犬の冷却ベストに効果はある?
調査を行ったのはスペインにあるCEUカルデナル・エレーラ大学を中心としたチーム。市販されている犬向けの冷却ベストに気休め以上の効果があるのかどうかを検証するため、現役の軍用犬を対象とした比較実験を行いました。
実験方法
調査に参加したのは臨床上健康な13頭の軍用犬。平均4歳(2~6歳)、オス10頭+メス3頭、ジャーマンシェパード9頭+ベルジャンマリノア4頭という内訳です。体温の調整能力に影響を及ぼす体型については9段階BCS中4~5で、全頭不妊手術は受けていません。「ベスト着用なし」「パッドタイプベスト」「蒸発タイプベスト」という装着パターンを設けた上で規定の訓練(時速10kmで20分間の走行/およそ3.8km)を受けてもらいました。
実験が行われた3日間の外気温は28.4~31.0℃と多少のばらつきがありましたが、気温による隔たりが生じないよう犬たちをどのパターンに振り分けるかはランダムで決められました。
冷却ベストのタイプ
- パッドタイプ相変化材料(Phase Change Material, PCM)をパッド状に成形した冷却ベスト。体幹側面と腹面に接するデザインで重量は1,270 g。パッドを事前に15分ほど冷却した際の効果は最大で4時間続くとされる。
- 蒸発タイプ羊毛フエルト製造体が編み込まれた「Swamp Coolerc」という製品で、吸収した水分に体温を含ませて蒸発を促す仕組みになっている。体幹全体を包みこむデザインで、ちょうど汗をかけない犬の体表面に擬似的な汗腺を分布させるような状態を作り出す。乾燥時の重量は380g、水分を最大まで含んだときが780 g。
実験が行われた3日間の外気温は28.4~31.0℃と多少のばらつきがありましたが、気温による隔たりが生じないよう犬たちをどのパターンに振り分けるかはランダムで決められました。
実験結果
実験の結果、以下のようなデータが取れました。
体温
ベストの装着パターンおよび各タイミングで計測された体温の関係グラフは以下です。
計測のタイミングを度外視して装着パターンごとの体温を比較したところ、「ベストなし」と「蒸発タイプ」の間で統計的に有意なレベルの差異(なし>蒸発)が認められました。蒸発タイプのベストを着用した場合、体温が低く抑えられるということです。
また計測のタイミングに着目して体温を比較した所、「ゴール直後」では「ベストなし>蒸発タイプ」、「ゴール15分後」では「ベストなし>蒸発タイプ」および「ベストなし>パッドタイプ」という統計格差が認められました。
装着 | 犬舎 | 直前 | 直後 | 15分後 |
なし | 38.6 | 38.8 | 41.2 | 40.6 |
パッド | 38.6 | 38.9 | 40.8 | 40.1 |
蒸発 | 38.4 | 38.7 | 40.6 | 39.8 |
また計測のタイミングに着目して体温を比較した所、「ゴール直後」では「ベストなし>蒸発タイプ」、「ゴール15分後」では「ベストなし>蒸発タイプ」および「ベストなし>パッドタイプ」という統計格差が認められました。
血圧
ベストの装着パターンおよび各タイミングで計測された血圧の関係グラフは以下です。収縮期でも拡張期でも統計的に有意なレベルの格差は認められませんでした。
装着 | 犬舎 | 直前 | 直後 | 15分後 |
なし | 123.1 | 121.7 | 113.5 | 114.3 |
パッド | 111.2 | 118.2 | 120.5 | 133.2 |
蒸発 | 113.6 | 126.0 | 125.9 | 130.9 |
装着 | 犬舎 | 直前 | 直後 | 15分後 |
なし | 75.3 | 76.3 | 71.8 | 74.3 |
パッド | 70.4 | 88.5 | 82.8 | 88.3 |
蒸発 | 74.5 | 81.2 | 74.6 | 79.7 |
心拍数
ベストの装着パターンおよび各タイミングで計測された心拍数の関係グラフは以下です。蒸発タイプベストではゴール直後と15分後の間に統計的に有意なレベルの差異が見られました。一方、パッドタイプベストで同様のクールダウン効果は認められませんでした。
Clinical Evaluation of Exercise-Induced Physiological Changes in Military Working Dogs (MWDs) Resulting from the Use or Non-Use of Cooling Vests during Training in Moderately Hot Environments
Mila Benito, Diego Lozano, Francisco Miro, Animals 2022, DOI:10.3390/ani12182347
装着 | 犬舎 | 直前 | 直後 | 15分後 |
なし | 87.9 | 84.5 | 123.4 | 96.2 |
パッド | 78.2 | 86.5 | 108.5 | 96.3 |
蒸発 | 84.8 | 92.3 | 116.2 | 94.2 |
Mila Benito, Diego Lozano, Francisco Miro, Animals 2022, DOI:10.3390/ani12182347
放熱効果は「発汗>氷枕」か
2002年から2012年の期間、使役犬として軍や警察で働く犬の24.8%が外傷を原因とする死を迎えたといいます。ちらほら耳にするニュースから考えると、その中には職務中の熱中症によって命を落とした犬も相当数含まれていると推測されます。今回の調査でも、ベストを着用していない犬では中心体温が最高で熱中症危険域である41.22℃を記録しました。
犬に擬似的に汗をかかせる
今調査では特に「蒸発タイプベスト」のクールダウン効果が高いという可能性が示されました。蒸発タイプを装着した場合、平均温度では0.62℃、運動15分後に限定すると0.77℃も未装着時より低かったといいます。
蒸発タイプのベストは個体状態の水ではなくフェルトに吸収された液体状態の水に熱を吸収させるというコンセプトで一見非効率に見えます。しかし実測値から考えるとこちらの方が放熱効果が高いのかもしれません。ちょうど人間が汗に熱を吸わせて蒸発させるのと同じですね。
蒸発タイプのベストは個体状態の水ではなくフェルトに吸収された液体状態の水に熱を吸収させるというコンセプトで一見非効率に見えます。しかし実測値から考えるとこちらの方が放熱効果が高いのかもしれません。ちょうど人間が汗に熱を吸わせて蒸発させるのと同じですね。
パッドタイプは気休め?
パッドタイプのベストで期待通りの効果が認められませんでした。理由は定かではありませんが、接触面積が少なかった(側面と腹面のみ)とか、冷却が足りなかった可能性が検討されています。効果を高めようとあちこちにパッドを入れてしまうと重くなりすぎて動きの方のパフォーマンスが落ちてしまうので考えものです。また高体温の犬に強引に着せてしまうと、急激な血管収縮からショック状態に陥る危険性すらあります。
人間を対象とした調査では、今回用いられた冷却パッドのような相変化材料(PCM)によって皮膚温と心拍数が下がるとの報告があります。直感的に考えると熱が出た頭に氷水を当てるように、冷たい個体を直に接触させることには効果があるように思えますが、パッドタイプの犬用ベストに関してはまだ実証データが出揃っていないのが現状です。
人間を対象とした調査では、今回用いられた冷却パッドのような相変化材料(PCM)によって皮膚温と心拍数が下がるとの報告があります。直感的に考えると熱が出た頭に氷水を当てるように、冷たい個体を直に接触させることには効果があるように思えますが、パッドタイプの犬用ベストに関してはまだ実証データが出揃っていないのが現状です。
体温調整の重要性
犬を対象とした先行調査では、外気温が上がるほどスタミナが減少するとか、熱ストレスがある状態では嗅覚が著しく低下するといった報告があります。体温制御は犬の健康とパフォーマンスの両方を守るために極めて重要です。
今回効果が示された「蒸発タイプベスト」のようなものが、舌を出して苦しそうに働いている使役犬たちの命の消耗を減らしてくれることを願います。
今回効果が示された「蒸発タイプベスト」のようなものが、舌を出して苦しそうに働いている使役犬たちの命の消耗を減らしてくれることを願います。
人間向けに開発されている冷却クリームは被毛がある犬には使用できません。仮に塗布できたとしても、嗅覚を狂わせかねないメントールや有害成分をなめてしまう危険性がありますので、今後も実用性はないでしょう。