地域差が大きいシリカ結石症
シリカ結石症(silica urolithiasis)とはケイ酸塩が犬の尿中で結晶化して小さな石のように固まってしまうことです。腎臓と膀胱を結ぶ尿管内に詰まった場合は尿管結石症、膀胱内に溜まった場合は膀胱結石症、膀胱と外性器を結ぶ尿道内に詰まった場合は尿道結石症などと呼ばれます。
形は様々ですが、大きなものになると忍者が使うまきびし、あるいはお菓子のコンペイトウのようにトゲトゲしい外観を呈するようになります。 犬における発症頻度は一般的に非常に低く、ブラジル、イギリス、スペイン、ポルトガル、カナダなどで行われた疫学調査では尿石症の中に占める割合がわずか0.69~0.74%と報告されており、フランス、ハンガリー、アイルランドなどでは報告すらありません。その一方、アメリカ国内では6.7%、スイスでは8%など、国によって非常に高い値を報告している調査もあります。 今回の調査を行ったのはメキシコ自治大学獣医学校のチーム。国内におけるシリカ結石症の発症率が尿石症のうち9.2~13.3%と非常に高い割合を占めていることに着目したチームは、犬が日常的に食べているものや飲んでいる水に原因があるに違いないという仮説を立て、因果関係の検証を行いました。
調査対象となったのは2005年から2018年の期間、異なる州で開業している獣医師から大学付属の小動物専門尿石解析ラボに送られてきた尿石サンプル。患犬情報を元にして「トランスメキシコ火山帯」に暮らしているグループと、そこ以外に暮らしているグループとに分けました。
Claudia Iveth Mendoza-Lopez, Javier Del-Angel-Caraza et al., Veterinary Medicine International Volume 2021, Article ID 6667927, DOI:10.1155/2021/6667927
形は様々ですが、大きなものになると忍者が使うまきびし、あるいはお菓子のコンペイトウのようにトゲトゲしい外観を呈するようになります。 犬における発症頻度は一般的に非常に低く、ブラジル、イギリス、スペイン、ポルトガル、カナダなどで行われた疫学調査では尿石症の中に占める割合がわずか0.69~0.74%と報告されており、フランス、ハンガリー、アイルランドなどでは報告すらありません。その一方、アメリカ国内では6.7%、スイスでは8%など、国によって非常に高い値を報告している調査もあります。 今回の調査を行ったのはメキシコ自治大学獣医学校のチーム。国内におけるシリカ結石症の発症率が尿石症のうち9.2~13.3%と非常に高い割合を占めていることに着目したチームは、犬が日常的に食べているものや飲んでいる水に原因があるに違いないという仮説を立て、因果関係の検証を行いました。
調査対象となったのは2005年から2018年の期間、異なる州で開業している獣医師から大学付属の小動物専門尿石解析ラボに送られてきた尿石サンプル。患犬情報を元にして「トランスメキシコ火山帯」に暮らしているグループと、そこ以外に暮らしているグループとに分けました。
- トランスメキシコ火山帯
- メキシコ中央部を走る最長1000km、最大面積160,000km2におよぶ巨大な火山帯。火山岩には一酸化ケイ素が多く含まれる。
尿石症の内訳(1,383症例)
- ストラバイト=44.2%
- シュウ酸カルシウム=26.9%
- シリカ=12.9%
- プリン体=4.1%
- シスチン=1.2%
- リン酸カルシウム=0.9%
- その他=9.7%
居住地域による格差
- トランスメキシコ火山帯●尿石症率=85.6%(1184件)
●水中ケイ素濃度=49.9±12mg/L(27~76mg/L) - 非トランスメキシコ火山帯●尿石症率=14.4%(199件)
●水中ケイ素濃度=16.4±7mg/L(3~30mg/L)
Claudia Iveth Mendoza-Lopez, Javier Del-Angel-Caraza et al., Veterinary Medicine International Volume 2021, Article ID 6667927, DOI:10.1155/2021/6667927
シリカ結石症の原因は飲み水?
過去に行われた調査では、固形の食物や水に含まれるケイ素の濃度に比例する形で尿に含まれる一酸化ケイ素の濃度が高まると報告されています。尿中におけるケイ素濃度が過飽和状態になると、水に溶けきれなくなった分子同士が結合して結晶(尿石)を形成するようになります。
犬のシリカ結石症
今回の調査中、トランスメキシコ火山帯に暮らす患犬たちは1頭を除く全頭が大なり小なり水道水を飲んでいました。さらにボトル水だけを飲んでいた犬でもなぜか発症が確認されたといいます。おそらく、この地域に広がる帯水層(地中の透水層において地下水によって飽和している地層のこと)を利用した水道水やボトル水に一酸化ケイ素が多く含まれており、これがシリカ尿石症の異常に高い発症率を引き起こしたのだろうと推測されています。
ケニアにおいて報告された別の症例でも、二酸化ケイ素を20~30mg/dLの割合で含んだ水を摂取した野犬において高い尿石発症率が確認されています。
ケニアにおいて報告された別の症例でも、二酸化ケイ素を20~30mg/dLの割合で含んだ水を摂取した野犬において高い尿石発症率が確認されています。
人間のシリカ結石症
人間だからといって尿石症を発症しにくいわけではありません。生後10ヶ月の赤ちゃんで発症したシリカ結石症ではケイ素を多く含んだ水を飲むことに関連していたといいます。また成人においては三ケイ酸マグネシウムを含んだ制酸剤を服用することや、栄養素を持たない粘土などを大量に食べる「異食症(pica)」と呼ばれる病的な状態でシリカ結石症が引き起こされることが確認されています。
食べ物よりも飲み物
犬にも人間にも共通しているのはケイ素を大量摂取することですが、固形の食事よりも液状の水の方が発症と密接に関わっているようです。
固形食内における一酸化ケイ素の多くはコロイド粒子(コロイド状シリカ)として存在しており、消化管から吸収するためには分子を一旦可溶性モノマーにまで分解する必要があります。一方、水におけるケイ素はすでにモノマーとして存在しているため分解する必要がなく、消化管からすみやかに吸収されて尿中や便中に排泄されます。
生物学的利用能に大きな違いがありますので、シリカ結石症の発症因子としては食べ物よりも飲み水の方が大きな割合を占めていると考えられます。
固形食内における一酸化ケイ素の多くはコロイド粒子(コロイド状シリカ)として存在しており、消化管から吸収するためには分子を一旦可溶性モノマーにまで分解する必要があります。一方、水におけるケイ素はすでにモノマーとして存在しているため分解する必要がなく、消化管からすみやかに吸収されて尿中や便中に排泄されます。
生物学的利用能に大きな違いがありますので、シリカ結石症の発症因子としては食べ物よりも飲み水の方が大きな割合を占めていると考えられます。
犬のシリカ結石症は日本でも
ケイ素を大量に摂取することによってシリカ結石を発症するという例は日本でも報告されており油断なりません。
飲み水によるシリカ結石症
鹿児島大学共同獣医学部を中心としたチームは、県内においてシリカ結石の患犬が多く見られる点に着目し、地質的にシリカを多く含むことで知られる複数地域から水道水サンプルを採取して中に含まれるシリカ濃度を計測しました。また国内外の様々な地域を採水地とするミネラルウォーターについても同様にシリカ濃度を計測しました。その結果は以下です。比較対象となった地域と合わせて記載します(:Tasaki, 2013)。
水道水中のシリカ濃度(mg/L)
- 鹿児島県霧島地方14ヶ所=64.8~141
- 大分県竹田市を中心とした大野川流域8ヶ所=64.9~125.2
- 茨城県筑西市付近7ヶ所=16.8~83.8
- 岐阜=10.6
- 福井=7.58
- 和歌山=6.76
- 神奈川=24.7
- 東京=12.7~24.7
- 埼玉=13.7
ミネラルウォーターのシリカ濃度(mg/L)
- 鹿児島県霧島市A=113.6
- 鹿児島県霧島市B=269.1
- 鹿児島県垂水市=71.5
- 熊本県益城郡=114.3
- 宮崎県小林市=113.9
- 大分県日田市=137.0
- 岐阜県飛騨市=26.2
- 山梨県北杜市=45.9
- フィジー=137.8
- フランス=12.5
フードによるシリカ結石症
更に調査チームは国内でシリカ結石を発症した患犬の飼い主とコンタクトを取り、食事内容や飲料水に関するアンケートを行いました。その結果、5例中4例までが特定の期間に製造販売された、同一メーカーの同一ブランドをフードとして与えていることが明らかになったといいます。含有ケイ素濃度を調べたところ4頭が食べていた共通フードが1,280ppm(※1ppm=1kg中に1mgの濃度)、残り1頭が食べていたフードが2,370ppmだったとのこと。一般的にケイ素含有量が多いとされる穀類(米・オートムギ)の濃度が150~200ppmですので、かなりの高濃度であることがうかがえます。
過剰なケイ素を避けるには?
人間における症例と犬における症例をまとめると、ケイ素を大量に摂取してしまうルートとしては食べ物と飲み物の両方があるようです。
シリカ濃度101mg/Lの水道水を家庭用浄水器(活性炭・イオン交換体・中空系膜を含むタイプ)に通したところ、ろ過後の濃度が111mg/Lであり浄水効果は認められなかったといいます。同様の実験をRO膜型浄水器(※水溶性物質を分子レベルで分離する高性能の逆浸透膜)を用いて行ったところ、シリカ濃度122mg/Lの水が0mg/Lになったことから、RO膜型浄水器にはシリカに対する浄水機能を有していることが確認されました。
水道水中にシリカを高濃度に含む地域では、一般家庭用の浄水器を用いることで誤った安心感につながる危険性があると指摘しています。
ケイ素の摂取ルート
- 固形物●シリカを大量に含んだフード
●サプリメント
●異食症(特に土や粘土) - 飲み水●シリカ高濃度地域を採水地とした水道水
●シリカ高濃度地域を採水地としたボトル水
シリカ濃度101mg/Lの水道水を家庭用浄水器(活性炭・イオン交換体・中空系膜を含むタイプ)に通したところ、ろ過後の濃度が111mg/Lであり浄水効果は認められなかったといいます。同様の実験をRO膜型浄水器(※水溶性物質を分子レベルで分離する高性能の逆浸透膜)を用いて行ったところ、シリカ濃度122mg/Lの水が0mg/Lになったことから、RO膜型浄水器にはシリカに対する浄水機能を有していることが確認されました。
水道水中にシリカを高濃度に含む地域では、一般家庭用の浄水器を用いることで誤った安心感につながる危険性があると指摘しています。
「水道水で結石になる」という噂をたまに耳にしますが、シリカ結石症に関しては都市伝説として片付けられません。飼い主と犬が同じ水を飲んでいる場合、人間にも発症のリスクがありますので、住んでいる地域や飲み水の採水地をよく調べるようにしましょう。