卵巣遺残症候群の病態と症状
犬の卵巣遺残症候群(Ovarian remnant syndrome, ORS)とは、避妊手術で卵巣を除去したにもかかわらず、おなかの中に卵巣が残ってしまった状態のことです。ほとんどは手術を行った獣医師のミスや手違いですので、医原性疾患の一つに数えられます。避妊手術を施したにもかかわらず女性ホルモンの影響で発情周期が現れます。手術からの経過時間には3ヶ月~5年後と幅があり、46頭のメス犬を対象とした調査では平均8.8ヶ月だったと報告されています(
:Miller, 1995)。
症状の具体的な内容は以下で、特に発情前期と発情期の症状が顕著に現れます。

症状の具体的な内容は以下で、特に発情前期と発情期の症状が顕著に現れます。
卵巣遺残症候群の症状

- 発情前期✓3~20日間(平均9日間)
女性器の腫大・血液性の排出物(おりもの)・オス犬の拒絶 - 発情期✓3~20日間(平均9日間)
オス犬の誘引・遠吠え・交尾 - 発情後期✓62~64日間(妊娠していない場合は60~80日間)
乳腺の腫大・自分の腹部をなめたりかじる・泌乳(母乳が出る)・営巣行動(巣作り)・攻撃性の増加(近づくものに唸るなど凶暴になる)・活動性の低下・おもちゃやぬいぐるみを子犬のようにいたわる・体重増加
卵巣遺残症候群の原因
卵巣の切除不足
正中アプローチの場合、避妊手術は3~6cmという小さな切開部から卵巣や子宮角を引っ張り上げて結紮・切除を行います。犬においては解剖学的に右の卵巣の方がやや頭側に位置しているため、露出が不十分になって卵巣の一部が残ってしまうというパターンです。こうした解剖学的な左右差を反映してか、一部では「右側に卵巣組織が残っていることが多かった」と報告している学術論文もあります(
:R.Ball, 2010)。

付属卵巣の見落とし
卵巣のすぐ上についている支持靭帯の中に卵巣組織の一部が紛れ、腹腔内に残ってしまうというパターンです。犬では異所性の卵巣(本来あるべき場所とは全く別の場所にある状態)がまったくないか、あっても極めてまれと考えられていますので、残っているとすれば卵巣に連なる結合組織の中だけということになります。

卵巣を落としちゃった
切除した卵巣組織の一部~全部を、誤ってお腹の中に落とし、気づかないまま傷口を縫合してしまうというパターンです。切除した卵巣組織を落としてしまうと、まるで植物の種子のようにその場所に根付き、数週~数年かけて機能を回復する可能性が示されています。術後5年くらいしてから遺残症候群を示す場合はおそらくこのケースだと考えられます。
卵巣遺残症候群の診断
卵巣遺残症候群の診断は、外因性のエストロゲンを投与されていないことを確認した上で膣の細胞診、血清ホルモン(エストロゲン10-20pg/mLとプロゲステロン2ng/mL)レベルの検査、診断を兼ねた組織切除などを通して行います。また性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH, 2.2μg/kg) やヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG, 50 IU/kg)を試験的に投与し、1~2週間後にエストロゲンレベルの低下とプロゲステロンレベルの上昇が確認されたら卵巣遺残症候群の可能性が高いと判断されます。
卵巣遺残症候群の治療と予防
卵巣遺残症候群の治療では、体の中に残った卵巣組織を開腹手術もしくは腹腔鏡手術で切除します。ただし高齢、腎不全、肝不全などで麻酔に耐えられない場合や、再手術したのに遺残卵巣を見つけられなかったような場合は、発情周期を抑えるような薬を投与して症状を抑えることもあります(
:Gurbulak, 2007)。
犬が発情期に入っているときに切除術を行うと、遺残卵巣が大きく膨らんで見つけやすいというメリットがある反面、プロラクチンレベルが高まって偽妊娠(想像妊娠)が永続化しやすいというデメリットも併せ持っています。とは言え、通常の避妊手術と同じように発情休止期まで延期してしまうと、腹腔内に残った卵巣組織が縮小し、せっかく開腹したのに何もせず縫合するという最悪の結果につながりかねません。
開腹手術では腎臓周辺、広間膜、大網膜、腹壁などが綿密に探査されます。また避妊手術で結紮・切除した部分の切れ端や卵巣に血液を供給していた卵巣間膜(卵巣茎)と呼ばれる結合組織も丁寧に調べ直します。
もし遺残卵巣が見つかったら切り漏らしがないよう慎重に切除し、傷口を縫合します。人間では手術後の再発例があるものの、少なくとも犬では同様の報告がないようです。

犬が発情期に入っているときに切除術を行うと、遺残卵巣が大きく膨らんで見つけやすいというメリットがある反面、プロラクチンレベルが高まって偽妊娠(想像妊娠)が永続化しやすいというデメリットも併せ持っています。とは言え、通常の避妊手術と同じように発情休止期まで延期してしまうと、腹腔内に残った卵巣組織が縮小し、せっかく開腹したのに何もせず縫合するという最悪の結果につながりかねません。
開腹手術では腎臓周辺、広間膜、大網膜、腹壁などが綿密に探査されます。また避妊手術で結紮・切除した部分の切れ端や卵巣に血液を供給していた卵巣間膜(卵巣茎)と呼ばれる結合組織も丁寧に調べ直します。
もし遺残卵巣が見つかったら切り漏らしがないよう慎重に切除し、傷口を縫合します。人間では手術後の再発例があるものの、少なくとも犬では同様の報告がないようです。