トップ2020年・犬ニュース一覧12月の犬ニュース12月11日

犬の単語ヒアリング能力はどのくらい?~母音1つ入れ替わっただけで言葉の聞き分けができないかも

 特殊な訓練を受けていない犬たちは、いったいどのくらい正確に人間が発した言葉(単語)を聞き分けることができるのでしょうか?脳波測定を利用した実験が行われました。

犬のヒアリングテスト

 調査を行ったのはハンガリーにあるエトヴェシュ・ロラーンド大学を中心としたチーム。一般家庭で飼育されており、特殊な訓練を受けたことがない普通のペット犬17頭を対象とし、言葉の聞き取り能力が一体どのくらいなのかを検証しました。 犬の頭蓋骨に非侵襲的に取り付けられた脳波計の電極  用意されたのは犬たちが日常的に聞いている指示語と、指示語の最初の母音だけを変えた「似た言葉」、そして指示語と母音および子音の構成順だけが同じで内容が全く異なる「違う言葉」。1語の長さは平均650ミリ秒で、実験に用いられた言葉の具体的な内容は以下です。「子」は子音、「母」は母音を意味しています。
音の構成指示語似た言葉違う言葉
子母子子母子FekszikFakszikMatszer
子母子母子MaradMeradHefegy
子母子母GyereGyareDime
子母子母子子MehetszMihetszRekaksz
 覚醒状態にある犬の頭部2箇所(眉間と頭頂部)に計測端子を非侵襲的に取り付け、スピーカーから言葉をランダムで流し、各言葉の反復回数が総計80回になるまで聞かせた上で脳波データをまとめました。得られた生データから不自然な振幅変化を夾雑データとして取り除き、さらにビデオ解析と脳波データの目視チェックを行ってマルチレベルのデータクリーニングを行ったところ、以下のような結果になったといいます。「×」は統計的に非有意(=偶然で説明できる)、「○」は偶然で説明がつく確率が5%、「◎」は偶然で説明がつく確率が1%という意味です。また「A」は不自然な増幅変化のみを夾雑データとして取り除いた場合、「M」は増幅変化、ビデオ解析、EEG目視チェックというすべてのデータクリーニングを行った場合の計算結果を示しています。 音素が異なる言葉を聞いたときに犬の脳内で見られる脳波変化  上の表で示したように「指示語」と「似た言葉」との間でデータの格差が見られなかったのに対し、「指示語」と「違う言葉」および「似た言葉」と「違う言葉」との間では統計的に明白な違いが確認されました。こうした結果から調査チームは、母音と子音の構成が全く異なる言葉だったら別物として認識できるものの、母音を一つ入れ替えただけの極めて近い言葉の場合、元の言葉との聞き分けができていない可能性が高いとの結論に至りました。
Event-related potentials reveal limited readiness to access phonetic details during word processing in dogs
L. Magyari, Zs. Huszar, A.Turzo, A. Andics, Royal Society, DOI:10.1098/rsos.200851

犬の聞き取り能力は1歳児?

 人間の乳幼児を対象として行われた脳波(事象関連電位, ERP)の調査によると、既知の単語と音的に似た単語を聞いた生後14ヶ月齢の子供では違いが見られなかったそうです。一方、同様のテストを20ヶ月齢の子供を対象として行った場合、明白な違いが見られたとも。何の訓練も受けていない場合、犬の言語聞き取り能力は人間の2歳児よりも1歳児に近いのではないかと考えられています。
 当調査結果から類推すると、「さんぽ」という言葉と「しんぽ」「すんぽ」「せんぽ」「そんぽ」という1つだけ母音が異なる言葉とを聞き分けることができないと考えられます。ただし参加した犬たちの条件は「特殊な訓練を受けていない」ことでしたので、繰り返し練習すれば言葉の微妙な違いも聞き取れるようになるかもしれません。現に動画共有サイトでは、指示語のわずかな違いを耳だけで弁別できている犬の動画をたくさん確認することができますし、過去に行われた調査では「単語の最初の音節に含まれる母音や子音を聞き分けることができる」と報告されています出典資料:Fukuzawa, 2005)
 当調査でも「日常的に指示語を聞く頻度が高い犬ほど違う言葉を聞いたときに大きな脳波格差(※眉間計測値)が見られた」とか「発語から300ミリ秒以内という早い段階で言葉の聞き分けができた(※指示語と違う言葉の場合)」ことが確認されていますので、反復訓練の効果はそれなりに期待できるでしょう。調査チームも「犬の聞き取り能力は認知能力の根本的な欠落ではなく、注意を向ける方向の問題である」と指摘しています。

指示語の正しい選び方

 調査結果から犬との日常生活に応用できるTIPSを引き出すと、およそ以下のようになるでしょう。
  • 指示語は明瞭に発音する「まて」と「みて」など母音が1つ入れ替わっただけなら指示語と認識してくれるかもしれませんが、子音と母音が入れ替わってしまうとさすがに難しいと考えられます。「まて」と「きて」を言い違う人はあまりいないでしょうが、指示語を明瞭に発音することに越したことはありません。
  • 日常語とは別の言葉を採用する指示語は日常的に用いる言葉とは全く別のものを採用したほうが良いでしょう。例えば近くに来させるときの指示語として安易に「こい」を選んでしまうと、ご飯を食べているときに発した「(塩味が)濃い!」を自分に対する指示と勘違いしてしまう状況が発生してしまいます。犬の名前としてチョコやマロンなどスイーツ系が人気ですが、同じ理屈から考えると避けたほうが良いと思われます。
  • 音の似た複数の言葉を使わない「犬の脳トレをする」など特殊な目的がない限り、音が似通った複数の指示語を選ばないほうがよいでしょう。例えばおすわりの指示語に「sit」、トイレの指示語に「shit」を採用するなどです。人間でも聞き分けるのが難しい課題を犬に強要するのは酷というものです。
1000個近い単語を記憶したボーダーコリー「チェイサー」のような犬は例外中の例外です。犬に天才を期待せず、長い目を持って訓練してあげましょう。犬に最適な名前と命令