犬の認知症療法食・試験内容
調査を行ったのはペットフードメーカー「Nestle Purina」を中心としたチーム。老化による認知症のサインが見られた老犬87頭を29頭からなる3つのグループに分割し、内容が異なる3種類のドッグフードを90日間給餌して、それぞれの変化を観察しました。犬たちはカナダ・オンタリオ州にある24の動物病院を受診した一般家庭で飼育されている犬で、オス犬48頭+メス犬39頭、年齢は9~16歳、犬種は52種類とバラバラです。また給餌試験に用いられた食事の具体的な内容は以下です。「DHA」はドコサヘキサエン酸、「EPA」はエイコサペンタエン酸を意味しています。
Pan Y, Landsberg G, Mougeot I, Kelly S, Xu H, Bhatnagar S, Gardner CL and Milgram NW (2018), Front. Nutr. A:127. doi: 10.3389/fnut.2018.00127
給餌試験のフード明細
- 比較対象グループAAFCOの条件をクリアした完全栄養食
- 6.5%グループ比較対象グループのフードをベースとし、含まれる牛脂6.5%分を中鎖脂肪酸(DHAとEPA)オイルに入れ替えたフード。BPB(アルギニン+ビタミンB群)も含む。
- 9%グループ6.5%グループのフードをベースとし、含まれる炭水化物2.5%分を中鎖脂肪酸(DHAとEPA)に入れ替えて9%にまで高めたもの。BPB(アルギニン+ビタミンB群)も含む。
- BPB
- 「BPB」は「Brain Protection Blend」の略で、日本語では「脳保護成分ブレンド」といった意味になります。具体的な含有成分はビタミンB1、B2、B6、B12、葉酸、ナイアシン、パントテン酸、ビタミンE、ビタミンCです。
6.5%グループ
- DISHAAの6項目全てにおいて統計的に有意な改善が見られた
- 脳の認知機能と関わりが深いとされる3カテゴリ(見当識 障害 | 社会的 交流 | 不適切 な排泄)でも改善が見られた
- 5つのカテゴリに関しては早くも30日目から改善が見られた
- 給餌テストを完了できた26頭中23頭(88%)で改善が見られた
- 26頭中3頭(12%)では症状が悪化した
- 社会的 交流に関しては92%(24/26頭)で改善が見られた
- 見当識 障害では79%(19/24頭)で改善が見られた
- DISHAAスコアが30未満の軽症例では「改善10+悪化2+不変1」
- DISHAAスコアが30以上の重症例では「改善11+悪化1+不変1」
- 総じて、認知症が軽症でも重症でも等しく改善が見られた
9%グループ
- 29頭中6頭が脱落し、残りの23頭中12頭に関しては給餌プロトコルが守られていなかった
- 中途脱落数が大きく統計的に有意な改善は確認できなかった
- 6カテゴリ中5カテゴリで改善傾向が見られた
- 指示通りに給餌されていなかった犬において改善は見られなかった
比較対照グループ
- 30日目の時点で睡眠 サイクル、不適切 な排泄、活動性が有意に改善した
- 90日目の時点で4カテゴリで改善が見られたものの、脳の認知機能と関わりが深い3カテゴリ中、2カテゴリ(見当識 障害 | 社会的 交流)では変化が見られなかった
Pan Y, Landsberg G, Mougeot I, Kelly S, Xu H, Bhatnagar S, Gardner CL and Milgram NW (2018), Front. Nutr. A:127. doi: 10.3389/fnut.2018.00127
犬の認知症療法食・解説
人間と同じメカニズムを通し、老化とともに発症する犬の「認知症」(Cognitive dysfunction syndrome, CDS)。適度な運動のほか抗酸化物質によって進行を遅らせることができると言われています。果たして本当に「脳に良い」食事というものはあるのでしょうか?
オメガ3脂肪酸と犬の食いつき
6.5%グループと9%グループにおけるオメガ3脂肪酸(DHAとEPA)の含有率は同じでしたが、血中のDHAおよびEPAに関してはなぜか9%グループの方が低いという現象が確認されました。この原因は、9%グループでは犬の食いつきが悪く、飼い主が自己判断でテストフード以外の成分を混ぜてしまったからだと考えられています。理由は定かでないもののオメガ3脂肪酸をあまりにもたくさん入れてしまうと、犬の食事受けが悪くなってしまうのかもしれません。
給餌試験の科学的信憑性
中鎖脂肪酸および脳保護成分ブレンド(BPB)の効果を検証した過去の調査では、実験動物として多用されるビーグルだけが対象とされててきました。それに対し今回の調査には52犬種が含まれており、またテストのデザインは「無作為、二重盲検、プラセボコントロール、マルチサイト(=複数の場所で行う)」という、念には念を入れたものでした。ですから調査で得られた結果は、科学的に信憑性が高いと考えられます。ただし調査を行ったのが「ネスレピュリナ」自身であることは頭の片隅に置いておきましょう。
対照フードでなぜ改善した?
有効成分を含んでいないはずの比較対照グループの食事においても、なぜか認知症の度合いが軽減するという奇妙な現象が確認されました。コントロールフードにはDHA、EPA、ビタミンC、ビタミンEが添加されていなかったものの、それ以外の成分に関してはAAFCOの規定値以上含んでいたため、偶発的な改善効果につながったのではないかと考えられています。あるいは「犬の症状が軽減してほしい」と期待している飼い主に暗示がかかり、犬の状態を主観的に評価する時のバイアスとなって現れた可能性も否定できません。
認知症療法食の有効成分と根拠
人間における認知症(アルツハイマー型認知症)と犬におけるそれは多くの共通点を持っていると言われています。具体的には、皮質の萎縮、アミロイドの沈着、脳室の拡大、脳内におけるグルコース代謝の低下、DHA欠乏慢性的な酸化ストレス慢性的な軽度炎症血中ホモシステイン値上昇ビタミンB6、12、葉酸不足高血圧などです。今回の給餌試験で用いられた療法食には以下のような効果があると考えられます。
認知症療法食とその効果
- ビタミンB群オメガ3脂肪酸の血中レベルが十分に高い時、認知症の進行を遅らせることができる
- 中鎖脂肪酸歳をとったげっ歯類、犬、サル、人間では脳内におけるグルコースの代謝が低下する。中鎖脂肪酸(DHAやEPAなどのオメガ3脂肪酸)を摂取するとグルコースの代わりにケトンが用いられるようになり、低下したグルコース代謝が補われて記憶パフォーマンスを向上する。また血中オメガ3脂肪酸が上昇し、抗酸化作用によって脳内における軽度の炎症を抑える。
- アルギニン空腹時の血中アルギニン濃度を改善し、一酸化窒素の生成を高めることで血液循環や認知機能を改善する