トップ2019年・犬ニュース一覧10月の犬ニュース10月10日

犬の性格や個性は遺伝によって大きな影響を受ける

 犬の性格や個性には生まれつき備えている「氏」(うじ)と、生まれてから獲得する「育ち」の両方が影響しています。犬のDNA検査と行動特性アンケート(C-BARQ)を用いて解析したところ、「氏」の部分には人間による選択繁殖が強く影響していることが明らかになりました。

犬の行動特性と遺伝率

 調査を行ったのはアメリカにある複数の大学からなる共同研究チーム。犬の行動特性に遺伝性がどの程度関わっているのかを確かめるため、過去の研究を通じて蓄積されたビッグデータを活用した統計的検証を行いました。
 遺伝データとして採用されたのは過去に行われたHaywardParkerの調査結果。両者を合わせると17万2千もの遺伝子変異情報を網羅している計算になります。一方、犬の行動特性データとして採用されたのは2005年から2016年の期間、ペンシルベニア大学に蓄積された「C-BARQ」と呼ばれる純血種に関するアンケート調査です。
 遺伝データと行動特性データの両方が揃っている犬だけをピックアップしたところ、最終的にHaywardのデータベースからは86犬種12,806頭分、Parkerのデータベースからは98犬種13,907頭分の情報が解析対象として残ったと言います。
C-BARQ
「C-BARQ」とは日常生活でよく見られるシチュエーション100項目に対し、飼い主が0~4までの5段階で回答することによって犬の行動特性を浮き彫りにするアンケート調査。得えられたデータは最終的に「社会的恐怖心」「攻撃性」「接触感受性」など14のサブスケールに分類される。
 次の段階ではC-BARQを構成している14の行動特性一つ一つについて、特徴的な遺伝子型がないかどうかが検証されました。その結果、すべての項目において行動特性を強めていると思われる遺伝子型が非常に高い確率で見つかったと言います。遺伝率の全体平均では51%という数値になりました。これはある特質の51%が遺伝要因で説明できるという意味です。また遺伝率は特に「訓練性」(73%)や「見知らぬ人への攻撃性」(68%)、「追跡衝動」(62%)、「愛着と注目を集める傾向」(56%)など、人間と共同生活を送る上で重要となる特性について顕著に見られたとのこと。さらに行動特性と深い関係がある131種類のSNPs(遺伝子内の変異部位)の多くが、脳内においてとりわけ顕著に発現するという特徴を有していました。 犬の行動特性に影響を及ぼす遺伝子の多くは脳内で発現する  こうした結果から調査チームは、人間の選択繁殖によって固定化された遺伝子型が確かに存在しており、それらはもっぱら脳内で発現して行動特性に影響を及ぼしている可能性が強いと推測しています。チームの言葉を借りれば「人間と犬の収斂進化の証拠」となります。
Highly heritable and functionally relevant breed differences in dog behaviour
Evan L. MacLean, Noah Snyder-Mackler, Bridgett M. von Hold, James A. Serpell, DOI:10.1098/rspb.2019.0716, Proceedings of the Royal Society B

犬と人間の収斂進化

 今回の調査により、犬の行動特性を意図的に選択繁殖すると、ある特定の遺伝子が固定されるという可能性が示されました。ちょうどトイやミニチュアが付くような小さい体を選択繁殖することにより「インスリン様成長因子1(IGF1)関連遺伝子」、がっしりした体型を選択繁殖することにより「IRS4遺伝子」「IGSF1遺伝子」「ACSL4遺伝子」、被毛を選択繁殖することにより「FGF5(長毛)遺伝子」「KRT71(巻毛)遺伝子」「RSPO2(飾り毛)遺伝子」といった遺伝子が固定されるのと同じ現象です。
 しかし「人懐こい」とか「真新しいものへの恐怖心が強い」といった特性は目に見えないため、体格や被毛パターンのように遺伝性と結びつけることは容易ではありません。飼い主の主観的な評価から犬たちの行動特性を客観化する「C-BARQ」という信頼度の高いアンケートデータがなかったら、当調査も成立しなかったことでしょう。

犬とキツネの共通項

 行動特性と遺伝性に関しては、ロシアで行われたギンギツネの交配実験が有名です。この実験では非常に人懐っこい個体ばかりを繁殖したラインと、非常に攻撃的な個体ばかりを繁殖したラインが設けられ、両者の遺伝的な特性が解析されました。その結果、両ラインの間で「PDE7B」という脳内で多く発現する遺伝子に明白な違いがあることが明らかになったと言います。
 今回の調査でもこの「PDE7B」が犬の「攻撃性」という行動特性に関わっている可能性が示されました。犬とキツネは同じイヌ科動物ですので、共通メカニズムを通して行動面の変化が生みだされるのかもしれません。

犬と人間の共通項

 人医学の領域ではセロトニンやドーパミンといった神経伝達物質が 個々人の感情パターンに深く関わってることが明らかになっています。具体的には「セロトニンが攻撃性に関わっている」や「ドーパミン作動性回路が愛着に関わっている」といった関係性です。犬の対象として行われた今回の調査でも、行動特性に変化を与える遺伝子の多くはもっぱら脳内で発現し、上記した神経伝達物質に影響を及ぼす可能性があることが明らかになりました。
 詳細なメカニズムまでは解明されていないものの、遺伝子の変異によって脳内における神経伝達物質の振る舞いに変化が起こり、特定の行動特性が強調される結果になったと考えられます。調査チームが想定しているのは、母体内における神経発生、神経の発達と分化、軸索と樹状突起の発達、神経伝達物質の調整などです。

犬と人の「ワンヘルス」

 今回行われた調査により、犬の行動特性には遺伝的な要因が深く関わっている可能性が示されました。多くのドッグトレーナーが逸話的に語る「問題行動を起こすペットの多くは、しつけが誤っているのではなく、実際に異常があったり問題を引き起こしている器質的(先天的)な原因があった」(K.Overall)や「問題犬を飼っている飼い主の方に落ち度があるに違いない。悲しいかな、これが現実であり、同時にまた神話でもある」(V.O'Farrell)といった表現にも合点がいきます。犬が「人類最高の友」であることは間違いないけれども、残念ながらすべての犬に当てはまるわけではないということです。
 脳内における神経伝達物質の振る舞いが犬の行動特性に深く関わっているのだとしたら、しつけや訓練の仕方にも工夫が必要となるでしょう。例えば「UBE2V2」と「ZNF227」遺伝子の変異によって攻撃的になる犬の行動を変えようとする場合、頭をボカスカ殴っても生まれ持った遺伝子は変わりません。この場合、行動薬理学なアプローチによって脳内の神経伝達物質の濃度を変えたり受容量を阻害することのほうが現実的であり、また人道的でもあります。これができるのは一部の暴力的なトレーナーではなく、「獣医行動診療科認定医」を取得した有資格者だけです。 犬種には固有の性格がある? オキシトシンが犬の親愛行動に及ぼす影響は犬種によって違う 犬の行動特性は体型から予測が可能
脳内における遺伝子の発現と行動特性との関係性に関し、人間と犬との間で多くの共通点が見られたため、獣医学の知識を人医学に地理学の知識を獣医学に活かすワンヘルスの道が拓かれたとの見方もあります。