ご褒美対決「おやつ vs おもちゃ」
調査を行ったのはフロリダ大学心理学部を中心とした共同チーム。ドッグトレーナーなどによる逸話的な報告を除いてあまり情報がない「しつけのご褒美としてベストなのはおやつとおもちゃどっち?」問題を検証するため、「対刺激選好評価法(PSPA)」を用いた実験を行いました。
調査対象
調査対象はSNSでの宣伝や口コミを通じてリクルートされた犬(オス8頭+メス2頭)と飼い主のペア10組。なお補助資料も含めて探してみましたが、飼い主や犬の具体的な選考条件や除外条件が記載されていませんでした。
調査方法
犬が最も好むおやつ、およびおもちゃの候補としては以下の6つずつが選定されました。
ごほうび候補
- おやつ(≒1cm³)ホットドッグ | ニンジン | チーズ | ドッグフード粒 | 硬いトリート | 柔らかいトリート
- おもちゃボール | 口で引っ張るおもちゃ | キーキー鳴るおもちゃ | 骨 | ぬいぐるみ | 空のペットボトル
調査結果
10頭の犬それぞれに関し最も好きなおやつと最も好きなおもちゃが判明した後、おやつとおもちゃの最終決戦を行いました。下準備として「1m離れた地点にいる実験者に近づき、拳にノーズタッチしたらご褒美をもらえる」という関係性を全頭がマスターしました。
FR1
上記手順を踏まえ、ご褒美がおやつの時とご褒美がおもちゃの時とで、犬がノーズタッチする回数に違いが出るかどうかをカウントしたところ、ほぼ全頭において「おやつ>おもちゃ」という格差が見られたと言います。ちなみに報酬パターンは犬がターゲット行動(=ノーズタッチ)を1度行った瞬間に与える「FR1」に設定されています。またおやつとおもちゃの提示順はランダム化され、途中には消去フェーズ(ターゲット行動をとってもご褒美を与えない)が挟まれています。
なお実験手順はかなり端折って説明してありますので詳しくは本文をご参照ください。
なお実験手順はかなり端折って説明してありますので詳しくは本文をご参照ください。
PFR
次に「PFR(progressive fixed ratios)」を用いた実験に移行しました。これは報酬を与えるまでに必要な行動回数を徐々に増やしていくというデザインのことです。例えばFR1なら1回、FR5なら5回、FR15なら15回必要となります。前提としてあるのは「報酬の魅力が強ければ強いほど求められているターゲット行動を繰り返す回数が多くなる(≒諦めが悪くなる)」という理屈です。
さて、このPFRデザインで全頭の反応回数をご褒美別にカウントしたところ、全体平均では統計的に有意なレベルで「おやつ>おもちゃ」という格差が認められました。 この事実からおもちゃよりおやつを提示した時の方が犬たちの強いモチベーションにつながっている可能性が示されました。 Efficacy of Edible and Leisure Reinforcers with Domestic Dogs.
Lazaro, X.A.; Winter, J.M.; Fernand, J.K.; Cox, D.J.; Dorey, N.R., Animals 2023, 13, 3073, DOI:10.3390/ani13193073
さて、このPFRデザインで全頭の反応回数をご褒美別にカウントしたところ、全体平均では統計的に有意なレベルで「おやつ>おもちゃ」という格差が認められました。 この事実からおもちゃよりおやつを提示した時の方が犬たちの強いモチベーションにつながっている可能性が示されました。 Efficacy of Edible and Leisure Reinforcers with Domestic Dogs.
Lazaro, X.A.; Winter, J.M.; Fernand, J.K.; Cox, D.J.; Dorey, N.R., Animals 2023, 13, 3073, DOI:10.3390/ani13193073
最強のご褒美はおやつ?
「食べ物」と「人との接触」を比較した先行調査でもやはり、食べ物の方が選好されたと報告されています。犬にとって最高のご褒美はおやつなのでしょうか?
実験の前提条件が不明
当調査では犬の空腹の度合いを統一するため、実験前4時間は食べ物を与えないよう指示されました。一方、遊戯欲求(おもちゃで遊びたい)に関しては明記されていなかったため、事前にどのような調整が行われたのか判然としません。もし「実験の1時間前に飼い主とさんざっぱらおもちゃで遊んだ」という被験犬が混じっていた場合、調査結果を大きく左右することになります。犬と飼い主の選考基準もそうですが、重要な特記事項が抜け落ちているのは調査班の手落ちでしょう。
おもちゃの推奨は逸話レベル
訓練のご褒美におやつを用いることに関しては賛否両論があります。例えば、おやつよりおもちゃを用いたトレーニングの方が飼い主との信頼関係構築や学習に伴うストレス軽減につながりやすいといった逸話レベル(≒科学的根拠を伴わない)の意見があります。またおやつのデメリットとして肥満になりやすいとか飽きやすいといった点を指摘する人もいます。
中には柔軟に折衷案を採用し、「おいで」など積極的な行動を伴うしつけにおいてはおもちゃ、「ふせ」など消極的(ルアリングしやすい)な行動についてはおやつを使うというトレーナーもいるようです。いずれにしても、これまで経験則からくる逸話しかなかった領域に実験データによる裏付けが加わったのは大きな前進でしょう。
中には柔軟に折衷案を採用し、「おいで」など積極的な行動を伴うしつけにおいてはおもちゃ、「ふせ」など消極的(ルアリングしやすい)な行動についてはおやつを使うというトレーナーもいるようです。いずれにしても、これまで経験則からくる逸話しかなかった領域に実験データによる裏付けが加わったのは大きな前進でしょう。
おやつはしつけコスパが良い
PFRを用いた実験により、大好きなおやつを提示された時の犬はたとえご褒美を毎回貰わなくても最大で15回ほど同じ行動を取ってくれることが明らかになりました。言うなれば「しつけコスパが良い」と言ったところでしょうか。
最初のうちはFR1(成功するごとにご褒美)でしつけを行い、慣れてきたらFR2→3→4→5に切り替えるというプランであれば、懸念材料である肥満や飽きをうまく回避できるでしょう。またおやつはディスペンサーをうまく使えば飼い主が目の前にいなくても強化子を提示できますし、手を噛まれることもありません。おもちゃの場合と違って強化するタイミングを計りやすく、提示するまでのタイムラグが生じにくいというメリットもあります。
最初のうちはFR1(成功するごとにご褒美)でしつけを行い、慣れてきたらFR2→3→4→5に切り替えるというプランであれば、懸念材料である肥満や飽きをうまく回避できるでしょう。またおやつはディスペンサーをうまく使えば飼い主が目の前にいなくても強化子を提示できますし、手を噛まれることもありません。おもちゃの場合と違って強化するタイミングを計りやすく、提示するまでのタイムラグが生じにくいというメリットもあります。
頭ごなしにどちらか一方を褒めちぎったりけなすのではなく、訓練効率が最大化するため好みや状況に応じておやつとおもちゃを使い分けるのが、犬の最大幸福につながるのではないでしょうか。