詳細
ミュラー・リヤー錯視(Muller-Lyer illusion)とは同じ長さの直線2本用意し、一方の両端には内向きの矢印、他方の両端には外向きの矢印を書き加えた時、なぜか内向きの矢印を付け加えた方が長く見える目の錯覚のこと。人間はもちろんのことカプチンモンキー、アカゲザル、ハト、ヨウム、イヌザメ、一部の昆虫といった動物でも同じ錯覚が生じることが確認されています。
今回の調査を行ったのは、イギリス・リンカーン大学のチーム。ミュラー・リヤー錯視が犬にもあるのかどうかを検証するため、設定の異なる3つの実験を行いました。
錯視の実験1
調査に参加したのは7頭の犬(メス6頭 | 1~9歳)。タッチスクリーン上に長さが異なる2本の直線を縦向きに表示し、半数は長い方、残りの半数は短い方を選んだときにごほうびもらえるよう訓練しました。その結果、すべての犬が80%以上の確率で正解を自発的に選べるようになったといいます。線の長短を見分けることができる最小格差は1.5cmで、識別する際のヒントとして線の面積を利用していないことも確認されました。以下は、棒線の面積を一定にして長さだけを変動させた実験図です。犬たちは線の太さにまどわされず、長さだけを決定因にして正解を選ぶことができました。
錯視の実験2
太さ2cmの線でミュラー・リヤー錯視を表示し、直線部分の長さに10.5cm、12.5cm、14.5cm、16.5cmというバリエーションを持たせました。その結果、偶然レベルをはるかに超える64.3%という高い確率で正解を選ぶことができたと言います。
しかしこの事実だけから「人間と同様、犬にもミュラー・リヤー錯視による目の錯覚が起こる」と判断するのは早計です。なぜなら人間に対してテストを行う場合は「矢印を除外した直線部分だけ見て長短を判断してください」と指示を出せますが、犬の場合は矢印を含めた図形全体の大きさを見て判断している可能性があるからです。
この可能性を排除するため調査チームは、直線の長さと矢印の方向をいろいろ変化させて再テストしてみました。その結果が以下です。
この可能性を排除するため調査チームは、直線の長さと矢印の方向をいろいろ変化させて再テストしてみました。その結果が以下です。
直線の長さ同じ/一方だけ外向き矢印
直線部分の長さは同じですので、犬がもし純粋に直線部分だけを見て長さを判定しているなら、どちらか一方を選ぶ確率は偶然レベルの50%に近づくはずです。しかし実際は矢印が描かれていない方の直線を選ぶ確率が77.4%と圧倒的に高いことが明らかになりました。
一方の直線が短い+内向き矢印
長い直線と短い直線を描き、短い方の直線に内向きの矢印を書き加えて図形全体の長さが同じになるよう調整しました。犬がもし純粋に直線部分だけを見て長さを判定しているなら、「短い方を選ぶよう訓練された犬」が短い方を選び、「長い方を選ぶよう訓練された犬」が長い方を選ぶはずですので、選択率はちょうど半々の50%に近づくはずです。しかし実際は、矢印が書き加えられていない長い方の直線を選ぶ確率が72.0%という高い値でした。
一方の直線が短い+内・外向きの矢印
上記した図形を元にし、矢印が加えられていなかった方の直線に外向きの矢印を書き加えました。上記した実験と同様、72.0%の確率で左側の直線を選ぶはずですが、実際は50.6%と偶然レベルにまで落ち込みました。要するに外向き矢印によって目の錯覚が起こり、両方の直線が同じ長さに見えるようになった可能性が高いということです。
錯視の実験3
犬の選択基準には線の太さ、図形間の距離、矢印の角度など偶発的な要素が関わっているかもしれません。そこで調査チームは2cmだった直線を細くし、図形間の距離を縮め、 矢印の角度を45度に統一して実験2と同じ要領でテストを行いました。その結果は以下です。
- 直線の長さ同じ/一方だけ外向き矢印→61.8%
- 一方の直線が短い+内向き矢印→67.4%
- 一方の直線が短い+内・外向きの矢印→41.7%
犬の錯視実験・結論
実験1の結果から調査チームは、犬にも人間と同様ミュラー・リヤー錯視があるようだとの結論に至りました。ただし、実験2や3の結果から考えると、人間に比べ矢印による錯覚と言うよりも、図形全体の長さを選択するときの決定因にしている割合が大きいと推測されています。
Truth is in the eye of the beholder: Perception of the Muller-Lyer illusion in dogs
Benjamin KeepHelen E. ZulchAnna Wilkinson, et al. Learning & Behavior 2018, doi.org/10.3758/s13420-018-0344-z
Benjamin KeepHelen E. ZulchAnna Wilkinson, et al. Learning & Behavior 2018, doi.org/10.3758/s13420-018-0344-z
解説
人間で確認されている目の錯覚(錯視)は人間以外の動物にも起こることが確認されています。以下は一例です。
長さが同じ直線の一方にだけ外向きの矢印を付け加えると正答率が急激に変化することから、外向きの矢印による目の錯覚が起こっていることだけは確かなようです。
錯視とかかりやすい動物
- ツェルナー錯視Zollner illusion | 平行線に短い斜線を書き加えていくと、長線が平行ではないように見えてくる | ハト・チャボ
- ポンゾ錯視Ponzo illusion | 遠くに向かって収束するように描かれた線路の上に、長さが等しい2本の線を配置すると、上にある線(遠くにある線)が長く見える | ハト・霊長類
- 回廊錯視Corridor illusion | 遠くに向かって収束するように描かれた回廊の上に、大きさが等しい2つの対象物を配置すると、上にある対象物(遠くにある対象物)が大きく見える | ヒヒ
- エビングハウス錯視Ebbinghaus-Titchener illusion | 大きさが等しい2つの円の周りを、その円よりも大きい(小さい)円で取り囲むように描くと、囲まれた方の円が小さく(大きく)見える | ヒヒ・ハト・イルカ・ニワトリ
- デルブーフ錯視Delboeuf illusion | 大きさが等しい2つの円を描き、一方の外側には大きな同心円、他方の外側には小さな同心円を描くと、囲まれた方の円の大きさが異なって見える | チンパンジー・アカゲザル・カプチンモンキー
長さが同じ直線の一方にだけ外向きの矢印を付け加えると正答率が急激に変化することから、外向きの矢印による目の錯覚が起こっていることだけは確かなようです。