詳細
調査を行ったのは、スウェーデンにあるリンショーピング大学のチーム。さまざまな犬種を対象とし、視力を検査するための「ガボールパッチ」と呼ばれる刺激を用いて、犬の視力がいったいどの程度なのかを検証しました。
調査の結果、以下のようなデータが得られたと言います。
Lind O, Milton I, Andersson E, Jensen P, Roth LSV (2017) PLoS ONE 12(12): e0188557. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0188557
- ガボールパッチ
- 「ガボールパッチ」(Gabor patch)とは視力を測定するときに用いられる視覚刺激の1種。円形の領域に縞模様(正弦波縞に2次元ガウス関数をかけたもの)が描かれており、中央部分のコントラストが最も強い。単位は「cpd」(cycles per degree)で、数値が大きいほど一定領域内に含まれる縞模様の数が多いことを意味している。 縞模様を細かくしていくと(cpdを上げていくと)、どこかの段階で白と黒の境界線を見分けることができなくなり、模様が融合して全体的にぼんやりとした灰色に見えるようになる。そこが視力の限界点。例えば縞模様の数が25本になった時点で見えなくなった場合は「25cpd」と表される。
調査の結果、以下のようなデータが得られたと言います。
犬と人間の視力(cpd)
- 明るい場所✓犬=5.5~19.5
✓人間=32.1~44.2 - 薄暗い場所✓犬=1.8~3.5
✓人間=5.9~9.9
Lind O, Milton I, Andersson E, Jensen P, Roth LSV (2017) PLoS ONE 12(12): e0188557. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0188557
解説
人間の網膜には「中心窩」(central fovea)と呼ばれる部分があり、視野の中の円形領域がくっきりと見えるようにできています。それに対し、犬の網膜には「水平線条」(horizontal streak)と呼ばれる部分があり、視野の中央を水平方向に走る細長い領域がくっきりと見えるようにできています。オオカミから受け継がれたこの水平線条は、ハンティングする時に逃げ惑う獲物を見失わないように発達したものと推測されています。フリスビードッグが飛行物体の行方をなかなか見失わないのはおそらくそのためでしょう。
上記した水平線条はすべての犬が持っているわけではなく、特に中~長頭種の犬で顕著に見られると言います。それに対し、短頭種では水平線条よりも中心窩が顕著に見られ、人間と同様視野の円形領域がくっきりと見えていると推測されています。今回の調査ではウィペット(6.7~15.8 cpd)よりもパグ(19.5 cpd)の方が良い視力を持っている可能性が示されました。ウィペットのようなサイトハウンドにとって重要なのは左右に逃げ惑う対象を見失わない動体視力ですが、パグのようなトイドッグにとって重要なのは、つぶらな瞳で飼い主の顔をじっと見つめることです。パグで確認された視力の良さは、小型犬種や短頭種に対して「人の方をよく見返してすぐに飼い主の顔を判別できる犬」という選択圧がかかった結果なのかもしれません。
私達人間がペットの顔を1.5m地点から見ている状態は、犬が私たちの顔を4.5m地点から見ている状態に相当すると考えられます。よって視覚刺激だけから人間の顔を認識することは思いのほか難しいかもしれません。犬が飼い主を認識するときは視覚的な情報のほか、声を始めとした聴覚的な情報、そして匂いによる嗅覚的な情報をヒントにしているのでしょう。