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去勢・避妊手術は犬の悪性腫瘍(がん)発症リスクを減らすか?

 犬に対して不妊手術(オスの去勢とメスの避妊)を施すと悪性腫瘍(がん)の発症リスクは変わるのでしょうか?もし変わるとするとリスクが高まるのでしょうか、それとも逆に低くなるのでしょうか?最新のデータとともに検証してみましょう。

犬の不妊手術と悪性腫瘍(がん)

 2019年、アメリカ・ワシントン大学病理学部が犬に対する不妊手術に関する包括的なレビューを行いました。当ページでは手術と生殖器以外に発生した悪性腫瘍(がん)の関連性について検証した過去の調査報告(エビデンス)をご紹介します。生殖器系の病気に関しては「去勢・避妊手術は犬の生殖器の病気を減らすか?」をご参照下さい。なお出典論文はオープンアクセスです。 Desexing Dogs: A Review of the Current Literature
Silvan R. Urfer, Matt Kaeberlein, Animals 2019, 9(12), 1086; DOI:10.3390/ani9121086
ざっくりまとめると
  • オスメスとも不妊手術によって発症リスクが低下する非生殖器系の悪性腫瘍(がん)はない
  • 不妊手術を受けた時期や診断時の年齢が不明確な調査がある
  • 早期の不妊手術は危険因子と予防因子の二面性を持つ
  • 不妊手術の有無よりも加齢の方が大きな影響を及ぼす
  • 特定品種に特化した調査は数えるほどしかなく、未知の部分も多い
  • 統計の元データはアメリカ国内の犬に大きく偏っている
  • 肥満細胞腫✅153犬種、合計90,090頭では避妊済メス犬の発症リスクが2.8倍
    ✅ヴィズラではオスメスとも不妊手術を受けたほうが発症リスクが高まり、手術のタイミングが早いほどハイリスク
    ✅ゴールデンレトリバー(オス)では去勢済の発症リスクが1.3倍
    ✅ゴールデンレトリバー(メス)では避妊済みの発症リスクが高まり、手術のタイミングが遅いほどハイリスク
  • リンパ肉腫(悪性リンパ腫)✅153犬種、合計90,090頭では避妊済メス犬の発症リスクが2.3倍、去勢済みのオス犬は1.2倍
    ✅14,573症例では未手術メス犬の発症リスクが低い
    ✅ヴィズラではオスメスとも不妊手術を受けたほうがハイリスク
    ✅ゴールデンレトリバー(オス)では12ヶ月齢未満で早期去勢を受けた個体の発症リスクが高い
    ✅ゴールデンレトリバー(オス)では未去勢よりも6~11ヶ月齢で去勢された個体のリスクが高い
    ✅ゴールデンレトリバー(メス)では未避妊よりも6~11ヶ月齢で手術を受けた個体のリスクが高い
    ✅153犬種、合計90,090頭では避妊手術を行ったメス犬の発症リスクは3.2倍、去勢を行ったオス犬のそれは1.4倍
  • 血管肉腫✅ヴィズラ(メス)では避妊手術を受けた個体で発症リスクが高い
    ✅ヴィズラ(オス)では1歳以降に去勢された個体で発症リスクが高い
    ✅ゴールデンレトリバー(メス)では1歳以降に避妊された個体で発症リスクが高い
    ✅脾臓の血管肉腫に限定した場合、手術済みのメス犬の発症リスクは2倍超
    ✅心臓の血管肉腫に限定した場合、避妊済みのメス犬における相対リスクは5倍
    ✅心臓の血管肉腫に限定した場合、去勢済みのオス犬における相対リスクは1.6倍
  • 骨肉腫✅153犬種、合計90,090頭では避妊手術を行ったメス犬の発症リスクは2.5倍、去勢を行ったオス犬のそれは1.6倍
    ✅純血種に限定した場合、オスメス合わせて不妊手術を受けている場合の発症リスクが2倍
    ✅純血種に限定した場合、去勢されたオス犬の発症リスクは1.4倍、避妊手術を受けたメス犬のそれは1.9倍
  • 膀胱の移行上皮癌✅去勢されたオス犬の発症リスクは未去勢の4.08倍
    ✅避妊手術を受けたメス犬の発症リスクは未手術の4.52倍
  • 尿路上皮がん✅オスメスひっくるめて未手術に比べ不妊手術済みのリスクが単変量解析で4.57倍、多変量解析で3.75倍

犬の不妊手術とがん・エビデンス集

 以下は犬の不妊手術と悪性腫瘍(がん)の関連性に関するエビデンス(科学的証拠)です。出典へのリンクもありますので参考にして下さい。

アメリカ(1988)

 1985年、ペンシルベニア獣医大学において脾臓の血管肉腫と診断された125頭の医療記録を検証したところ、全体では8~13歳における発症リスクが高くなる傾向が確認されたといいます。また未手術のメス犬に比べ、手術済みのメス犬のオッズ比は2.2と2倍超のリスクを示したとも。
Epidemiologic, clinical, pathologic, and prognostic characteristics of splenic hemangiosarcoma and splenic hematoma in dogs: 217 cases (1985)
Prymak C, McKee LJ, Goldschmidt MH, Glickman LT, Journal of the American Veterinary Medical Association, 01 Sep 1988, 193(6):706-712

アメリカとカナダ(1998)

 イタリア・トリノ大学の調査チームは、1980年から1994年の期間において北米とカナダにある24の獣医教育病院に集積された医療記録を参照し、骨肉腫の疫学調査を行いました。調査対象となったのは、組織学検査もしくはエックス線検査で骨肉腫と診断された3,062頭の純血種、および骨肉腫以外で病院を受診した3,959頭の純血種(比較対照群)です。
 統計的に計算した結果、発症リスクの増加と関わっていた要因は加齢、体重実測値の増加、犬種標準(スタンダード)で定められている体重の増加、犬種標準で定められている体高の増加だったといいます。また去勢されたオス犬では未去勢の1.4倍、避妊手術を受けたメス犬では未手術の1.9倍、そしてオスメスひっくるめると、不妊手術を受けている場合の発症リスクが2倍になることも確認されました。この傾向はデータの集収地および骨肉腫の発症部位に関わらず見られたとも。
Host related risk factors for canine osteosarcoma
Ru G, Terracini B, Glickman LT., Vet J. 1998 Jul;156(1):31-9, DOI: 10.1016/s1090-0233(98)80059-2

アメリカ(2000)

 インディアナ州にあるパデュー大学獣医学部の調査チームは、附属病院で膀胱の移行上皮癌と診断された犬の102症例、および医療データベースや文献資料を参照し、癌発症の危険因子に関する疫学調査を行いました。
 その結果、手術の有無を度外視してオスとメスを比較した場合、メスの発症リスクはオスの1.96倍、去勢されたオス犬では未去勢の4.08倍、避妊手術を受けたメス犬では未手術の4.52倍になったといいます。ただしこの調査では不妊手術を受けた時期が不明ですので、性ホルモンがどのくらいの期間、犬の体に作用したのかはわかっていません。
Naturally-occurring canine transitional cell carcinoma of the urinary bladder A relevant model of human invasive bladder cancer
Knapp DW, Glickman NW, Denicola DB, Bonney PL, Lin TL, Glickman LT., Urol Oncol. 2000 Mar-Apr;5(2):47-59, DOI:10.1016/s1078-1439(99)00006-x

アメリカ(2008)

 アイオワ州立大学の調査チームは獣医療データベースを参照し、1982年から1995年の期間に心臓腫瘍と診断された合計1,383頭分の医療記録を検証しました。その結果、全件729,265のうち心臓腫瘍が占める割合は0.19%だったといいます。中でも圧倒的大多数を占めていたのは血管肉腫で、2位の大動脈体腫瘍に10倍近い差をつけていました。
 不妊手術の有無を度外視した場合、オス犬とメス犬との間にリスク差は認められなかったものの、未去勢の犬に限定した場合、オスはメスの2.4倍も発症リスクが高かったとのこと。また避妊済みのメス犬は未手術のメス犬に比べて相対リスクが4倍、大動脈体腫瘍だけに限定すると3.8倍、血管肉腫だけに限定すると5倍に達したそうです。一方、去勢済みのオスは未手術のオスに比べて相対リスクは1.6倍と、メスに比べるとリスクの跳ね上がりは穏やかでした。
 総じて、不妊手術はオスとメス両方に対し心臓腫瘍の発症リスクを高めること、および最もリスクが低いのは未手術のメスである可能性が示されました。
Cardiac Tumors in Dogs: 1982-1995
Wendy A. Ware David L. Hopper, Journal of Veterinary Internal MedicineVolume 13, Issue 2, DOI:10.1111/j.1939-1676.1999.tb01136.x

アメリカ(2009)

 ミズーリ大学獣医学部のチームは1962年から2002年の期間において獣医療データベース(VMDB)に蓄積された医療記録を参照し、犬のリンパ肉腫(悪性リンパ腫)に関する疫学調査を行いました。対象となったのはリンパ肉腫と診断された14,573症例と比較対照として選ばれた1,157,342症例です。
 統計的に見たところ、発症率とオッズ比に関しては避妊済みメス35.9%(OR1.02)、未手術メス11.7%(OR0.69)、去勢済みオス22%(OR0.91)、未手術オス30.4%(OR1.32)だったといいます。この中で唯一統計的に有意と判断されたのは、未手術のメス犬におけるオッズ比0.69でした(=発症リスクが31%低い)。体内を循環する女性ホルモン(特にエストロゲン)がリンパ肉腫の発症に対して予防的に作用しているのではないかと推測されています。
Hormonal and Sex Impact on the Epidemiology of Canine Lymphoma
J. Armando Villamil, Carolyn J. Henry et al., Journal of Cancer Epidemiology Volume 2009, DOI:10.1155/2009/591753

アメリカ(2013)

 カリフォルニア大学デイヴィス校の調査チームは、米国内でペットとして飼育されているゴールデンレトリバー759頭の医療電子記録(2000~2009年)を元に、不妊手術と腫瘍系疾患(リンパ肉腫肥満細胞腫血管肉腫)との関係性を検証しました。その結果、手術の有無によって以下の疾患における発症率が影響を受ける可能性が見えてきたといいます。「早期」は12ヶ月齢未満で不妊手術を受けたこと、「晩期」は12ヶ月齢以降に受けたという意味です。
不妊手術と腫瘍系疾患の発症率・GR編
  • リンパ肉腫早期去勢9.6%>晩期去勢0%および未去勢3.5%
  • 血管肉腫晩期避妊7.4%>未避妊1.6%および早期避妊1.8%
  • 肥満細胞腫晩期避妊5.7%>早期避妊2.3%
Neutering Dogs: Effects on Joint Disorders and Cancers in Golden Retrievers
Torres de la Riva G, Hart BL, Farver TB, Oberbauer AM, Messam LLM, Willits N, et al. (2013) PLoS ONE 8(2): e55937. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0055937

全世界(2014)

 1992年から2008年の期間に生まれた2,505頭のヴィズラの医療データを世界中からオンラインで集め、疾患発症時の年齢と不妊手術(性腺切除)との関連性を統計的に検証しました。
 その結果、不妊手術を受けた個体では肥満細胞腫リンパ肉腫(悪性リンパ腫)、その他のがん、雷雨恐怖症のオッズ比が高かったといいます。また1歳未満で手術を受けたメス犬および1歳以降に手術を受けたオス犬とメス犬では血管肉腫のオッズ比が高く、6ヶ月齢未満のタイミングで手術を受けた犬は性別にかかわらず問題行動のオッズ比が高かったとも。
 不妊手術を受けたタイミングが早ければ早いほど肥満細胞腫、血管肉腫、リンパ肉腫、その他のがん、問題行動、雷雨恐怖症と診断される年齢も早いという傾向が認められましたが、不妊手術と平均寿命との間に関連性は認められなかったとしています。
Evaluation of the risk and age of onset of cancer and behavioral disorders in gonadectomized Vizslas
Zink, M.C.; Farhoody, P.; Elser, S.E.; Ruffini, L.D.; Gibbons, T.A.; Rieger, R.H., J. Am. Vet. Med. Assoc. 2014, 244, 309-319

アメリカ(2014)

 カリフォルニア大学デイヴィス校の調査チームは医療データベース(2000年から2012年までの13年分)を参照し、1~8歳の年齢層に属するゴールデンレトリバー1,015頭(去勢オス315+未去勢オス228/避妊メス306+未避妊メス166)およびラブラドールレトリバー1,500頭(去勢オス272+未去勢オス536/避妊メス347+未避妊メス345)における不妊手術とさまざまな疾患との関連性を調査しました。
 その結果、ゴールデンレトリバーにおいてはリンパ肉腫(悪性リンパ腫)の発症リスクが未去勢(4%)よりも6~11ヶ月齢で去勢されたオス犬(11.5%)の方がリスクが高いこと、および未避妊(1.81%)よりも6~11ヶ月齢で避妊手術を受けたメス犬(11%)の方がリスクが高いことが確認されたといいます。また肥満細胞腫の発症リスクでは未避妊(0%)よりも6ヶ月齢未満(2.9%)、1~2歳(3.1%)、2~8歳(5.7%)で手術を受けたメス犬の方がリスクが高いと判定されました。
 一方不思議なことに、ラブラドールレトリバーではゴールデンレトリバーで見られたような不妊手術による発症リスクへの影響は1つも確認されなかったとのこと。総じて、ゴールデンレトリバーは不妊手術や性ホルモンの影響を受けやすい体質なのではないかと推測されています。
Long-Term Health Effects of Neutering Dogs: Comparison of Labrador Retrievers with Golden Retrievers.
Hart BL, Hart LA, Thigpen AP, Willits NH (2014) , PLoS ONE 9(7): e102241. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0102241

アメリカ(2017)

 カリフォルニア大学の調査チームは、大学付属の教育病院において1995年から2010年までの15年間で収集した医療データを参照し、OMIAデータベースにおいて遺伝性が確認されている疾患を疫学的に調査しました。
 153犬種、合計90,090頭分のデータを総合的に見た場合、避妊手術を行ったメス犬では未手術のメス犬と比べ血管肉腫のオッズ比が3.2、リンパ肉腫(悪性リンパ腫)が2.3、肥満細胞腫が2.8、骨肉腫が2.5に高まることが判明したといいます。また去勢手術を行ったオス犬では、未手術のオス犬と比べ血管肉腫のオッズ比が1.4、リンパ肉腫が1.2、肥満細胞腫が1.3、骨肉腫が1.6になったとも。
 ただしがんの診断が下された年齢に関し、未手術の犬より手術済みの犬の方が高い傾向が見られたため、「不妊手術ががんの発症リスクを高めた」のか、それとも「長生きしたからがんの発症リスクが高まった」のかは明言できないとしています。詳しくは「犬の不妊手術(去勢・避妊)と遺伝性疾患の発症リスク 」でも解説してあります。
Correlation of neuter status and expression of heritable disorders
Belanger, J.M., Bellumori, T.P., Bannasch, D.L. et al., Canine Genet Epidemiol 4, 6 (2017). https://doi.org/10.1186/s40575-017-0044-6

イギリス(2018)

 ノッティンガム大学の調査チームは、病理検査のために提出された組織サンプルのうち、自然発症した原発性の尿路上皮がんと診断されたものを対象とした疫学調査を行いました。内訳は尿道がん61症例、および膀胱がん199症例です。
 その結果、診断時の平均年齢は10.22歳、オスに比べてメスの発症リスクが3.51倍、オスメスひっくるめて未手術に比べ不妊手術済みのリスクが単変量解析で4.57倍、多変量解析で3.75倍になったといいます。
The dog as an animal model for bladder and urethral urothelial carcinoma: Comparative epidemiology and histology
de Brot, S., Robinson, B.D., Scase, T., Grau?Roma, L., Wilkinson, E., Boorjian, S.A., Mongan, N.P. (2018), Oncology Letters, 16, 1641-1649. https://doi.org/10.3892/ol.2018.8837
不妊手術ががんの発症リスクを下げるというエビデンスはないようです。しかし「不妊手術→寿命が伸びる→がんの有病率が高まる」という変化を通じ、不妊手術ががんの発症リスクと誤認されている可能性も否定できません。手術に関しては「犬の去勢と避妊」、疾患に関しては「犬のがん一覧」をご参照下さい。