飼い主のストレスは犬に伝染する?
調査を行ったのは麻布大学を中心としたチーム。犬と飼い主のペア14組を対象とし、人と犬との間で感情の伝染(emotional contagion)が起こるかどうかを心電計とHRVと呼ばれる指標を用いてリアルタイムでモニタリングしました。基本的な用語は以下です。
Katayama M, Kubo T, Yamakawa T, Fujiwara K, Nomoto K, Ikeda K, Mogi K, Nagasawa M and Kikusui T (2019) Front. Psychol. 10:1678. doi: 10.3389/fpsyg.2019.01678
感情の伝染・用語集
- HRVHRV(Heart Rate Variability)とは時間による心拍の周期的な変動のことで、日本語では「心拍変動」や「心拍変異度」などと訳されます。自律神経系の調節メカニズムを判定するときに用いられ、一般的に健康な人の場合はHRVの変動が大きく複雑になり、病気やストレス状態の場合は逆に複雑度が著しく減少します。
- RRIHRVパラメーターの1つで「心拍間隔」のことです。
- SDNNHRVパラメーターの1つでRRI(心拍間隔)の標準偏差のことす。一般的にポジティブな感情を抱くとSDNNが減少するとされています。
- RMSSDHRVパラメーターの1つで、隣り合うRR間隔の差を2乗し、合計したものを平均して平方根化したもののことです。隣り合うRR間隔の差が大きいほど数値は大きくなります。一般的にネガティブな感情を抱くとRMSSDが減少するとされています。
ストレス状況
- 犬が飼い主の方を見つめる時間が長かった
- STAIスコアのうち「ある状況下で大きく変動するような状態としての不安」が高い値を示す傾向が見られた
- RRIの相関係数は高くなる傾向が見られた
- 飼育期間とRMSSDの相関係数との間に有意なレベルの正の関係性が見られた
HRVのパラメーター
- 犬においても人間においても状況間で有意な違いは見られなかった
- 相関係数6つのうち5つまでが飼育期間と正の関係にあった
- 1日のうち犬と接する時間は、相関係数のうち2つとは正の、1つとは負の関係にあった
- 飼い主が犬を見つめる時間と、犬が飼い主を見つめる時間は相関係数と負の相関関係
Katayama M, Kubo T, Yamakawa T, Fujiwara K, Nomoto K, Ikeda K, Mogi K, Nagasawa M and Kikusui T (2019) Front. Psychol. 10:1678. doi: 10.3389/fpsyg.2019.01678
犬が持つ人に対する共感能力
犬のストレスの度合いを推し量る際の手がかりには様々なものがありますが、「行動」というものを指標として用いた場合は個体差が大きいというデメリットがあります。またコルチゾールといった内分泌系ホルモンを指標として用いた場合は、計測するまでにタイムラグがあるというデメリットがあります。
それに対し今回採用されたHRV(心拍変動)解析は、意志ではコントロールできない自律神経系の活動を客観化してくれると同時に、リアルタイムでモニタリングしてくれますので、「行動」や「ホルモン」が抱えるデメリットをうまく回避していると言えるでしょう。ちなみに過去に犬を対象として行われた調査では、親愛の情、不安感、ポジティブ~ネガティブな感情などがHRVに反映されることが確認されています。
それに対し今回採用されたHRV(心拍変動)解析は、意志ではコントロールできない自律神経系の活動を客観化してくれると同時に、リアルタイムでモニタリングしてくれますので、「行動」や「ホルモン」が抱えるデメリットをうまく回避していると言えるでしょう。ちなみに過去に犬を対象として行われた調査では、親愛の情、不安感、ポジティブ~ネガティブな感情などがHRVに反映されることが確認されています。
飼育期間と以心伝心の強さ
感情の伝染は集団生活を送る動物にとって特に重要です。例えば捕食者から逃げる時、食料を見つけた時、集団で敵に立ち向かう時などは、個体間で感情の伝染が起こった方が行動が統一化され、生存率が高まるでしょう。
今回の調査における大きな発見の一つは、ストレス状況においても非ストレス状況においても、犬の飼育期間の長さがHRVの相関係数と正の関係にあったという点です。つまり犬を長く飼っていればいるほど、人間と自律神経系の活動がシンクロしやすくなることを意味しています。感情の伝染は動物同士の遺伝的な近さよりも、環境をどの程度共有しているかによって左右されるという、従来の仮説を補強する形になります。
飼い主とペット犬との間で見られた自律神経系のシンクロ現象は、環境を共有することによって感情の伝染が促進された結果なのかもしれません。
今回の調査における大きな発見の一つは、ストレス状況においても非ストレス状況においても、犬の飼育期間の長さがHRVの相関係数と正の関係にあったという点です。つまり犬を長く飼っていればいるほど、人間と自律神経系の活動がシンクロしやすくなることを意味しています。感情の伝染は動物同士の遺伝的な近さよりも、環境をどの程度共有しているかによって左右されるという、従来の仮説を補強する形になります。
飼い主とペット犬との間で見られた自律神経系のシンクロ現象は、環境を共有することによって感情の伝染が促進された結果なのかもしれません。
犬と人は目と目で通じ合う
もう1つ興味深い点は、「ストレス環境下では犬が飼い主の方を見つめる時間が長かった」という事実です。
2017年に麻布大学獣医学部・伴侶動物学研究室が行った別の調査では、オキシトシンが犬のアイコンタクトを促し、犬のアイコンタクトが飼い主のオキシトシンレベルを上昇させる可能性が示唆されています。こちらの調査では、遺伝的に狼に近いとされる日本犬とその飼い主のペアを集め、犬に対してオキシトシンもしくは生理食塩水(プラセボ)を経鼻投与した後、接触時間や近接行為がどのように増減するのかを観察すると同時に、飼い主の生理学的な変化をHRVで調査しました。
その結果、犬にオキシトシンを投与した場合、犬が飼い主を見つめる行動が増えたといいます。また尿中オキシトシンレベルに関しては、犬のみならず飼い主の方も同時に上昇したとも。さらに飼い主の心拍の指標(RRI・SDNN・RMSSD)が低下し、特にメス犬の飼い主におけるSDNNの低下が顕著だったといいます。
ストレス状況下で見られた「犬が飼い主の方を見つめる時間が長くなる」という現象にも、何らかの形でオキシトシンが関わっているのかもしれません。ちなみに今回の調査でも「非ストレス状況においてはメス犬において相関係数が高い」という若干の性差が確認されています。
2017年に麻布大学獣医学部・伴侶動物学研究室が行った別の調査では、オキシトシンが犬のアイコンタクトを促し、犬のアイコンタクトが飼い主のオキシトシンレベルを上昇させる可能性が示唆されています。こちらの調査では、遺伝的に狼に近いとされる日本犬とその飼い主のペアを集め、犬に対してオキシトシンもしくは生理食塩水(プラセボ)を経鼻投与した後、接触時間や近接行為がどのように増減するのかを観察すると同時に、飼い主の生理学的な変化をHRVで調査しました。
その結果、犬にオキシトシンを投与した場合、犬が飼い主を見つめる行動が増えたといいます。また尿中オキシトシンレベルに関しては、犬のみならず飼い主の方も同時に上昇したとも。さらに飼い主の心拍の指標(RRI・SDNN・RMSSD)が低下し、特にメス犬の飼い主におけるSDNNの低下が顕著だったといいます。
ストレス状況下で見られた「犬が飼い主の方を見つめる時間が長くなる」という現象にも、何らかの形でオキシトシンが関わっているのかもしれません。ちなみに今回の調査でも「非ストレス状況においてはメス犬において相関係数が高い」という若干の性差が確認されています。
短期でも長期でも犬と人はシンクロする
近年行われた調査では、1年という長いスパンで見た時、飼い主のストレスレベルと犬のそれとが連動するという興味深い現象が確認されています。夏においても冬においても、人間のストレスレベルと犬のそれが以下のように連動していたとのこと。
今回の調査で確認された犬と飼い主の自律神経系は数十秒単位で連動するという事実と考え合わせると、犬と人は短期的にも長期的にもシンクロしあう最良の友ということになるでしょう。