犬の暑熱関連障害リスク・英国編
調査を行ったのはイギリスにある王立獣医大学のチーム。疫学プログラム「VetCompass」に参加している英国内の一次診療施設に蓄積された医療電子データを参照し、熱中症を代表格とする暑熱関連障害(Heat Related Injury, HRI)の治療を受けた患犬たちのデータを統計的に精査しました。
その結果、2016年の1年間では390頭が関わる395症例が見つかり、新規罹患リスクは0.04%(395/905,543)だったといいます。
その結果、2016年の1年間では390頭が関わる395症例が見つかり、新規罹患リスクは0.04%(395/905,543)だったといいます。
地域・原因別のリスク
北西部を基準とした場合、発症リスクが統計的に有意なレベルで高いと判断されたのはロンドンだけで、オッズ比は1.9倍と算定されました。
また調査範囲を2016~2018年に広げ、発症因子が明らかになっている592症例を元データとしたところ、統計的に以下のようなリスクが確認されたそうです。ORはオッズ比で、標準の起こりやすさを「1」としたときどの程度起こりやすいかを相対的に示したものです。数字が1よりも小さければリスクが小さいことを、逆に大きければリスクが大きいことを意味しています。
また調査範囲を2016~2018年に広げ、発症因子が明らかになっている592症例を元データとしたところ、統計的に以下のようなリスクが確認されたそうです。ORはオッズ比で、標準の起こりやすさを「1」としたときどの程度起こりやすいかを相対的に示したものです。数字が1よりも小さければリスクが小さいことを、逆に大きければリスクが大きいことを意味しています。
地域・原因別のHRI発症リスク
- ロンドン乗り物を原因とする発症リスク:OR0.13/建物を原因とする発症リスク:OR3.36
- 南東部運動を原因とする発症リスク:OR2.15
- 北東部環境を原因とする発症リスク:OR3.05
- ウェールズ乗り物を原因とする発症リスク:OR4.17
重症化リスク
2016~2018年に取り扱った592症例を元データとした場合、暑熱関連障害が重症化するリスク因子がいくつか明らかになりました。
- 運動に起因するHRIを基準とした場合、乗り物に起因するHRIでは重症化するリスクが3.03倍
- 2歳以下に比べ12歳以上では重症化リスクが5.89倍
- 2歳以下に比べ2~8歳の年齢層は2.04~3.12のリスク増大傾向(※非有意含む)
- 10kg未満を基準とした場合、10~20kgの重症化リスクは2.71倍
死亡発展リスク
2016~2018年に取り扱った592症例を元データとした場合、暑熱関連障害が死亡にまでつながるリスク因子がいくつか明らかになりました。
Emily J. Hall , Anne J. Carter, Guaduneth Chico, et al., Vet. Sci. 2022, 9(5), 231; DOI:10.3390/vetsci9050231
- 2歳以下を基準とした場合、8~10歳の死亡リスクは3.55倍、10~12歳は7.29倍、12歳超は8.87倍
- 中頭種を基準とした場合、短頭種の死亡リスクは3.01倍
- 軽症を基準とした場合、中等度の死亡リスクは2.70倍、重症は64.92倍
Emily J. Hall , Anne J. Carter, Guaduneth Chico, et al., Vet. Sci. 2022, 9(5), 231; DOI:10.3390/vetsci9050231
犬における熱中症のリスク要因
大規模な症例データを元に解析した結果、犬の熱中症リスクは複数の要因によって増大することが明らかになりました。これらを予防することが発症予防につながります。
犬の身体的な因子
中頭種を基準とした場合、短頭種の死亡リスクは3.01と算定されました。このことから短頭種気道症候群(BOAS, 鼻腔狭窄)による体温調整能力の低下が熱中症の悪化要因になっていることが伺えます。
また2歳以下を基準とした場合、重症化リスクにしても死亡リスクにしても加齢に伴って増大することが明らかになりました。こちらは老齢化に伴う体温調整能力の低下が原因だと考えられます。
地域因子
2016年に限定した場合、ロンドンにおける発症率(0.082%)がその他の地域全体(0.04%)に比べて倍近いことが明らかになりました。これには都市部で見られるヒートアイランド現象が関連しているものと考えられています。
Brunel University London
またロンドンでは建物内密閉による発症リスクが3.36倍でしたので、田舎に比べて賃貸住宅が多く、結果として空調の悪い狭い室内に閉じ込められるという状況が生まれやすいのかもしれません。あるいは室内で過ごす時間が長いため屋外運動で熱順応する機会が少なくなり、急な気温の上昇に体がついて行かず熱がこもってしまうという可能性も考えられます。
乗り物因子
啓蒙キャンペーン「Dogs Die in Hot Cars」を展開しているにも関わらず、イギリス国内では毎年必ずと行っていいほど車内放置による犬の死亡事例がニュースになります。今回の調査でも、自家用車の世帯所有率が30%程度と低いロンドンで最低(OR0.13)、7~8割超と高いウェールズで最高(OR4.17)を記録しましたので、密閉空間を作り出す乗り物へのアクセスのしやすさが、犬における熱中症リスクにそのままつながっているものと推測されます。
Car and van availability(RAC Foundation)
乗り物に起因する暑熱関連障害はWBGT(※)が10 ℃未満でも発生することが明らかになりましたので、飼い主の自覚が重要です。
- WBGT
- WBGT(Wet Bulb Globe Temperature, 湿球黒球温度)とは、湿度、日射・輻射、気温という3つの要素を取り入れて算出される暑さの指標。「暑さ指数」とも呼ばれ、単位は「℃」で表されるが単なる温度とは別の意味を持つ。 環境省熱中症予防情報サイト 暑さ指数とは?
犬の熱中症を予防するには?
犬における暑熱関連障害のリスクファクターを概観したことで、予防策も見えてきました。従来のアドバイスと比べて真新しい部分はありませんが、最低限以下の項目は鉄則として守っていく必要があります。
熱中症がひとたび重症化すると、たとえ治療を施しても死亡リスクは65倍に跳ね上がります。早期発見と早期治療が重要です。
寒い時期に運動させてある程度体を慣らしておくことは重要ですが、-5.5~11.7 ℃という低気温でも体内温度が42.5 ℃を超えるという報告があり、今調査でもWBGT(暑さ指数)が3.3 ℃とかなり低い環境下でも激しい運動により熱中症にかかることが確認されました。涼しい~寒い季節でも気を抜かず、運動中の犬の様子を観察しておくことが必要でしょう。熱中症がひとたび重症化すると、たとえ治療を施しても死亡リスクは65倍に跳ね上がります。早期発見と早期治療が重要です。
マズルが短い鼻ぺちゃの短頭種や高齢の犬では熱中症の発症リスクがぐんと高まります。飼い主の知識さえあれば十分に予防が可能ですので季節に関わらず注意しましょう。