には、牧羊犬や狩猟犬の理想的な形について言及したものもあり、犬の繁殖に明確に人間がかかわっていたことを示す証拠となっています。

中世

 封建制によって支配されていた中世ヨーロッパ(AD13~15)では貴族が台頭し、地位と権力の象徴としての「狩猟」が隆盛を極めました。結果として狩猟のパートナー、つまり「猟犬」作りに拍車がかかり、鹿狩り用の猟犬(ディアハウンド)、狼狩り用の猟犬(ウルフハウンド)、カワウソ用の猟犬(オッターハウンド)など、目的に合わせた選択繁殖が行われるようになります。さらに、嗅覚を用いたセントハウンドや、視覚を用いるサイトハウンドなどのカテゴリが自然発生したのもこのころだと考えられます。

産業革命時

 18世紀から19世紀にかけて起こった産業革命によって生産性が著しく向上した結果、時間とお金をもてあました中産階級の人々がイギリス国内で増加しました。その結果、かつては上流階級の代名詞だったイヌを入手することができるようになり、人為的に小さな犬を作出するというブームが巻き起こり、これが犬種の爆発的な増加を招きます。
 その後、増えすぎた犬種を整理するためケネルクラブ(犬種協会)が設立され、犬のあるべき姿を定めた犬種標準(スタンダード)が作成されるようになりました。犬の外見がいかに犬種標準に近いかを競い合うドッグショーが開催されるようになったのもこの頃で、人々の社交場として大いに盛り上がりました。またこの「ドッグショー」には、新しい犬種の誕生をさらに加速させたという側面もあります。

現代

時間とお金をもてあましたイギリスの有閑マダムたちは、より小さなイヌを求めて犬種の作出に励みました。  今日、世界各国のケネルクラブ(犬種協会)を束ねる国際畜犬連盟 (FCI)では330以上の犬種を公認しており、その多くは18世紀に入ってから人間が人為的に作り出したものです。2012年、ラーソンらは現存している犬たちの目印となるSNPs(一塩基多型)と呼ばれるDNAの一部を解析した結果、現在地球上に存在しているイヌは、最古のものでせいぜい500年程度であるとしました。さらに、その他多くのイヌは150年程度の歴史しかないとしており、産業革命の時期に生じた犬の作出ブームと符合する結果を導き出しました。つまり今日ある犬の多様性は、過去150年の間に、人間の干渉によって爆発的に拡大したということです。
 同じ種に属しているにもかかわらず、イヌにはチワワとグレートデンのような外見上の大きな違いがあります。こうした他の動物では見られないような外見の多様性を生み出したのは、ダーウィンの進化論ではなく、人間の干渉と言えるでしょう。犬の種類  現在、「豆柴」や「ティーカッププードル」など、従来の犬種には無かったような新しい犬たちが続々と誕生しつつあります。そうした新しい犬たちは、かつての先史人のように「人なつこさ」という単純な基準ではなく、「より小さな体」、「毛が長い」、「鼻がつぶれている」、「足が短い」といった外見的な基準を取り入れながら作り出されています。そしてその背景に見え隠れするのは「ビジネス」です。
 ブリーダーがイヌを繁殖し、生まれてきたイヌをペットとして家庭に迎え入れるというビジネスモデルがある限り、より珍しい毛色のイヌ、より小さくてかわいいイヌ、より抜け毛が少なくアレルギーを出しにくいイヌなど、消費者にとって商品価値のあるイヌたちが、人間の干渉を受けながら今後も絶えることなく生み出されるものと思われます。 犬種標準について 血統書について 犬の種類