犬の鼻は熱放射センサー?
犬の鼻の表面を覆う被毛のない部分は鼻鏡(rhinarium)と呼ばれます。目を覚ましている間は分泌液で軽く湿っており、気化熱によって表面温度が低く保たれています。このことは犬の鼻を触った時にひんやりと感じることからもお分かりいただけるでしょう。
犬が体温を下げる際、温まった血液を舌に集めてそれを口の外に出し、パンティングと呼ばれる激しい呼吸をして生じる気化熱を利用します。しかしパンティングの最中においても鼻の温度は変わりませんので、舌と同じようにどっと血液が流れ込むという仕組みにはなっていないようです。具体的には、環境温度が30℃のときは25℃、15℃のときは15℃、0℃のときは8℃に保たれるようにできています。 体温調整に関わっていないのだとすると、湿って低い温度に保たれている鼻鏡にはいったいどのような意味があるのでしょうか?スウェーデンとハンガリーの大学からなる共同チームは、「熱放射を感じ取るセンサーではないか?」という仮設を立てて検証実験を行いました(※熱放射=物体が熱を電磁波として放出する現象)。
犬が体温を下げる際、温まった血液を舌に集めてそれを口の外に出し、パンティングと呼ばれる激しい呼吸をして生じる気化熱を利用します。しかしパンティングの最中においても鼻の温度は変わりませんので、舌と同じようにどっと血液が流れ込むという仕組みにはなっていないようです。具体的には、環境温度が30℃のときは25℃、15℃のときは15℃、0℃のときは8℃に保たれるようにできています。 体温調整に関わっていないのだとすると、湿って低い温度に保たれている鼻鏡にはいったいどのような意味があるのでしょうか?スウェーデンとハンガリーの大学からなる共同チームは、「熱放射を感じ取るセンサーではないか?」という仮設を立てて検証実験を行いました(※熱放射=物体が熱を電磁波として放出する現象)。
犬の熱放射感知実験
体重が異なる3頭の犬(9, 18, 40kg)を対象とし、室温(18.8~19.3℃)より高い温度を鼻先で感じることができたらご褒美がもらえるという訓練を行いました。70%の確率で自発的に選ぶことができるようになったタイミングで大学にある実験室内に招き、特殊な装置を用いて熱放射の感知能力をテストしてみました。
実験では1.6m離れた場所に熱源(31±1℃)とダミーを用意し、ルートの間には間仕切りが設けられました。要するに犬がごほうびをゲットするためには、1.6m離れた場所から熱を感じ取り、1発勝負で正しい方を選ばなければならないというデザインです。
視覚的情報による紛れを排除するため、左右のコンパートメントをまったく同じ構造にしました。また聴覚的情報による紛れを排除するため実験中に雑音が入り込まないよう配慮され、嗅覚的情報による紛れを排除するため、ごほうびから匂いが発散しないよう注意が払われました。中赤外線(3~5μm)や遠赤外線(7μm超)は目の中にある光受容体を刺激するには弱すぎると考えられているため、犬が正解を選ぶためには、唯一の手がかりである「熱放射」を鼻で感じ取らなければなりません。
1頭当たり数十回のテストを行った結果、80%(32/40)、76%(68/89)、68%(44/65)という高い正解率が得られ、統計的に有意(=偶然では説明がつかない)と判断されました。
視覚的情報による紛れを排除するため、左右のコンパートメントをまったく同じ構造にしました。また聴覚的情報による紛れを排除するため実験中に雑音が入り込まないよう配慮され、嗅覚的情報による紛れを排除するため、ごほうびから匂いが発散しないよう注意が払われました。中赤外線(3~5μm)や遠赤外線(7μm超)は目の中にある光受容体を刺激するには弱すぎると考えられているため、犬が正解を選ぶためには、唯一の手がかりである「熱放射」を鼻で感じ取らなければなりません。
1頭当たり数十回のテストを行った結果、80%(32/40)、76%(68/89)、68%(44/65)という高い正解率が得られ、統計的に有意(=偶然では説明がつかない)と判断されました。
熱放射を処理する脳の部位
犬種の異なる13頭(平均6.8歳/オス8頭)の犬を対象とし、fMRIと呼ばれる機器を用いて熱放射を感じているときに活性化する脳の部位がどこにあるかが調査されました。
室温を22.5℃に統一し、熱源を33℃超に設定して目を覚ました犬の鼻先に近づけてみた結果、左半球の中~吻側にあるシルビウス上回である可能性が高かったといいます。なお不思議なことに右半球では活性部位が確認されなかったとのこと。 この部位は過去の調査で報告されている聴覚(右シルビウス上溝や左エクトシルビウス溝など)や嗅覚(嗅球に連なる嗅神経線維が外側嗅索から視床を経由し、両側の梨状葉、外側嗅回、海馬傍回などに投射される)の処理部位とは全く違う場所でした。 Dogs can sense weak thermal radiation
Balint, A., Andics, A., Gacsi, M. et al., Sci Rep 10, 3736 (2020). https://doi.org/10.1038/s41598-020-60439-y
室温を22.5℃に統一し、熱源を33℃超に設定して目を覚ました犬の鼻先に近づけてみた結果、左半球の中~吻側にあるシルビウス上回である可能性が高かったといいます。なお不思議なことに右半球では活性部位が確認されなかったとのこと。 この部位は過去の調査で報告されている聴覚(右シルビウス上溝や左エクトシルビウス溝など)や嗅覚(嗅球に連なる嗅神経線維が外側嗅索から視床を経由し、両側の梨状葉、外側嗅回、海馬傍回などに投射される)の処理部位とは全く違う場所でした。 Dogs can sense weak thermal radiation
Balint, A., Andics, A., Gacsi, M. et al., Sci Rep 10, 3736 (2020). https://doi.org/10.1038/s41598-020-60439-y
なぜ犬の鼻は冷たいのか?
強制選択テストの結果、犬にはどうやら熱放射を感じる能力があるらしいことが判明しました。またMRI検査の結果、熱放射は聴覚や嗅覚とは全く別の伝導路を通り、熱放射に特化した脳部位で処理されている可能性が浮上しました。
目を覚ましている時の犬の鼻が湿ってひんやりしている理由は、対象物との温度差を大きくして感度を鋭敏に保つ必要があるからではないかと推測されます。また対象の温度は、野生環境において獲物が発する体温(30℃超)が想定されているようです。言い換えると、「目の前の獲物が新鮮かどうかを鼻先で探っている」となるでしょう。微妙な熱放射を感知する能力は昆虫、爬虫類のほか、哺乳類では吸血コウモリ(ナミチスイコウモリ)において確認されており、鼻先が他の部位より少し低く保たれているという共通点があります。 犬においては食べ物に関連した処理はもっぱら左半球で行われるとされています。また恐怖を感じたときに人間が発する臭いを嗅がせたところ左の鼻腔(処理するのは左脳)を優先的に使ったとも。脊椎動物を対象とした数多くの調査でも、獲物に襲いかかるときや食べ物の分別は、もっぱら左半球(左脳)で行われると報告されていますので、熱放射を感知した時の犬で見られた左半球の優位性は、あらかじめ遺伝子に組み込まれた行動を発現しやすくしているのかもしれません。
目を覚ましている時の犬の鼻が湿ってひんやりしている理由は、対象物との温度差を大きくして感度を鋭敏に保つ必要があるからではないかと推測されます。また対象の温度は、野生環境において獲物が発する体温(30℃超)が想定されているようです。言い換えると、「目の前の獲物が新鮮かどうかを鼻先で探っている」となるでしょう。微妙な熱放射を感知する能力は昆虫、爬虫類のほか、哺乳類では吸血コウモリ(ナミチスイコウモリ)において確認されており、鼻先が他の部位より少し低く保たれているという共通点があります。 犬においては食べ物に関連した処理はもっぱら左半球で行われるとされています。また恐怖を感じたときに人間が発する臭いを嗅がせたところ左の鼻腔(処理するのは左脳)を優先的に使ったとも。脊椎動物を対象とした数多くの調査でも、獲物に襲いかかるときや食べ物の分別は、もっぱら左半球(左脳)で行われると報告されていますので、熱放射を感知した時の犬で見られた左半球の優位性は、あらかじめ遺伝子に組み込まれた行動を発現しやすくしているのかもしれません。