詳細
調査を行ったのはベルギー・ゲント大学のチーム。2013年2月から6月の期間、投薬治療を受けておらず、飼い主から「健康である」とのお墨付きをもらった老犬を「高齢犬」と「老齢犬」という2つのグループに分け、体型、血圧、直腸、眼科、神経、整形外科などありとあらゆる側面から検査を行い、両グループの間にどのような違いが見られるのかを検証しました。具体的なグループ分けの仕方は以下です。小型犬よりも大型犬の方が寿命が短いため、全く同じ年齢でも別のグループに振り分けられるという現象が起こり得ます。
Willems, A., Paepe, D., Marynissen, S., Smets, P., Van de Maele, I., Picavet, P., Duchateau, L. and Daminet, S. (2016), J Vet Intern Med. doi:10.1111/jvim.14587
高齢犬と老齢犬
- 小型犬=9kg未満
- 中型犬=9~23kg未満
- 大型犬=23~54kg未満
- 超大型犬=54kg以上
- 高齢犬=41頭
- 老齢犬=59頭
- メス犬=50頭(避妊手術40頭)
- オス犬=50頭(去勢手術24頭)
- 純血種=84頭
- ミックス種=16頭
高齢犬と老齢犬の検査値一覧
- 基本検査項目→HTML版・PDF版
- 身体検査値→HTML版・PDF版
- 血液検査値→HTML版・PDF版
- 肝臓の酵素→HTML版・PDF版
- 尿比重(USG)→HTML版・PDF版
- 尿中タンパク:クレアチニン比(UPC)→HTML版・PDF版
Willems, A., Paepe, D., Marynissen, S., Smets, P., Van de Maele, I., Picavet, P., Duchateau, L. and Daminet, S. (2016), J Vet Intern Med. doi:10.1111/jvim.14587
解説
調査結果の中から特筆すべき点を以下で解説します。
肥満
太り気味もしくは完全な肥満と判断された犬たちの割合は全体の39%でした。この結果は、過去の調査で報告された34~59%という肥満率とも一致します。また不妊手術を施した犬では肥満率が高まるという傾向も、過去の調査結果と一緒です。歳をとればとるほど肥満率が高まるという報告もありますが、今回の調査では高齢犬と老齢犬との間で統計的に有意な違いは見られませんでした。
4割近くの犬が太っているにもかかわらず、高齢犬専用のダイエット療法食を与えている飼い主の割合はわずか6%だったことから、調査チームは飼い主が犬の体重を適正に評価することの重要性を強調しています。
4割近くの犬が太っているにもかかわらず、高齢犬専用のダイエット療法食を与えている飼い主の割合はわずか6%だったことから、調査チームは飼い主が犬の体重を適正に評価することの重要性を強調しています。
高血圧
高齢犬にしても老齢犬にしても、血圧の平均値(170 ± 38 mmHg)が基準値(80~160 mmHg)よりも上回るという結果になりました。しかしこの事実だけから「犬は歳をとると高血圧になる」と結論づけるのは早計です。以下に述べるようないくつかの要因が健康な犬の血圧を高めてしまうことがあります。
血圧の変動要因
- ストレス 慣れない環境に置かれた動物の交感神経系が活性化し、血圧が高まってしまうという現象は、人間のほか犬や猫でも確認されています。今回の調査でもこの「白衣高血圧」と呼ばれる現象が起こった可能性を否定できません。血圧を計測する際はなるべく静かな環境で、飼い主同伴のもと行われましたが、環境に慣れるための準備時間が5~10分と短かったため、交感神経系が十分に落ち着いていなかった可能性があります。
33頭の健康な老齢犬を対象とした過去の調査では、平均血圧が「130 ± 20 mmHg」と正常範囲内に落ち着いたと報告されています。また3歳のビーグル犬を対象とした調査では、日を変えて4~5回計測するうちに徐々に測定値が低下したとも。
こうした事実と考え合わせると、今回の調査で見出された高血圧傾向は、単純に不慣れから生じる「白衣高血圧」だったのかもしれません。 - 計測姿勢 血圧を測るときは寝そべった姿勢が基本でしたが、犬がこの姿勢を拒んだ場合は座位や立位で計測することもありました。具体的には座位が20頭、立位が5頭です。計測時の犬の姿勢が血圧に影響を及ぼすという調査結果もありますので、計測姿勢のばらつきが全体の平均値を揺らした可能性もあります。
- 持病 過去に行われた調査では、全身性高血圧を示した犬のうち62%では、何らかの疾患を抱えていたといいますので、高血圧を引き起こすような何らかの持病を抱えた犬が多かったために、全体の平均値が高まってしまった可能性もあります。しかし今回の調査では、慢性腎不全や副腎皮質機能亢進症といった高血圧関連疾患の徴候はほぼ見られなかったと言います。ですからこの可能性は薄いかもしれません。
皮膚の腫瘍
半数以上の犬で触診可能な皮膚上~皮下の盛り上がりが確認され、細胞学的な所見からおよそ5%が悪性の疑いありと判断されました。また高齢犬よりも老齢犬で多く確認されたそうです。犬の皮膚を日常的に触り、今まで無かったはずのしこりが確認できた際は、なるべく早く組織検査に回したほうが良いでしょう。
涙の生成量
高齢犬と老齢犬との間で涙の生成量に関する違いは見られなかったものの、全体の平均値は4歳の犬からとった平均値よりもわずかに少なかったそうです。老犬ではドライアイになりやすいのかもしれません。
全般的な注意点
検査の参照値としては様々な犬種に属する1~7歳の犬が元データとして用いられました。その結果、高齢グループにしても老齢グループにしても、基準を上下に外れてしまう犬が多くなってしまったようです。調査チームは、若い犬から取った単一の参照値を絶対基準として用いるのではなく、年齢に応じた参照値を設けてダブルスタンダードにする必要があるのではないかと言っています。要するに、老犬には老犬にふさわしい別の基準値があるはずだということです。
一見健康そうな老犬でも、飼い主によって見過ごされている病気を密かに抱えている可能性が高いようです。例えば過去に行われた調査では、以下のような傾向が確認されています。
老犬と病気の見落とし
調査チームは、見過ごされがちな犬の病気を早期発見できるよう飼い主に対して情報を提供することが重要であるとしています。飼い主としての務めは、老犬の体や動きを日常的にチェックし、異常をいち早く発見することだと言えそうです。