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犬の甲状腺機能低下症は正しく診断されている?~誤診と不要投薬の潜在的な危険性

 院内検査機器や外注サービスの進歩により昔よりは診断精度が上がった犬の甲状腺機能低下症。英国内にある7つの一次診療施設を調べたところ、誤診と思われるケースがまだまだ含まれていることが明らかになりました。

犬の甲状腺機能低下症と診断精度

 甲状腺機能低下症とは、犬ののど元にある甲状腺と呼ばれる内分泌器官に異常が生じ、甲状腺ホルモンの分泌が滞る病気です。甲状腺自体に病変が生じて症状につながる「原発性」が全体の95%を占め、病変としてはリンパ球性甲状腺炎と特発性(≒原因不明の)濾胞萎縮が半々くらいと見積もられています。

調査対象

 調査対象となったのは2016年1月から2021年8月の期間、英国内にある7つの一次診療施設で甲状腺機能低下症との診断を受けた後、レボチロキシン(甲状腺ホルモン剤)による投薬治療を受けた患犬たち。内訳はメス57頭(うち48頭は避妊済み)、オス45頭(うち37頭は去勢済み)、診断確定時の年齢中央値は9歳でした。
 個々の医療データを3名の内科専門医が見直し、甲状腺機能低下症の可能性に関して「確定/可能性が極めて高い」「疑わしいが確定はできない」「おそらく違う」「疑う理由がない」という4つのカテゴリに再区分していきました。

調査結果

 調査の結果、「おそらく違う」と「疑う理由なし」を合わせた割合は平均39.2%(55.9% | 29.5% | 32.3%)、レボチロキシンの投与が妥当ではないと判断した割合は平均52.3%(58.8% | 52.9% | 45.1%)となり、およそ4割のケースで誤診、およそ半数のケースで不要な薬剤投与が行われている可能性が浮上しました。 3名の専門医による甲状腺機能低下症の最終判断  3名とも見解が一致したケースは65.7%(67/102)にとどまり、そのうち54%(36/67)は「レボチロキシンの投与が妥当」で一致し、残りの46%が「レボチロキシンの投与は不要」で一致という内訳でした。なお不要と判断されたケースでは、甲状腺機能低下症を示唆する症状や臨床病理的な所見がそもそも認められない例が多々見受けられたとのこと。
Assessment of the likelihood of hypothyroidism in dogs diagnosed with and treated for hypothyroidism at primary care practices: 102 cases (2016-2021)
Victoria Travail, Carolina Fernandez Sanchez, Jose M. Costo, et al., Journal of Veterinary Internal Medicine Volume 38 Issue 2, DOI:10.1111/jvim.16993

誤診は意外と多いかも

 今回の調査では「十分な検査をせずに甲状腺機能低下症と診断し、不要な投薬を行っているのではないか?」という仮説が検証されました。回顧的な調査の性質上、個々の症例における診断が正しかったのかどうかまでは確定できませんが、一次診療医より疾患を熟知した専門医が再評価した結果、誤診を疑わせるケースが少なからぬ割合で含まれていることが明らかになりました。

専門医でも意見はバラバラ

 当調査は3名の内科専門医による意見が正解であることを前提に進められましたが、医師間の一致率は必ずしも高いものではなく、級内相関(評価者間におけるデータの一致度や信頼性を示すための指標)は弱い~中等度と判定されました。
 こうした不一致の要因としては、診断の指標となる各種計測値に影響を及ぼす変数が多いことが挙げられます。
検査値への影響因子
  • 併存症
  • 年齢
  • 犬種
  • 性別
 最後に挙げた薬の一例は糖質コルチコイド・フェノバルビタール・アスピリン・ケトプロフェン・カルプロフェン・クロミプラミン・スルフォンアミドなどで、フェノバルビタールではTT4(血清総チロキシン4濃度)低下・TSH(甲状腺刺激ホルモン濃度)上昇、プレドニゾロン(糖質コルチコイド受容体作動薬)ではTT3・TT4・fT4(遊離チロキシン濃度)の低下、スルフォンアミド剤では医原性甲状腺機能低下症が引き起こされます。
 さらに、各医師が検査法の精度をどの程度信頼しているかによっても最終的な判定は変わってくるでしょう。例えばTT4検査なら院内機器より外注ラボ、fT4検査ならRIA法より平衡透析法を個人的に信頼している場合などです。
 専門医間でも意見が分かれるわけですから、知識と経験に劣る一次診療医が正確に診断を下すことはそれほど簡単ではないのかもしれません。

確定診断の基本ステップ

 犬において甲状腺機能低下症を診断する際のゴールドスタンダードは放射性同位元素(ラジオアイソトープ)を用いたシンチグラフィとされています。しかしこの検査法は実施できる医療機関が限られており、時間・費用・犬の体への負担といった制約から広く行われる方法ではありません。
 確定診断に際して代わりに採用されるのが以下に示すような多段検査です出典資料:Takeuchi, 2005)
甲状腺機能低下症に随伴する臨床徴候→血液スクリーニング→非再生性貧血や高脂血症(空腹時総コレステロール値やトリグリセライド値の上昇)が認められた場合はTT4を院内もしくは外注測定→低値の場合はfT4(ED)とTSHの外注測定
 今回の回顧的調査では、上記したような多段検査過程を経ないまま甲状腺機能低下症の診断を下し、不要と思われる投薬治療を行っているケースが多々見受けられました。
 治療に用いられるホルモン製剤「レボチロキシン」は比較的安全であるとの認識が広まっていますが、調査チームは甲状腺に異常がない個体への過剰投与が医原性の甲状腺萎縮につながりうる可能性を指摘しています。

不要な投薬を防ぐために

 2024年現在、日本国内でシンチグラフィを実施できるのは青森県にある北里大学獣医学部付属動物病院だけですので、日本全国の疑わしい症例をすべてカバーするのは現実的ではありません出典資料:北里大学)
 必然的に多段検査を通して確定診断していく流れになりますが、獣医師の知識や経験レベルによっては今回の調査と同様、十分なスクリーニングをしないまま甲状腺機能低下症と決めつけ、漫然と不要な投薬を続けているケースがないとも限りません。
 「試験的なホルモン補充療法」という考え方はあるものの、顕著な肉眼的変化を確認できない緩慢な疾患であるため、複数の検査値を参照した上で確定診断を下すことが重要と考えられます。これは獣医師側の誤診を防いで本来の疾患に目を向けると同時に、飼い主の自己判断で投薬を中止してしまうことを防ぐという意味合いもあります。 犬の甲状腺機能低下症