トップ犬の心を知る犬の祖先と進化犬の進化の歴史

犬の進化の歴史

 普段私たちが目にする犬は現在、生物学的にはイエイヌと呼ばれ、タイリクオオカミと呼ばれる動物の1亜種として分類されています。このセクションでは犬がイエイヌとして落ち着くまでの進化の歴史をおおまかにたどっていきたいと思います。

犬の進化一覧図

 以下でご紹介するのは人類が地球に誕生する前からの犬の歴史です。証拠不十分のため決定的なものではありませんが、現在有力とされている説を図示してみます(写真クリックで別ウィンドウ表示)。 犬の進化一覧図

犬の祖先となった動物たち

 以下では犬の祖先になったと思われる動物の中で、主要なものをご紹介します。

ミアキス

ミアキス  ミアキス (Miacids or Miacis) は、およそ3,800万~5,600万年前に生息した小型捕食者です。現代のイヌやネコ、アシカなどを含む食肉目の祖先、あるいは祖先に近縁な生物と考えられています。
 体長は約30cmで、胴は長くほっそりしており、長い尾、短い脚などから、イタチあるいは、現在マダガスカルのみに生息するフォッサなどに似た姿であったと推定されています。後肢は前肢より長く、骨盤はイヌに近かったようです。四肢の先端には、引っ込める事の出来る鉤爪を備えた、五本の趾がありました。頭骨については、身体に対する脳頭蓋の比率からいうと、同時期の肉歯類などよりも大きめです。
 当時の地上はヒアエノドンなど肉歯類が捕食者の地位を占めていた為、新参の彼らは樹上生活を余儀なくされていました。その生態は現在で言うとテンのようであったとされ、おそらくは鳥類や爬虫類、同じ樹上生活者であるパラミスやプティロドゥスなどを捕食していたと考えられています。

キノディクティス

キノディクティス<  キノディクティス(Cynodictis)はおよそ3,720万~2,840万年前に生息していたと思われる、長いマズルと平べったい体型をした、体高約30センチメートルの小型肉食獣です。足が速く穴掘りも上手で、動物の死骸から肉を切り取るための裂肉歯(れつにくし)が発達していました。げっ歯類などの獲物をすばやい足で追い詰めるだけでなく、巣穴に逃げ込んだところを堀り返すこともできたと考えられています。
 基本的にはユーラシアの草木が生い茂った平原に生息していましたが、おそらく獲物を追って木に登ることもできただろうと推察されています。化石の研究から、開けてやや乾燥した平地の川岸などに巣穴を掘って暮らしていたと言われています。

キノディスムス

キノディスムス  キノディスムス(Cynodesmus)はおよそ3,330~2,630万年前に生息していた、体長約1メートルの肉食動物です。現在のコヨーテに似た姿と考えられますが、頭蓋が短く、尾がずっしりとして、臀部も長かったと考えられています。四肢の構造から走るのはそれほど得意ではなかったらしく、おそらく待ち伏せ型のハンティングをしていたものと思われます。指は5本ずつあり、部分的に引っ込めることのできる鉤爪をもっていました。

トマークトゥス

トマークトゥス  トマークトゥス(Tomarctus)はおよそ2,300万年~1,600万年前に生息していた肉食動物です。大きさも外見も現在のイヌやオオカミにかなり近かったと考えられています。長らくイヌの直系の祖先と考えられてきましたが、近年の研究によると、他の対立候補の出現によってどうやらそうとも限らないという考えが主流になってきているようです。他の祖先候補としては、始新世から中新世にかけて生息していたボロファガスやアエルロドンなどの肉食獣が挙げられます。
 当セクションでは暫定的に、従来のトマークトゥス起源説を採用して解説しています。

タイリクオオカミ

 タイリクオオカミ(Canis lupus)はハイイロオオカミとも呼ばれ、学名はCanis lupus(カニス・ループス)です。大きさは生息地域によって異なり、体長で100~160センチメートル、体高で60~90センチメートルとかなりの幅があります。同じイヌ属であるアメリカアカオオカミ、コヨーテ、アビシニアジャッカル、及び亜種であるイエイヌ(いわゆる私たちが普段目にしている犬)とは相互に交配可能で、生殖能力を有した子孫を残すことが可能です。主な亜種は以下で、頭には全てタイリクオオカミの学名である「Canis lupus」が付きます。 タイリクオオカミは別名ハイイロオオカミとも呼ばれ、多くの亜種をもつイヌ属の動物です。
タイリクオオカミの主な亜種
  • エゾオオカミ 学名は「Canis lupus hattai」で、樺太、北海道に本来分布していたが、すでに絶滅。
  • ニホンオオカミ 学名は「Canis lupus hodophilax」で、樺太・北海道を除く日本列島に本来分布していたが、すでに絶滅。
  • アラビアオオカミ 学名は「Canis lupus arabs」で、アラビア半島に分布しているも、絶滅の危機にある。
  • インドオオカミ 学名は「Canis lupus pallipes」で、イスラエルからインドにかけて分布しているも絶滅の危機にある。
  • ホッキョクオオカミ 学名は「Canis lupus arctos」で、グリーンランド北部と東部、クイーンエリザベス諸島、バンクス島、ビクトリア島に分布。
  • メキシコオオカミ 学名は「Canis lupus baileyi」で、かつてアメリカ南西部からメキシコ北西部にかけて分布していた。
  • シベリアオオカミ 学名は「Canis lupus albus」でツンドラオオカミとも呼ばれ、ユーラシア北端部に分布。
  • ロシアオオカミ 学名は「Canis lupus communis 」で、ロシアのウラル山脈に分布。
  • カスピオオカミ 学名は「Canis lupus cubanensis」で、コーカサス山脈、トルコとイランの一部に分布。
  • イタリアオオカミ 学名は「Canis lupus italicus」で、イタリアからアルプス南部に分布。
  • エジプトオオカミ 学名は「Canis lupus lupaster」で、エジプトとリビアに分布。
  • ヨーロッパオオカミ 学名は「Canis lupus lupus」で、チョウセンオオカミ、シベリアオオカミとも呼ばれる。ヨーロッパ東部からロシア、中央アジア、シベリア南部、中国、モンゴル、朝鮮、ヒマラヤ地域に分布。
  • シンリンオオカミ 学名は「Canis lupus lycaon」で、カナダのオンタリオ州南東部とケベック州南部の小さな範囲に分布。
  • グレートプレーンズオオカミ 学名は「Canis lupus nubilus」で、アメリカの五大湖西岸、アラスカ南東部、カナダ東部、バフィン島に分布。
  • シンリンオオカミ、アラスカオオカミ 学名は「Canis lupus occidentalis」で、カナダ北西部、アメリカ北西部のモンタナ州、アイダホ州、ワイオミング州に分布。
  • イエイヌ 学名は「Canis lupus familiaris」で、現在私たちが目にする犬が属する。世界中に分布。

現在の犬の分類

 現在イエイヌ(私たちが普段目にしている犬の、分類学上の名前)はタイリクオオカミから分岐した30以上の亜種のうちの一つ、Canis lupus familiarisと分類されており、南極大陸と海洋島の一部を除き、全世界に分布している極めて繁栄した動物です。しかしこの分類学上の到達点にいたるまでには、様々な意見が乱立していたようです。
分類学上のイエイヌの変遷
  • 1758年スウェーデンの博物学者・生物学者のカール・フォン・リンネは、イヌは尾を高く上げることができるという、他のイヌ科動物には見られない特徴を有している点に着目し、独立種 Canis familiarisであると提唱しました。
  • 1787年イギリスの外科医で「ジキル博士とハイド氏」のモデルともなったジョン・ハンター(John Hunter)はイヌはオオカミやジャッカルとの間に子を生むことができる点、および生まれた子にも生殖能力がある点に着目し、イヌ、オオカミ、ジャッカルを同一種であると提唱しました。
  • 1868年「進化論」の著者として有名なダーウィンは態度を保留し、おそらく犬の祖先を正確に見極めることはできないだろうとしています。
  • 1950年代鳥の「刷り込み」の研究で有名なノーベル生理学・医学賞受賞者コンラート・ローレンツは、オオカミとジャッカルの両方が犬の祖先であると提唱しました。しかし1975年になり、ジャッカルにはイヌや狼には見られない独特な吠え方があることに着目し、前説を撤回しています。
  • 1993年~現在ドン・E・ウィルソンとディーアン・M・リーダーの著した2000ページにも及ぶ大著「世界の哺乳動物:分類学、および地理学的リファレンス」内では、イエイヌはタイリクオオカミの亜種とされ、これを機に学名も「Canis lupus familiaris」とされました。「Canis lupus」はタイリクオオカミの学名で「familiaris」はラテン語で「家庭に属する」という意味ですので、強引に訳すれば、「家庭に属したタイリクオオカミ」となります。