詳細
調査を行ったのはブラジルとイギリスから成る共同チーム。イギリスにあるリンカーン大学付属動物行動クリニックを受診した犬の中から「筋骨格系に痛みを抱えた騒音恐怖症の犬」と「痛みのない騒音恐怖症の犬」を10頭ずつ選抜し、痛みと音感受性との間に何らかの関係性があるかどうかを検証しました。
こうした事実から調査チームは、筋骨格系の痛みが騒音恐怖症の引き金になっている可能性があるため、行動修正プログラムに入る前に徹底的な身体検査を行っておく必要があるとしています。 Noise Sensitivities in Dogs: An Exploration of Signs in Dogs with and without Musculoskeletal Pain Using Qualitative Content Analysis.
Lopes Fagundes AL, Hewison L, McPeake KJ, Zulch H and Mills DS (2018), Front. Vet. Sci. A:17. doi: 10.3389/fvets.2018.00017
- 騒音恐怖症
- 大きな音、突発的な音などと接しているときに感じる恐怖、音の出現を予期して感じる不安、馴化になかなか反応しない病的忌避などがある状態。具体的な反応は呼吸が荒くなる、隠れる、逃げようとする、破壊行動に走る、自傷行為に走るなど。
痛みのあるグループ
- 受診時の平均年齢=5歳7ヶ月齢
- 恐怖症を示し始めた年齢=6歳6ヶ月
- 恐怖の引き金=2.7個
- 騒音を体験した場所に対する恐怖=8頭
- 大きな音に対する恐怖=10頭
痛みのないグループ
- 受診時の平均年齢=4歳7ヶ月齢
- 恐怖症を示し始めた年齢=2歳8ヶ月
- 恐怖の引き金=2.6個
- 騒音を体験した場所に対する恐怖=2頭
- 大きな音に対する恐怖=6頭
こうした事実から調査チームは、筋骨格系の痛みが騒音恐怖症の引き金になっている可能性があるため、行動修正プログラムに入る前に徹底的な身体検査を行っておく必要があるとしています。 Noise Sensitivities in Dogs: An Exploration of Signs in Dogs with and without Musculoskeletal Pain Using Qualitative Content Analysis.
Lopes Fagundes AL, Hewison L, McPeake KJ, Zulch H and Mills DS (2018), Front. Vet. Sci. A:17. doi: 10.3389/fvets.2018.00017
解説
過去に行われた調査では、体の痛みが犬の攻撃性を増加させる可能性が示唆されています(Barcelos, 2015)。今回の調査では攻撃性のみならず、音に対する恐怖症も引き起こす可能性が示されました。痛みと恐怖症の背景にあるメカニズムとしては「大きな音や突発的な音→動物に備わった驚愕反応によって筋肉が硬直→筋骨格系の痛みが増強→音と不快をリンク」といった古典的条件付が想定されています。
筋骨格系の痛みを抱えたグループでは、具体的に股異形成(5頭)、変形性関節症(4頭)、脊椎症(1頭)といった整形外科的な疾患が確認されました。一方、疾患を抱えた犬の飼い主のうち、運動や散歩などでしんどそうにしている(痛みを感じているようだ・痛みが悪化したようだ)と回答した飼い主の割合は6人だったと言いますので、およそ半数の人は犬からの痛みサインを見落としている可能性が伺えます。
両方のグループに対して修正プログラム(特定の音に対する拮抗条件付けと系統的脱感作)が行われ、さらに痛みを抱えたグループに対しては鎮痛薬の一種であるNSAIDsが投与されました。その結果、指示通りに鎮痛薬が投与されなかった1頭を除きすべての犬において恐怖症の改善が見られたといいます。痛みを抱えたグループを「鎮痛薬だけ」「修正プログラムだけ」という2つのグループに細分したわけではないため断言はできませんが、体に何らかの痛みを抱えた犬に対しては、行動修正以外にも痛みに対してアプローチしなければならない可能性が伺えます。
調査チームは、問題行動を抱えた犬に何らかの痛みが疑われる場合は、行動修正に入る前に鎮痛薬の試験投与を行って痛みの可能性を排除しておく必要があると指摘しています。またすべての犬に効く万能薬は存在しないので何種類かの薬を試す必要があるとも。「急に噛みつくようになった」(攻撃性の増加)や「特定の音を急に怖がるようになった」(騒音恐怖症の出現)といった場合は、潜在的な要因として「身体の痛み」が考えられますので、まずは徹底的に疾患の可能性を排除しておかなければならないでしょう。飼い主、医師、ドッグトレーナーにこうした知識がなければ、犬をボカスカ殴るだけの自称ドッグトレーナーに「最後の手段」として回され、体の痛みとともに修復不能な心の傷まで負ってしまいます。