トップ犬のしつけ方犬のしつけの基本クリッカーに効果なし

犬のクリッカートレーニングに効果はない~何の有効性も確認できなかった研究論文集

 クリッカートレーニングとは「カチッ!」というクリック音を発生させる小さな器具(クリッカー)を、ごほうびの直前に鳴らすことで犬の学習を促進するというものです。しかしその効果に関しては驚くほど科学的に証明されていません。当ページではクリッカーの有効性を検証し、「効果なし」という結論に至った論文をご紹介します。

アメリカ・ウィスコンシン大学

調査概要
ごほうびに「クリッカー+おやつ」と「おやつのみ」という違いを設けた上で、飼い主ではない訓練者が目標行動をマスターさせ、クリアまでに要したトライアル回数と時間、および学習した行動が消去されるまでに要するトライアル回数と時間を比較

マスターまでの回数と時間にグループ格差なし/消去に関してはクリッカーグループの方が回数と時間が多い

調査デザイン

 ウィスコンシン大学ホワイトウォーター校の調査チームは、州内にある犬種協会に所属するバセンジー35頭を対象とし、クリッカーの有無が犬の学習にどのような影響を及ぼすかを検証しました。
 チームはまず犬たちをランダムで18頭と17頭に分け、前者は「クリッカー+おやつ」、後者は「おやつのみ」という違いを設けた上で、飼い主ではない第三者がオペラント条件付けを行いました。犬たちの参加条件はクリッカートレーニングを受けたことがないことで、クリッカー組は下準備として古典的条件付けによるクリック音と報酬のリンク(クリッカーチャージ)が行われています。
 下準備が終わったところで両方の組に課題として出されたのは「タッチという指示語に従い鼻先で三角コーンに触る」という目標行動。合格基準は指示語から5秒以内に10回連続でコーンに触ることと設定されました。

学習テストの成績

 同一トレーナーが同一手順を用いて犬たちを訓練し、合格基準に達するまでに要したセッション総数およびセッション総時間を比較した所、両グループ間で統計的な格差は見られなかったといいます。その代わり見つかったのは、高齢の犬より若い犬の方が回数が少なく時間も短いという傾向でした。

強化テストの成績

 次に犬たちは強化テストに移行しました。これは行動2回に対して1回の割合でごほうびを与えて覚えた行動を強固にするもので、合格基準は「2日連続10回中9回の割合で5秒以内にコーンに触る」と設定されました。両グループを比較した所、やはり統計的な格差は見られなかったといいます。また前のテストと同様、高齢の犬より若い犬の方が回数が少なく時間も短かかったとも。

まとめ

 行動をマスターするまでの成績にグループ差が見られなかったことから調査チームは、クリッカーには書籍やドッグトレーナーが言うところの「マーカー刺激」や「ブリッジ刺激」として学習を促進する効果は認められないとの結論に至りました。
Clicker increases resistance to extinction but does not decrease training time of a simple operant task in domestic dogs (Canis familiaris)
Shawn M.Smith, Ellen S.Davis, Applied Animal Behaviour Science Volume 110 (2008), DOI:10.1016/j.applanim.2007.04.012

アメリカ・ニューヨーク市立大学

調査概要
ごほうびに「おやつだけ」「クリッカー+おやつ」という違いを設けた上で、飼い主自身が目標行動をマスターさせて学習までの時間と回数を比較

クリッカーによる学習促進効果は認められず

調査デザイン

 ニューヨーク市立大学ハンター校は飼い主と犬のペア15組をランダムで2つのグループに分け、犬に対する報酬に「おやつだけ」および「クリッカー+おやつ」という違いを設けた上で、オペラント条件付けを通して真新しい動作を獲得するまでに要する時間やトライアル回数に格差が出るかどうかを検証しました。犬が未習熟の動作として選ばれたのは「その場でスピン」と「三角コーンに鼻でタッチ」という2つです。
  • おやつだけ✓男性1名と女性7名/平均43.5歳
    ✓犬は平均5.8歳(1~10歳)/メス3頭/雑種7頭
    ✓飼育歴は4.71年(3ヶ月~10年)
    ✓4頭はノーズタッチから/4頭はスピンから
  • クリッカー+おやつ✓男性6名と女性1名/平均46.9歳
    ✓犬は平均4.9歳(1~10歳)/メス5頭/雑種6頭
    ✓飼育歴は4.14年(1~9年)
    ✓4頭はノーズタッチから/3頭はスピンから
    ✓古典的条件付けを20回ほど繰り返し、あらかじめクリッカー(クリック音)とおやつをリンク済

調査結果

 グループトレーニングを通し、すべての飼い主に統一した強化のタイミングをマスターしてもらった後、上記した2つの動作を犬に教えてもらった結果、以下のような成績になったといいます。
成績
  • ノーズタッチ総合トライアル回数、マスターした犬の数、マスターまでに要したトライアル回数に統計的な格差はなし
  • スピン総合トライアル回数、マスターまでに要したトライアル回数に統計的な格差はなし/マスターした犬の数はクリッカーの方がやや多くなる傾向(※非有意)あり

まとめ

 上記した結果から調査チームは、クリッカーの使用は基本的に犬の学習を促進しないとの結論に至りました。ただし動作の種類によってはクリッカーによる影響が出るかもしれないとも言及しています。たとえば後述するオーストラリアの調査では、クリッカーを使って犬にノーズターゲット(犬の鼻を特定の対象物に近づけること)を教えた人は、クリッカーを使わなかった人に比べて「たやすかった」と評価する傾向が認められたといいます。犬ではなく飼い主の側のパフォーマンスが成績に影響している可能性もあるでしょう。
Does Clicker Training Lead to Faster Acquisition of Behavior for Dog Owners?
Burton, Brian J., CUNY Academic Works (2020), https://academicworks.cuny.edu/hc_sas_etds/528

イタリア・トリエステ大学

調査概要
ごほうびに「クリッカー+おやつ」「褒め言葉(ブラボー!)+おやつ」「おやつだけ」という違いを設けた上で、飼い主自身が目標行動をマスターさせ、学習速度と記憶の強固さを比較

グループ間に成績格差なし

調査デザイン

 イタリアにあるトリエステ大学生命科学部の調査チームは、イタリア北東部に位置するパドヴァ、ポルデノーネ、トリエステに暮らしている51頭の犬(年齢・性別ばらばらで平均42.5ヶ月齢)を対象とし、クリッカートレーニングが学習を促進するかどうかの検証実験を行いました。参加条件は、飼い主が犬の訓練業などに携わっていない素人で、犬がお手やおすわりなど軽いしつけ以外は受けていないということです。
 調査チームは犬たちをランダムで17頭ずつからなる3つのグループに分け、報酬に「クリッカー+おやつ」「褒め言葉(ブラボー!)+おやつ」「おやつだけ」という違いを設けた上で犬の学習速度を比較しました。前提として、クリッカーと褒め言葉は事前の準備段階で2~3回ほど「音(声)→おやつ」というセッションを繰り返し、古典的条件付けが行われています。

学習テストの成績

 ターゲットとなる行動は、食パンなどを保存するためのブレッドボックス(46×31×19cm)を鼻先で開けるというもの。合格基準は10回中8回で成功と設定されました。すべての犬がこの基準をクリアしたタイミングで成績を比較したところ、グループ間に格差は見られなかったといいます。

再現テストの成績

 合格から1週間のクールダウン期間を置いた後、再び同じ行動を再現できるかどうか(=行動を記憶しているかどうか)をテストした結果、やはりグループ間に格差は見られなかったとのこと。

般化テストの成績

 練習で使っていなかった少し違うタイプのブレッドボックスを開けることができるかどうかを検証した所、ほぼすべての犬が行動を一般化することができ、ターゲットとなる行動を最初に完遂するまでに要したトライアル回数、および合格基準に達するまでに要したトライアル回数にグループ格差は見られなかったそうです。

まとめ

 上記した結果から調査チームは、オペラント条件付けにおいてクリッカーだけが持つ有効性は確認できないとの結論に至りました。
Can clicker training facilitate conditioning in dogs?
Applied Animal Behaviour Science Volume 184, November 2016, Cinzia Chiandetti, Silvia Avella, Erica Fongaro, Francesco Cerri, DOI:10.1016/j.applanim.2016.08.006

オーストラリア・ラトローブ大学

調査概要
ごほうびに「クリッカー+おやつ」「おやつのみ」「何もせず(強化子なし)」という違いを設けた上で、飼い主自身が目標行動をマスターさせて学習速度を比較

クリッカーによる学習促進効果は認められず

調査デザイン

 オーストラリアにあるラ・トローブ大学の調査チームは、犬と飼い主のペア45組をランダムで15組からなる3つのグループに分け、1つは「クリッカー+おやつ」、1つは「おやつのみ」、残りの1つは「何もせず(強化子なし)」という違いをもたせて犬が目標動作をマスターするまでに要する時間と労力を比較しました。訓練を行ったのは飼い主自身です。

調査結果

 クリッカーを用いたグループとおやつだけを用いたグループとの間で成績格差は見られなかったといいます。また「犬と飼い主の関係性」および「犬の衝動性」の間にも格差が確認できなかったとも。唯一の違いは、クリッカーグループに割り振られた飼い主において、ノーズターゲット(犬の鼻を特定の対象物に近づけること)を犬に教える時に感じる困難さが低く主観評価されたという点だけでした。

まとめ

 上記した結果から調査チームは、クリッカートレーニングに犬の学習自体を促進するメリットは確認できないとの結論に至りました。また犬の衝動性にも差が見られなかったことから「クリッカーは犬を過度に興奮状態にして落ち着きを失わせる」というデメリットの方も確認されませんでした。平たく言うと、クリッカーは毒にも薬にもならず採用する意味がほとんどないということです。
Is clicker training (Clicker + food) better than food-only training for novice companion dogs and their owners?
Lynna C.Feng, Naomi H.Hodgens, et al., Applied Animal Behaviour Science Volume 204, July 2018, DOI:10.1016/j.applanim.2018.04.015