動物輸血の現状と問題点
交通事故や手術に伴う出血など、犬が大量の血液を失った際は輸血によって足りなくなった血液を補う必要があります。しかし日本国内では動物用血液バンクが認められていないため、輸血用の血液を入手することは極めて難しく、動物病院が供血犬などを通じて独自に確保しなければなりません。また血液型の違いによる拒絶反応があるというのも大きな問題です。仮にドナー犬が現れたとしても、血液型が適合していない状態で輸血を行ってしまうと、体内で拒絶反応が起こり、患犬を危機的な状況に陥れてしまうことがあります。
ドナー不足と血液型の相違による拒絶反応という2つの問題を一気に解決してくれるのが「人工血液」です。大量生産できるためドナーの存在が必要なく、また拒絶反応の引き金になる抗原を持たないため、どんな犬に輸血したとしても拒絶反応を引き起こすことがありません。もしイヌ用の人工血液が開発されれば、獣医療の現場が抱える輸血液不足という深刻な問題を一気に解決してくれる、画期的な発明になるでしょう。
ヒト用人工血液の開発
人医学の分野では、欧米や日本を中心としてヒト用人工血液の開発が進められています。例えばアメリカではこれまで、酸素を体の隅々に運搬する役割を担う「ヘモグロビン」と呼ばれるタンパク質を加工した「分子内架橋ヘモグロビン」、「ヘモグロビン重合体」、「高分子結合ヘモグロビン」といった人工物が開発されてきました。しかしこれらの加工物は、血管を収縮させて血圧を上げてしまうといった難点を持っており、未だに実用化はされていません。
- ヘモグロビン
- 人間や犬を含むあらゆる動物の血液中に存在する赤血球の中にある、鉄を含んだタンパク質の一種。分子量は64,500。酸素分子をくっつけたり離したりする能力を持ち、肺から体の隅々へと酸素を運搬する役割を担っている。
- 血清アルブミン
- 動物の血清中に最も多く存在するタンパク質の一種で、約60%を占める。イヌの血清アルブミンの分子量は 65,700。浸透圧の調整、代謝産物の貯蔵、薬物の運搬といった役割を担っている。
イヌ用人工血液の開発
小松教授らは人間用に開発された「ヘモグロビン-アルブミンクラスター」を、慢性的なドナー不足に悩まされている獣医療の分野に応用できないかと考えました。つまりイヌ用人工血液の開発です。
ヒト血清アルブミンによって覆われているヘモグロビンをそのまま犬に輸血してしまうと、体内で拒絶反応が起こり、特に2回目の輸血においては重篤な症状を引き起こしてしまいます。この事態を回避するためにはヒト血清アルブミンを犬に優しい「イヌ血清アルブミン」に置き換えなければなりません。研究チームは「Pichia pastoris」と呼ばれるイースト菌の一種を用いて、犬の血液に含まれるアルブミンとほとんど同じ構造や特性を持ったイヌ血清アルブミンを遺伝子工学的に作り出し、それでウシ由来のヘモグロビンをコーティングしました。こうして完成したのが、拒絶反応をかいくぐりつつ酸素を運搬してくれる「ヘモグロビン-遺伝子組換えイヌ血清アルブミンクラスター」です。 研究チームはこのイヌ用人工血液を2021年までに実用化したいとしています。具体的には、溶液あるいは粉末という形で動物病院に常備してもらい、出血ショック、手術中の出血、虚血部位への緊急酸素供給といった状況において使用してほしいと期待をかけています。 イヌ用人工血液を開発 Artificial Blood for Dogs.
Yamada, K. et al. Sci. Rep. 6, 36782; doi: 10.1038/srep36782 (2016)
ヒト血清アルブミンによって覆われているヘモグロビンをそのまま犬に輸血してしまうと、体内で拒絶反応が起こり、特に2回目の輸血においては重篤な症状を引き起こしてしまいます。この事態を回避するためにはヒト血清アルブミンを犬に優しい「イヌ血清アルブミン」に置き換えなければなりません。研究チームは「Pichia pastoris」と呼ばれるイースト菌の一種を用いて、犬の血液に含まれるアルブミンとほとんど同じ構造や特性を持ったイヌ血清アルブミンを遺伝子工学的に作り出し、それでウシ由来のヘモグロビンをコーティングしました。こうして完成したのが、拒絶反応をかいくぐりつつ酸素を運搬してくれる「ヘモグロビン-遺伝子組換えイヌ血清アルブミンクラスター」です。 研究チームはこのイヌ用人工血液を2021年までに実用化したいとしています。具体的には、溶液あるいは粉末という形で動物病院に常備してもらい、出血ショック、手術中の出血、虚血部位への緊急酸素供給といった状況において使用してほしいと期待をかけています。 イヌ用人工血液を開発 Artificial Blood for Dogs.
Yamada, K. et al. Sci. Rep. 6, 36782; doi: 10.1038/srep36782 (2016)