観察模倣能力の比較実験
調査を行ったのはハンガリーにあるエトヴェシュ・ロラーンド大学のチーム。社会的な動物でよく見られる模倣学習が、内在的な因子(動物が本来持っている社会性)と外在的な因子(人間による選択圧)にどの程度影響を受けているのかを検証するため、両因子が微妙に異なる3つの動物種を対象とした比較実験を行いました。具体的には子犬、子猫、子狼で、犬と狼は「社会性」という内在因子を、犬と猫は「家畜化」という外在因子を共有しています。
調査対象
調査対象となったのは子犬42頭(平均13.4週齢)、子猫39頭(平均13.8週齢)、子狼8頭(平均12週齢)で、後天的な不測要因をなるべく排除するため、どの個体も生後間もない時期から人間と同居して高度に社会化されました。
調査方法
実験は大学内もしくは飼い主の自宅内で行われました。具体的な内訳は大学内が57頭(子犬32+子猫20+子狼5)、自宅内が32頭(子犬10+子猫19+子狼3)です。
被験動物たちの模倣行動を引き出すため、まず動物たちから見て新奇な対象物(白いプラスチック製の箱/「コング」と呼ばれる玩具)を用意しました。観察状況は以下です。
被験動物たちの模倣行動を引き出すため、まず動物たちから見て新奇な対象物(白いプラスチック製の箱/「コング」と呼ばれる玩具)を用意しました。観察状況は以下です。
模倣誘起実験
- 無人フリー(1セット)人間がいない環境下で新奇なものを見せて動物たちの自発的な行動を観察する。
- 無人ムーブ(3セット)動物の前に透明な釣り糸を取り付けた対象物を置き、周囲に人がいない状態で動かして見せる。
- 有人タッチ(3セット)飼い主や世話人が被験動物を軽く保定した状態で実験者と対峙させる。実験者は動物の注意を十分引き付けたタイミングで対象物(箱もしくはコング)を触って見せる(手で2回もしくは鼻先で2回)。この時、被験動物が無人フリーで鼻先を使った場合は「手」を、前足を使った場合は「鼻」を用いた。また自発行動が見られなかった個体に関しては手か鼻先のどちらか一方がランダムで選ばれた。手本を見せた後で動物をリリースし、自発的な行動が見られるか何もせず25秒が経過するまで観察。
- 有人ムーブ(3セット)飼い主や世話人が被験動物を軽く保定した状態で実験者と対峙させる。実験者は動物の注意を十分引き付けたタイミングで対象物(箱もしくはコング)を動かして見せる(手もしくは鼻先)。この時、被験動物がベースラインで鼻先を使った場合は「手」を、前足を使った場合は「鼻」を用いた。また自発行動が見られなかった個体に関しては手か鼻先のどちらか一方がランダムで選ばれた。手本を見せた後で動物をリリースし、自発的な行動が見られるか何もせず25秒が経過するまで観察。
調査結果
上記した手順で動物たちの自発的な行動を観察した結果、共通する部分と異なる部分とが浮かび上がってきました。
注視
動物種に共通して見られた特徴は、有人の時より無人の時の方が対象物を注視する確率が高かったという点、およびテストを繰り返すにつれて注視する確率が減っていったという点です。
一方、動物ごとに異なった点は対象物を注視する確率で、子犬>子狼・子猫という明白な勾配が見られました。特に子犬は有人テストで97.5%、無人テストで94.3%という高い確率で対象物を注視しました。
また子狼と子猫では無人の時より有人の時の方が対象物を注視する確率が低下し、この傾向は特に子猫で顕著に見られました。
一方、動物ごとに異なった点は対象物を注視する確率で、子犬>子狼・子猫という明白な勾配が見られました。特に子犬は有人テストで97.5%、無人テストで94.3%という高い確率で対象物を注視しました。
また子狼と子猫では無人の時より有人の時の方が対象物を注視する確率が低下し、この傾向は特に子猫で顕著に見られました。
働きかけ
注視した対象物に実際に働きかけたかどうかに関し動物種に共通して見られたのは、ただ単に触っただけの「タッチ」の時より、対象物を動かした「ムーブ」の時の方が行動確率が高まったという点です。
一方、動物ごとに異なった点は働きかけの確率に子犬・子狼>子猫という勾配が見られた点です。子猫が自発的に近づいて触った確率はわずか30.1%で、人がいる時の方が働きかけに消極的でした。
また子犬と子狼に関しては無人フリーや有人テストの2回目以降に比べ、初回における働きかけが特に積極的でした。なお子猫では繰り返しテストによる変化は見られなかったそうです。
一方、動物ごとに異なった点は働きかけの確率に子犬・子狼>子猫という勾配が見られた点です。子猫が自発的に近づいて触った確率はわずか30.1%で、人がいる時の方が働きかけに消極的でした。
また子犬と子狼に関しては無人フリーや有人テストの2回目以降に比べ、初回における働きかけが特に積極的でした。なお子猫では繰り返しテストによる変化は見られなかったそうです。
使用部位
無人フリーにおいて自発的な行動を見せた動物たちに共通していたのは、ほぼ全頭が鼻を使用したという点です。このことにより、実験中のほぼすべての手本行動は文字通り「手」を用いて提示されました。
直前に人間が見せた手本との行動一致に関しては、子犬・子狼>子猫という勾配が認められました。ここで言う「行動一致」とは「鼻」で手本を示した後、動物が鼻(もしくは鼻と前足の両方)を使うこと、および「手」で手本を示した後、動物が前足(もしくは鼻と前足の両方)を使うことです。
特に子犬に関しては手本で「手」を見た場合、「鼻」を見た場合に比べて前足を自発的に使う確率が有意に高いことが明らかになりました。一方、子猫に関しては発現頻度が少なすぎて統計的な計算ができず、子狼に関しては直前に見た「手」本による前足使用への影響は認められませんでした。 Spontaneous action matching in dog puppies, kittens and wolf pups
Fugazza, C., Temesi, A., Coronas, R. et al. . Sci Rep 13, 2094 (2023), DOI:10.1038/s41598-023-28959-5
直前に人間が見せた手本との行動一致に関しては、子犬・子狼>子猫という勾配が認められました。ここで言う「行動一致」とは「鼻」で手本を示した後、動物が鼻(もしくは鼻と前足の両方)を使うこと、および「手」で手本を示した後、動物が前足(もしくは鼻と前足の両方)を使うことです。
特に子犬に関しては手本で「手」を見た場合、「鼻」を見た場合に比べて前足を自発的に使う確率が有意に高いことが明らかになりました。一方、子猫に関しては発現頻度が少なすぎて統計的な計算ができず、子狼に関しては直前に見た「手」本による前足使用への影響は認められませんでした。 Spontaneous action matching in dog puppies, kittens and wolf pups
Fugazza, C., Temesi, A., Coronas, R. et al. . Sci Rep 13, 2094 (2023), DOI:10.1038/s41598-023-28959-5
「見様見真似」は犬の特技?
人間という異種動物を手本とした場合、犬、猫、狼では行動一致の確率に違いが生じることが明らかになりました。人間の行動を模倣したことを示唆するデータが取れたのは犬だけで、狼と猫では対象物に働きかけても模倣とまでは言い切れなかったり、そもそも対象物を注視しないという特徴が確認されました。
犬と狼
犬と狼は群居をベースとする社会的な動物という点で共通していますが、手本を示された後の両者の自発的な行動には違いが見られました。具体的には、人間が直前に「手」で手本を示した後、無人フリーで自発的に使用した鼻の方ではなく、あえて前足を使う傾向が見られたのは犬だけだったという点です。
この事実は生まれ持った社会性のほか、何らかの二次的な要因が動物たちの模倣能力に影響を及ぼしていることを示唆しています。例えば家畜化過程における「人間の方をよく見て従順に言うことを聞く個体を優先的に残す」という選択圧などです。狼が経験しなかったこうしたプレッシャーが犬特有の観察力を生み、その観察力が結果として模倣能力の基礎になった可能性は大いにあるでしょう。
この事実は生まれ持った社会性のほか、何らかの二次的な要因が動物たちの模倣能力に影響を及ぼしていることを示唆しています。例えば家畜化過程における「人間の方をよく見て従順に言うことを聞く個体を優先的に残す」という選択圧などです。狼が経験しなかったこうしたプレッシャーが犬特有の観察力を生み、その観察力が結果として模倣能力の基礎になった可能性は大いにあるでしょう。
犬と猫
犬と猫は人間によって家畜化されたという歴史背景が共通していますが、手本を示された後の両者の自発的な行動には違いが見られました。具体的には、猫は模倣行動以前にそもそも対象物への働きかけ自体を積極的にしないという点です。
しかし犬(2~4万年)と猫(せいぜい1万年)の家畜化の年代記には大きな隔たりがありますし、仮に同時期に家畜化が起こったとしてもそもそも系統的に大きく離れていますので、両者を直接的に比較することは容易ではありません。
現時点では「猫はそもそも人の行動を模倣しない」とか「家畜化の歴史が足りない」ということを断定的に述べることはできないでしょう。ただ当調査内ではデータ不足で統計計算ができなかったものの、猫が前足を使ったトライアル(合計7回)では、直前の手本がすべて「手」だったそうです。無人フリーで選好した鼻を使わず前足に切り替えた理由は猫にしかわかりませんが、ひょっとするとあと数千年かけて家畜化を進めれば、犬と同程度の模倣能力を身につけるかもしれません。
しかし犬(2~4万年)と猫(せいぜい1万年)の家畜化の年代記には大きな隔たりがありますし、仮に同時期に家畜化が起こったとしてもそもそも系統的に大きく離れていますので、両者を直接的に比較することは容易ではありません。
現時点では「猫はそもそも人の行動を模倣しない」とか「家畜化の歴史が足りない」ということを断定的に述べることはできないでしょう。ただ当調査内ではデータ不足で統計計算ができなかったものの、猫が前足を使ったトライアル(合計7回)では、直前の手本がすべて「手」だったそうです。無人フリーで選好した鼻を使わず前足に切り替えた理由は猫にしかわかりませんが、ひょっとするとあと数千年かけて家畜化を進めれば、犬と同程度の模倣能力を身につけるかもしれません。
狼と猫
狼と猫との間で見られた奇妙な一致点は、人がいない時の方が新奇物を注視する確率が高かったという点です。
他の個体の行動を観察して自分のものとする社会的学習の前提条件は「観察」だとされています。模倣と呼べそうな行動が犬でだけ見られ狼と猫で見られなかった理由は、模倣能力の有無以前にそもそも人の方を見ようとしないからなのかもしれません。
あるいはどの動物たちも幼い頃から人間と暮らすことで高度に社会化されていたものの、実験内で手本を示した人物は見知らぬ人だったため完全には警戒心が解けず、「怪しいものとは関わらない」という防衛本能が犬より強く働いた可能性もあります。
他の個体の行動を観察して自分のものとする社会的学習の前提条件は「観察」だとされています。模倣と呼べそうな行動が犬でだけ見られ狼と猫で見られなかった理由は、模倣能力の有無以前にそもそも人の方を見ようとしないからなのかもしれません。
あるいはどの動物たちも幼い頃から人間と暮らすことで高度に社会化されていたものの、実験内で手本を示した人物は見知らぬ人だったため完全には警戒心が解けず、「怪しいものとは関わらない」という防衛本能が犬より強く働いた可能性もあります。
模倣能力のしつけへの応用
現在犬のしつけやトレーニングには古典的条件づけやオペラント条件付けに代表される条件付けの理論が利用されています。
一方、条件付け以外で現在注目されているのが犬の模倣能力を応用した学習法です。口語的に「DAIDメソッド」(Do As I Doの略)などと呼ばれるこの方法論では、人間が直前に見せた行動をリピートすることに対して報酬を与えて強化します。
ネックとなるのは「人の行動を真似る」という概念自体を犬に理解させることが難しいという点ですが、当調査で示された犬の模倣能力を踏まえると少し光明が見えてきます。ポイントは「その場で3回ぐるっと回る」など犬の行動レパートリーにはない不自然な動作をいきなりやらせるのではなく、「前足で対象物を動かす」などすでに行動カタログに登録されている自然な動作を飼い主が手本として示してあげることです。こうすることでよりスムーズに犬の内在的な模倣行動が促されると考えられます。
一方、条件付け以外で現在注目されているのが犬の模倣能力を応用した学習法です。口語的に「DAIDメソッド」(Do As I Doの略)などと呼ばれるこの方法論では、人間が直前に見せた行動をリピートすることに対して報酬を与えて強化します。
ネックとなるのは「人の行動を真似る」という概念自体を犬に理解させることが難しいという点ですが、当調査で示された犬の模倣能力を踏まえると少し光明が見えてきます。ポイントは「その場で3回ぐるっと回る」など犬の行動レパートリーにはない不自然な動作をいきなりやらせるのではなく、「前足で対象物を動かす」などすでに行動カタログに登録されている自然な動作を飼い主が手本として示してあげることです。こうすることでよりスムーズに犬の内在的な模倣行動が促されると考えられます。
先行調査では犬に過剰模倣(ある行為を示された際、最終的な目的を達成するために必要な動作だけでなく、不必要な動作も模倣すること)は起こりにくいと報告されていますので、犬の行動レパートリーを優先的に示すという方法論は理になかっています。