詳細
フィラリア予防薬「イベルメクチン」への中毒性を高めてしまう「MDR1遺伝子」の変異率に関する大規模な調査がヨーロッパで行われました。
イベルメクチンについて
イベルメクチンは2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智氏が、静岡県伊東市内のゴルフ場近くで発見した新種の放線菌を元に製造された経口駆虫薬です。犬では主にフィラリア(犬糸状虫症)の予防薬として広く使用されています。理屈の上では、体内で吸収されてから脳内にまで侵入して何らかの薬理作用を示すはずですが、実際には神経症状を引き起こすことはありません。このメカニズムには「P糖タンパク質」が関係しています。P糖タンパク質は腸、肺、腎臓、血液脳関門の毛細血管内皮細胞の細胞膜上に存在しているタンパク質の一種で、毒性を有する化合物や代謝産物を細胞の外に追い出すという役割を担っています。イベルメクチンが脳内に侵入できないのは、このP糖タンパク質が血液脳関門に陣取ってブロックしているからです。
MDR1遺伝子について
P糖タンパク質を生成しているのは「MDR1」と呼ばれる遺伝子です。この遺伝子には「MDR1」と「mdr1」という対立遺伝子が存在しており、「MDR1/MDR1」という遺伝子型のときは正常なP糖タンパク質を生成できるものの、「mdr1/mdr1」のときは不完全なP糖タンパク質しか生成できません。その結果、血液脳関門におけるブロック作用が弱まり、通常では侵入できないはずのイベルメクチンが脳内に入って神経症状を示してしまいます。これが「イベルメクチン中毒」です。
スロバキアにあるコメンスキー大学の調査チームはこのたび、さまざまな犬種に属する合計4,729頭の犬をヨーロッパ中からかき集め、イベルメクチン中毒の原因となる「MDR1」の変異率に関する大規模な遺伝子調査を行いました。主な結果は以下です。なお「遺伝子頻度」とは、ある特定の変異遺伝子(この場合はmdr1)が含まれる割合のことで、数値が大きいほど出現頻度が高いことを意味します。
MDR1変異遺伝子頻度
- 1:スムースコリー=58.5%
- 2:ラフコリー=48.3%
- 3:オーストラリアンシェパード=35%
- 4:シェットランドシープドッグ=30.3%
- 5:シルケンウィンドハウンド=28.1%
- 6:ミニチュアオーストラリアンシェパード=26.1%
- 7:ロングヘアーウィペット=24.3%
- 8:ホワイトスイスシェパード=16.2%
- 9:ボーダーコリー=0%
解説
MDR1遺伝子に変異に関しては2005年、日本国内でも調査が行われています。8犬種という限られた調査でしたが、以下のような結果になりました。こちらの調査でも「コリー」、「オーストラリアンシェパード」、「シェットランドシープドッグ」といったコリー系統の犬における遺伝子頻度が高いようです(→出典)。
MDR1遺伝子に変異を持った犬では、イベルメクチンに対して中毒を示すのと同様に、P糖タンパク質の存在を前提として投与されるビンクリスチン、ビンブラスチン、ドキソルビシンといった抗癌剤に対しても中毒を示すと推測されます。特にコリー系統の犬種では、事前に遺伝子検査を行って薬剤耐性があるかどうかをチェックし、イベルメクチン中毒や抗癌剤中毒に陥らないよう気をつける必要があります。以下は日本国内における検査機関です。
MDR1検査機関