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犬のフィラリア症・検査編

 犬がフィラリアに感染しているかどうかを診断する時はフィラリアの症状で示した身体症状のほか、「血液中にミクロフィラリアがいるか?」と「血液中にフィラリア成虫の抗原があるか?」を確認することで行います。残念ながら今の所、オスの成虫やミクロフィラリアと成虫の中間段階にある幼虫(L1~L5)が体内にいるかどうかを調べる方法はありません。最終的な診断を下す際は、上記した検査結果に、エックス線撮影、心エコー検査、血液検査、生化学検査の結果を加味します。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

いつ検査を行う?

 犬が一度でも蚊に刺されたことがある場合、フィラリアの幼虫をもらってしまった可能性を否定できません。ですからたった1日だろうと1時間だろうと、予防薬が効いていない状態の犬が蚊に刺された可能性がある場合は検査したほうが無難ということになります。

子犬のフィラリア検査

 生後6ヶ月齢未満の子犬に対し、成虫がいるかどうかの検査を行う必要はありませんが、ミクロフィラリアがいるかどうかの検査は場合によっては必要となります。行うタイミングは健康診断やワクチン接種のため動物病院を受診したときです。
 フィラリアの幼虫(L3)が成虫にまで成長するためには、最低でも6ヶ月が必要です。ですから、たとえ生まれてすぐ蚊に刺されたとしても、生後6ヶ月齢未満の子犬の体内にフィラリアの成虫がいるということは理論上ありえませんので検査も不要です。
 では、成虫を持たない生後6ヶ月齢未満の子犬の体内に、成虫だけが体内に放出できるミクロフィラリアもいないと即断してよいのでしょうか?答えは「NO」です。 画像元→Have You Ever Seen a Dog Fetus? | National Geographic ミクロフィラリアを血液中に持った母犬から生まれた子犬は垂直(経胎盤)感染によって先天的にミクロフィラリアに感染している可能性がある  母犬がフィラリアに感染しており、血中にミクロフィラリアが循環している状態で子犬を産むと、胎盤を経由してミクロフィラリアが子犬の血液中に紛れ込んでしまうことがあるのです(経胎盤感染 | 垂直感染)。よって生後6ヶ月齢未満の子犬に対し成虫がいるかどうかの検査を行う必要はありませんが、母犬がフィラリアに感染している可能性がある場合は、母犬か子犬に対してミクロフィラリアがいるかどうかの検査を行っておかなければなりません。
 ただし実際は「子犬もミクロフィラリアを保有している」という前提のもと、検査を省略して予防薬の安全な使用が認められている8週齢ころから投与が開始されます。成犬の場合と同様、大量のミクロフィラリアが体内にいた場合の急性症状に備え、予防薬の投与後3~8時間は子犬の様子を注意深く観察しておかなければなりません。

成犬のフィラリア検査

 成犬に対しては最低でも1年に1回の頻度で検査を行うことが推奨されます。行うタイミングは蚊に刺された可能性がある日から数えて6ヶ月目以降です。

予防薬を飲んでいない場合

 そもそもフィラリア予防薬を飲んでいない犬が蚊のいる場所に出てしまった場合は、幼虫をもらった可能性がありますので検査の必要性が生じます。また寒い季節限定で投薬を中断していたときも必要となるでしょう。「蚊に刺されたかな?」と思ってから最低6ヶ月あけて検査をすれば、高い確率で成虫やミクロフィラリアの存在を検出できるようになります。近年は温暖化現象やヒートアイランド現象により冬でも蚊が活動していることがありますので、「冬だからフィラリアにはかからない!」という盲信は危険です。

投薬を忘れた場合

 予防薬の投薬を忘れた場合も検査をしたほうが無難です。
 フィラリア予防薬は幼虫の成長段階が進めば進むほど効力が減っていきます。例えば投薬間隔が1ヶ月の場合、予防薬は第三期子虫(L3)か第四期子虫(L4)という比較的若い段階の幼虫に作用します。一方、飼い主のうっかりミスで投薬間隔が2ヶ月になった場合、予防薬は成虫に限りなく近い幼体(L5)を敵に回すことになるかもしれません。一度でも投薬を忘れたら検査したほうが良い理由は、予防薬による攻撃に耐えたL5が生き残り、成虫にまで発育している危険性がそれだけ高くなるからです。

予防薬を飲んでいる場合

 予防薬を1年中欠かさず飲んでいたとしても、検査キットの誤判定で「フィラリアなし!」と出ていることもありますので、やはり検査しておいたほうが無難でしょう。推奨されているの検査頻度は1年に1回です。繰り返し検査を行えば検査キットの不具合による誤った解釈もいずれ見つかってくれます。またさまざまな理由で発生する予防薬の「有効性の欠如」(LOE)も、定期的に検査をしていればフォローすることもできるでしょう。

ミクロフィラリアの検査

 ミクロフィラリアとは体内に生息しているフィラリア成虫のメスから血中に放出されるフィラリアの幼虫のことです。幼虫の存在を検査することで間接的に成虫の存在を確かめることができます。血液を採取するのは午前中よりも、ミクロフィラリアが増える午後の時間帯(午後10時~午前2時)に近いほうが理想です。

直接塗抹観察法

 直接塗抹観察法はミクロフィラリアを見つけるための検査です。犬から採取した血液をスライドグラスの上に薄く伸ばし、顕微鏡でのぞいでミクロフィラリアがいるかどうかを確認します。 画像元→BloodSmear 直接塗抹観察法は安価で手っ取り早いがミクロフィラリアの検出率は低い  メリットは早くて安価な点、デメリットは感度が低く偽陰性(いるのに「いない」と誤解する)が出やすい点、および他の寄生虫と間違えやすい点です。サンプルとしてスライドグラスの上にとった血液の中に、たまたまミクロフィラリアがいてくれるかどうかはクジ引きになりますので、どうしても検出率は悪くなります。料金は500~1,000円程度です。

ヘマトクリット法

 ヘマトクリット法はミクロフィラリアを見つけるための検査です。毛細管法とも呼ばれます。キャピラリチューブと呼ばれる細いストローのような管に血液を入れ、遠心分離機にかけます。すると血液が血球層、血漿層、バフィーコート(白血球+血小板)と呼ばれる層にきれいに分かれますので、ちょうど中間にある透明なバフィーコートをよく観察します。ミクロフィラリアがいる場合、ウヨウヨと泳ぐ姿を確認できます。 ヘマトクリット法(毛細管法)には遠心分離機が必要で少し時間とお金がかかる  メリットは直接塗抹観察法よりも高い確率でミクロフィラリアを発見できる点や早い点、デメリットは後述する方法よりは感度が低い点や遠心分離機が必要となる点などです。一般的な料金は1,000円程度です。

アセトン集虫法

 アセトン集虫法(日本)やノット検査変法(欧米)は共にミクロフィラリアを見つけるための検査です。犬から採取した血液サンプルをアセトン(アセトン集虫法)やフォルマリン(ノット検査変法)などの溶媒に溶かし、遠心分離にかけて赤血球を破壊してミクロフィラリアをなるべく一箇所に集めた上で100倍程度に拡大して観察します。 集虫法はミクロフィラリアと他の寄生虫の子虫とを見分けるときに有効  集虫法は子虫の大きさを計測するときや非病原性のフィラリア子虫と区別するときに役立ちます。メリットはミクロフィラリアが一箇所に固定されているため見つけやすい点、デメリットは獣医師の熟練度によって感度と特異度が変動する点や少し費用がかかる点です。一般的な料金は1,000~2,000円程度です。

オカルト感染に注意!

 オカルト感染(潜伏感染)とは、犬の体内に成虫は寄生しているけれども、検査をしてもミクロフィラリアが検出されない状態のことです。以下のような原因が考えられます。
オカルト感染の原因
  • 犬が免疫力でミクロフィラリアを自力駆除した
  • 予防薬でミクロフィラリアだけが駆除された
  • 成虫はいるけれどもまだ生殖能力がない
  • 成虫になったけれども予防薬の影響で生殖能力が不能
  • オスがメスどちらか一方しか寄生していない
  • ミクロフィラリアの日内変動(午後10時~午前2時に多くなる)
 ミクロフィラリアが検出されなかったことに安心し、「じゃあ成虫もいないよね」と判断してしまうと、体内に残った成虫が成長して段々と症状を引き起こしてしまうかもしれません。こうした早合点を避けるため、ミクロフィラリアの有無を確認すると同時に成虫の有無も検査しておく必要があります。具体的な方法は以下です。

フィラリア成虫の検査

 フィラリアの成虫は、ほどよいカーブがあって居心地が良い犬の肺動脈付近に生息しています。しかし20cmの糸くずのような体は小さくすぎて画像検査ではなかなか捉えられません。ドラえもんが持っていそうな「体が透けるライト」でもあれば一発でわかりますが、まだ科学が追いついていないので以下に述べるようなさまざまな方法で虫の存在を確認していきます。

フィラリア抗原検査

 抗原検査はフィラリアの成虫がいるかどうかを確認するための検査です。メスの成虫だけが放出する特殊な分子(抗原=こうげん)を検知することで虫の有無を判断します。感染して7~8ヶ月が経過し、成虫になって生殖能力を獲得したメスが、最低3匹寄生していると高い感度で陽性反応が得られます。

抗原検査の特徴

 メリットは感度(成虫がいるときに「いる」と判断する精度)も特異度(成虫がいないときに「いない」と判断する精度)も高い点、デメリットは5ヶ月未満のメス成虫は検出できない、少数のメスを検知できない、オスの成虫は検出できない、他のフィラリア線虫は検知できない、やや高価という点です。一般的な料金は1,000~3,000円となっています。

抗原検査の手順

 フィラリア抗原を検知するためのさまざまな検査キットが販売されています。全てのキットに共通している検査手順は「犬の血液を採取→検体(全血+抗凝固剤 or 血清 or血奨)を20℃前後まで温める→検査キットに検体を垂らす→5~10分待つ→判定マークを見る」というものです。 画像元→How to Perform a 4DX SNAP test スナップハートワームRTを用いたフィラリア成虫検査  フィラリアに感染している(陽性)場合は、検査キットに特定のマークが浮かび上がってきますので簡単に判定ができます。以下は日本国内で認可されている代表的なフィラリア用検査キットです。検出にはイムノクロマト法やELISA法が用いられています。
フィラリア検査キット一覧
日本国内で認可されているフィラリア成虫検査キット一覧
  • スナップハートワームRT
  • thinkaイヌフィラリア検査キット
  • キャナイン-フィラリア・キット
  • Agテストキット極東
  • ソロステップCH
  • ベットアシストDIRO

抗原検査の注意点

 検査キットによる判定の精度を最大限に高めるため、いくつか注意しなければならないことがあります。
 まず生後7ヶ月齢未満の子犬に対し、フィラリア成虫の有無を確認するための抗原テストを行うことにはあまり意味がありません。子犬が蚊にさされてL3を体内に保有していたとしても、成虫になるまでには6ヶ月ほど必要です。また成虫から抗原が体内に放出されるまでさらに1ヶ月ほどかかります。よって循環している血液中の抗原は通常生後6ヶ月半~7ヶ月まで検出されませんので、抗原テストを行う場合は「生後7ヶ月齢以降」が妥当な月齢となります。
 体内に成虫がいないにもかかわらず「いる」という間違った判定(偽陽性)が出たり、検査結果が不明確な時は、別の検査キットを用いて再検査するか、同じ検査キットを用いて時間をあけてから再検査します。検査キットの使用法を間違えたり、血液が冷たすぎたりすると上手く検出できませんので要注意です。またかつて行われていた「血液を加熱して抗原抗体複合体を破壊し、偽陰性の誤判定を避ける」という方法は、現在では推奨されていません。
 検査キットの「感度」に関しては38~90%台後半というとても大きな差が報告されています。いくら感度が良いと言っても100%の確率で検出できるわけではありませんので、過大な信頼は禁物です。予防薬を飲んでいても年に1回の検査が推奨されている理由はここにあります。

エックス線検査

 エックス線(レントゲン)検査はフィラリアの成虫がいるかどうかを確認するための検査です。肺動脈のわん曲や肥大、肺動脈幹の突出、血管周囲炎、大量の虫が寄生しているときの右心房や右心室の肥大、右心のうっ血性心不全に伴う胸水などが確認できます。 フィラリア陽性の犬ではレントゲン撮影を行った時肺の領域が白く曇る  エックス線撮影で重度の病変が見られなくても、中年の犬で心臓に負担をかけない静かな生活を送っている場合、体内に大量の虫を保有していることもあります。逆に体内に少数の成虫しかいなかったり、すでに駆虫されているにもかかわらず、以前に患った血栓塞栓症の兆候が見られることもあります。いずれにしてもエックス線撮影だけから成虫の有無は判断できませんので、他の検査法と合わせて行う必要があります。

心エコー検査

 心エコー検査はフィラリアの成虫がいるかどうかを確認するための検査です。肺動脈の末梢に寄生している小さな虫まではわかりませんが、心臓、主肺動脈およびそこからの分岐部、大静脈内部に寄生している比較的大きなフィラリア成虫なら確認できます。
 進行したフィラリア症の心エコー検査では、右心室と右心房の拡大、右心室の肥大、心室中核の奇異性運動、左心の狭小化、肺動脈の拡張などが見られます。大静脈症候群に進展してしまった場合、寄生虫の塊が三尖弁に絡まっていたり、右心房や大静脈内部に存在しているのが視認できるようになります。また三尖弁逆流や肺動脈弁逆流を測定することは肺高血圧症の重症度を推定するときに役立ちます。

血液検査や生化学検査

 血液検査や生化学検査はフィラリアの成虫がいるかどうかを確認するための検査です。フィラリア症にだけ見られる特異的な検査項目はありませんので、他の検査と併用する形になります。一般的な変化は以下ですが、すべての症例において教科書通りに現れるわけではありません。
フィラリア症の血液学的変化
  • 白血球増多症
  • 再生不良型貧血
  • 正球性正色素性貧血
  • 好酸球増多
  • 好中球増多
  • 高窒素血症
  • 肝酵素上昇
  • 高ビリルビン血
  • 稀なケースではDICに伴う血小板減少症
 その他、感染症や炎症に伴って肝臓から血清中に放出される急性期タンパク質のうち、特にC反応性タンパク質の値は病気のステージを見極める際に有用です。またたくさんの虫が寄生している犬においては、心臓に対するダメージから心筋型トロポニンI(cTnI)、ミオグロビン、クレアチニンキナーゼMB(CK-MB)といったバイオマーカーが上昇するとされています。
 肺動脈に寄生していた成虫が自然死したり駆虫薬で死亡した後、肺の血栓塞栓症を引き起こした場合、フィブリンがプラスミンによって分解される際の生成物である「D-ダイマー」の値が上昇するという特徴も診断のヒントになります。
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