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犬の不安症とトキソプラズマとの関係

 犬を含めた幅広い哺乳動物を中間宿主とし、ネコ科動物を終宿主とする原虫「トキソプラズマ(T. gondii)」。宿主の行動を変化させる可能性が示唆されていますが、感染した犬にも影響を及ぼすのでしょうか。

犬の不安症とトキソプラズマ

 調査を行ったのはイタリアにあるボローニャ大学のチーム。トキソプラズマ感染と犬の不安症との間に関連性があるのかどうかを確かめるため、動物病院を受診した犬たちを対象としたランダム調査を行いました。
トキソプラズマ症
トキソプラズマ症とは、原虫の一種であるトキソプラズマ(Toxoplasma gondii)が感染することで発症する病気。人間を含むほとんどすべての哺乳動物に寄生するが、それらは全て中間宿主であり、最終的にはネコ科動物の体内へと移行する。【人獣共通感染症】トキソプラズマ症 トキソプラズマ原虫の顕微鏡写真

調査対象

 調査対象となったのは健康診断を目的として獣医療機関を受診した都市部に暮らす犬124頭。「2歳以上」を条件とした以外、選別はランダムとされました。内訳は去勢オス17、未去勢オス44、避妊メス35、未避妊メス28で、平均年齢は8.0歳、平均体重は15.88kgです。
 健康診断のついでに血液を採取すると同時に犬の行動評価を行い、なおかつ飼い主への聞き取り調査から生肉を食する習慣、生活環境、同居猫の有無などを確認しました。
 行動評価では不安症が「一般型不安障害」と「状況型不安障害」に区分され、前者は明白なトリガーがない状態で過活動、運動量増加、警戒心亢進が観察されること、後者は明白なトリガーがある状態で同様の変化があることとされました。

調査結果

 血清サンプルを用いてT. gondiiに対するIgG抗体をチェックした結果、陽性率は23.4%(29)となりました。また生肉を食べる犬は59.7%(74)、不安障害を抱えた犬は50.8%(63)と判定されました。
 各種変数と不安症との関連性を統計的に調べたところ、「体重」と陽性率との間に有意な関係が認められました(P値0.02)。具体的には、犬の体重が15kg未満の場合、感染リスクが2.4倍になるというものです。
 次にトキソプラズマ陽性率と不安症との関連性を調べたところ、「中大型+トキソプラズマ陽性」という条件が揃ったときのみ、不安障害のリスクが3.4倍に高まる傾向(※非有意)が認められました(P値0.07)。
 さらに生肉摂取とトキソプラズマ陽性率の関連性を調べたところ、原虫陽性犬の生肉摂取率が75.9%(22/29)だったのに対し、原虫陰性犬のそれが54.7%(52/95)にとどまり、生肉の摂取により感染リスクが2.94倍になることが有意なレベルで確認されました(P値0.03)。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0168159124003101
Filippo Maria Dini, Giovanna Marliani, Applied Animal Behaviour Science(2025) Volume 282, DOI:10.1016/j.applanim.2024.106462

15kg超の中大型犬は要注意

 トキソプラズマが宿主動物の行動を変容させる事例は数多く報告されています。イヌ科動物に限定するとアカギツネがメスの発する臭いに敏感になる(Dopey Fox Syndrome)、ブチハイエナが大胆で危険な行動を取るようになりライオンに襲われて命を落とす個体が増える、オオカミがクーガーに喧嘩を売るかのようにテリトリーを侵略するなどです。

原虫による行動変容メカニズム

 今回の調査を通し、「15kg超」という条件付きながらトキソプラズマに感染したイエイヌでは不安症という形で表出する可能性が示されました。
 原虫が宿主の行動を変容させるメカニズムとしては、神経組織中に潜伏した原虫ブラディゾイト(bradyzoit, ブラディゾアイトとも)が構造・生理学的変化や神経伝達物質の変化をもたらし、神経の機能そのものを変えてしまうなどが想定されています。 トキソプラズマのライフサイクル~シストとブラディゾアイト  この仮説は人の不安障害患者の脳内で扁桃体(恐怖を引き起こすネガティブな刺激に反応)や海馬(記憶)の変質がよく見られるという事実と矛盾しません。簡略化すると「トキソプラズマ感染→大脳辺縁系に属する扁桃体や海馬に侵入→神経組織の変質→恐怖反応の変容」という流れです。
 なお小型犬において不安症の発症リスクが原虫感染に関わりなく高かった理由としては、小型犬の脳がもともと小さく中大型犬に比べて感情や衝動抑制能力が劣るからなどが想定されています(小型犬症候群)。

生肉とトキソプラズマ感染リスク

 生肉の摂取によりトキソプラズマの感染リスクが2.94倍になることが統計的に有意なレベルで確認されました。
 イタリア国内で行われた先行調査では、トキソプラズマ陽性率に関し家畜牛が2.2%、家畜豚が8.7%だったと報告されています。当調査では犬に給餌されていた生肉の流通経路まではトレースされませんでしたが、家畜の肉に潜伏したトキソプラズマをそのまま摂取し、感染が成立してしまうというルートは容易に想像できます。
別の先行調査ではトキソプラズマ感染のリスクファクターとして猫との同居、食糞癖、屋外飼育が挙げられています。室内でも散歩中でも、拾い食いには注意しましょう。トキソプラズマ症犬の食糞のしつけ