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犬と飼い主は似ている?

 犬の都市伝説の一つである「犬と飼い主は似ている」について真偽を解説します。果たして本当なのでしょうか?それとも嘘なのでしょうか?

伝説の出どころ

 「犬と飼い主は似ている」という伝説の出どころは、ネット上でたまに見られる「ペットと飼い主のクリソツ写真集」といった特集だと考えられます。例えば以下のようなものです。 飼い主と犬のそっくりコンテスト  こうした写真の多くは、飼い主のヘアスタイルを犬に合わせるなど、明らかに人の手が加えられた部分もありますが、並べてみると確かに似ているという印象を抱いてしまいます。
 また、飼い主と犬の体型が徐々に似てくるという現象も、この伝説の強化に役立っている可能性があります。2010年にオランダのアムステルダムで行われた調査では、飼い主のBMI(体型の指標)が高いほど、犬が肥満である確率も高かったという結果が出ており、原因として「飼い主の食習慣が犬の食習慣にも影響を及ぼす」とか、「飼い主の運動不足が犬の散歩量減少につながっている」などが挙げられています(→出典)。さらに近年は体型のみならず腸内細菌叢や皮膚の常在細菌層も、生活を共にする飼い主と犬とでは少しずつ近づいてくるという事実が確認されています(→出典1出典2)。「犬と飼い主が似ている」とか「犬と飼い主は徐々に似てくる」といった都市伝説は、「クリソツ写真集」のほか、上記したような犬と人間の近似化現象が補強となって拡大していったものと推測されます。

伝説の検証

 犬と飼い主が本当に似ているかどうかを確かめるため、過去にいくつかの実証実験が行われてきました。具体的には以下です。
飼い主と犬の類似性調査
  • Christenfeldらの調査(2004年) 飼い主と犬のペア45組の写真を用意し、判定者に飼い主の顔写真を見せた後、2頭の犬のうち、どちらが本当の飼い犬かを当ててもらった。その結果、犬が純血種である時に限り、偶然以上の確率で本来のペアを当てることができた。また飼い主とペットが共に過ごす時間は、正答率に影響を及ぼさなかった(→出典)。
  • Payneらの調査(2005年) ドッグショーに出場した犬とそのハンドラーの顔を対比したところ、通常よりも強い類似性が確認できた。自分に似た個体を選ぶ「選択配偶」は人間同士の間ではよく見られるが、この現象はペットを選ぶ際にも生じているようである(→出典)。
  • Nakajimaらの調査(2013年) 飼い主と犬のペア20組の写真を用意し、「飼い主と飼い犬」、「飼い主と無関係な犬」という組み合わせを作って502人の判定者に提示した。その結果、偶然以上の確率で本当のペアを当てることができた。また、飼い主の口元を意図的に隠しても正答率に変化は出なかったが、飼い主が犬どちらか一方の目の部分を隠してしまうと、正答率は偶然レベルまで下がった(→出典)。
 この種の実験に関してはかねてから、飼い主の外見から受けるステレオタイプなイメージが、評価者の判断を方向付けているのではないかという指摘がありました。例えば、マッチョなバイク乗りの男性から、力強い「ピットブル」をイメージしたり、きらびやかな服に身を包んだハイメンテナンスな女性から「ヨークシャーテリア」をイメージするなどです。しかし2013年に日本で行われた調査では、目の部分を見ただけで人間と犬のマッチングが可能であるという現象が確認されています。この結果により、飼い主と飼い犬が似ているかどうかの判断は、全体から受けるイメージではなく、ピンポイントで目の領域を見ることで行われているのではないかとの仮説が浮上してきました。いずれにしても「犬と飼い主は似ている」という事実は確かに存在しているようです。

伝説の結論

 過去に行われた様々な実験から考えると「犬と飼い主は似ている」という都市伝説は本当のようです。まず、明確なメカニズムはわからないものの、飼い主は自分の顔に似た犬を選ぼうとします。そして一緒に暮らしていくうちに食習慣や運動習慣を始めとするライフスタイルが近づき、体型も徐々に似てきます。このようにして顔と体型が近くなった結果が「クリソツ写真集」です。さらにこの「クリソツ写真集」が生み出したのが、「犬と飼い主は似ている」という都市伝説なのではないでしょうか。 クラフツドッグショーに出場したアフガンハウンドとそのハンドラー  都市伝説の存在が、不完全ながらも科学的に実証されていることはわかりました。しかし「なぜ人間は自分と似た犬を選ぼうとするのか?」という問いに対する明快な回答はいまだありません。以下では、現在考えられているいくつかの仮説をご紹介します。

単純接触効果?

 「単純接触効果」(Mere exposure effect)とは、真新しい刺激と慣れ親しんだ刺激を比較した場合、後者に対して好感を抱いてしまう現象のことです。例えば、選挙カーでただひたすらに自分の名前を連呼するだけの候補者や、繰り返しテレビで放映されるCMなどがこの例に当てはまるでしょう。コンビニでその商品を見つけると、初めて見る商品よりも、一度どこかで見たり聞いたりしたことのある商品の方を選ぼうとします。 テレビで繰り返し見聞きしたフレーズは、単純接触効果により商品への好感度を高める  人間は日常生活を送っていると、顔を洗う時や歯を磨く時、お風呂に入る時など自分の顔を鏡で繰り返し見ることになります。ある人が犬を選ぼうとするとき、自分に似ていない犬と、どことなく自分に似ている犬がいた場合、どちらを選ぶでしょうか? 単純接触効果の原理から言うと、当然自分と似ている方の犬を選ぶことになります。例えばカナダの心理学者スタンリー・コレン氏は、学生を対象とした調査を通して、ロングヘアーで耳を隠している女性は垂れ耳の犬を高評価し、ショートヘアーで耳を出している女性は立ち耳の犬を高評価するという結果を得ました。同氏はこの結果の背景に、上記「単純接触効果」があるのではないかと推測しています(→出典)。

同型配偶?

 「同型配偶」(Homogamy)とは、遺伝的に自分と近い相手をパートナーとして選ぶ傾向のことです。様々な動物種で確認されていますが、人間にもそうした傾向が備わっているようです。
人間で見られる同型配偶
  • Rushtonらの調査(2005年) 様々なペアに対し、130からなるアンケート調査を行ったところ、それぞれにおいて類似性が確認され、その割合は「一卵性双生児→53%」、「二卵性双生児→32%」、「夫婦→32%」、「親友同士→20%」だった。人間はソーシャルパートナーとして相手を選ぶ時、自分と遺伝的に近い人間を選ぶ傾向があるようだ(→出典)。
  • Bustonらの調査(2003年) ニューヨークに暮らす18歳から24歳の男女978人に、長期的に付き合う相手として重要なポイント10項目を挙げてもらった。また同時に、それぞれの項目において自分はどの程度かを自己採点してもらった。その結果、男性も女性も自己評価が高い人間ほど、相手を厳しく選り好みすることがわかった。西欧の社会において長期的なパートナーを選ぶ際の基準は、「自分とかけ離れた人」とか、「生殖能力が高そうな人」ではなく、「自分に似ている人」という基準であるようだ(→出典)。
 このように、すべての人に当てはまるわけでは無いもののないものの、自分と遺伝的に近い人間を無意識的に選んでしまうという傾向があるようです。もし人間がペットとして犬を選ぶときに同じ「同型配偶」の原理が働いているのだとすると、飼い主と犬の顔がどことなく似てくるという現象にも説明がつきます。

類は友を呼ぶ?

 「単純接触効果」にしても「同型配偶」にしても、パートナーや犬を選ぶときに、自分と似た要素を持った相手を選ぶという傾向は確かにあるようです。そしてさらに驚くべきことに、この傾向は車とその所有者との間にも存在していることが確認されています(→出典)。
 2014年に行われた調査では、数百人の判定者に正面から撮った車の写真を見せた後、持ち主として提示した6枚の顔写真のうち、どの人が本当の所有者であるかをレーティング形式で当ててもらいました。その結果、偶然以上のレベルで正答が得られたといいます。またこの正答率は、車を後部から撮った写真やサイドから撮った写真では偶然レベルにまで下がったとも。さらに、車の正面写真と所有者の犬(純血種に限る)も、なぜか似ているという傾向が確認されたそうです。 車の正面写真を見せた後、6人の候補者を「オーナーにふさわしい人」という基準でレーティングしてもらうテスト  こうした事実から考えると、長期間一緒にいることを前提に何かを選ぶときは、対象が人であれ犬であれ車であれ、「自分に似ているかどうか?」を判断基準にしているという可能性を想定せずにはいられません。私たちがペットの犬を選ぶ時も、無意識的に自分の顔に似ているかどうかを考慮していることは十分にありうるでしょう。「類は友を呼ぶ」という表現がありますが、この現象は単なる比喩ではなく、生物学的な土台を持つ普遍的な現象なのかもしれません。恐らくパグやフレンチブルといった短頭種の飼い主からは、同意を得にくいでしょうが。