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犬の頭が良くなる腸内細菌はあるのか?~腸脳軸を介した消化管と脳の関係

 腸内細菌叢(フローラ)と脳の機能とは、神経伝達物質を介して密接に関連しているとされています。では犬の頭をよくする特定の細菌はあるのでしょうか?

犬の腸内フローラと短期記憶能力

 調査を行ったのはハンガリーにあるエトヴェシュ・ロラーンド大学動物学部のチーム。一般家庭で飼育されている29頭の犬たち(オス14頭 | 平均年齢9.7歳 | 平均体重23.3kg | 純血種17頭)を対象として空間視覚認識に関連した短期記憶能力テストを行った直後に便サンプルを採取し、中に含まれている腸内細菌叢の構成を次世代DNAシーケンスと呼ばれる最新技術で解析しました。
短期記憶能力テスト
 半円形に沿って5つの容器を等間隔で配置し、どれか1つにだけおやつを入れる。2m離れた地点から犬にその様子を見せた上で一旦退室させ、30秒間待たせた後で再び入室させる。 犬の空間視覚認識・短期記憶力テストの概要  犬が隠した場所を記憶していれば正解の容器に直行し、逆に記憶していなければ何も入っていない不正解の容器をクンクンした後で正解にたどり着く。この試験を5回繰り返し、不正解の回数が少ないほど記憶力が良い、不正解の回数が多いほど記憶力が悪い(=空間視覚認識に関する短期記憶能力が衰えている)と判断する。
 調査の結果、「犬の年齢が高まるほどフソバクテリウム門の割合が低い」および「犬の認知能力が高いほどアクチノバクテリア門の割合が低い」という関連性が確認されたといいます。一方、それ以外の関係性は門(phylum)レベルでも、その下位に位置する科(family)レベルでも、さらにその下位に位置する属(genus)レベルでも確認されなかったとのこと。
 こうした結果から調査チームは腸内細菌が「腸-脳軸」を通じて認知能力に影響を及ぼしている可能性があると指摘しています。
Gut Microbiome Composition is Associated with Age and Memory Performance in Pet Dogs
Animals 2020, 10(9), 1488; Eniko Kubinyi, Soufiane Bel Rhali, et al., DOI:10.3390/ani10091488

腸と脳をつなぐ軸とは?

 マウスやラットなどのげっ歯類を対象とした調査では、神経系の発達が腸内細菌叢の影響を受ける可能性が示唆されています。また人間においては腸内細菌叢の構成がうつ病、不安症、自閉症といった疾患のほか、パーキンソン病やアルツハイマー型痴呆症といった神経変性型の疾患と関係があると指摘されています。
 メカニズムとして想定されているのは「腸-脳軸」(Gut-Brain Axis)で、平たく言うと腸内細菌が作り出す代謝産物が神経伝達物質として機能することにより、脳を遠隔的に操作しているというものです。具体的にはラクトバシラス(乳酸桿菌)やビフィドバクテリウム(ビフィズス菌)がセロトニン、メラトニン、ヒスタミンの生成に関わっているとか、アミノ酸派生物がGABAやアセチルコリンの生成に関わっているとか、脂肪酸派生物がドーパミンやノルアドレナリンを代表とするカテコールアミン類の生成に関わっているなどが報告されています。

犬の頭を良くする細菌?

 今回の調査によりアクチノバクテリア門が犬の認知能力に影響を及ぼしている可能性が示されました。しかし「門」というのは系統分類的にはかなり上位に位置する概念です(門>綱>目>科>属)。その下位には膨大な種類の細菌が含まれますので、現時点では「○○を摂ったら腸-脳軸を通して犬の頭が良くなる!」と声高に宣伝できる段階では到底ありません。
 アクチノバクテリア門の豊富さが認知機能の低下に関わっているという関係性は、人間のアルツハイマー患者の腸内ではアクチノバクテリアが多く観察されたという報告と一致します。その一方、犬の加齢とともにフソバクテリウム門が低下するという知見は、100歳以上の超高齢者ではフソバクテリウム門の割合が高くなるという報告と相反します。犬と人間の腸内では、細菌がそもそも全く違った存在意義を持っている可能性がうかがえます。

犬の腸内フローラは未知の分野

 犬を対象とした腸内フローラの研究は非常に多く行われていますが、調査結果がピッタリ一致するという事はまずありません。たとえば今回の調査でも、過去に日本の調査班が報告した「犬の年齢が上がるにつれて乳酸桿菌の割合が減る」とか「加齢とともに腸内フローラの多様性が減少する」という傾向は確認されませんでした。腸内細菌の構成には普段の食事のほか犬の年齢、飼育環境、犬種、健康(免疫)状態などが作用しますので、一般化して考えるのはそれほど容易ではないようです。
 ドッグフードの中にはあたかも既成事実のように「犬の老化を防止する」とか「犬の認知機能を高める」と謳ってプロバイオティクス(※腸内細菌に働きかける細菌群)を添加している商品がありますが、因果関係がはっきりと証明されたものはありません。先述したように人間と犬では違った働きをする可能性も指摘されていますので、人間にとって健康に良いと呼ばれているものが犬にとっても良いとは限らないという事、および場合によっては逆にディスビオーシス(腸内フローラの撹乱)を招く可能性があることは念頭に置いておく必要があるでしょう。
詳しくは「犬の腸内フローラ」でも解説してあります。