犬の腕神経叢裂離の病態と症状
犬の腕神経叢裂離とは、下部頚椎と上部胸椎から前足に向かって伸びている腕神経叢(わんしんけいそう)と呼ばれる神経の束が障害を受けた状態のことです。
犬の前足は、第五頚髄(C5)~第一胸髄(T1)に根本を持つ複数の神経によって支配されています。具体的には、「第五~第八頚神経」と「第一胸神経」の5本です。複雑に絡み合って腕神経叢を構成しているこれらの神経は、脳からの指令を前足に伝えて筋肉を動かしたり、皮膚の感覚刺激を脳に伝えるといった役割を担っています。しかし、神経の末端に当たる前足が異常な角度で曲げられたり、神経の根元に当たる首が極端にねじ曲げられたりすると、中間をつなぐ腕神経叢に大きな力がかかって脊髄から引きちぎられてしまうことがあります。この状態が「腕神経叢裂離」です。
犬の腕神経叢裂離の症状としては、以下のようなものが挙げられます。第五頚神経から第七頚神経における分断が「頭側裂離」、第七頚神経から第一胸神経における分断が「尾側裂離」、そして第五頚神経から第一胸神経に至る全ての分断が「完全裂離」です。なお図中の点線は、神経が分断された状態を表しています。
腕神経叢裂離の主症状
- 頭側裂離肩関節や肘関節を動かすことができない・肩甲骨や前腕の一部における痛覚麻痺・横隔膜の片側麻痺
- 尾側裂離上腕三頭筋に力が入らないため体重を支えることができず手首の部分で折れ曲がってしまう(ナックリング)・肘から先の感覚がなくなる・部分的なホルネル症候群(縮瞳のみ)
犬の腕神経叢裂離の原因
犬の腕神経叢裂離の原因としては、主に以下のようなものが考えられます。予防できそうなものは飼い主の側であらかじめ原因を取り除いておきましょう。
犬の腕神経叢裂離の主な原因
- 前足への外傷 腕神経叢の末端に当たる前足に大きな力が加わることで、神経が根本から引きちぎられてしまうことがあります。具体的には、交通事故、高い場所からの落下、転倒などに伴う過度の外転(腕が外側に広がる状態)です。前足を持ったまま持ち上げるといった人為的な操作も原因になりえます。また人間においては、柔道技の「腕ひしぎ逆十字固め」などを行うと発症します。
- 首への外傷 腕神経叢の根元に当たる首に大きな力が加わることで、神経が根本から引きちぎられてしまうことがあります。具体的には、交通事故、高い場所からの落下、転倒などです。また人間においては、バイク事故で道路に放り出され、首から落下してしまった時などに発症します。
犬の腕神経叢裂離の治療
犬の腕神経叢裂離の治療法としては、主に以下のようなものがあります。
犬の腕神経叢裂離の主な治療法
- 安静療法 神経の損傷が軽微で回復の見込みがある場合や、他の神経で損傷した神経を補いきれているような場合は、激しい運動を避けるといった安静療法が取られます。通常であれば2~3ヶ月で神経の機能が回復します。
- 外科手術 神経の損傷が大きく、もはや回復は望めない場合や、動かない前足が歩行の障害となっているような場合は、前足を切断してしまうこともあります。