戦場における軍用犬の死因
調査を行ったのはテキサスA&M大学を中心としたチーム。戦地に派遣された軍用犬の医療データを基にし、受傷後の生存と死亡を分ける生命線がどこにあるのかを検証しました。
調査対象
調査対象となったのは軍用犬外傷データベース(193例)および国防総省軍用犬外傷データベース(195例)に記録された受傷犬たちの医療記録。死因や受傷履歴を始めとした記録がすべて揃った症例を参照し、重複ケースを除外した上で最終的に死亡症例33、生存症例51のデータを得ました。
調査結果
死亡33症例の年齢中央値は5.8歳(1.9~9.0)、生存51症例の年齢中央値は4.5歳(1.5~8.5)でした。犬種はベルジャンマリノア43頭、ジャーマンシェパード22頭、ラブラドールレトリバー9頭、不明・その他10頭。受傷から医療機関に到着する前までに命を落とす即死症例が81.8%と大半を占め、残りは全て医療機関内における早期死亡症例でした。
Storer AP, Edwards TH, Rutter CR, Young GE and Mullaney SB (2024), Front. Vet. Sci. 11:1360233. doi: 10.3389/fvets.2024.1360233
受傷タイプ | 生存 | 死亡 |
貫通 | 54.9% | 54.6% |
鈍的 | 33.3% | 6.1% |
鈍的+貫通 | 11.8% | 30.3% |
火傷(電気・化学) | 0% | 9.1% |
受傷原因 | 生存 | 死亡 |
爆発 | 35.3% | 33.3% |
銃創 | 23.5% | 45.5% |
榴散弾 | 17.7% | 0% |
落下 | 11.8% | 0% |
裂傷 | 5.9% | 3.0% |
その他 | 5.9% | 18.2% |
死の直接原因
多変量解析で死亡リスクのオッズ比を計算したところ、去勢オスを基準とした場合、未去勢オスが7.64倍、鈍的外傷を基準とした場合、貫通外傷が7.72倍および鈍的外傷+貫通外傷が13.38倍、非獣医師による医療ケアありを基準とした場合、なしが3.55倍という結果になりました。
Causes of mortality in military working dog from traumatic injuriesStorer AP, Edwards TH, Rutter CR, Young GE and Mullaney SB (2024), Front. Vet. Sci. 11:1360233. doi: 10.3389/fvets.2024.1360233
軍用犬の死亡率をどう下げる
受傷機序や死因がわかれば戦場における軍用犬の死亡率を下げられるはずです。具体的にどのような対策が効果的なのでしょうか?
死因第1位:出血
戦場における従軍兵の死因は出血、気道閉塞、緊張性気胸などが主なもので、特に出血は9割を超えます。上記した死因に対応した処置を徹底したところ、犠牲者の数が44.2%低下したという実績があることから、実地における応急処置の重要性が伺えます。
軍用犬を対象とした当調査では、出血が原因の死亡が45.5%と人の約半分でしたが、それでも2番目の頭部外傷の倍近い値ですので、人間と同様出血性ショックの対処法が生死を分ける境目になりそうです。
止血処置に関しては人間向けに開発された止血ドレッシングや止血帯を転用することができるものの、現状では犬における効果が十分に検証されていません。輸血処置に関しては人工赤血球(HBCO)、凍結乾燥血漿(FDP)などの利用が検討されています。日本が開発したイヌ用人工血液が今後活躍する場面があるかもしれません。
軍用犬を対象とした当調査では、出血が原因の死亡が45.5%と人の約半分でしたが、それでも2番目の頭部外傷の倍近い値ですので、人間と同様出血性ショックの対処法が生死を分ける境目になりそうです。
止血処置に関しては人間向けに開発された止血ドレッシングや止血帯を転用することができるものの、現状では犬における効果が十分に検証されていません。輸血処置に関しては人工赤血球(HBCO)、凍結乾燥血漿(FDP)などの利用が検討されています。日本が開発したイヌ用人工血液が今後活躍する場面があるかもしれません。
死因第2位:頭部外傷
軍人では気道閉塞や気胸、特殊部隊員では組織損壊や出血が主な死因ですが、軍用犬における死因の第2位は頭部外傷(21.2%)でした。
人と犬を分けるポイントは頭部を守るヘルメットの有無、外傷の見つけやすさ、問診の有無、治療の洗練度などだと考えられています。
人と犬を分けるポイントは頭部を守るヘルメットの有無、外傷の見つけやすさ、問診の有無、治療の洗練度などだと考えられています。
銃創と爆発
上で述べた死因上位の出血にしても頭部外傷にしても、受傷原因のトップが銃創、2番手が爆発となっています。これは犬を対象とした先行調査および軍人を対象とした調査とも一致する結果です。
死亡のオッズ比に着目すると、鈍的外傷を基準とした場合、貫通外傷では7.72倍、鈍的外傷+貫通外傷では13.38倍に跳ね上がっています。こうしたデータと合わせて考えると、「弾丸に当たる・爆発に巻き込まれる→貫通外傷→出血・頭部外傷→死亡」というパターンが見えてきます。
具体的な対策
死につながるルートがわかれば、そのルートのどこかを分断することで最悪の結末を阻止できるはずです。具体的にどのような方法があるのでしょう。
装備の充実
軍用犬の受傷箇所に着目すると、四肢(手先足先)への受傷では高い生存率が見られる一方、頭部、腹部、胸部への受傷では如実に死亡率が高くなっています。
人間ではボディアーマーの着用で胸部の外傷が33%から4.6%に激減するとの報告があります。軍用犬向けのアーマーを着用すれば即座に死亡率が下がりそうなものですが、着用を嫌がる、機動性が落ちる、防弾性能が落ちる、疲労や熱中症のリスクが高まるといったネックがありそれほど単純な話ではありません。これは頭部外傷を予防するためのヘルメットでも同じです。
軍用犬の体を物理的に保護するためには、まず上記したネックをクリアした品質の製品を開発する必要があるでしょう。
軍用犬の体を物理的に保護するためには、まず上記したネックをクリアした品質の製品を開発する必要があるでしょう。
適切な応急処置
当調査では病院に到着する前に死亡する症例が81.8%と非常に高い値を示しました。治療を受けなかった場合、受けた場合より3.5倍も死亡率が高まることから、現場における応急処置や蘇生術の重要性が見て取れます。
なお直近では2023年、人間向けに開発された戦術的第一線救護(Tactical Combat Casualty Care, TCCC)を軍用犬向けにアレンジした「K9TCCC」がアップデートされています。
軍用犬の即死ケース(病院に到着する前に死亡してしまうケース)を減らすためには、止血と輸血に特化した人間並みの戦地ガイドラインが必要でしょう。
軍用犬の即死ケース(病院に到着する前に死亡してしまうケース)を減らすためには、止血と輸血に特化した人間並みの戦地ガイドラインが必要でしょう。