虫入りペットフードとは?
2020年11月、ペットフードブランド大手の「Nestle Purina」が虫を原材料として使った犬猫向けフード「Purina Beyond Nature's Protein」をスイス国内で試験的に販売すると発表して話題になりました(:Nestle, 2020)。
一瞬悪い冗談にも聞こえますが、実は人間界においても国際連合食糧農業機関(FAO)がタンパク質の代替供給源として虫を推奨するなど、「食虫」(Entomophagy)の重要性が強調されています。主な理由は以下です(:Anankware, 2015)。
食虫のメリット
- 食糧不足の解消地球の人口は2050年までに90億人を超え、それに伴って食料の消費量が2倍になると推計されています。虫由来のタンパク質は従来の畜産では供給しきれない分を補ってくれるのではないかと期待されています。
- 持続可能性の実現自国内で自給自足できるようになれば、食料を輸入に頼らない持続可能性が部分的に実現できると考えられています。
- 地球温暖化の防止食用虫はメタン始めとした温室効果ガスの放出量が少ない~全くないため、地球温暖化を遅らせることができると期待されています。例えば以下はタンパク質1kgを得るまでに必要となる二酸化炭素換算量の一覧グラフです。数値は地球温暖化係数(GWP)を示しており、大きいほど大量の温室効果ガスを環境中に放出していることを意味します(:Beynen, 2018)。なおBSFLはアメリカミズアブの幼虫、YMWはイエローミールワームのことです。
- 生産効率の向上虫は体の燃費が良いためそれほど大量の餌を必要としません。例えばコオロギで一定量のタンパク質を作り出すために必要となる餌の量を推計すると、ウシの1/12、ヒツジの1/4、ブタやニワトリの1/2で済むとされています。家畜や家禽に比べて飼育するのに要する場所が小さく、またライフサイクルが早いため、単位面積あたりの生産効率が向上すると見積もられています。
虫入りフードは犬猫に安全?
野生のオオカミを対象とした50の調査のうち5つ(10%)では、消費されたバイオマス全体の中に占める割合は微々たるものだったものの、食事内容に虫が含まれていたと報告されています。オオカミから分岐して雑食に変化なったイエイヌにとって、虫を食べることが果たして自然なのかどうかはわかっていませんが、少なくとも虫入りのドッグフードが毛嫌いされるということはないようです。
一方、屋外環境に暮らしている猫を対象とした30の調査のうち、26(87%)では虫が食事内容に含まれていたと報告されています。また食事内容のおよそ6%を昆虫が占めていたという調査結果もあることから、猫にとって虫は主食とまでは言わないまでも「おかず」程度の意味合いを持っているのかもしれません(:Bosch, 2020)。
一方、屋外環境に暮らしている猫を対象とした30の調査のうち、26(87%)では虫が食事内容に含まれていたと報告されています。また食事内容のおよそ6%を昆虫が占めていたという調査結果もあることから、猫にとって虫は主食とまでは言わないまでも「おかず」程度の意味合いを持っているのかもしれません(:Bosch, 2020)。
そもそも食べてくれる?
20頭の犬を対象としBSFL(アメリカミズアブの幼虫)を5、10、20%の割合で含んだ食事(押出製法)を2日間に渡って与えた給餌試験では、5%と10%のフードが速やかに食べられたのに対し、20%のフードの消費量は93.9%にとどまったといいます(※必要代謝エネルギーを100としたとき)。またBSFLを2.5%もしくは5%の割合で含んだオイルでコーティングしたドライフードの給餌試験では、必要代謝エネルギーに対する摂食量が前者で91.5%、後者で116.2%だったとも。さらに8頭の犬を対象とし8、16、24%の割合でカマドコオロギ(Gryllodes sigillatus)ミールを含んだドライフードを与えたところ、食事量に影響は見られなかったそうです。
調査数は少ないものの、試験結果を見る限り犬が虫嫌いで匂いを嗅いだだけで拒絶してしまうということはないのかもしれません。 10頭の猫を対象とし、35%の割合でBSFLを含んだフードを与えた給餌試験では、3頭が拒絶し、3頭は78~87%しか食べなかったと報告されています。また20頭の猫たちにBSFL5%含有フードを100g給餌した2日間試験では、トータルの摂食量がわずか38%にとどまり、4頭では25gしか食べない日が1日あったといいます。別の20頭を対象としBSFL20%含有フードを100g給餌した2日間試験では、トータルの摂食量が54%にとどまり、1頭が完全拒絶、3頭では25gしか食べない日が1日あったとも。さらにBSFLを1%、2.5%、5%の割合で含んだオイルでフードをコーティングし、20頭の猫に給餌したところ、1%グループでは拒絶が2頭・摂食量25%未満が5頭、2.5%グループでは拒絶が0頭・摂食量25%未満が7頭、5%グループでは拒絶が9頭・摂食量25%未満が16頭というさんざんな結果だったそうです。
虫入りフードをすんなりと受け入れてくれる犬とは違い、猫はあまり虫が好きではないという印象を受けます。匂いが嫌なのか味が嫌なのかは猫たちに聞いてみないとわかりません。
調査数は少ないものの、試験結果を見る限り犬が虫嫌いで匂いを嗅いだだけで拒絶してしまうということはないのかもしれません。 10頭の猫を対象とし、35%の割合でBSFLを含んだフードを与えた給餌試験では、3頭が拒絶し、3頭は78~87%しか食べなかったと報告されています。また20頭の猫たちにBSFL5%含有フードを100g給餌した2日間試験では、トータルの摂食量がわずか38%にとどまり、4頭では25gしか食べない日が1日あったといいます。別の20頭を対象としBSFL20%含有フードを100g給餌した2日間試験では、トータルの摂食量が54%にとどまり、1頭が完全拒絶、3頭では25gしか食べない日が1日あったとも。さらにBSFLを1%、2.5%、5%の割合で含んだオイルでフードをコーティングし、20頭の猫に給餌したところ、1%グループでは拒絶が2頭・摂食量25%未満が5頭、2.5%グループでは拒絶が0頭・摂食量25%未満が7頭、5%グループでは拒絶が9頭・摂食量25%未満が16頭というさんざんな結果だったそうです。
虫入りフードをすんなりと受け入れてくれる犬とは違い、猫はあまり虫が好きではないという印象を受けます。匂いが嫌なのか味が嫌なのかは猫たちに聞いてみないとわかりません。
虫は消化が良い?悪い?
犬の便中窒素量から算出した見かけの消化吸収率に関し、BSFLが73.2~87.2%、YMW(イエローミールワーム)が83.6%、カマドコオロギが82.1%(含有率24%のとき)~84.8%(含有率8%のとき)との推計があります。また猫の便中窒素量から算出した見かけの消化吸収率に関し、BSFLが73.4~79.8%、YMWが80.4%だったと報告されています。市販されているドッグフードの見かけの消化吸収率が80%程度と見積もられているため、虫入りフードの消化率がとりわけ悪いということはないのかもしれません。犬の便クオリティ調査でも、BSFL20~30%含有フード、カマドコオロギ8~24%含有フード、5%BSFLオイルコーティングフードで硬さの変化は見られなかったと報告されています。
虫の外骨格に含まれるキチンを始め、犬や猫の消化酵素では分解されない未消化成分を対象とした調査では、腸内細菌叢によっても発酵作用をそれほど受けないことが示されています。こうした事実から、腸内細菌叢の栄養となるプレバイオティクスとしての機能はなく、どちらかと言えばセルロースがもつ「かさ増し」の側面が強いと考えられています。
虫の外骨格に含まれるキチンを始め、犬や猫の消化酵素では分解されない未消化成分を対象とした調査では、腸内細菌叢によっても発酵作用をそれほど受けないことが示されています。こうした事実から、腸内細菌叢の栄養となるプレバイオティクスとしての機能はなく、どちらかと言えばセルロースがもつ「かさ増し」の側面が強いと考えられています。
虫は健康に良い?悪い?
犬たちをランダムで8頭ずつからなる4つのグループに分け、0%、8%(粗タンパク質中20%)、16%(粗タンパク質中38%)、24%(粗タンパク質中57%)の割合でカマドコオロギを含んだフードを29日間に渡って給餌した試験では、血液生化学の検査値がすべて正常範囲内におさまったと報告されています。
猫を対象とした同様の調査は今のところなく、また虫の種類に関わらず健康を増進することを示唆するような調査結果も報告されていません。
猫を対象とした同様の調査は今のところなく、また虫の種類に関わらず健康を増進することを示唆するような調査結果も報告されていません。
虫入りフードの問題点
虫入りフードが地球環境に優しく、嗜好性が高くて犬猫がちゃんと食べてくれるなら畜産動物の代替食料として有望です。しかし以下に述べるようなさまざまな問題点も併せ持っていますので注意が必要です。
安全性の問題
食肉の廃棄問題
ウシやブタなどの家畜動物、ニワトリや七面鳥などの家禽動物、魚や貝類などの魚介類から人間向けの食用部分を取り除いた後に残る廃棄部分の多くはペットフードの原材料として再利用されています。本来であればレンダリング加工されるはずのこうした不要部分の一部が虫に取って代わられると、廃物利用の割合が減って廃棄物が増えてしまいます。
廃棄物を虫たちのエサにしない限り大部分は焼却処分になりますが、この状況が本当に地球環境にとって優しいのかどうかは熟慮が必要でしょう。
廃棄物を虫たちのエサにしない限り大部分は焼却処分になりますが、この状況が本当に地球環境にとって優しいのかどうかは熟慮が必要でしょう。
法律の問題
アメリカでは「連邦食品・医薬品・化粧品法」(FDCA)が食べ物を「人間の飲食に用いられる物品」と定義しており、汚染された食品の流通を禁じています。一方、食品医薬品局(FDA)は食べ物の中に混入した虫を欠陥や汚染として扱っており、人の食用には適さないとしています。平たく言うと、明文化はされていないものの実質的に虫が非食品として扱われているということです(:USC, 2018)。
ペットフードに関しては全米飼料検査官協会(AAFCO)が原材料の定義付けを行っており、2020年の時点では虫の存在を認めていません。リストに載るためにはまずFDAが食用虫を人間の食べ物として認め、その後AAFCOの成分定義委員会が申請内容の厳格な調査を行い、さらに投票を行って決を採るという長い道のりを経る必要があります(:AAFCO)。 ヨーロッパでは法的な規制があり、食用虫に与えるエサや加工する工場が一定の基準をクリアしなければなりません。また人や動物に病原性を発揮しない地上無脊椎動物なら家畜動物やペット動物に与えても良いとされています(:EU website)。 日本においては「ペットフード安全法」があるものの、使用する原材料に関しては「製造業者の良心に任せる」という漠然とした規制に止まっています。海外で流通している虫入りペットフードを輸入して販売することに法的な規制はかかりません。
ペットフードに関しては全米飼料検査官協会(AAFCO)が原材料の定義付けを行っており、2020年の時点では虫の存在を認めていません。リストに載るためにはまずFDAが食用虫を人間の食べ物として認め、その後AAFCOの成分定義委員会が申請内容の厳格な調査を行い、さらに投票を行って決を採るという長い道のりを経る必要があります(:AAFCO)。 ヨーロッパでは法的な規制があり、食用虫に与えるエサや加工する工場が一定の基準をクリアしなければなりません。また人や動物に病原性を発揮しない地上無脊椎動物なら家畜動物やペット動物に与えても良いとされています(:EU website)。 日本においては「ペットフード安全法」があるものの、使用する原材料に関しては「製造業者の良心に任せる」という漠然とした規制に止まっています。海外で流通している虫入りペットフードを輸入して販売することに法的な規制はかかりません。
アレルギーの交差反応
ヨーロッパではすでに10種類を超える虫入りのペットフードが販売されており、そのほとんどはハイポアレジェニックすなわち「アレルギーになりにくい」ことを特徴として謳(うた)っています。理論的根拠は、哺乳動物と虫が保有するアレルゲンとは構造が異なるため牛肉や豚肉との間でアレルギーの交差反応は起きないというものです。例えば2020年の時点で流通しているEU圏内の虫入りペットフードは以下です。「商品名/成分」の順で記載してあります(:Beynen, 2018)。
虫由来の着色料であるカルミン酸色素がアレルゲンになりうるのと同様、タンパク源として用いた食用虫がアレルギー反応の原因になってしまう危険性は否定できないでしょう。
虫入りペットフード(EU圏内)
- VIRBACHPM HypoAllergy A1/イエローミールワーム
- SANIMEDIntestinal/イエローミールワーム
- TROVETHypoallergenic (Insect) | IPD/アメリカミズアブの幼虫
- BELLFORLandgut-Schmaus /アメリカミズアブ
- EntomaINSECT BASED CAT(DOG) FOOD/アメリカミズアブの幼虫
- BugsforPets商品多数/アメリカミズアブの幼虫
- MERApure sensitive/アメリカミズアブの幼虫
- Eat SmallWALD/アメリカミズアブの幼虫
- Nestle PurinaBeyond Nature's Protein/アメリカミズアブの幼虫
虫由来の着色料であるカルミン酸色素がアレルゲンになりうるのと同様、タンパク源として用いた食用虫がアレルギー反応の原因になってしまう危険性は否定できないでしょう。
飼い主の抵抗
多くの人にとって虫は嫌悪の対象になります。「虫を食べる」という行為が罰ゲームに聞こえ、スーパーで買ったサラダの中に虫が入っていたら激怒して返品し、Twitterで虫の画像を垂れ流すアカウントをブロックするのは自然なことです。原型をとどめていないとは言え、虫の入ったフードをペットに給餌するのにはまだまだ抵抗があるのではないでしょうか。犬猫に顔や手をなめられたときのリアクションも自然と大きくなるかもしれません。
虫入りのドッグフードやキャットフードはいきなり主食としてスーパーに並ぶのではなく、まずは獣医師がアレルギー除去食として処方する療法食の一種として売られる可能性が高いと考えられます。
虫入りのドッグフードやキャットフードはいきなり主食としてスーパーに並ぶのではなく、まずは獣医師がアレルギー除去食として処方する療法食の一種として売られる可能性が高いと考えられます。
「ミズアブ」や「ミールワーム」という成分を聞いてギョッとしないよう、心の準備だけはしておきましょう。