破傷風の病態と症状
破傷風とは破傷風菌(Clostridium tetani)が産生する毒素によって引き起こされる神経系の疾患です。破傷風菌は嫌気性グラム陽性桿菌に属し、幅0.3~0.6μm、長さ3~12μm、多くは周鞭毛を使って動き回ることができます。

破傷風の病態
破傷風菌の毒素は血液やリンパ液に乗って全身をめぐり、最終的には神経細胞膜上にある特定の受容器と結合します。最終ゴール地点は中枢神経にある抑制性ニューロンで、神経伝達物質(グリシンとGABA)の放出をブロックすることで筋肉に対する抑制を解除します。その結果として発生するのが、常に力が入りっぱなしという筋肉の過緊張です。また自律神経系の機能も障害し、さまざまな失調症を引き起こします。
破傷風ヒトにも動物にも感染する人獣共通感染症の一つであり、日本では感染症法によって、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出ることが義務化されています。ヒトへの感染例に関しては、先進国では三種混合ワクチン等が普及した影響で少ない一方、発展途上国では新生児のへその緒の不衛生な切断による「新生児破傷風」がいまだに報告されています。なお犬から犬、犬から人というように、個体から個体へ感染するということはありません。
破傷風ヒトにも動物にも感染する人獣共通感染症の一つであり、日本では感染症法によって、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出ることが義務化されています。ヒトへの感染例に関しては、先進国では三種混合ワクチン等が普及した影響で少ない一方、発展途上国では新生児のへその緒の不衛生な切断による「新生児破傷風」がいまだに報告されています。なお犬から犬、犬から人というように、個体から個体へ感染するということはありません。
破傷風の症状
犬や猫における破傷風の潜伏期は5~10日で、ひとたび症状が出現すると数週間持続することも少なくありません。抑制性ニューロンの機能不全により、具体的には以下のような症状を呈するようになります(
:Popoff, 2020)。
発症から28日間の生存率は77%で、高齢犬より若齢犬の方が重症化しやすく、重症度と生存率は反比例するとの報告もあります(
:Burkitt, 2007)。また回復期においては「レム睡眠行動障害」と呼ばれる睡眠中の異常行動が見られることもあります。
犬の破傷風において確認されている合併症は以下です(
:Adamantos, 2007)。

運動神経の症状
- 開口障害顎関節を動かす咬筋と側頭筋が同時に硬直することにより口が開かなくなった状態。「ロックジョー」(lock jaw=錠のかかった顎関節)とも呼ばれる。
- 後弓反張四肢、背部、頸部の筋肉が同時に硬直することにより弓なりに仰け反った状態。
- 痙笑口の周辺部にある筋肉が硬直することにより、口角を引いたまま表情が固定されてしまった状態。人間で言う引きつり笑いに近い。
- 直立耳耳の周辺部にある筋肉が硬直することにより耳と耳の距離が縮んで直立した状態。
- 額のシワ前頭筋が硬直することにより額に出来たシワが消えなくなった状態。
- 高体温筋肉が持続的に収縮することにより体温が上がってしまった状態。急性の熱中症で死亡してしまうこともある。
- 頻呼吸横隔膜や肋間筋の動きが妨げられることにより十分な酸素を取り込めなくなり、代償的に呼吸回数が増えてしまった状態。硬直が悪化すると呼吸困難から死亡することもある。
- 四肢硬直前足や後ろ足の伸筋群のトーヌスが亢進し、筋肉が意志に反して長時間に渡って収縮し続けた状態。足を伸ばしたまま歩く木挽き台歩行(竹馬様歩行)を呈する。
- 有痛性スパズム接触、光、音など外的な刺激に反応して筋肉が短時間だけ収縮する状態。強く収縮するため痛みを伴うこともある。
自律神経の症状
- よだれが増える(流涎)
- 頻脈 or 徐脈
- 高血圧 or 低血圧
- 発汗障害
- 瞬膜露出
発症から28日間の生存率は77%で、高齢犬より若齢犬の方が重症化しやすく、重症度と生存率は反比例するとの報告もあります(

犬の破傷風において確認されている合併症は以下です(

破傷風の合併症
- 誤嚥性肺炎
- 尿路感染症
- 上気道閉塞
- 裂孔ヘルニア
- 寛骨大腿脱臼
- ひきつけ発作
- 呼吸停止
破傷風の原因
破傷風菌は空気がない嫌気的な環境を好みます。また健康な細胞内に侵入することはないものの、ダメージを受けて崩壊しかかった細胞は増殖の素地になります。最も好むのは傷を放置して細胞の死骸が溜まった壊死組織や膿の中などです。
受傷・怪我
破傷風菌との接触
破傷風菌はドラムスティックに似た芽胞と呼ばれる状態でほこり、土壌、動物の腸内や便内に広く分布しているため、接触を避けることは困難です。
例えば沖縄のさとうきび畑から採取した土壌290サンプル中の18.6%(
:Kobayashi, 1992)、神奈川の相模原で採取された土壌35サンプル中の22.9%からC.tetaniが検出されたという報告があります(
:Haneda, 2006)。さらに後者の調査では、道端から20%、学校や病院の庭から30%、一般家庭の庭から53%、畑・池・川・岸辺から85%という非常に高い確率で検出されたとも報告されていますので、犬が屋外を散歩している限り接触自体を防ぐことはかなり難しいでしょう。
例えば沖縄のさとうきび畑から採取した土壌290サンプル中の18.6%(


増殖環境
遺伝
破傷風毒素に対する抵抗性は動物によって大きく異なります。最も毒素に弱いのはウマ、モルモット、サル、ヒツジ、マウス、ヤギ、ヒトで、イヌやネコは比較的抵抗性が高いとされています。
例えば以下は、筋肉の中に破傷風毒素が侵入した場合の最小致死量(MLD)を、体重1kg当たりに換算した比較表です(
:Rossetto, 2019)。人間がわずか0.2ngで命が危険にさらされるのに対し、犬ではその750倍、猫では3000倍の量まで耐えられることがわかります。
例えば以下は、筋肉の中に破傷風毒素が侵入した場合の最小致死量(MLD)を、体重1kg当たりに換算した比較表です(

動物の破傷風毒耐性(ng/kg)
- マウス=0.15
- モルモット=0.2
- ウサギ=3
- ネコ=600
- イヌ=150
- ヤギ=0.24
- ヒツジ=0.4
- ウマ=0.2
- サル=0.4
- ヒト=0.2
破傷風の検査・診断
破傷風と診断するための特異的なバイオマーカーや検査法はありません。受傷歴と特徴的な筋硬直を確認し、多発性筋炎、低カルシウム血症、髄膜脳炎、脊髄障害、ストリキニーネ中毒などの可能性を除外することで最終的な診断につなげます。
その他、以下に述べるような検査法があるものの、どれも診断的な価値が高いとは言えません。
その他、以下に述べるような検査法があるものの、どれも診断的な価値が高いとは言えません。
破傷風の検出法
- 血清毒素の検出血清に含まれる毒素を検出するという検査方法では、濃度が低過ぎて検知できないことが少なくありません。
- 菌の培養傷口から組織サンプルを採取し、PCR検査によってC. tetaniそのものをDNAレベルで検出したり菌を培養するという方法もありますが、確実に培養できる保証なく時間とお金もかかります。
- 抗体価検査血清抗体価検査は感度が低く、最低ラインである0.01IU/Lが検出されても発症するケースが有るので診断的な価値はそれほどありません。
- 筋電図検査咀嚼筋の筋電図(EMG)検査は局所性破傷風の診断に有効ですが、全身性破傷風の診断には不向きです。
破傷風の治療
傷口の治療
破傷風菌の侵入口となる傷口に対してはデブリードマン(壊死組織を除去して創を清浄化すること)と洗浄の後、抗生剤(ペニシリンGやメトロニダゾール)が投与されます。
血中毒素の中和
傷口から血流に乗ってしまった毒素に対しては抗毒素抗体をすばやく注射することで中和します。ただしすでに神経と結合してしまった毒素には効かず、結合部位がフリー状態の遊離毒素に対してのみ有効です。また中和治療によって重症度、生存率、治療期間に違いは見られなかったという報告もあり、そもそも効果があるのかどうかに疑問が持たれています。
対症療法
現れた症状に対するその場しのぎの対症療法としては、筋硬直に対する鎮静剤、脱水に対する補液などによる水和バランスの確保、おむつ装着による下の世話などが行われます。また光や音といった感覚刺激がスパズムを誘発することがあるため、入院中は暗くて静かな部屋で安静(ケージレスト)が指示されます。長期間に渡って寝たきりになるため、床ずれには十分な注意が必要です。
破傷風の予防法
破傷風ワクチン?
破傷風を発症しても免疫は獲得されないため、体内に抗体を作るためには不活化ワクチンを接種する必要があります。日本においては破傷風が「A類疾病」に区分され、予防接種法によってワクチン接種が努力義務とされており、一生涯続く終生免疫を獲得するため時間をあけて5回接種することが望ましいとされています。
一方、破傷風毒に対して強い耐性をもつ犬や猫に対しては専用のワクチンが開発されておらず、ウマ向けワクチンを獣医師の裁量でオフラベル(規定外)使用する程度です。WSAVA(世界小動物獣医療協会)では「発症頻度は低いものの破傷風ワクチンを開発することは医学的に正当化できる」との立場を表明しています(
:WSAVA, 2015)。
一方、破傷風毒に対して強い耐性をもつ犬や猫に対しては専用のワクチンが開発されておらず、ウマ向けワクチンを獣医師の裁量でオフラベル(規定外)使用する程度です。WSAVA(世界小動物獣医療協会)では「発症頻度は低いものの破傷風ワクチンを開発することは医学的に正当化できる」との立場を表明しています(

手術時の衛生管理
ハイリスクな季節?
2021年にイギリスで行われた犬における破傷風の疫学調査では 「夏<冬」「秋<冬」「特に2月に多い」という季節性が明らかになっています。
寒い季節に増える理由は定かでないものの、運動量が多い若い犬たちに発症しやすいこと、冬の外気で体温が下がるのを防ぐため散歩に出た犬の運動量が自然に増えること、手が冷たいとか歩くのが億劫といった理由により飼い主がノーリードにしてしまう機会が増えることといった理由により、自由行動になった犬が足先に怪我を負いやすくなることなどが考えられます。

怪我の予防
成犬における主な発症リスクは散歩中の受傷です。砂利道、草、熱いアスファルトなど、構造的に弱い肉球にダメージを与えるあらゆるものが危険因子になりえます。
破傷風を予防するため、怪我をしそうな場所をあらかじめ散歩ルートから除外し、爪が折れないよう爪切りを済ませておきましょう。また傷が治癒した後に発症することもありますので、散歩の後は念入りに全身の傷をチェックをします。
破傷風を予防するため、怪我をしそうな場所をあらかじめ散歩ルートから除外し、爪が折れないよう爪切りを済ませておきましょう。また傷が治癒した後に発症することもありますので、散歩の後は念入りに全身の傷をチェックをします。