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犬との散歩が飼い主の健康に及ぼす影響~GABAを介した心身へのプラス作用あり

 犬との散歩が飼い主の健康にプラスの影響をもたらすことは直感的に理解できますが、客観的なデータとして数値化はできるのでしょうか?ホルモンと神経伝達物質という切り口から検証実験が行われました。

犬との散歩による体内変化

 調査を行ったのはヤマザキ動物看護大学。犬との散歩が飼い主にもたらす影響を明らかにするため、唾液に含まれるホルモンおよび脳内の神経伝達物質という切り口から検証実験を行いました。
 実験に参加したのは犬と飼い主のペア合計34組。飼い主の74%は女性で年齢は45~75歳。犬は純血種9種とミックス犬からなり、臨床上健康で肥満体型ではないことが条件とされました。
 基本的な実験方法は「一人だけで歩く」と「犬を連れて歩く」という2種類のバージョンを設けた上で、ペアが普段使用している散歩コース2kmを朝(6時~9時)と夕方(17時~20時)の2回に分け、毎分80mの速度で30分ほどかけて歩くというものです。
 検体となる唾液を採取するタイミングは散歩の前、散歩開始から15分後、散歩終了時(=散歩開始から30分後)、散歩終了から10分後の4ポイントとされました。

実験1:ホルモンへの影響

 参加したのは飼い主と犬のペア10組。散歩の前後において事前に決められたタイミングで飼い主と犬の両方から唾液を採取し、中に含まれるオキシトシンとコルチゾールレベルを測定しました。前者は「愛情ホルモン」の異名を持ち動物間(異種・同種)の親和や友愛に関与するホルモン、後者はストレスの度合いを反映すると考えられているホルモンです。
飼い主のホルモン変化
  • オキシトシン犬の有無に関わらず散歩後に増加傾向を示したが統計的には非有意
  • コルチゾール犬の有無やスケジュールに関わらず不変
犬のホルモン変化
  • オキシトシン散歩による変動は見られなかったが、濃度は人の4倍高かった
  • コルチゾール散歩による変動は見られなかったが、濃度は人の1/2だった
犬と人の唾液中における散歩前後のコルチゾールレベル変動グラフ 犬と人の唾液中における散歩前後のオキシトシンレベル変動グラフ

実験2:神経伝達物質への影響

 参加したのは飼い主と犬のペア14組。事前に決められたタイミングで飼い主と犬の両方から唾液を採取し、中に含まれる「MHPG」「DOPAC」「GABA」を測定しました。MHPGは不快感やフレイルティ(要介護一歩手前の虚弱状態)と関連が深いノルアドレナリンの代謝産物、DOPACはバイタリティと関連が深いドーパミンの代謝産物、GABAは抑制性機能を持つ神経伝達物質の一種です。
飼い主の伝達物質変化
  • MHPG個人差が大きかった/独りで歩いている時にMHPGは減少傾向を示したが統計的には非有意/犬と散歩している最中及び散歩後に減少傾向を示した/独りで歩いた後のMHPG濃度は犬と歩いた後のそれよりも統計的に有意なレベルで低かった
  • DOPAC散歩による変化はみられなかった
  • GABA犬との散歩後に39.6%(前0.91→後1.27μM)増加した
犬の伝達物質変化
  • MHPG飼い主のMHPGレベルは平均して犬の3.6倍も高かった
  • DOPAC犬たちのDOPACレベルは散歩によって変化しなかったものの飼い主のそれより有意に低かった
  • GABA犬たちのGABAレベルはMHPGと負の相関関係にあった
Hormonal and Neurological Aspects of Dog Walking for Dog Owners and Pet Dogs
Animals 2021, 11(9), Junko Akiyama, Mitsuaki Ohta, DOI:10.3390/ani11092732

大きいのはGABAによる抑制効果?

 犬との散歩が飼い主の心身にどのような影響を及ぼすかを、ホルモンおよび神経伝達物質という側面から調べた結果、犬を連れているかどうかによって一部の項目に明白な違いが見られました。

ホルモンの変化は微小

 ホルモンに関してはオキシトシンにしてもコルチゾールにしても散歩や犬の有無による明白な影響は見られませんでした。同様に、犬の唾液内ホルモンにも統計的に有意なレベルの格差が見られませんでした。これは真新しい事実ではなく過去に行われた先行調査でも報告されている部分です。
 犬との散歩が何の影響も持っていないというよりは、少なくとも唾液に含まれるホルモンレベルには影響が反映されないと考えたほうが真実に近いのかもしれません。

GABAによる抑制作用

 神経伝達物質に関してはノルアドレナリンの代謝産物であるMHPGで統計的に有意な格差が認められました。具体的には犬なし散歩時の平均濃度が279.6 ± 71.3 ng/mLに対し、犬と散歩時のそれが41.7 ± 12.8 ng/mLというかなり大きいものです。さらにMHPGが低いとGABAが高くなるという負の関係が併せて確認されたことからGABAがノルアドレナリン作動性神経に対して抑制性の機能を発揮し、結果として代謝産物であるMHPG濃度が低下したものと推測されました。
 調査チームはノルアドレナリンが神経学的に不快感、ストレス、フレイルティに関わっていることから考え、犬との散歩が高齢者の老化防止に役立つだろうとの見解を述べています。
 また犬においても飼い主同様、MHPGが低いとGABAが高くなるという負の関係が見られたことから、犬にとっての散歩がポジティブな意味を持つことは間違いないだろうとも。

情報の独り歩きに注意

 今回の調査では独り歩きよりも犬を連れていたほうがGABAによる老化防止効果の恩恵を受けやすい可能性が示されました。2022年に東京都健康長寿医療センターが行った調査でも「犬を飼育している場合、高齢者の要介護認定率が低くなる」との結論に至っています。 要介護(支援)認定リスクは犬を飼っている高齢者で低い~散歩習慣がフレイルを予防する?  ここで注意すべきは、この種の調査報告は結論だけが独り歩きし、高齢者によるペット飼育を推進する生体販売業界に「犬を飼うと長生きできる!」といった形で悪用されてしまう危険性をはらんでいる点です。
 情報を伝える際は高齢者におけるペット動物の飼育放棄が社会問題化している事実と抱き合わせることが重要となるでしょう。 東京都が高齢者によるペット飼育放棄に歯止め