詳細
調査を行ったのはアメリカミネソタ州にあるマカレスター大学が中心となったチーム。実験室内に「飼い主が囚われている」という状況を設定し、飼い犬が扉を開けて中に入ってくるかどうかが観察されました。バリエーションは「うそ泣きをする」と「鼻歌を歌う」という2つです。
Sanford, E.M., Burt, E.R. & Meyers-Manor, J.E. Learn Behav (2018). https://doi.org/10.3758/s13420-018-0332-3
- うそ泣きシチュエーション15秒に1回のペースで、切羽詰まったように「Help」と発する。発声の間は泣き真似をする。
- 鼻歌シチュエーション15秒に1回のペースで、なるべく感情を込めないように「Help」と発する。発声の間は「きらきら星」を鼻歌で歌う。
共感実験の結果
●セラピードッグ(16頭)と非セラピードッグ(18頭)との間に行動の違いは見られなかった。セラピードッグが扉を開けた割合は9/16頭(56%)で開けるまでの待機時間は165.19秒。非セラピードッグが扉を開けた割合は7/18頭(38.9%)で開けるまでの待機時間は210.22秒。
●シチュエーションによる格差は見られなかった。うそ泣きシチュエーションで扉を開けた割合は7/17頭(41.2%)、開けるまでの待機時間は186.12秒。鼻歌シチュエーションで扉を開けた割合は9/17頭(52.9%)で開けるまでの待機時間は191.94秒。
●扉を開けた犬だけに対象を絞ったところ格差が見られた。うそ泣きシチュエーションの待機時間が23.43秒だったのに対し鼻歌シチュエーションの待機時間は95.89秒。
●うそ泣きシチュエーションで扉を開けなかった犬は飼い主へのアンケート調査で「不安傾向が強い」と評価された。一方、鼻歌シチュエーションでは扉を開けた犬と開けなかった犬との間に不安傾向の格差は見られなかった。
●どちらのシチュエーションでも、扉を開けた犬はベースラインに比べてストレスレベルの低下が見られた。一方、どちらのシチュエーションでも、扉を開けなかった犬ではベースラインに比べてストレスレベルの上昇が観察された。
●うそ泣きシチュエーションで扉を開けた犬は扉を開けなかった犬よりも「解決不能タスク」において飼い主の方を見つめている時間が長かった。
●両シチュエーションで扉を開けた犬だけに限ってみると、扉を開けるまでの待機時間と解決不能タスクにおいて飼い主の方を見つめる時間との間には負の関係性が見られた。すなわち扉を開けるまでの時間が短い犬ほど飼い主の方を長く見つめる傾向が見られた。
2つのシチュエーションにおいて扉を開けた犬たちを比較したところ、うそ泣きシチュエーションにおいては犬たちが行動に移るまでの時間が早まることが明らかになりました。この事実から調査チームは、犬には飼い主の苦境を共感によって理解する能力があり、それが行動のモチベーションになったのではないかと推測しています。行動を起こす犬と起こさない犬との違いは、共感によって発生した感情的な動揺をコントロールできるかどうかにあるのではないかとも。
Timmy’s in the well: Empathy and prosocial helping in dogsSanford, E.M., Burt, E.R. & Meyers-Manor, J.E. Learn Behav (2018). https://doi.org/10.3758/s13420-018-0332-3
解説
セラピードッグ(16頭)と非セラピードッグ(18頭)との間に行動の違いは見られませんでした。セラピードックに求められているのは共感能力というよりも様々な状況における落ち着きです。認定テストにおいても「いかにパニックに陥らないか?」が重点的に試されますので、「セラピードック=人間への共感能力が高い」という単純な図式でははないのでしょう。
2つのシチュエーションで扉を開けた犬だけを比較したところ、行動を起こすまでの待機時間に有意な格差が見られました。具体的には「うそ泣きシチュエーション」が23.43秒、「鼻歌シチュエーション」が95.89秒というものです。前者においては犬のモチベーションが「飼い主がピンチ!助けないと!」という切迫感だったのではないかと推測されています。共感-利他主義仮説(Batson, 1998)によると、他者への共感は福祉を改善するためのアクションにつながるとされていますので、犬で見られた素早い行動の背景には、相手の状況や心境を推し量って理解する「共感能力」(empathy)があったのかもしれません。
うそ泣きシチュエーションで扉を開けなかった犬では不安傾向が強さが指摘されました。またどちらのシチュエーションでも、扉を開けなかった犬ではベースラインに比べてストレスレベルの上昇が観察されたといいます。
過去に人間の幼児を対象として行われた実験では、自分の感情をうまくコントロールできる子供の方が共感行動を示しやすいとされています。そして古典的な「ヤーキース・ドッドソンの法則」(Yerkes & Dodson, 1908)によると、感情的な高ぶりが少なすぎても大きすぎてもパフォーマンスが低下するとされています。
こうしたことから考えると、共感行動が発現するにはただ単に共感するだけではだめで、内に生じた感情の高ぶりをある程度制御できる落ち着きが必要なのではないかと考えられます。感情が高ぶりすぎると自分自身の不快感情を解消することが優先される(Fabes et al., 1993)と報告されていますので、犬にも「自分のことでいっぱいいっぱい!」といった心境があるのかもしれません。 うそ泣きシチュエーションで扉を開けた犬では、「解決不能タスク」において飼い主の方を長く見つめる傾向が確認されました。 自分ではどうしようもない状況(この実験内では自分で取り出せないおやつを目の前にした状況)に陥った時、人間のほうを見つめる時間が長いほど結びつきが強いとされています(Horn et al., 2013)。また共感は最も強い結びつきを持った人同士の間でよく起こるとも(Cialdini et al., 1997)。
こうした事実を考え合わせると、飼い主との絆が強い犬ほど飼い主に対する共感能力が強く、「早く助けないと!」といった強いモチベーションにつながった可能性が伺えます。 過去に行われた調査では、人間も犬も赤ん坊がバブバブ言っている声よりも泣いている時の声を聞いた時の方がストレスホルモンが分泌されやすいとされています(Yong & Ruffman, 2014)。またニュートラルな音声よりも人間が泣いていたり犬がクンクン鼻を鳴らしている音声に強く反応するとされています(Muller, & Huber, 2017)。「泣いていたら犬が慰めに来てくれた」という逸話の背景に、人間と犬が長い共生の中で培ってきた「共感」や「感情の伝染」があると想定しても不思議はないでしょう。
過去に人間の幼児を対象として行われた実験では、自分の感情をうまくコントロールできる子供の方が共感行動を示しやすいとされています。そして古典的な「ヤーキース・ドッドソンの法則」(Yerkes & Dodson, 1908)によると、感情的な高ぶりが少なすぎても大きすぎてもパフォーマンスが低下するとされています。
こうしたことから考えると、共感行動が発現するにはただ単に共感するだけではだめで、内に生じた感情の高ぶりをある程度制御できる落ち着きが必要なのではないかと考えられます。感情が高ぶりすぎると自分自身の不快感情を解消することが優先される(Fabes et al., 1993)と報告されていますので、犬にも「自分のことでいっぱいいっぱい!」といった心境があるのかもしれません。 うそ泣きシチュエーションで扉を開けた犬では、「解決不能タスク」において飼い主の方を長く見つめる傾向が確認されました。 自分ではどうしようもない状況(この実験内では自分で取り出せないおやつを目の前にした状況)に陥った時、人間のほうを見つめる時間が長いほど結びつきが強いとされています(Horn et al., 2013)。また共感は最も強い結びつきを持った人同士の間でよく起こるとも(Cialdini et al., 1997)。
こうした事実を考え合わせると、飼い主との絆が強い犬ほど飼い主に対する共感能力が強く、「早く助けないと!」といった強いモチベーションにつながった可能性が伺えます。 過去に行われた調査では、人間も犬も赤ん坊がバブバブ言っている声よりも泣いている時の声を聞いた時の方がストレスホルモンが分泌されやすいとされています(Yong & Ruffman, 2014)。またニュートラルな音声よりも人間が泣いていたり犬がクンクン鼻を鳴らしている音声に強く反応するとされています(Muller, & Huber, 2017)。「泣いていたら犬が慰めに来てくれた」という逸話の背景に、人間と犬が長い共生の中で培ってきた「共感」や「感情の伝染」があると想定しても不思議はないでしょう。