犬とオオカミでは表情筋が違う
野生のオオカミは人間とのアイコンタクトを避けますが、オオカミから分岐して人間に家畜化された犬においては逆に人間の方を向いて目を見つめるモチベーションが高いようです。
例えば幼い頃から人間とアイコンタクトをとるモチベーションが高いとか、アイコンタクトへのモチベーションと愛着の度合いとが連動しているといった研究報告があります。また自力では解決できない問題にぶち当たった時に犬は自発的に人間の方を向くとか、人間が犬の方を向いていない時は指差しジェスチャーを無視するといった面白い現象も報告されています。
極めつけは「犬と人間が見つめ合うことによりオキシトシンを介したフィードバックループが出来上がっている」という説です。 犬は人間を見つめることにより、そして人間は犬を見つめることによりお互いの愛着が深まるというこの仮説は、「犬は人類最良の友」という古くからの金言を証明する科学的な根拠として非常に多くの文献で引用されるようになっています。
今回の調査を行ったイギリス・ポーツマス大学のチームは、上記したような様々な報告に着想を得て「人間とのコミュニケーション能力に長けた犬はオオカミと比較したとき表情筋に違いがあるはずだ」という仮説を立てて検証を行いました。
例えば幼い頃から人間とアイコンタクトをとるモチベーションが高いとか、アイコンタクトへのモチベーションと愛着の度合いとが連動しているといった研究報告があります。また自力では解決できない問題にぶち当たった時に犬は自発的に人間の方を向くとか、人間が犬の方を向いていない時は指差しジェスチャーを無視するといった面白い現象も報告されています。
極めつけは「犬と人間が見つめ合うことによりオキシトシンを介したフィードバックループが出来上がっている」という説です。 犬は人間を見つめることにより、そして人間は犬を見つめることによりお互いの愛着が深まるというこの仮説は、「犬は人類最良の友」という古くからの金言を証明する科学的な根拠として非常に多くの文献で引用されるようになっています。
今回の調査を行ったイギリス・ポーツマス大学のチームは、上記したような様々な報告に着想を得て「人間とのコミュニケーション能力に長けた犬はオオカミと比較したとき表情筋に違いがあるはずだ」という仮説を立てて検証を行いました。
犬とオオカミ・解剖学的な違い
調査チームはオオカミ4頭と犬6頭の検体を用い、頭蓋骨に付着している筋肉の比較解剖を行いました。その結果、ほとんどの筋肉は共通していたものの犬とオオカミとの間で2つだけ違いが見られたと言います。具体的には以下です。
犬とオオカミ・表情筋の違い
- 内側眼角挙筋内側眼角挙筋(levator anguli oculi medialis, LAOM)は目頭の上に付着している筋肉で、目頭を上に引き上げる作用を持つ。オオカミにおいては痕跡的にしか存在しておらず、疎らな筋線維を除いてほとんどが結合性の線維で置き換わっていた。一方、犬においては顕著に発達していた。
- 外側眼角後引筋外側眼角後引筋(retractor anguli oculi lateralis muscle, RAOL)は目尻の横に付着している筋肉で、目尻を耳の方に引き寄せる作用を持つ。オオカミにおいては4頭中3頭で確認されたが個体差が大きく総じて犬よりも筋線維が細長かった。一方、犬においてはよく発達しておりシベリアンハスキーを除くすべての犬種で確認された。
犬とオオカミ・行動学的な違い
イギリス国内にある保護施設からリクルートした犬27頭を対象とし、見知らぬ人間が犬舎に近づいたときの表情を2分間観察しました。また2つのウルフパークで集団飼育されているオオカミ9頭を対象とし、見知らぬ人間が近づいたときの表情を2分間観察しました。
その結果、表情分類システムにおいて「AU101」という記号で表される、眉の内側を上に挙げる表情を作る回数(中央値)に関し、オオカミが2回だったのに対し犬では10回だったといいます。 また表情の度合いを弱い順にA~Eまでの5段階に分けたところ、AからCまではオオカミでもかろうじて見られたものの、DとEレベルの極端な表情の変化は犬でしか観察されなかったとのこと。 Evolution of facial muscle anatomy in dogs
Juliane Kaminski, Bridget M. Waller, et al., PNAS(2019), https://doi.org/10.1073/pnas.1820653116
その結果、表情分類システムにおいて「AU101」という記号で表される、眉の内側を上に挙げる表情を作る回数(中央値)に関し、オオカミが2回だったのに対し犬では10回だったといいます。 また表情の度合いを弱い順にA~Eまでの5段階に分けたところ、AからCまではオオカミでもかろうじて見られたものの、DとEレベルの極端な表情の変化は犬でしか観察されなかったとのこと。 Evolution of facial muscle anatomy in dogs
Juliane Kaminski, Bridget M. Waller, et al., PNAS(2019), https://doi.org/10.1073/pnas.1820653116
ベビースキーマ(可愛さ)への選択圧
今回の調査により、犬においては眉毛の内側を上に上げる「AU101」という表情が得意であり、またその表情を作り出す筋肉(LAOM)もよく発達していることが確認されました。調査チームは、犬とオオカミで見られた解剖学的・行動学的な違いの背景にあるのは人間による選択繁殖だと推測しています。平たく言うと「可愛くてキュンとなる」ということです。
大きな眼球は可愛い
人間に可愛いと感じさせる要素は「ベビースキーマ」(baby schema)とか「幼形成熟」(ネオテニー, paedomorphism)と呼ばれます。ベビースキーマを含んだ写真と含んでいない写真を被験者に見せたところ、統計的に有意なレベルでベビースキーマを含んだ写真を可愛いと評価する人が多いことが確認されています。眉毛の内側を上げる表情が顔面における眼球の相対面積を大きくし、ベビースキーマの度合いを高めることで「可愛い!」という養育本能を掻き立てるのだと推測されます。
黒目がちは可愛い
眉毛を上げる表情は、眼裂の中で白目が占める相対面積を増やします。過去に行われた調査では、子供においても大人においても眼球部分に白い部分が含まれたぬいぐるみを好むとされています。
黒目がちの目は一般的に可愛さの象徴とされますが、眼球が真っ黒なぬいぐるみや宇宙人の画像は確かに少々怖いですね…。 黒目の端っこに少しだけ白い部分があると、不気味の領域に入り込むことなく可愛さだけが強調されるのでしょう。これはちょうど犬が眉毛の内側を上げた時の表情です。
黒目がちの目は一般的に可愛さの象徴とされますが、眼球が真っ黒なぬいぐるみや宇宙人の画像は確かに少々怖いですね…。 黒目の端っこに少しだけ白い部分があると、不気味の領域に入り込むことなく可愛さだけが強調されるのでしょう。これはちょうど犬が眉毛の内側を上げた時の表情です。
眉を上げると哀れみを誘う
動物保護施設で行われた調査では、眉毛の内側を上げる表情を多く見せた犬ほど施設の待機時間が短縮化したといいます。里親候補者が「可愛い!」と感じて早く引き取られた結果かもしれません。あるいはこの表情が人間でいう「困った顔」に近いため、哀れみを感じた里親候補者が早めに引き取ったのかもしれません。
いずれにしても、犬の表情筋におけるLAOMは人間の選択繁殖によって発達してきた可能性があります。体の小さい犬や鼻ぺちゃの犬を選択繁殖してきたのも、元はと言えばベビースキーマを含んでいるからですので、当たり前と言えば当たり前です。救いなのは表情筋を選択繁殖しても犬の健康に悪影響を及ぼさないという点でしょうか。