犬マッサージの効果・調査方法
調査を行ったのはイギリスにあるウィンチェスター大学を中心としたチーム。2018年7月~9月の期間、犬のリハビリに特化したマッサージセラピーを行う施術者団体「Canine Massage Guild」に所属している会員に協力してもらい、犬の筋骨格系に働きかける「レントン・メソッド(Lenton Method)」と呼ばれるマッサージにどのような効果があるのかを検証しました。概要は以下です。
調査概要
- 患犬獣医師により軟部組織の損傷、筋筋膜や筋骨格の痛みがあると診断され、代替療法としてマッサージを3~4週間あけて1~3回受けた犬たち。71犬種から構成される純血種が72%、ミックス種が28%。「自身の施術経験の中で代表的と思える患犬」という漠然とした基準でデータを選んでもらった結果、最終的には65人の施術者から527頭分のデータが収集された。
- マッサージ施術者「Canine Massage Therapy Centre Ltd」が提供する2年間のカリキュラムを修了し、「Canine Massage Guild」に有資格者として登録されている施術者。国はイギリス、アイルランド、チャネル諸島、スペイン。
- マッサージテクニックレントン・メソッドと呼ばれる多段階アプローチ法。第一段階では全身に分布する60対からなる筋肉や筋膜を念入りに触診して問題点を把握。第二段階では体のどの部位に問題があるかを視覚的にマッピングし、エフララージ、ペトリサージ、振動、フリクション、叩打などで体の表面を温める。第三段階では7つのマッサージプロトコルを用いてピンポイントで圧や刺激を加え、問題点にアプローチする。
痛みの5指標
- 歩様歩行中の足並みの乱れ、可動域、荷重不全、屈曲や回旋、ホッピング、横歩き
- 姿勢静止時の各部位のアライメント(整列)、脊柱後弯、振戦、しっぽの異常、前肢の回外や回内
- 日常の活動動きたがらない、歩くのが遅い、起きるのがつらそう、階段や車の昇降ができない
- 行動触られるのを嫌がる、自傷行為、強迫性行動、攻撃性の亢進、沈鬱(元気がない)、不安、広場恐怖症、スクーティング(お尻を引きずる)
- パフォーマンス作業犬や猟犬の成績低下
犬マッサージの効果・調査結果
527頭中492頭(93.4%)では治療にポジティブ(好転的)に反応したと評価されました。
痛みの各項目に含まれる問題の数は施術を重ねることで減ることはありませんでした(歩様2/姿勢1/日常の活動2/行動1/パフォーマンス1未満)が、痛みの重症度に関しては回を重ねるごとに統計的に有意なレベルの減少が段階的に見られたといいます。少なくとも1項目で重症度の改善が見られた割合は全体の93%におよび、施術前の重症度中央値2.4に対し、3回に及ぶ施術後のそれは1.4にまで減少しました。また施術前後における重症度の具体的な減少率は以下です。
Riley LM, Satchell L, Stilwell LM, Lenton NS., Veterinary Record(2021), DOI:10.1002/vetr.586
痛みの各項目に含まれる問題の数は施術を重ねることで減ることはありませんでした(歩様2/姿勢1/日常の活動2/行動1/パフォーマンス1未満)が、痛みの重症度に関しては回を重ねるごとに統計的に有意なレベルの減少が段階的に見られたといいます。少なくとも1項目で重症度の改善が見られた割合は全体の93%におよび、施術前の重症度中央値2.4に対し、3回に及ぶ施術後のそれは1.4にまで減少しました。また施術前後における重症度の具体的な減少率は以下です。
痛みの減り具合
- 歩様=54%減
- 姿勢=60%減
- 日常の活動=54%減
- 行動=51%減
- パフォーマンス=41%減
Riley LM, Satchell L, Stilwell LM, Lenton NS., Veterinary Record(2021), DOI:10.1002/vetr.586
犬マッサージは痛みを和らげる
人間を対象としたメタ分析では「マッサージによって肩と膝の痛みが和らぐ(:Bervoets, 2015)」といった報告がある一方、一般的に人医学におけるマッサージ療法のエビデンスグレードは低く、「専門家の逸話レベル」という最低評価(グレード4)を受けることも少なくありません。
犬を対象として鍼灸とマッサージセラピー を並行して行った盲検調査でも、筋骨格系の痛みは有意に改善したものの、マッサージだけで効果が出るかどうかまでは証明できなかったとされています(:Lane, 2016)。
今回の調査も二重盲検ではない(犬がマッサージ療法を受けたことを施術者も飼い主も知っている)、評価者のバイアスがかかっている(データの抽出段階で最も効果の出た症例を積極的に選んだ可能性が高い)、ランダム抽出ではない(施術者の自主的な参加に任されている)などの不備があるため、エビデンスグレードはそれほど高いとは言えません。例えば「好転反応が高い確率で見られる技術レベルの高い施術者にデータが偏っているのでは?」という指摘に対してはうまく反論できないでしょう。
犬を対象として鍼灸とマッサージセラピー を並行して行った盲検調査でも、筋骨格系の痛みは有意に改善したものの、マッサージだけで効果が出るかどうかまでは証明できなかったとされています(:Lane, 2016)。
今回の調査も二重盲検ではない(犬がマッサージ療法を受けたことを施術者も飼い主も知っている)、評価者のバイアスがかかっている(データの抽出段階で最も効果の出た症例を積極的に選んだ可能性が高い)、ランダム抽出ではない(施術者の自主的な参加に任されている)などの不備があるため、エビデンスグレードはそれほど高いとは言えません。例えば「好転反応が高い確率で見られる技術レベルの高い施術者にデータが偏っているのでは?」という指摘に対してはうまく反論できないでしょう。
犬の筋膜性疼痛症候群?
筋膜性疼痛症候群(myofascial pain syndrome)とは筋肉の部分的な索状硬結と痛みを特徴とする病態のことです。物理的に力を加えるとその部位だけでなく、周辺部にまで強い痛みを引き起こす圧痛点は「発痛点」(トリガーポイント)、圧を加えた部分から遠く離れた部位に生じる広範囲の疼痛は「関連痛」などと呼ばれます。例えば以下は人間の体で多く報告されているトリガーポイント(赤い丸)です。ここを強く押すとぼんやりした痛みが周辺だけでなく遠くの領域にまで発生します。
医学的に証明されているわけではないものの、筋膜性疼痛症候群の病態生理に理屈をつけることはできます。例えば「痛みによるスパズムなどで筋肉に索状の硬結部が発生→その部分で酸素欠乏が起きる→血液中の血漿からブラジキニンなどの発痛物質が生成される→周辺のポリモーダル受容器(感覚神経の末端)に取り込まれ、痛みの電気信号に変換されて神経を伝わり、脳に達して痛みを感じる」などです(:Bennett, 2007)。
今回の調査で採用された「レントン・メソッド」とはそもそも筋筋膜トリガーポイントの存在を前提とし、それに対してアプローチするための療法ですが、筋膜性疼痛症候群という概念自体医学的にはっきりとは解明されておらず、また犬における存在が実証されていない点は念頭に置く必要があるでしょう。
筋筋膜の痛み軽減には有望
エビデンスが強固とは言い難く、元データにバイアスがかかっており、評価自体が主観的とは言え、患犬の93.4%において好転反応が見られたという数値は注目に値します。
施術によって本当に筋筋膜の問題が解決したのかもしれませんし、問題点は解決していないものの人と物理的に接触することによって鎮痛系の内因性ホルモン(エンドルフィン)が分泌されて痛みの感じ方が軽くなったのかもしれません。 調査チームも背景のメカニズムまでは解明できませんでしたが、犬に対するマッサージ療法(レントンメソッド)には筋筋膜および筋骨格の痛みの重症度を軽減する効果があると結論づけています。ただしマッサージの目的はあくまでも筋肉への過負荷を緩和することであり、過負荷の原因を取り除くことではないとも言及しています。例えば変形性関節症(軟骨の摩滅や骨棘)や肥満が根本原因としてある場合、優先的に行うべきは代替療法ではなく、医療や食事療法という意味です。
施術によって本当に筋筋膜の問題が解決したのかもしれませんし、問題点は解決していないものの人と物理的に接触することによって鎮痛系の内因性ホルモン(エンドルフィン)が分泌されて痛みの感じ方が軽くなったのかもしれません。 調査チームも背景のメカニズムまでは解明できませんでしたが、犬に対するマッサージ療法(レントンメソッド)には筋筋膜および筋骨格の痛みの重症度を軽減する効果があると結論づけています。ただしマッサージの目的はあくまでも筋肉への過負荷を緩和することであり、過負荷の原因を取り除くことではないとも言及しています。例えば変形性関節症(軟骨の摩滅や骨棘)や肥満が根本原因としてある場合、優先的に行うべきは代替療法ではなく、医療や食事療法という意味です。
当調査は筋筋膜に問題を抱えた犬に対する特定テクニック(レントンメソッド)の効果を評価したものです。素人の飼い主が日常的に行っている「ふれあい」とは少し意味合いが違います。