犬のストレス反応調査
調査を行ったのはポーランドにあるルブリン生命科学大学のチーム。ストレスを受けた犬が見せる反応に性別や側性(=利き足)がどのような影響を及ぼすかを確かめるため、「動物病院」というストレスに満ちた状況を利用した検証実験を行いました。
調査対象となったのはルブリンにある動物病院を受診した一般家庭で飼育されているペット犬40頭。オスメス同数で平均年齢は3.91歳、体の大きさ(4.5~22kg)や品種(純血種4頭+ミックス36頭)はバラバラです。獣医師によるチェックにより不妊手術を受けていないことと、臨床上健康であることが確認されたほか、飼い主への聞き取りから特別な行動訓練を受けていないこと、および極端な攻撃性や恐怖症を示さないことが事前に確認されました。具体的な実験手順は以下です。
Karpinski M., Ognik K, Garbiec A, Czyzowski P, Krauze M..Animals2021,11, 331.https://doi.org/10.3390/ani11020331
実験手順
- 孤立後の採血犬にストレスがかかる状況を作るため、動物病院内にある窓がない3m四方の室内に設置された犬小屋の中に、飼い主と離れた状態で5分間置かれた後に採血が行われました。
- なでた後の採血1回目の病院訪問から2~4週間経過したタイミングで2度目の訪問スケジュールが組まれ、病院の待合室で飼い主が犬に優しく話しかけながら5~10分間、首や胸元を撫でた後、飼い主がいない状況で採血が行われました。
- 犬の利き足調査犬の好物を詰めたコングを目の前に置き、固定する際に最初に用いる前足がどちらかを記録する「コングテスト」が120~130回行われました。内訳は動物病院への最初の訪問時に20~30回と、自宅において100回です。利き足の判定基準はZスコア1.96以上が右利き、-1.96以下が左利き、その中間が両利き(利き足なし)と設定されました。
Karpinski M., Ognik K, Garbiec A, Czyzowski P, Krauze M..Animals2021,11, 331.https://doi.org/10.3390/ani11020331
「なでる」ことによる変化
利き足調査の結果、オス犬もメス犬も右利き8頭と左利き12頭というきれいな分かれ方をし、両利きは1頭もいなかったといいます。また採血した血液中の各種神経伝達物質濃度を調べた結果、以下のような数値になりました。
ノルアドレナリン
ノルアドレナリンはドーパミン同様、興奮性の神経伝達物質に属し、体内に放出されることによって交感神経系が優位になります(=覚醒状態になる)。
オス犬とメス犬を比較した場合、以下のグラフで示すようにオス犬の方が体内濃度が高く、また飼い主がなでた後の上昇率も大きいことが判明しました。 右利きと左利きを比較した場合、以下のグラフで示すように体内濃度に関しては右利きの方が高く、なでた後の上昇率に関しては左利きの方が大きいことが判明しました。
オス犬とメス犬を比較した場合、以下のグラフで示すようにオス犬の方が体内濃度が高く、また飼い主がなでた後の上昇率も大きいことが判明しました。 右利きと左利きを比較した場合、以下のグラフで示すように体内濃度に関しては右利きの方が高く、なでた後の上昇率に関しては左利きの方が大きいことが判明しました。
セロトニン
セロトニンはGABA同様、抑制性の神経伝達物質に属し、体内に放出されることによって副交感神経系が優位になります(=リラックスする)。
オス犬とメス犬を比較した場合、以下のグラフで示すようにオス犬の方が体内濃度が高いことが判明しました。また飼い主がなでた後、メス犬では値が上昇したのに対し、オス犬では微減するという性差が確認されました。 右利きと左利きを比較した場合、以下のグラフで示すように体内濃度に関しては右利きの方が高いことが判明しました。またなでた後の上昇率に関してはどちらも同程度(+5%:+7%)でした。
オス犬とメス犬を比較した場合、以下のグラフで示すようにオス犬の方が体内濃度が高いことが判明しました。また飼い主がなでた後、メス犬では値が上昇したのに対し、オス犬では微減するという性差が確認されました。 右利きと左利きを比較した場合、以下のグラフで示すように体内濃度に関しては右利きの方が高いことが判明しました。またなでた後の上昇率に関してはどちらも同程度(+5%:+7%)でした。
コルチゾール
コルチゾールは何らかのストレスが掛かった時に血中に放出される分子で、別名「ストレスホルモン」とも呼ばれます。
オス犬とメス犬を比較した場合、以下のグラフで示すようにオス犬の方が体内濃度が高いことが判明しました。またなでた後の減少率に関してオス犬の方がやや大きいことが明らかになりました(-12%:-17%)。 右利きと左利きを比較した場合、以下のグラフで示すように右利きではほとんど値に変化が見られなかったのに対し、左利きでは大幅に減少するという違いが確認されました。
オス犬とメス犬を比較した場合、以下のグラフで示すようにオス犬の方が体内濃度が高いことが判明しました。またなでた後の減少率に関してオス犬の方がやや大きいことが明らかになりました(-12%:-17%)。 右利きと左利きを比較した場合、以下のグラフで示すように右利きではほとんど値に変化が見られなかったのに対し、左利きでは大幅に減少するという違いが確認されました。
側性や性別と犬のストレス反応
「感情価理論」では、犬にとってポジティブな刺激は左半球で処理され、ネガティブな刺激は逆に右半球で処理されるとされています。この仮説を裏付けるかのように、右半球優位の犬(=左の前足を頻繁に使う犬)は恐怖反応や攻撃性が強いとか、右半球優位の犬(=左利きの犬)より左半球優位の犬(=右利きの犬)の方が穏やかといった調査報告もあります。
犬の側性とストレス反応
犬の側性(利き足)に着目した場合、当調査では抑制的に働くセロトニンのレベルが孤立後でもなでた後でも、左利きより右利きの犬の方が高値を示しましたので、上記した感情価理論が部分的に追認されたことになります。またストレス性のコルチゾールレベルに関しては左利きの犬でだけ大幅な減少が確認されましたので、なでることによるストレス緩和効果は左利きの犬の方が大きいのかもしれません。
ただし興奮性のノルアドレナリンレベルに関しては左利きの犬の方が大幅な上昇を示していますので、ストレスが緩和すると同時に覚醒度が高まるという、一見矛盾するような変化が体内で生じている可能性も伺えます。
ただし興奮性のノルアドレナリンレベルに関しては左利きの犬の方が大幅な上昇を示していますので、ストレスが緩和すると同時に覚醒度が高まるという、一見矛盾するような変化が体内で生じている可能性も伺えます。
犬の性別とストレス反応
過去に行われた調査では、メス犬の体内ではエストロゲン濃度が高く、カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ(COMT)を活性化して肝臓中におけるノルアドレナリンをオス犬より効率的に分解できるなどの性差が報告されています。
犬の性別に着目した場合、当調査でも興奮性のノルアドレナリンレベルが「メス<オス」という勾配を見せましたので、上記報告が部分的に追認されたことになります。またノルアドレナリンだけでなく、抑制性のセロトニンでもストレス性のコルチゾールでも同様の格差が見られましたので、少なくとも不妊手術前の段階においては、オス犬よりメス犬の方がストレス環境にうまく適応できるのかもしれません。
犬の性別に着目した場合、当調査でも興奮性のノルアドレナリンレベルが「メス<オス」という勾配を見せましたので、上記報告が部分的に追認されたことになります。またノルアドレナリンだけでなく、抑制性のセロトニンでもストレス性のコルチゾールでも同様の格差が見られましたので、少なくとも不妊手術前の段階においては、オス犬よりメス犬の方がストレス環境にうまく適応できるのかもしれません。
動物病院では犬をなでよう
過去に行われた調査では、犬を撫でることによるプラスの効果が数多く報告されています。たとえばシェルターに保護された犬たちを15分間撫でることにより血中コルチゾールレベルが低下したとか、犬を優しく撫でることでストレス反応が軽減してオキシトシンの分泌が促されるなどです。
当調査でも犬の性別や利き足に関わらず、飼い主が5~10分間なでた後においておおむねコルチゾールレベルの低下が確認されましたので、動物病院というストレスフルな環境下では飼い主が積極的に犬をなでてストレスレベルを低下させてあげるのが良さそうです。「飼い主に撫でられる」というポジティブな快感と「動物病院」というネガティブな環境をうまくリンクすれば、今まで苦手だったものが逆に好きになる「拮抗条件付け」が自然に促されるでしょう。ただしワンワン吠えていないタイミングを見計らって下さい。
不妊手術によって体内のホルモンバランスが変わり、ストレス反応にも変化が生じるかもしれません。詳しくは以下のページをご参照下さい。