詳細
調査を行ったのは、アイルランド・クリードンズ大学のイヌ行動学部。2015年6月24日~2016年3月19日の期間、メディアや医療機関を通じて「国内で6ヶ月齢以上の犬に噛まれた経験がある」という条件に合致する人に協力を仰ぎ、法律(Control of Dogs Act 1998 Regulations)で危険と指定され様々な規制が設けられている11犬種が、本当に他の犬種に比べて凶暴なのかどうかを検証しました。合計140ケースの咬傷事故(指定犬種40+非指定犬種100)を統計的に計算したところ、以下のような結果になったといいます。なお「統計的に有意」とは「指定犬種と非指定犬種の間で明白な格差が認められる」という意味です。また「犬との関係性」には「犬と親しいかどうか」、「飼育期間が3ヶ月以上かどうか」が含まれます。
Creedon and O Suilleabhain, Irish Veterinary Journal (2017) 70:23, DOI 10.1186/s13620-017-0101-1
危険犬種(アイルランド版)
- ブルマスティフ
- ドーベルマン
- ジャーマンシェパード
- ジャパニーズアキタ
- 土佐犬
- ローデシアンリッジバック
- ロットワイラー
- スタッフォードシャーブルテリア
- アメリカンピットブルテリア
- イングリッシュブルテリア
- いわゆる番犬
統計的に有意ではない
- 犬に噛み付かれた時の年齢
- 犬に噛み付かれた部位
- 犬との関係性
- 犬の咬傷事故の前科
- 咬傷事故の後、再び噛み付いた
- 咬傷事故の後、専門家にアドバイスを求めた
- 咬傷事故のレベル
- 必要とした治療のレベル
統計的に有意である
- 咬傷事故のきっかけ✓怖がっていた→指定5.9%<非指定94.1%
✓怒っていた→指定46.7%<非指定53.3%
✓資源を守っていた→指定7.1%<非指定92.9% - 場所と飼い主の存在✓飼い主がいるとき居住区域内で→指定5%<非指定95%
✓動物病院やグルーミング施設等で→指定0%<非指定100% - 咬傷事故前の通報非指定20.5%<指定79.5%
- 咬傷事故後の通報非指定20%<指定80%
Creedon and O Suilleabhain, Irish Veterinary Journal (2017) 70:23, DOI 10.1186/s13620-017-0101-1
解説
世界各国にはある特定の犬種をターゲットとした法律が存在しており、様々な規制が設けられています(→出典)。規制のレベルも様々で、公共の場にする出すときはマズル(口輪)を装着しなければならないという軽いものから、そもそも飼育をしてはいけないという重いものまであります。
しかし、こうした法律が成立した背景には必ずしも理論的な根拠や客観的なデータがあるわけではありません。多くの場合、「少数のセンセーショナルな咬傷・死亡事故→メディアがこぞって大々的に報道→心配する声が強まる→政府にプレッシャーがかかる→世間の声に形式的に答える形で制定される」というパターンです(→出典)。こうしたやっつけ仕事の結果、法律を制定したはいいものの効果があるのだか無いのだがよく分からないという状況がしばしば起こります。今回の調査でも、「指定犬種以外の犬なら安全」という思い込みからか、様々な状況下における咬傷事故の原因としてはむしろ非指定犬種の方が多いという可能性が示されました。
危険として指定される犬種も漠然としており、「番犬」(Bandog)とか「ピットブルタイプ及びそのミックス」など、明確な定義すら存在していない状態です。2016年にフロリダ大学の獣医学チームが行った調査では、外見だけからその犬にどのような血が混じっているのは言い当てる事はかなり困難であることが判明しています。例えば以下の犬は一見ピットブルタイプに見えますが、実際に血統を調べた所危険犬種の血は全く混じっていませんでした。
漠然とした危険犬種の定義と、外見から犬種を言い当てることの難しさから生じる「誤認逮捕」は、犬の福祉を著しく損なっている可能性があります。例えば、今回の調査に協力した動物保護施設の一部では、指定犬種の引き取りを拒絶したり、里子に出すことを禁止しているところがありました。規制がなければ、新しい家庭にもらわれて幸せな生活を送れたかもしれません。
調査チームが指摘しているように、ある特定犬種に規制をかける事はあまり現実的ではなく、その犬が実際に見せている行動を判断基準にして規制をかける方が有効だと考えられます。小学校前の未就学児に対して咬傷事故予防のための特別な教育を施したところ、十分な理解を得られたという調査結果もあります(→出典)。政府として優先的にやることは、法律を制定して「危険犬種」と「安全犬種」のステレオタイプを固定することではなく、犬のボディランゲージや不機嫌な犬が出す微妙なサインの読み方を、なるべく多くの人に早い段階から広めておくことだと考えられます。